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番外編:いろんな小噺

終末いかがお過ごしですか?03

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 突き抜けるような青い空には太陽が浮かび、白い雲が輝いていた。
 紙吹雪が舞い、そこかしこから歓声が上がる。

 ――勇者様たちの、凱旋だった。

 世界を救った一行は、魔王城のあった場所から転移陣を使って帰還したのだ。王都の様子は、いまだにボロボロだったけど、それでも人々の顔は明るかった。これから先にあるのは、未来だ。

 オレたちには、――未来があった。

 城へとつながる道には人々が立ち並び、紙吹雪を舞い散らせていた。
 オレは警備を任された城壁から、王城までの道を歩いて登ってくる勇者様たちを眺めていた。だんだんと輪郭を成していくオーランド騎士団長の姿に、うるっと瞳が潤んだ。傭兵上がりの戦士だけど、そのサバサバした男らしい性格と怪物みたいな強さで、貴族の騎士も平民の騎士もまとめてしまったのだ。旅立たれてからも騎士団が機能していたのは、ひとえにみんながオーランド団長のことを信じていたからだと思う。

 涙ぐんでいると、隣にいたシェラが言った。宮廷魔術師長の筆頭補佐であるシェラは、あのいつも不機嫌そうな魔術師長様を王城でお迎えする立場にあるのだ。

「あのさあ、なに勘違いしてるのか知らないけど、世界が救われたのはヒュー様のおかげに決まってるから」
「いや、オーランド団長の実力がなかったら絶対に魔王討伐なんて無理だった」

 お互いに刺々しい言葉を口にしながらも、視線は勇者様たちから離さなかった。世界を救った英雄たちの凱旋をずっと、ずっと目に焼きつけておきたかったのだ。

 だけど、にこやかに大きく手を振っているオーランド団長の後ろ、勇者様たちの列の最後尾を歩く不機嫌そうな魔術師の姿を見つけて、オレはげっそりとしてしまった。いつだって深い皺を寄せている魔術師長様のことが、シェラは大好きなのだ。隣できっと、涙を流してうっとりしているだろうシェラのことは、見たくない。だけど、――。

(あれ……?)

 シェラの想い人の顔が、なんだか旅立つときと違うような気がしたのだ。オレは城壁に頬杖をつきながら、ぽつりとつぶやいた。

「なあ、なーんか表情違くない? お前の想い人の魔術師様。相変わらず不機嫌そうだけど、なんだろ」

 それを聞いたシェラが目を瞬かせながら訊いてきた。

「……え? ……僕がヒュー様のことが好きだって気がついてたの? ノルン」

 あれだけあからさまに心酔してて、バレないと思ってるのはなぜなのか。
 きょとんとした顔でオレのことを見るシェラに、いつも通りのケンカっぽいことを言うのは簡単だった。

 だけど、――これが最後のチャンスかもしれないと思う。

 意地っ張りなオレは、きっとこのタイミングを逃したら、伝えることなんて一生できない気がした。
 体が緊張して震えた。それでも伝えてしまおうと思ったのは、もう『終末免罪符』が効かないからだろう。世界は救われたっていうのに、オレの恋は終末を迎えるようだ。本当に嫌になる。
 オレはぶすっとした顔のまま伝えた。

「そりゃあ……好きな人の、ことですから」
「…………は?」
「あーオレって不憫。好きな人に体だけいいように使われて。魔術師様の凱旋で、失恋大決定」

 顔に熱が集まってるのがわかるから、絶対にシェラの方は向きたくない。頬杖をついた両手で顔を隠しながら、オーランド団長の顔だけを見て心を落ち着かせる。

(団長すげえ。本当に魔王を倒しちゃうなんて。勇者様もすごい……本当によかった)

 オレのやるべきことはもう終わったとばかりに、オレは他のことを考えて気を逸らそうとした。だけど、シェラはそうはいかなかったようで、ぐいぐいと肩を手で揺さぶられた。顔を覗きこまれたので、ぷいっと反対側を向いたら、後ろからシェラの声が上がった。

「お、お前。こんな態度でいて、どの口で僕のこと好きだなんて……!」

 オレはシェラから顔を背けたまま、いつもの調子で意地悪を言ってごまかそうと思った。

「なんか魔術師様、雰囲気和らいでるじゃん。なんだか寂しそうだし、つけ込めるかもしれないぞ。お前がお慰めしてあげたら? オレにしっかり開発された体で」

 自分で言っててつらい。なに言ってんだオレ。
 だけど、さすがにシェラだって、オレの気持ちはもうわかってるんだろうし、いつもみたいなケンカっぽい反応は返ってこなかった。

「ノルン。お前……ツンデレだったの?」
「バカ。死ね」

 ちょっと嬉しそうな声でそう言われて、オレは意味がわからなくなったまま、ただただオーランド団長を見ているってことにした。旅立つときにいた、荷物持ちっぽい人いないな、とか思いながらぼーっとしてると、ちらっと魔術師様がオレたちのほうに目を向けた。別になにをされたわけでもないのに、ビクッと震えてしまう。
 なんていうかそういうわけのわからない威圧感を持っている魔術師だと思うのだ。
 オレの肩を掴んだままのシェラの手が、ガクガクとオレのことを揺さぶった。興奮した声でシェラが言う。

「嘘……! い、今、僕に頷かなかった!? ヒュ、ヒュー様、今、僕に頷かなかった!?」
「…………あ、そ。よかったな」
「カッコよすぎる。信じられる? 頷くだけであんなにかっこいい人いる? ありえない。はぁぁ……やばい、泣く」
「……お前……泣いてんの? 頷かれただけで」

 興奮して涙を流しているシェラを見て、オレは死んだ魚のような目になった。オレも不憫だろうが、こいつも大概不憫だな……と、内心思う。だけど、勇者様たちは、そこにいるだけで人々の心に平和をもたらすような強さを持っていた。

 彼らは、この世界の希望だった。

 そうじゃなくても、あの魔術師様、――ヒュー・レファイエット宮廷魔術師長は、最年少でその座へ駆けのぼり、瘴気妨害や食料管理、水の浄化システムなどで、オレたちの命を生かしていた人でもあるのだ。
 オレは深い深いため息をついた。

「世界を平和にしちゃう人に、敵うわけないよなー」

 でも、――。

「……そうでもないよ」
「え?」

 隣からすぐに聞こえてきたシェラの言葉に、オレは驚いて振り返った。

「ノルン。僕はさ、この一年間、僕の世界を平和にしてくれてたお前のこと……そんなに嫌いじゃないよ」

 言葉はいつもみたいにちょっと棘があった。でも、振り返った先にあったシェラの顔は、真っ赤で、オレはぽかんと口を開けた。城壁に腕を伏せたまま見上げたオレに、シェラはフンッと鼻を鳴らしながら言った。

「僕も、いつかは、ノルンのこと好きになれるかもね」

 その憎たらしい言い方に、オレはブッと吹き出してしまった。そして、じわっと喜びが込みあげた。
 沿道から、王都から、世界中から、大きな歓声があがっていた。紙吹雪が舞う青空には、未来しか広がっていなかった。オレははやる気持ち抑えつけて、いつもみたいに憎たらしいかんじに聞こえるように、言葉を返した。

「――そこは好きって言っとけよ」

 ふふっと優しく笑う息がシェラからもれて、それからぽつりとシェラが言った。

「……ねえ、週末どっか行こうか」
「今、オレもそう言おうと思ってたとこ」

 どうやらオレの恋の終末は、もうちょっと先になるのかもしれない。
 願わくばこの恋に、そのままずっと、終わりが来ないことを祈ってる。



 

おわり!











――――――――――――――
いつも読んでくださって、どうもありがとうございます!
なんとこのたび……今開催中の【BLアワード2024】の小説部門に、

悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方が、
なんと、ノミネートされました!!!

本当に本当に、みなさんのおかげです……!評価やレビューをして応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました!!

ちるちるに登録しないと、投票することはできないのですが、この奇跡みたいな機会はきっと、これからの活動を広げるチャンスだと思っております。
もし、応援してもいいよ!という方がいらっしゃいましたら、この機会に登録してくださると、とてもとても嬉しいです。

投票は【2/12】月曜までです!!

あと、番外編の同人誌【Wedding Invitation To...】7万字くらいを、J.Garden55と通販で販売する予定です。
詳細はのちほどXで公開します。

これからもがんばっていきますー!!
いつも本当にありがとうございますー!!
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