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水迅断の幹部会
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翌日。俺たちはダグドと共に城壁へと向かう。ダグドのお付きとして、特に怪しまれることなく城壁内に入ることができた。
「おおー! 私たちが知っている王都より、建物も人もいっぱいだ!」
「ですがどことなく面影はありますね。やっぱりここは……」
「ああ。ゼルダスタッドだな」
間違いない。かつての王都より発展しているが、ここは紛れもなくゼルダンシアだ。
感慨に耽っていたが、俺たちは城壁内にあるダグドの屋敷へと向かう。ダグドは城壁外にあった屋敷よりも立派な邸宅に住んでいた。
「なかなか羽振りがいいじゃないか」
「は、はい。この辺りは比較的富裕層が集まっています。ボスの邸宅も近くにありますよ」
「なんだ。裏組織だし、それっぽく暗くて陰湿な場所に構えていると思っていたのに」
「中にはそういう組織もあります。それは組織のカラーによって変わりますね」
極端な言い方をすれば、恐喝や殺しを生業にする様な組織は路地裏にひっそりと拠点を構えているらしい。
逆に商いにも注力しているところは、それなりに大きな屋敷を構えているそうだ。その他、目立たない様に地下に作られているところもあるとの事だった。
「特に冥狼と影狼については、どこに本拠地があるのか知られていません。巨大な組織がこれだけ長い間知られていないのですから、相当巧みに隠しているか……」
「あるいは定期的に場所を変えているかだな」
俺たちはダグドの屋敷で茶を飲みながら最終的な打ち合わせを進める。ダグドもいよいよ覚悟を決めた様だった。俺たちの勝利にしか、自分の活路がないという事をよく理解したのだろう。
「しかしえらく多くの使用人を雇っているんだな」
「はい。ここで働く者は全員、奴隷です。私が現役で奴隷商人をしていた時、才覚がある者を見極めて教育を施した者たちになります」
「なるほどねぇ……」
道理で若い使用人が少ないと思った。男女ともに年齢層は高めだ。
「しかし教育を施せるという事は、お前も元々は育ちが良い訳だ」
「そうですね。私自身は元々、他の街の生まれになります。実家も商会を営んでいるのですが、私はそこの三男でして。家業を手伝う道もあったのですが、自分の商会を持ちたくて家を飛び出したんです」
で、帝都に来て一旗揚げようとした訳か。それが巡り巡って裏社会と関わることになり、その繁栄と引き換えに悪さもしてきた訳だ。
ダグドが城壁外西部でしてきた事を聞いたが、こいつも立派な悪人だった。今でも違法な手段で奴隷を仕入れているらしい。
「ま、お前の身の上話なんてどうでもいいさ。それより今夜はしっかり頼むぜ」
「は、はい。ですがボスの屋敷に入れる護衛は5人までです。あと1人はどうされるのです……?」
「それも心配ない。きっちり6人で入るから気にするな」
フィンには気配を断って屋敷に入ってもらう。さて。今夜が楽しみだな。
■
ダグドは緊張しながらも、ヴェルトたちを引き連れて屋敷を出た。
他の幹部たちは普段、馬車でヒアデスの屋敷まで向かうのだが、ダグドは家が近いという事もあり歩いて行く時もあった。無言で歩き続けていたが、やがて目的地に到着する。
「ダグド様、今日はあなたが一番最後ですよ。いつも早いのに珍しいですね」
「たまにはそんな日もある。中に入るぞ」
「……お待ちを。普段と護衛の顔が違う様ですが……?」
一瞬言葉に詰まるダグドだったが、冷静さは失っていなかった。
「最近入った新入りだ。教育も兼ねて連れてきたんだ」
「なるほど……?」
しかしどう見ても異様な5人だった。じいさんに優男、やたらとがたいの良いおっさん。そして顔の良い男に、極めつけは全身に黒い甲冑を身にまとった男だ。
どう見ても怪しかったが、そこは裏社会に属する者。ここではこれも普通だと割り切る。
そもそも護衛といえど、ヒアデスの屋敷には武器の持ち込みを禁じられているのだ。門番は何の心配もないと全員を通した。
「上手く入り込めたな」
「……ヴェルト様」
「うん?」
「私も覚悟を決めました。こうなったら水迅断は今日ここで確実に潰し。私は黒狼会でのし上がります……!」
「……そうかい」
腹が決まったのか、ダグドの眼は悪人の目つきに変わっていた。
まぁ腕っぷしにものを言わせられなくても、これまでリスクを取らずにその地位を築いてきた訳ではないだろう。こういう時に覚悟を決められるからこそ、こいつも今日まで生き残ってこれたはずだ。
しかしここで予想だにしない出来事が起こった。
「お待ちを。今日の幹部会はダグド様お一人でご参加ください」
「なに……!? どういうことだ?」
「ヒアデス様からです。護衛は全員、別室で待機している様にと……」
「それは俺だけではなく全員か?」
「はい。既に到着されている幹部の方々も全員、お一人で入られています」
ダグドの肩が僅かに震える。だが心配はない。俺は兜越しにゆっくりと言葉を紡いだ。
「ダグド様。何も心配はいりません。何かありましたら直ぐに行きますので」
「そ……そうか」
「はい」
想定外ではあったが、こんな時のためのフィンだ。きっとうまくやってくれるだろう。
■
ダグドが部屋に入ると、他の幹部は全員既に席についていた。
「ダグド。お前が最後とは珍しい」
「ちょっとな……」
少し前までは自身満々でがははと笑いながら席に座っていたのだが、今のダグドからはその様な覇気が見られなかった。
「しかしボスも護衛無しで我らを部屋に入れるとは。よっぽど内密の話があるらしい」
「なんだと思うね?」
「どこかの組織と抗争を始めるんじゃないか? そのための準備をしておくように言われるかもしれんな」
「うちはあんまり稼ぎがないからなぁ。ダグドさんとこみたいに余裕があればええんやけど」
8人はそれぞれ雑談を続ける。普段は自らの護衛を含め、相当な人数が部屋に入るため、幹部会が開かれる広間はとても広い。
だが今はその広い部屋に、8人の声が響くのみであった。しかしそこにヒアデスが部屋に入ってくる。
「ボス!」
ヒアデスは幹部たちとは違い、10人の護衛を引き連れてきていた。ダグドは護衛たちを見て、誰もが実戦経験のある軍人崩れだと感じ取る。
そんなヒアデスはニヤリと笑みを浮かべると、席についた。
「おう、待たせたな。これより幹部会を始める」
最初に議題に上がったのは、ダグドの活動についてだった。
「ダグド。城壁外西部の攻略はどうなっている? てめぇ、聞いてるぜ? 何でも新参の組織にまんまとやらたそうじゃねぇか!」
「私も聞きましたよ。お膳立てだけして見事にかっさられたとか」
「……その事については申し開きのしようがありません。私の采配ミスが原因です」
ダグドの言葉を受け、何人かは口角を上げる。ヒアデスは静かに問いを続けた。
「お前には奴隷方面で水迅断に貢献してもらっているからな。少しの進捗遅れくらいは大目に見るが、俺も6人貸してやっただろう。そいつらを使ってさっさと追い出せ」
「はい。これまではどこかの組織と繋がりがないか探っていたのですが。それももう片が付きましたので、直ぐにでも動きます」
ダグドは最初、貧乏くじを引いたと考えていた。だが今は、新たな組織でのし上がるための風が吹いていると考えている。
心の内ではとっくに水迅断と関係を断っていた。
「さて、お前らに護衛も連れずに来てもらったのは他でもない。水迅断の今後について共有しておこうと思ってな」
「我らの今後……ですか」
「そうだ。知っての通り俺たちは規模こそでかく、金回りも良いが、武力は組織全体でも並くらいだ」
水迅断はこれまで金の力で大きくなってきた組織だ。武闘派全開の組織と比べると、その武力は低い。
武闘派連中は武闘派連中で固まる傾向があるため、小~中規模組織では金や政治力、武力といった要素でどうしても偏りがでやすい。
「最近台頭してきた覇乱轟が、俺たちの縄張りを荒らし始めているのも知っての通りだ」
「あいつらか……!」
「うちの店もこの間やられたよ」
覇乱轟とは最近、界隈を騒がせている組織の一つだ。典型的な武闘派組織であり、大組織の後ろ盾もないごろつきの集まりである。
しかしどこの傘下にも入らず城壁内で好き勝手するだけあり、その構成員たちの実力は確かだった。
「さすがにここまで舐めた真似されて大人しくしてりゃ、水迅断の名が落ちる。俺はチェスカールを活用して軍人崩れを多く雇い入れようとしたのだが、逆にそのチェスカールを介してある組織が俺に接触してきた」
「ある組織ですか?」
「そうだ。その組織とは影狼直系の下部組織だ」
「!!」
「な……!」
「影狼が……!?」
水迅断は現在、冥狼の派閥に属している。影狼はいわば敵対派閥でありその代表組織だ。
そんな影狼の直系組織が自派閥の組織を介さず、直接コンタクトをとってくるというのは異常な事だった。
「その組織が言うにはな。冥狼と手を切って、影狼に毎月いくらか金を納めるなら。影狼の直系組織として面倒をみてくれるそうだ」
「な……!?」
「それは本当ですか!?」
現在、水迅断は冥狼に対して金は納めていない。あくまでその派閥に属しているというだけの話だ。
しかし影狼の直系組織は金をとる代わりに、直接の下部組織として迎え入れると打診してきた。
「どうやらチェスカールに勧めた奴隷の話が向こうにもいったらしくてな……」
「おお……! ダグドが連れてくるフェルグレット聖王国民のことか……!」
「そういう事だ。影狼は水迅断の経済力、そしてその手広さに目をつけたという事だ……!」
ダグドは自身の心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。ここ連日の話の展開についていけないのだ。
同時に、フェルグレット聖王国民の奴隷を一番に帝都に引っ張ってきた実績というのは、それだけ裏社会では注目されるものなのかと実感した。
一方で違和感も感じている。影狼は確かに二大組織の一角だが、ここ数年は表立って大きな動きを見せていないのだ。下部組織はこうして動いているが、影狼自体が何か動いたという話は聞かない。
「影狼の直接の傘下ともなれば、覇乱轟の連中も簡単には手を出せなくなるだろう。何より、武力面での不安が解消される」
「そうか……! 親組織として、これからは影狼が直接兵力を回してくれる……!」
「しかし冥狼とはどうするのです? 恨みを買う事になると思いますが……」
「冥狼と影狼は拮抗している。影狼の下部組織になれば、冥狼もおいそれと手は出してこまい」
これからの水迅断の未来に、幹部たちは色めき立つ。だがここでダグドは声をあげて笑いだした。
「……ダグド?」
「はははは! ああ、いや失敬。みなさんの様子を見るに、影狼の傘下に入る事が既定路線になっている様に見えたもので……!」
その笑いには明らかに嘲笑が含まれていた。その事を感じ取ったヒアデスはダグドを強く睨みつける。
「おいダグド……。いくら手柄があるとはいえ、調子にのるんじゃねぇ」
「ふっふふ……! 影狼の傘下に入ってどうするのです? そんな事では水迅断は一生この帝都でトップになる事はないでしょう! 常にどこかの下、誰かの派閥! 寄生しなければ生きていけない!」
「……っ! ダグド! 黙らねぇか!」
しかしスイッチの入ったダグドは止まらない。
「うるさい! もううんざりなんだよ! この際だから言っておいてやる! ヒアデス、あんたには組織をまとめる器がない! こんな時間の無駄が多い会議を高頻度で開きやがって! そもそもあんた、まともに商売で汗水流したことがないだろう! 現場を知らないくせに、お山の大将よろしく偉そうにふんぞり返っているんじゃない!」
どうせヒアデスとの付き合いは今日までだ。覚悟を決めたダグドは、これまで溜まっていた鬱憤を言葉にして吐き出す。
「まともに人を扱えないぼんくらがぁ! お前がトップにいる限り、水迅断はいつまでたってもうだつのあがらない組織のままだろうよ! お前なんざ組織のトップより、農村で畑を耕している方がお似合いだ!」
「……! ダグドォ……! 言いたい事はそれだけかぁ……!」
ヒアデスは怒りで顔を真っ赤にしつつ、右手を挙げる。すると10人いた護衛の一人が前に出て来た。
「殺せ!」
「……了解」
ダグドはとうとう言ってしまったと焦っていた。だが確かに、何者かが肩を叩く合図があったのだ。そして打ち合わせ通り、ヒアデスを挑発した。というより、ほとんど本心だったのだが。
しかしこうしている今も、ヒアデスの護衛が剣を抜いて走ってきている。ダグドは足を動かせず、その場を微動だにしなかった。そして。
「……へ」
果たしてそれは誰の声だったのか。いつの間にか姿を現した少女によって、ダグドに向かってきていた護衛の男はその喉を斬られていた。
「か……カヒュ……!」
男は苦しそうに呻きながらその場に倒れ込む。そのまま手足をじたばたさせていたが、やがて静かになった。
「な……!」
「だ、誰だ、こいつは……!」
本当にいた。6人目が。ダグドは混乱しつつも口を大きくぽかんと開ける。さらに次の瞬間。部屋の壁が突如燃え出す。
「ひ……!」
「な、なんだ、火事……!?」
しかし炎は必要以上に燃え広がる事はなく、突如吹き荒れた突風によって、燃えていた壁全てが吹き飛ぶ。メラメラとゆらめく炎の中から、5人の男たちが現れた。
その先頭を歩く男は、黒く禍々しい甲冑を全身に着込んでおり、炎の演出と相まってまるで地獄からの使者の様に見えた。
「おおー! 私たちが知っている王都より、建物も人もいっぱいだ!」
「ですがどことなく面影はありますね。やっぱりここは……」
「ああ。ゼルダスタッドだな」
間違いない。かつての王都より発展しているが、ここは紛れもなくゼルダンシアだ。
感慨に耽っていたが、俺たちは城壁内にあるダグドの屋敷へと向かう。ダグドは城壁外にあった屋敷よりも立派な邸宅に住んでいた。
「なかなか羽振りがいいじゃないか」
「は、はい。この辺りは比較的富裕層が集まっています。ボスの邸宅も近くにありますよ」
「なんだ。裏組織だし、それっぽく暗くて陰湿な場所に構えていると思っていたのに」
「中にはそういう組織もあります。それは組織のカラーによって変わりますね」
極端な言い方をすれば、恐喝や殺しを生業にする様な組織は路地裏にひっそりと拠点を構えているらしい。
逆に商いにも注力しているところは、それなりに大きな屋敷を構えているそうだ。その他、目立たない様に地下に作られているところもあるとの事だった。
「特に冥狼と影狼については、どこに本拠地があるのか知られていません。巨大な組織がこれだけ長い間知られていないのですから、相当巧みに隠しているか……」
「あるいは定期的に場所を変えているかだな」
俺たちはダグドの屋敷で茶を飲みながら最終的な打ち合わせを進める。ダグドもいよいよ覚悟を決めた様だった。俺たちの勝利にしか、自分の活路がないという事をよく理解したのだろう。
「しかしえらく多くの使用人を雇っているんだな」
「はい。ここで働く者は全員、奴隷です。私が現役で奴隷商人をしていた時、才覚がある者を見極めて教育を施した者たちになります」
「なるほどねぇ……」
道理で若い使用人が少ないと思った。男女ともに年齢層は高めだ。
「しかし教育を施せるという事は、お前も元々は育ちが良い訳だ」
「そうですね。私自身は元々、他の街の生まれになります。実家も商会を営んでいるのですが、私はそこの三男でして。家業を手伝う道もあったのですが、自分の商会を持ちたくて家を飛び出したんです」
で、帝都に来て一旗揚げようとした訳か。それが巡り巡って裏社会と関わることになり、その繁栄と引き換えに悪さもしてきた訳だ。
ダグドが城壁外西部でしてきた事を聞いたが、こいつも立派な悪人だった。今でも違法な手段で奴隷を仕入れているらしい。
「ま、お前の身の上話なんてどうでもいいさ。それより今夜はしっかり頼むぜ」
「は、はい。ですがボスの屋敷に入れる護衛は5人までです。あと1人はどうされるのです……?」
「それも心配ない。きっちり6人で入るから気にするな」
フィンには気配を断って屋敷に入ってもらう。さて。今夜が楽しみだな。
■
ダグドは緊張しながらも、ヴェルトたちを引き連れて屋敷を出た。
他の幹部たちは普段、馬車でヒアデスの屋敷まで向かうのだが、ダグドは家が近いという事もあり歩いて行く時もあった。無言で歩き続けていたが、やがて目的地に到着する。
「ダグド様、今日はあなたが一番最後ですよ。いつも早いのに珍しいですね」
「たまにはそんな日もある。中に入るぞ」
「……お待ちを。普段と護衛の顔が違う様ですが……?」
一瞬言葉に詰まるダグドだったが、冷静さは失っていなかった。
「最近入った新入りだ。教育も兼ねて連れてきたんだ」
「なるほど……?」
しかしどう見ても異様な5人だった。じいさんに優男、やたらとがたいの良いおっさん。そして顔の良い男に、極めつけは全身に黒い甲冑を身にまとった男だ。
どう見ても怪しかったが、そこは裏社会に属する者。ここではこれも普通だと割り切る。
そもそも護衛といえど、ヒアデスの屋敷には武器の持ち込みを禁じられているのだ。門番は何の心配もないと全員を通した。
「上手く入り込めたな」
「……ヴェルト様」
「うん?」
「私も覚悟を決めました。こうなったら水迅断は今日ここで確実に潰し。私は黒狼会でのし上がります……!」
「……そうかい」
腹が決まったのか、ダグドの眼は悪人の目つきに変わっていた。
まぁ腕っぷしにものを言わせられなくても、これまでリスクを取らずにその地位を築いてきた訳ではないだろう。こういう時に覚悟を決められるからこそ、こいつも今日まで生き残ってこれたはずだ。
しかしここで予想だにしない出来事が起こった。
「お待ちを。今日の幹部会はダグド様お一人でご参加ください」
「なに……!? どういうことだ?」
「ヒアデス様からです。護衛は全員、別室で待機している様にと……」
「それは俺だけではなく全員か?」
「はい。既に到着されている幹部の方々も全員、お一人で入られています」
ダグドの肩が僅かに震える。だが心配はない。俺は兜越しにゆっくりと言葉を紡いだ。
「ダグド様。何も心配はいりません。何かありましたら直ぐに行きますので」
「そ……そうか」
「はい」
想定外ではあったが、こんな時のためのフィンだ。きっとうまくやってくれるだろう。
■
ダグドが部屋に入ると、他の幹部は全員既に席についていた。
「ダグド。お前が最後とは珍しい」
「ちょっとな……」
少し前までは自身満々でがははと笑いながら席に座っていたのだが、今のダグドからはその様な覇気が見られなかった。
「しかしボスも護衛無しで我らを部屋に入れるとは。よっぽど内密の話があるらしい」
「なんだと思うね?」
「どこかの組織と抗争を始めるんじゃないか? そのための準備をしておくように言われるかもしれんな」
「うちはあんまり稼ぎがないからなぁ。ダグドさんとこみたいに余裕があればええんやけど」
8人はそれぞれ雑談を続ける。普段は自らの護衛を含め、相当な人数が部屋に入るため、幹部会が開かれる広間はとても広い。
だが今はその広い部屋に、8人の声が響くのみであった。しかしそこにヒアデスが部屋に入ってくる。
「ボス!」
ヒアデスは幹部たちとは違い、10人の護衛を引き連れてきていた。ダグドは護衛たちを見て、誰もが実戦経験のある軍人崩れだと感じ取る。
そんなヒアデスはニヤリと笑みを浮かべると、席についた。
「おう、待たせたな。これより幹部会を始める」
最初に議題に上がったのは、ダグドの活動についてだった。
「ダグド。城壁外西部の攻略はどうなっている? てめぇ、聞いてるぜ? 何でも新参の組織にまんまとやらたそうじゃねぇか!」
「私も聞きましたよ。お膳立てだけして見事にかっさられたとか」
「……その事については申し開きのしようがありません。私の采配ミスが原因です」
ダグドの言葉を受け、何人かは口角を上げる。ヒアデスは静かに問いを続けた。
「お前には奴隷方面で水迅断に貢献してもらっているからな。少しの進捗遅れくらいは大目に見るが、俺も6人貸してやっただろう。そいつらを使ってさっさと追い出せ」
「はい。これまではどこかの組織と繋がりがないか探っていたのですが。それももう片が付きましたので、直ぐにでも動きます」
ダグドは最初、貧乏くじを引いたと考えていた。だが今は、新たな組織でのし上がるための風が吹いていると考えている。
心の内ではとっくに水迅断と関係を断っていた。
「さて、お前らに護衛も連れずに来てもらったのは他でもない。水迅断の今後について共有しておこうと思ってな」
「我らの今後……ですか」
「そうだ。知っての通り俺たちは規模こそでかく、金回りも良いが、武力は組織全体でも並くらいだ」
水迅断はこれまで金の力で大きくなってきた組織だ。武闘派全開の組織と比べると、その武力は低い。
武闘派連中は武闘派連中で固まる傾向があるため、小~中規模組織では金や政治力、武力といった要素でどうしても偏りがでやすい。
「最近台頭してきた覇乱轟が、俺たちの縄張りを荒らし始めているのも知っての通りだ」
「あいつらか……!」
「うちの店もこの間やられたよ」
覇乱轟とは最近、界隈を騒がせている組織の一つだ。典型的な武闘派組織であり、大組織の後ろ盾もないごろつきの集まりである。
しかしどこの傘下にも入らず城壁内で好き勝手するだけあり、その構成員たちの実力は確かだった。
「さすがにここまで舐めた真似されて大人しくしてりゃ、水迅断の名が落ちる。俺はチェスカールを活用して軍人崩れを多く雇い入れようとしたのだが、逆にそのチェスカールを介してある組織が俺に接触してきた」
「ある組織ですか?」
「そうだ。その組織とは影狼直系の下部組織だ」
「!!」
「な……!」
「影狼が……!?」
水迅断は現在、冥狼の派閥に属している。影狼はいわば敵対派閥でありその代表組織だ。
そんな影狼の直系組織が自派閥の組織を介さず、直接コンタクトをとってくるというのは異常な事だった。
「その組織が言うにはな。冥狼と手を切って、影狼に毎月いくらか金を納めるなら。影狼の直系組織として面倒をみてくれるそうだ」
「な……!?」
「それは本当ですか!?」
現在、水迅断は冥狼に対して金は納めていない。あくまでその派閥に属しているというだけの話だ。
しかし影狼の直系組織は金をとる代わりに、直接の下部組織として迎え入れると打診してきた。
「どうやらチェスカールに勧めた奴隷の話が向こうにもいったらしくてな……」
「おお……! ダグドが連れてくるフェルグレット聖王国民のことか……!」
「そういう事だ。影狼は水迅断の経済力、そしてその手広さに目をつけたという事だ……!」
ダグドは自身の心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。ここ連日の話の展開についていけないのだ。
同時に、フェルグレット聖王国民の奴隷を一番に帝都に引っ張ってきた実績というのは、それだけ裏社会では注目されるものなのかと実感した。
一方で違和感も感じている。影狼は確かに二大組織の一角だが、ここ数年は表立って大きな動きを見せていないのだ。下部組織はこうして動いているが、影狼自体が何か動いたという話は聞かない。
「影狼の直接の傘下ともなれば、覇乱轟の連中も簡単には手を出せなくなるだろう。何より、武力面での不安が解消される」
「そうか……! 親組織として、これからは影狼が直接兵力を回してくれる……!」
「しかし冥狼とはどうするのです? 恨みを買う事になると思いますが……」
「冥狼と影狼は拮抗している。影狼の下部組織になれば、冥狼もおいそれと手は出してこまい」
これからの水迅断の未来に、幹部たちは色めき立つ。だがここでダグドは声をあげて笑いだした。
「……ダグド?」
「はははは! ああ、いや失敬。みなさんの様子を見るに、影狼の傘下に入る事が既定路線になっている様に見えたもので……!」
その笑いには明らかに嘲笑が含まれていた。その事を感じ取ったヒアデスはダグドを強く睨みつける。
「おいダグド……。いくら手柄があるとはいえ、調子にのるんじゃねぇ」
「ふっふふ……! 影狼の傘下に入ってどうするのです? そんな事では水迅断は一生この帝都でトップになる事はないでしょう! 常にどこかの下、誰かの派閥! 寄生しなければ生きていけない!」
「……っ! ダグド! 黙らねぇか!」
しかしスイッチの入ったダグドは止まらない。
「うるさい! もううんざりなんだよ! この際だから言っておいてやる! ヒアデス、あんたには組織をまとめる器がない! こんな時間の無駄が多い会議を高頻度で開きやがって! そもそもあんた、まともに商売で汗水流したことがないだろう! 現場を知らないくせに、お山の大将よろしく偉そうにふんぞり返っているんじゃない!」
どうせヒアデスとの付き合いは今日までだ。覚悟を決めたダグドは、これまで溜まっていた鬱憤を言葉にして吐き出す。
「まともに人を扱えないぼんくらがぁ! お前がトップにいる限り、水迅断はいつまでたってもうだつのあがらない組織のままだろうよ! お前なんざ組織のトップより、農村で畑を耕している方がお似合いだ!」
「……! ダグドォ……! 言いたい事はそれだけかぁ……!」
ヒアデスは怒りで顔を真っ赤にしつつ、右手を挙げる。すると10人いた護衛の一人が前に出て来た。
「殺せ!」
「……了解」
ダグドはとうとう言ってしまったと焦っていた。だが確かに、何者かが肩を叩く合図があったのだ。そして打ち合わせ通り、ヒアデスを挑発した。というより、ほとんど本心だったのだが。
しかしこうしている今も、ヒアデスの護衛が剣を抜いて走ってきている。ダグドは足を動かせず、その場を微動だにしなかった。そして。
「……へ」
果たしてそれは誰の声だったのか。いつの間にか姿を現した少女によって、ダグドに向かってきていた護衛の男はその喉を斬られていた。
「か……カヒュ……!」
男は苦しそうに呻きながらその場に倒れ込む。そのまま手足をじたばたさせていたが、やがて静かになった。
「な……!」
「だ、誰だ、こいつは……!」
本当にいた。6人目が。ダグドは混乱しつつも口を大きくぽかんと開ける。さらに次の瞬間。部屋の壁が突如燃え出す。
「ひ……!」
「な、なんだ、火事……!?」
しかし炎は必要以上に燃え広がる事はなく、突如吹き荒れた突風によって、燃えていた壁全てが吹き飛ぶ。メラメラとゆらめく炎の中から、5人の男たちが現れた。
その先頭を歩く男は、黒く禍々しい甲冑を全身に着込んでおり、炎の演出と相まってまるで地獄からの使者の様に見えた。
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特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
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※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
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私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。
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