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番外編:いろんな小噺

終末いかがお過ごしですか?01

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いつも読んでくださって、ありがとうございます!
2022年にニュースレターで公開していた終末ユクレシアのモブ?の話です。楽しんでいただけますように💫
――――――――――――――








 稲穂色のくせ毛は、嫌いではない。

 気の強そうなキリッとした瞳だって、僕とは違って羨ましく思ってた。人なつこいのに実はちょっと腹黒いところとか、右目の下ど真ん中にある小さなほくろも、なんかずるいなあって思ったりしてさ。恵まれた体格も、騎士として剣を振るう姿だって、かっこいい……とは面と向かって言ったことはないけれど。

 夜更けにドンドンと家の扉を叩く音がして、開けてみれば、酔っ払った様子の腐れ縁の男が立っていた。
 自分が扉を叩いたくせに「『こんな時期に』誰かも確認しないで、扉開けるなんてバカか」と怒られた。『こんな時期』なことは僕だってわかってるけど、こんな『時間』に扉を叩くのはいつだってノルンだけだ。

 まったくもって、腑に落ちない。

 だけど、そんな僕の不機嫌は次のノルンの言葉によってすぐにかき消された。珍しくノルンの頬に頬に朱が差しているのは、酒のせいだろうか。ぐいっと手を引かれて、冷たいノルンの甲冑に頬が当たる。
 少しのラム酒の匂いと一緒に、思いもよらなかった言葉が降ってきた。

「なあ……シェラ。ちょっとだけ、――オレと、気持ちいいことしない?」

 伸びてきた力強い腕が、ハッと息を呑んだ僕の驚きごと抱きしめた。ノルンの後ろで、パタンと僕んちの扉が閉じた音がした。どくどくといつもより速く鳴り響く自分の心臓の音を聞きながら、ようやく、僕の理解が追いついてきた。

 ――――え?
 

 ∞ ∞ ∞


 僕、――こと、シエラ・マラティエには好きな人がいる。

 宮廷魔術師をしている僕は、朝から晩までその大好きな人のために身を粉にして働いていた。幼い頃から魔術の成績の秀でていた僕は、今までだって、いろんな宮廷魔術師のもとで補佐をしてきたけれども、あの方に出会ってからは世界が一変してしまったのだ。

 宮廷魔術師長の補佐となった僕は、『天才』だなんていう言葉では収まることのない叡智を日々更新する毎日を送ることになった。
 魔術師というものは、基本的には知識欲の塊なのだ。あんな風に湧き出る知識の泉のような人に触れて、好きにならない人なんてきっといない。僕ももれなく、一瞬で恋に落ちてしまった。

 一度も名前を呼ばれたこともなければ、一度だって会話をしたこともないし、目も合わない。執務中は朝から晩まで、ずっと一緒にいるけれども、僕がいなかったとして、気がつかれるのかはわからない。

 それでも好きだった。僕はあの方のことを愛していた。

 なにか少しでも役に立ちたくて、ほんの些細な表情の変化を読み取って、休憩しそうだなと思えば好みの紅茶を入れたり、必要そうだなと思った書籍を出しておいたりした。でも、――僕の好きな人が旅立ってしまってから、もう数ヶ月の月日が流れていた。

(……お元気にしていらっしゃるかな……)

 僕が幼いころにはまだ美しかった王都も、すっかり荒廃してしまっている。空から届くはずの光も、瘴気の影響ですっかり薄れてしまい、いつが朝でいつが夜なのかも、はっきりとはわからない。よく言えば夕暮れどきのような、紫色の空が永遠に続き、まるで僕たちを嘲笑うかのように、赤い三日月だけがずっと浮いているのだ。

 あの方が使っていた執務室には、もう僕しかいない。僕はいつも通り、書類の山に埋もれそうになりながら、必死で羽根ペンを動かす。そして、神殿の鐘の音が六つ鳴ると家路につく準備を始め、真っ暗な執務室をあとにする。
 王城の一角にある魔術師棟に、もはや僕以外の人の気配はない。毎日ともに切磋琢磨していた魔術師の同僚たちも、静かに自分の家で仕事をしたいのだ。その気持ちは痛いほどわかる。だって、――。

 ――この世界は、もう終末に片足をつっこんでいる。

 出現してしまった魔王の影響が世界全体に蔓延している。広がった瘴気の影響で、ありえないような場所にモンスターが発生するし、高位のモンスターは人型をとって人間を騙しにくる。そんなとき、今までのように王城へ働きに来たい人間はいない。
 だだっ広い廊下に、はあーっと僕の大きなため息が響いた。

(神殿の鐘がまだちゃんと機能しているのが、救いだ……)

 そそくさと逃げるように王城の門まで歩いて行くと、見知った稲穂色の髪が見えた。騎士団に入団したときは、キラキラと鏡のように輝いていた白金の甲冑は、もはやいぶし銀みたいな色合いだ。それはきっと、誰もが希望を失いかけている街を守るため、それでも騎士団が命を削って戦っている証でもある。騎士であるノルンがどれだけ死と隣り合わせの仕事をしているのかということも、伝わる。

 怖い、――という本能的な震えが走り、内臓に大きな氷をつっこまれたみたいに体温が下がる。こうして自分のことを待っている後ろ姿を見るたび、僕がどれだけ救われているかを、伝えたことはない。ちょこっと顔を出して、ノルンを覗きながら言う。

「ノルン。迎えはいいって言ったよ」
「いいんだよ。オレもお前も王城で仕事してるし、どうせ帰る場所は一緒なんだから」

 なんでもないことのように放たれたノルンの言葉に、心臓が小さく跳ねる。いつから僕とノルンの『帰る場所』は一緒になってしまったんだろう。僕たちは顔を合わせればいつだって、ケンカばかりの幼馴染だったのに。

 王城の門を出て、ゆっくりと王都へと続く坂を下っていく。いつもは馬で駆け下りるその道も、ここ数ヶ月は徒歩の一択だ。なぜって、そんなの……馬だって戦力として、あるいは……食料として、管理されているからだ。僕も慣れ親しんでいたノルンの愛馬が、食用として管理されていないことだけが救いだ。ノルンが騎士団員で本当によかった。

 しばらくノルンと足早に歩きながら、近づいてきた街への門を見て、またため息がもれる。
 石造りの荘厳な門には、鉄格子の柵の上から分厚い板が何枚も打ちつけられている。それは日に日に増えて、正直なところ、火をつけられたら逆に危ないと思ってる。裏側にある積み石の一つを押しながら呪文を唱え、隠された小さな扉を身をかがめながらくぐる。

 しんと静まり返った王都のそこここには、恐怖に駆られて死を選んだ人たちの成れの果てが転がっている。騎士団は治安を守っているけれども、自ら死を選んだ人たちへの対応ができるほどの余力がないのだ。

 僕の敬愛するあの方が、水の浄化システムや瘴気から街を守る魔術を開発したことで、僕たちは本当に救われている。瘴気の影響のない水があるからこそ、まだこうして王都は機能している。
 人々は家にこもっていて、民家の窓は木の板で塞がれている。流通なんてとっくに死んでるけど、それでも民に食料がまわっているのは、それだけの整備をあの方がしていったからだった。ぎりぎりの生活で、みんな疲弊しているけれど、それでも――。

(ちゃんと……みんな生きてます)

 『勇者』という人物が、本当にこの世界を救ってくれるのかはわからない。それでも勇者様とともに、あの方も旅立ったのだから、きっと、――きっとこの世界を救ってくれる。いつか魔王討伐の合図である、あの方の巨大魔法が空から降り注ぐはずだった。
 勇者様たちの旅立ちの日のことを思い出す。いつだって不機嫌な顔をしている方だけど、あの日は輪にかけて――。

(めちゃくちゃ不機嫌そうだったな……)

 大丈夫かな、と心配しながら歩いていると、隣から嫌そうな声が降ってきた。

「好きな人のこと考えてるんだろ」
「そんなことない。ノルンこそ、好きな人のこと考えてるんじゃないの?」
「お前が誰のことを好きなのかは知らないけど、オレの団長への想いは敬愛だから。お前みたいに邪なことはない純粋な尊敬だから」
「べ、別に! 僕だってそんなこと考えてない!」

 本心でそう否定したのに、「へえ~」と疑うように目を細められて、なんだか胸の辺りがそわそわする。
 壁も屋根も黒ずんで汚れてしまった、二階建ての小さな民家が見えてきた。すっかり二人で帰る場所になってしまった、僕んちの扉を開け、魔導灯をつける。すぐに後ろからまわってきた腕が、上着の裾から滑りこみ、僕の肌を撫でた。
 ひくっと震えてしまって、恐る恐る振り返ると、上からの熱っぽい視線に見つかってしまう。

 ――あの方のことを信じてる。

 あの勇者様はきっと、世界を救ってくれるのだと、そう信じている。だけど、ノルンの手にそっと重ねてみた指先が震える。

 (ああ、怖い……世界が終わってしまったら、どうしよう……)

 自然と瞳が潤む。見上げた先にある、優しい色の瞳にこのまま溶かされてしまいたい。どうせ夕飯なんて豪勢なものはない。それなら、なにも考えられないくらい、なにも考えられなくしてほしい。

「ノルン……」

 僕は体をひねって、ノルンの首に手を伸ばす。背伸びすると、ぴったりと心臓が重なった。声に出す勇気はないけれど、震える唇をノルンの頬に押しつけて、ねだる。
 ねえ、お願い――ノルン。
 小さく息を呑む音がして、それから熱っぽい声で耳の中に吹きこまれた。

「……シェラ、やらしー」
「あ……ッん!」

 終末の夜は、――結構、爛れています。
 そんな日々が過ぎていきます。

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