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番外編:いろんな小噺
ヤマダくんたちに報告!
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2月2日はヒューの誕生日なので、
Twitterで公開していたものを改稿して、転載します。
明日はニュースレターで限定配信していた短編を更新します。
(限定配信のものなので2月中のみ公開します)
――――――――
「嘘だろ……」
愕然とした顔で大賢者様が、僕の研究結果を震える手で持ち上げた。
まだ僕たちは羽里と一緒に異世界にいたけれど、その日、僕とヒューは、ヤマダくんたちにちゃんと出会えたことを報告しようということになったのだ。
せっかくなら乃有が作った通信具で連絡しよう、とヒューが言うので、僕はどきどきしながら、あの『呪いの古電話』的な通信具を再現しようとしているところだった。
現状、同じ世界座標にいるヒューには届いたけど、他の世界にまで音声を飛ばせた試しがない。それに、ヒューの時と違って、血の限定が使えないのだ。でも、大賢者様がいるのなら、どうして上手くいかないのかってことも、教えてもらえるはずだった。
幾多もの世界を超えてがんばって考えてきた結果なので、最後まで納得のいくようにしたかった。
(自分が作った通信具で、ヤマダくんたちに声が届いたら嬉しい……!)
もう少しで完成しそうなころだった。僕の作業になんか見向きもせずに、ずっと本を読んでいたヒューが「光たちと話すなら、髪と目戻すか」と言いながら、宿屋に取りつけられた小さな鏡の前に向かった。そして一瞬で、自分の容姿を薄茶色の髪に薄紫の瞳にして、テーブルで作業していた僕の近くに戻ってきた。
――が、テーブルの上に置いてある僕の通信具を見て、ヒューは息を呑んで、そのまま凍りついた。
「なんだ、この呪いの電子レンジは」
「いや、だから……ぼ、僕にはこれが限界だったんだって」
理論大好き超合理的大賢者様は、僕のその箱型の通信具がお気に召さなかったようで、眉間に皺を寄せ、はあ、とため息をついた。
いつも通りの不機嫌そうな様子ではあるが、ズキッと小さく胸が痛んだ。
よく考えてみれば、ヒューの反応は当たり前である。僕の作り出した通信具は、箱に受話器を取りつけたという非常に原始的な造りで、大昔の"携帯電話"のようなものだ。ヴェネティアスで見たフィリの高性能な通信具から考えてみると、おおよそ四十年ほどの時代の差を感じる。そもそも大賢者様の求めるレベルの通信具を僕が作れるはずもない。
それは頭ではわかっているのだ。――だが、心がついていかなかった。さっきまでうきうきと弾んでいた胸は、まるで穴の空いた風船のように、急激に萎んでいく。それでも、震える声を絞りだした。
「で、でも! ヒューには届いたんだから、いいんだよ」
「そうだけど……魔法陣も無駄が多いな。もう少し整理して描かないと。これ、ヴェネティアスの魔法陣参考にしたんだろ? なんでこんなエレメント足したんだ。あれはあれでもう完成形なんだけど」
「だーかーらー! 生体探知が難しかったんだよ。人間じゃなくて魂の探知だったんだから。で、でも! それでもヒューに届いたからいいんだって!」
ほんの数分前まで、ヒューに教えてもらって完成させたいと希望に満ち溢れていたのに、と悲しい気持ちが胸に広がる。まるでドーナツを見たときのように、嫌そうな顔で魔法陣を見ているヒューを見たら、気づけば僕もむうっと頬を膨らませていた。
そんな僕を知ってか知らずか、ヒューは自分の美意識を優先させるために心ない言葉を続けた。
「がんばったのはわかるけど、さすがに……とりあえず、このひどいフォームから直すか」
「ッ……! ……せっかくがんばったから、この箱のままでいい」
「は……? え、木箱のまま……?」
思わず僕の顔に目をやったヒューの顔が、心なしか青ざめているように見える。そして、黙り込んでしまった。
よくはわからない。
よくはわからないが、大賢者様の眉間に深い深い皺が寄っている様子を見るに、おそらくこれは、システムエンジニアが他人のコーディングを見たとき、ぞわっとするみたいな……そんな感覚なんじゃないかと思うのだ。
特に僕の魔法陣は、順序も秩序もなく適当に色んな要素がぶち込まれているから、この超合理主義大賢者様は苛ついているのだ。別に褒めてもらえると思っていたわけではないけれども、それでも、――そんなに嫌そうな顔をすることないじゃんって思ったら、もう止まれなかった。
ぶすっとした僕の口から、いつもよりも低い声が出た。
「ヒューって面倒くさいね。いいよ、動くんだから」
「…………そこは、相容れない自信がある。機能美っていうものがあるんだ。様式美でもいい」
ヒューが面倒くさいことなんて、それこそ"出会う前から"知ってたけど、「相容れない」と強い言葉を使われてビクッと僕の体は震えた。たとえお互いに好きだったとしても、違う人間同士なのだ。完璧に分かり合えるわけじゃないって、そんなことは知ってる。それでも、そんなひどい言い方をしなくたっていいはずだった。ぐっと唇を噛みしめて耐えようとした。でも、なにも言葉が浮かばなくて、ただ、悲しくて、僕は「もういいよ!」と言って、家を飛び出してしまった。
羽里と一緒にたどり着いたこの世界は、ヴェネティアスほどではないけれど、かなり高度な文明を持った世界だった。モンスターは存在するが、僕たちが滞在している王都の中は安全に守られている。僕が一人で歩いていても、ヒューが心配するようなことはないのだ。
僕は迷わず、いつも散歩している高台の公園へ向かって歩いて行った。人のあまりいない、ひっそりとした木陰のベンチに腰を下ろし、ぼーっとしたまま空を仰いだ。
(再会してから、はじめて……ケンカしたな)
再会したときは、もう二度とヒューと離れたくないと思った。また離れ離れになってしまうことがあったら、もう心が張り裂けてしまうだろうと思った。ヒューのことが愛しくて、ヒューのいない人生なんて考えることができなくて、少しの時間も惜しんで一緒にいたいと――
(……そう思ってたのに)
目にたまった涙が、視界をゆらゆらと揺らした。でも、涙をこぼしたら負けな気がして、意味もなくぱちぱちと目を瞬かせる。
自分の魔法陣が不恰好なことはわかっていたけど、それでもヒューに必死で手を伸ばして、いくつもの異世界を超えて、作ったものだった。好きで箱型になんてしたわけじゃない。僕にはフィリみたいな高度な魔法陣を描く知識もなければ、スタイリッシュな通信具にしようだなんて考える余裕も、あるわけはなかった。そんなことにこだわるよりも、早く――……早く、ただ愛しい人に会いたい一心だった。
それを――
(あんな言い方しなくたって、いいだろ……)
それは、ヒューと出会ってから何度も思ったことがあることだったし、前から苛立つことだってたくさんあった。旅の途中は、それでケンカもたくさんしたし、こんなこと大したことじゃない……そう思いたいのに、どうしても上手くできない。
ちゃんと恋人になってから、はじめてケンカをして、僕は思いのほかショックを受けているようだった。
(ヒューは……僕がもっと時間をかけて、綺麗に整備したかっこいい通信具で連絡したら嬉しかったのかな……)
そんなことを考えてみたけど、そんなことはすぐに否定できる。そんなことをヒューが思うはずはなかった。それでも、ああいう言い方をしてしまう人なのだ。面倒くさい。非常に、面倒くさい。ほんっとうに! 面倒くさい人だ。
ぎゅうううっと握りつぶされてるみたいに、胸が痛む。我慢していた涙も、もう今にもこぼれ落ちそうだった。
(一緒に過ごすことができて、毎日楽しい。大好きな人と一緒にいられて、すごくうれしい。でも……ヒューは、僕みたいに、魔法陣一つ上手く描けない人、そのうち嫌になるのかな……)
そうだったらやだなって思ったら、胸の中が不安でいっぱいになった。ベンチの背もたれに寄りかかって、空を仰ぐ。ついに僕の瞳から、涙がこぼれ落ちた。溜まりに溜まったその涙は、ぼろっという表現がぴったりなほど大粒で、そして、もう止まらなくなった。
(……ヒューが僕のことを、嫌いになってしまったらどうしよう)
自分が怒って飛び出したくせに、ヒューの態度には腹を立ててるくせに、それでも好きで、大好きで、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
僕はどうして、もっと上手に立ち回れないんだろう。ああいう人だってわかってるんだから、あんな些細な一言で、いちいち傷つかなければいいのに。別にヤマダくんたちへの報告は急いでないんだから、ヒューの性格も考えて、ちゃんと通信具の構造も練り直せばよかった。こうやって後悔するんじゃなくて、もっとヒューのことを理解してあげられたら、よかったのに。もっとああすれば、もっとこうだったら――。
ぐるぐると頭の中を巡る思考は、いつだってたった一人のことしか考えられない。だって――
こんなに――大好きなんだから。
唇が震える。涙はまだ止まらなかった。
さっきから見上げている、突き抜けるような夏の空に、ドーナツみたいな大きな白い雲が浮かんでいた。
ぼんやりとそれを見ながら、あんな大きなドーナツがあったら元気が出るのになあと思っていたら、目の前に本当にドーナツが現れた。
「え?」
綺麗な手で支えられたそのドーナツをぐぐっと口に押し込まれて、さらに首を反らすと、相変わらず不機嫌そうな、王子様みたいな顔があった。その薄紫の綺麗な瞳が、少しだけ不安げに揺れた。
「泣いてんの」
「まむえまい(泣いてない)」
「……泣くなよ」
「まーめまい」
口に突っ込んでいたドーナツをひょいっと摘んだヒューが、目を開けたまま、僕の唇にちゅっと口づけた。ぺろっと唇を舐めて「甘い」と言ってるヒューを見たら、なんでそれだけでそんなにかっこいいんだろうと思ってしまって、悔しい気持ちになった。
ヒューは僕が通信具をバカにされたから泣いてたんだと思ってるかもしれない。怒っていた気持ちと、恥ずかしい気持ちと、追いかけてきてくれて嬉しい気持ちが心の中で混ざりあって、胸に変な感覚が走る。でも、やっぱり嬉しい気持ちが大きかったみたいで、頬が赤くなっているような気がして、僕はふいっと目を逸らして、涙をぬぐった。
そのまま横を向いていたら、ヒューが隣にドスンと座った。その手には見覚えのある茶色の紙包が抱えられていた。ひらきっぱなしの紙包から頭を覗かせているのは、この世界の中では僕が好きだと言っていた砂糖をまぶしたドーナツが、たくさん入っているのが見えた。思わず、ごくっと喉がなってしまう。
(でも……今はケンカしてるから)
さっきまでヒューに嫌われたらどうしようと思ってたのに、顔を見ると意地を張りたくなってしまう。こういうところがダメなのにと思いながらも、ヒューがいるのと反対側の方向を見たまま、僕はぎゅっと唇を噛みしめた。だけど――。
膝の上で握っていた手に、そっとヒューの手が重ねられて、僕の体はビクッとあからさまに跳ねた。もうそれだけで、どっどっど、と心臓の音が走り出す。手が重なっただけなのに、そこからじんわりとヒューの熱が伝わってきて落ち着かない。目線だけちらっと横に向けてみたら、白いシャツのヒューが「暑いな」って言いながら、薄茶色の髪を反対の手でかきあげているとこだった。
転移しないで走ってきたのか、スッと伸びた首筋に汗が流れていた。いつもよりもしっとりしてしまっている髪は後ろに流されていて、大人びて見える。ヒューがちょっと気だるそうに、ふー、と息を洩らした。それから、すっかりヒューのほうを向いてしまっていた僕のことを見て、ん? と、薄紫色の目を細めた。僕の心臓が、掴まれたみたいにドキッと跳ねた。
(……どうしよう……かっこいい)
顔がいいっていうのは、本当にずるいと思う。隼斗のままでもかっこいいのに、出会ったときの姿でヒューが目の前にいると、自分が怒っていたことなんてすぐにどっかに行ってしまって、「好き」で胸がいっぱいになる。
きっと僕の眉尻は、下がってしまっているだろう。どくどくと鳴り響く自分の心臓は、いつだって、出会った時から変わらず、ただヒューのことが大好きな音を奏でていた。
そして、溢れてしまうのだ――
「好き」
「…………知ってるよ」
そのままじっと見てたら、ヒューの顔が近づいてきて、ふにっと唇が重なった。そのまま優しく何度も啄まれて、それだけで泣きそうなくらい、好きで好きでたまらなかった。
でも同じくらい、ずるいとも思う。僕はあんなに怒ってたはずなのに、ヒューの顔を見ただけで、追いかけてきてくれただけで、嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。そんな自分のちょろさが悔しくて、やっぱりずるいって思った。ぎゅっと拳を噛みしめて、溢れてしまう好きをどうにか止めようとしてみる。
でも、――。
「ごめん、乃有。俺が悪かった」
握りしめた僕の手の甲を指先で優しく撫でながら、ヒューがそう言った。目の前にあるのは、今までだって何度も見たことのあるしょんぼりした顔で、それを見たらやっぱり、もうだめだった。僕の手に重なっていたヒューの手を取って、自分の頬にすりっと擦りつけた。こんなに暑い日なのに、走ってきたみたいなのに、ヒューの手はひんやりしてて気持ちがいい。
うまく言葉が紡げなくて、ただ好きな気持ちが伝わってくれたらいいなと思った。ヒューがひとりごとみたいに小さく言った。
「……がんばって会おうとしてくれたんだもんな」
あんなに嫌なことを言うくせに、ちゃんと怒ってる理由を把握しているのも、ずるいと思うのだ。僕はそのまま倒れるように、ぽすっとヒューの肩に顔を寄せた。
――きっとこんな風に謝っててもヒューは、家に帰ったあと、あの呪いの古電話の原型がわからなくなるほどの最新鋭の通信具を作り出すんだろうなと思う。それで本当はいいのだ。僕が意地を張ったいただけで、本当はそうしてもらったほうがきっと、ヤマダくんたちだって話しやすいだろう。
でもちょっと、愛着があっただけだった。
(だって、一生懸命研究したから……)
そんな最後の悪態を心の中でついていると、僕の後ろ髪を指先でいじりながら、ヒューが言った。
「ありがとう、乃有。大丈夫、あれのままどうにかしよ」
別に、気を遣ってくれなくていいよって思う。でも、僕の気持ちを大切にしてくれてることがわかって、ぶわっといろんな感情が込みあげた。上目遣いに、そっとヒューのことを窺えば、また、ちゅっと優しく唇が振ってきた。
「好きだよ、乃有」
「……うん、僕も」
←↑→↓←↑→
「おーい! ヤマダくん!」
<ん……? あれ、なんだ? 乃有さんの声がする>
「見えるー!? すごい! ヒュー! 本当にヤマダくんだよ」
あのあと、ヒューはすごかった。
僕の呪いの古電話に箱部分があるのをいいことに、テレビみたいに映像をつけようと言い出したのだ。今、ヒューが言った呪いの電子レンジ部分はそのままに(いや、中身の魔法陣はかなり改変されたけど)、その上にはホログラムのように液晶版みたいなのが浮いている。この世界の魔法レベルでは到底不可能な高度な技術が、血塗られた木箱の上に乗っているのである。
(僕のプライドをぎりぎり守ってくれているようでいて、すごい劣等感を刺激してくる……造り……)
よく考えてみれば、隼斗とヤマダくんは兄弟で血のつながりがあるから、魔法陣を強くするのはすごく楽だった。寝ぼけた顔のヤマダくんは、きっと今の今まで寝ていたに違いない。
<え! 何これ! 嘘! 本物の乃有さん!? 嘘! シルヴァン! オーランド! やばい!>
「久しぶりヤマダくん。元気だった? ユクレシア、どう?」
大はしゃぎの様子のヤマダくんを見ながら、僕も内心大はしゃぎであった。
シルヴァンとオーランドがヤマダくんの後ろから、顔を出すのが見えて、僕の目には涙がたまっていった。横を見たら、優しい顔で僕のことを見ているヒューがいて、ぽろっと涙が溢れてしまった。
<ヒュー! すごいじゃん! 乃有さん、本当に会えたの!?>
<ああ、ヒュー。よかった……よかったですね、ノアも……>
<おおお、すげー! 元気でやってんのかー!>
シルヴァンの目にも涙が浮かんでいて、ヒューの呪いの経緯を聞いていた僕は、それを見てまた涙をこぼした。
ずっとヒューの呪いのことを心配していたシルヴァンにとっては、ずっと待ち望んでいた報告だったはずだった。僕が指で涙を拭っていると、ヒューが言った。
「光。ペンダント、ありがとな」
<<ヒカル???>>
<…………ん? って、あれ? ヒュー……もしかして>
「ああ、悪いな。ずっと騙してて」
三人が首をかしげている様子を見て、僕の心臓はドクンと跳ねた。
もしかしてヒューはヤマダくんに、自分が『隼斗』だと伝える気なんだろうか、と恐る恐るヒューの様子を伺う。ヤマダくんは勘がよくて、なにか察しているような雰囲気もある。でもきっと、――びっくりすると思う。
どきどき、どきどき、と心臓の音が早くなるのを感じながら、僕はヒューの言葉を待った。
「乃有は、お前の兄貴になったから」
「なッ!?!? な、なってない! まだなってないから!」
<あはは、なんだ。やっぱり兄貴だったんだ>
肝心のヤマダくんよりも、結局自分の方がびっくりしてしまった。
かああ、と顔に熱が集まるのを感じながら、恨めしげにヒューのことを見た。ヤマダくんの笑い声が響き、シルヴァンたちに説明しているのが聞こえた。シルヴァンたちの驚く声が聞こえて、楽しそうな会話は続く。
たくさんたくさん話したいことがあった。きっとヤマダくんたちも。でも今は、三人の元気な顔が見られるだけで、心の底から喜びが込み上げていた。こうやってまた五人で笑い合える日が来るなんて、信じられなかった。
きっとヒューを失ったヤマダくんたちも、同じように思っていたと思う。
本当にヒューはすごい。こんな幸せを、作り出してくれるんだから。
しばらく五人で楽しくて話して、また連絡するねと言って、今日はおしまいにしたのだった。だって、これからはいつでも連絡できるのだ。いつでも連絡ができるっていうのは、本当にすごいことだ。
ヒューとケンカもしてしまったけど、すごく、すごく、幸せな一日だった。
話している間中ずっと隣でヒューが僕の手を握っていたのが恥ずかしくて、ついまた意地を張って、「まだ結婚してないよ」と口を尖らせてしまった。たしかヒューは羽里の前でもそんなことを言ってた。それでもずっと一緒にいたい気持ちは本当だから、あったかい気持ちでいっぱいだった。
ヒューが僕の手をきゅっと握りしめながら言った。
「いいだろ、別に。すぐそうなるんだし」
「……そ、そうかもしれないけど」
「楽しみだな、初夜」
「……ねえ、何回やるんだよ。それ」
もうすでに、四人分の初夜を経験したような気がする僕は、虚ろな気持ちになった。
「それは初夜とは違うだろ」と言っているヒューが、本当に五人分の初夜を捧げてこないことを、僕は祈ったのだった。
おわり!
――――――――――
読んでくださって、どうもありがとうございました!!
この話は絶対に書きたいと思っていたものだったので、
楽しんでいただけると嬉しいです。
そして、このたび――
別作品ではありますが、
「悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方」
(原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし)
が、アンダルシュノベルズ(アルファポリスのBLレーベル)より、
2月15日/2023に、書籍化することになりました!!!
いつも応援してくださっている、みなさんのおかげです。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
アンダルシュノベルズのページで書影が解禁されていますので、
めちゃくちゃかわいい最ッ高の書影だけでも見ていってください!!!
ばつ森は、この「異世界転移をしたい腐女子の妹~」の書籍化・商業コミカライズを目指しています。その第一歩となるはじめての本です。
本当に本当に、全力の三百倍くらいで書きました!!
もし、書店やアニメイトで見かけた際には、応援していただけると嬉しいです。
特典SSカードつき予約もはじまっております!
これからも楽しい話を書いていきます!
どうぞよろしくお願いします!!
追記:ニュースレターは月2回、限定の短編・番外編・制作秘話を無料で配信してます。登録はTwitterのリンクからできます。よかったらぜひ
ばつ森
Twitterで公開していたものを改稿して、転載します。
明日はニュースレターで限定配信していた短編を更新します。
(限定配信のものなので2月中のみ公開します)
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「嘘だろ……」
愕然とした顔で大賢者様が、僕の研究結果を震える手で持ち上げた。
まだ僕たちは羽里と一緒に異世界にいたけれど、その日、僕とヒューは、ヤマダくんたちにちゃんと出会えたことを報告しようということになったのだ。
せっかくなら乃有が作った通信具で連絡しよう、とヒューが言うので、僕はどきどきしながら、あの『呪いの古電話』的な通信具を再現しようとしているところだった。
現状、同じ世界座標にいるヒューには届いたけど、他の世界にまで音声を飛ばせた試しがない。それに、ヒューの時と違って、血の限定が使えないのだ。でも、大賢者様がいるのなら、どうして上手くいかないのかってことも、教えてもらえるはずだった。
幾多もの世界を超えてがんばって考えてきた結果なので、最後まで納得のいくようにしたかった。
(自分が作った通信具で、ヤマダくんたちに声が届いたら嬉しい……!)
もう少しで完成しそうなころだった。僕の作業になんか見向きもせずに、ずっと本を読んでいたヒューが「光たちと話すなら、髪と目戻すか」と言いながら、宿屋に取りつけられた小さな鏡の前に向かった。そして一瞬で、自分の容姿を薄茶色の髪に薄紫の瞳にして、テーブルで作業していた僕の近くに戻ってきた。
――が、テーブルの上に置いてある僕の通信具を見て、ヒューは息を呑んで、そのまま凍りついた。
「なんだ、この呪いの電子レンジは」
「いや、だから……ぼ、僕にはこれが限界だったんだって」
理論大好き超合理的大賢者様は、僕のその箱型の通信具がお気に召さなかったようで、眉間に皺を寄せ、はあ、とため息をついた。
いつも通りの不機嫌そうな様子ではあるが、ズキッと小さく胸が痛んだ。
よく考えてみれば、ヒューの反応は当たり前である。僕の作り出した通信具は、箱に受話器を取りつけたという非常に原始的な造りで、大昔の"携帯電話"のようなものだ。ヴェネティアスで見たフィリの高性能な通信具から考えてみると、おおよそ四十年ほどの時代の差を感じる。そもそも大賢者様の求めるレベルの通信具を僕が作れるはずもない。
それは頭ではわかっているのだ。――だが、心がついていかなかった。さっきまでうきうきと弾んでいた胸は、まるで穴の空いた風船のように、急激に萎んでいく。それでも、震える声を絞りだした。
「で、でも! ヒューには届いたんだから、いいんだよ」
「そうだけど……魔法陣も無駄が多いな。もう少し整理して描かないと。これ、ヴェネティアスの魔法陣参考にしたんだろ? なんでこんなエレメント足したんだ。あれはあれでもう完成形なんだけど」
「だーかーらー! 生体探知が難しかったんだよ。人間じゃなくて魂の探知だったんだから。で、でも! それでもヒューに届いたからいいんだって!」
ほんの数分前まで、ヒューに教えてもらって完成させたいと希望に満ち溢れていたのに、と悲しい気持ちが胸に広がる。まるでドーナツを見たときのように、嫌そうな顔で魔法陣を見ているヒューを見たら、気づけば僕もむうっと頬を膨らませていた。
そんな僕を知ってか知らずか、ヒューは自分の美意識を優先させるために心ない言葉を続けた。
「がんばったのはわかるけど、さすがに……とりあえず、このひどいフォームから直すか」
「ッ……! ……せっかくがんばったから、この箱のままでいい」
「は……? え、木箱のまま……?」
思わず僕の顔に目をやったヒューの顔が、心なしか青ざめているように見える。そして、黙り込んでしまった。
よくはわからない。
よくはわからないが、大賢者様の眉間に深い深い皺が寄っている様子を見るに、おそらくこれは、システムエンジニアが他人のコーディングを見たとき、ぞわっとするみたいな……そんな感覚なんじゃないかと思うのだ。
特に僕の魔法陣は、順序も秩序もなく適当に色んな要素がぶち込まれているから、この超合理主義大賢者様は苛ついているのだ。別に褒めてもらえると思っていたわけではないけれども、それでも、――そんなに嫌そうな顔をすることないじゃんって思ったら、もう止まれなかった。
ぶすっとした僕の口から、いつもよりも低い声が出た。
「ヒューって面倒くさいね。いいよ、動くんだから」
「…………そこは、相容れない自信がある。機能美っていうものがあるんだ。様式美でもいい」
ヒューが面倒くさいことなんて、それこそ"出会う前から"知ってたけど、「相容れない」と強い言葉を使われてビクッと僕の体は震えた。たとえお互いに好きだったとしても、違う人間同士なのだ。完璧に分かり合えるわけじゃないって、そんなことは知ってる。それでも、そんなひどい言い方をしなくたっていいはずだった。ぐっと唇を噛みしめて耐えようとした。でも、なにも言葉が浮かばなくて、ただ、悲しくて、僕は「もういいよ!」と言って、家を飛び出してしまった。
羽里と一緒にたどり着いたこの世界は、ヴェネティアスほどではないけれど、かなり高度な文明を持った世界だった。モンスターは存在するが、僕たちが滞在している王都の中は安全に守られている。僕が一人で歩いていても、ヒューが心配するようなことはないのだ。
僕は迷わず、いつも散歩している高台の公園へ向かって歩いて行った。人のあまりいない、ひっそりとした木陰のベンチに腰を下ろし、ぼーっとしたまま空を仰いだ。
(再会してから、はじめて……ケンカしたな)
再会したときは、もう二度とヒューと離れたくないと思った。また離れ離れになってしまうことがあったら、もう心が張り裂けてしまうだろうと思った。ヒューのことが愛しくて、ヒューのいない人生なんて考えることができなくて、少しの時間も惜しんで一緒にいたいと――
(……そう思ってたのに)
目にたまった涙が、視界をゆらゆらと揺らした。でも、涙をこぼしたら負けな気がして、意味もなくぱちぱちと目を瞬かせる。
自分の魔法陣が不恰好なことはわかっていたけど、それでもヒューに必死で手を伸ばして、いくつもの異世界を超えて、作ったものだった。好きで箱型になんてしたわけじゃない。僕にはフィリみたいな高度な魔法陣を描く知識もなければ、スタイリッシュな通信具にしようだなんて考える余裕も、あるわけはなかった。そんなことにこだわるよりも、早く――……早く、ただ愛しい人に会いたい一心だった。
それを――
(あんな言い方しなくたって、いいだろ……)
それは、ヒューと出会ってから何度も思ったことがあることだったし、前から苛立つことだってたくさんあった。旅の途中は、それでケンカもたくさんしたし、こんなこと大したことじゃない……そう思いたいのに、どうしても上手くできない。
ちゃんと恋人になってから、はじめてケンカをして、僕は思いのほかショックを受けているようだった。
(ヒューは……僕がもっと時間をかけて、綺麗に整備したかっこいい通信具で連絡したら嬉しかったのかな……)
そんなことを考えてみたけど、そんなことはすぐに否定できる。そんなことをヒューが思うはずはなかった。それでも、ああいう言い方をしてしまう人なのだ。面倒くさい。非常に、面倒くさい。ほんっとうに! 面倒くさい人だ。
ぎゅうううっと握りつぶされてるみたいに、胸が痛む。我慢していた涙も、もう今にもこぼれ落ちそうだった。
(一緒に過ごすことができて、毎日楽しい。大好きな人と一緒にいられて、すごくうれしい。でも……ヒューは、僕みたいに、魔法陣一つ上手く描けない人、そのうち嫌になるのかな……)
そうだったらやだなって思ったら、胸の中が不安でいっぱいになった。ベンチの背もたれに寄りかかって、空を仰ぐ。ついに僕の瞳から、涙がこぼれ落ちた。溜まりに溜まったその涙は、ぼろっという表現がぴったりなほど大粒で、そして、もう止まらなくなった。
(……ヒューが僕のことを、嫌いになってしまったらどうしよう)
自分が怒って飛び出したくせに、ヒューの態度には腹を立ててるくせに、それでも好きで、大好きで、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
僕はどうして、もっと上手に立ち回れないんだろう。ああいう人だってわかってるんだから、あんな些細な一言で、いちいち傷つかなければいいのに。別にヤマダくんたちへの報告は急いでないんだから、ヒューの性格も考えて、ちゃんと通信具の構造も練り直せばよかった。こうやって後悔するんじゃなくて、もっとヒューのことを理解してあげられたら、よかったのに。もっとああすれば、もっとこうだったら――。
ぐるぐると頭の中を巡る思考は、いつだってたった一人のことしか考えられない。だって――
こんなに――大好きなんだから。
唇が震える。涙はまだ止まらなかった。
さっきから見上げている、突き抜けるような夏の空に、ドーナツみたいな大きな白い雲が浮かんでいた。
ぼんやりとそれを見ながら、あんな大きなドーナツがあったら元気が出るのになあと思っていたら、目の前に本当にドーナツが現れた。
「え?」
綺麗な手で支えられたそのドーナツをぐぐっと口に押し込まれて、さらに首を反らすと、相変わらず不機嫌そうな、王子様みたいな顔があった。その薄紫の綺麗な瞳が、少しだけ不安げに揺れた。
「泣いてんの」
「まむえまい(泣いてない)」
「……泣くなよ」
「まーめまい」
口に突っ込んでいたドーナツをひょいっと摘んだヒューが、目を開けたまま、僕の唇にちゅっと口づけた。ぺろっと唇を舐めて「甘い」と言ってるヒューを見たら、なんでそれだけでそんなにかっこいいんだろうと思ってしまって、悔しい気持ちになった。
ヒューは僕が通信具をバカにされたから泣いてたんだと思ってるかもしれない。怒っていた気持ちと、恥ずかしい気持ちと、追いかけてきてくれて嬉しい気持ちが心の中で混ざりあって、胸に変な感覚が走る。でも、やっぱり嬉しい気持ちが大きかったみたいで、頬が赤くなっているような気がして、僕はふいっと目を逸らして、涙をぬぐった。
そのまま横を向いていたら、ヒューが隣にドスンと座った。その手には見覚えのある茶色の紙包が抱えられていた。ひらきっぱなしの紙包から頭を覗かせているのは、この世界の中では僕が好きだと言っていた砂糖をまぶしたドーナツが、たくさん入っているのが見えた。思わず、ごくっと喉がなってしまう。
(でも……今はケンカしてるから)
さっきまでヒューに嫌われたらどうしようと思ってたのに、顔を見ると意地を張りたくなってしまう。こういうところがダメなのにと思いながらも、ヒューがいるのと反対側の方向を見たまま、僕はぎゅっと唇を噛みしめた。だけど――。
膝の上で握っていた手に、そっとヒューの手が重ねられて、僕の体はビクッとあからさまに跳ねた。もうそれだけで、どっどっど、と心臓の音が走り出す。手が重なっただけなのに、そこからじんわりとヒューの熱が伝わってきて落ち着かない。目線だけちらっと横に向けてみたら、白いシャツのヒューが「暑いな」って言いながら、薄茶色の髪を反対の手でかきあげているとこだった。
転移しないで走ってきたのか、スッと伸びた首筋に汗が流れていた。いつもよりもしっとりしてしまっている髪は後ろに流されていて、大人びて見える。ヒューがちょっと気だるそうに、ふー、と息を洩らした。それから、すっかりヒューのほうを向いてしまっていた僕のことを見て、ん? と、薄紫色の目を細めた。僕の心臓が、掴まれたみたいにドキッと跳ねた。
(……どうしよう……かっこいい)
顔がいいっていうのは、本当にずるいと思う。隼斗のままでもかっこいいのに、出会ったときの姿でヒューが目の前にいると、自分が怒っていたことなんてすぐにどっかに行ってしまって、「好き」で胸がいっぱいになる。
きっと僕の眉尻は、下がってしまっているだろう。どくどくと鳴り響く自分の心臓は、いつだって、出会った時から変わらず、ただヒューのことが大好きな音を奏でていた。
そして、溢れてしまうのだ――
「好き」
「…………知ってるよ」
そのままじっと見てたら、ヒューの顔が近づいてきて、ふにっと唇が重なった。そのまま優しく何度も啄まれて、それだけで泣きそうなくらい、好きで好きでたまらなかった。
でも同じくらい、ずるいとも思う。僕はあんなに怒ってたはずなのに、ヒューの顔を見ただけで、追いかけてきてくれただけで、嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。そんな自分のちょろさが悔しくて、やっぱりずるいって思った。ぎゅっと拳を噛みしめて、溢れてしまう好きをどうにか止めようとしてみる。
でも、――。
「ごめん、乃有。俺が悪かった」
握りしめた僕の手の甲を指先で優しく撫でながら、ヒューがそう言った。目の前にあるのは、今までだって何度も見たことのあるしょんぼりした顔で、それを見たらやっぱり、もうだめだった。僕の手に重なっていたヒューの手を取って、自分の頬にすりっと擦りつけた。こんなに暑い日なのに、走ってきたみたいなのに、ヒューの手はひんやりしてて気持ちがいい。
うまく言葉が紡げなくて、ただ好きな気持ちが伝わってくれたらいいなと思った。ヒューがひとりごとみたいに小さく言った。
「……がんばって会おうとしてくれたんだもんな」
あんなに嫌なことを言うくせに、ちゃんと怒ってる理由を把握しているのも、ずるいと思うのだ。僕はそのまま倒れるように、ぽすっとヒューの肩に顔を寄せた。
――きっとこんな風に謝っててもヒューは、家に帰ったあと、あの呪いの古電話の原型がわからなくなるほどの最新鋭の通信具を作り出すんだろうなと思う。それで本当はいいのだ。僕が意地を張ったいただけで、本当はそうしてもらったほうがきっと、ヤマダくんたちだって話しやすいだろう。
でもちょっと、愛着があっただけだった。
(だって、一生懸命研究したから……)
そんな最後の悪態を心の中でついていると、僕の後ろ髪を指先でいじりながら、ヒューが言った。
「ありがとう、乃有。大丈夫、あれのままどうにかしよ」
別に、気を遣ってくれなくていいよって思う。でも、僕の気持ちを大切にしてくれてることがわかって、ぶわっといろんな感情が込みあげた。上目遣いに、そっとヒューのことを窺えば、また、ちゅっと優しく唇が振ってきた。
「好きだよ、乃有」
「……うん、僕も」
←↑→↓←↑→
「おーい! ヤマダくん!」
<ん……? あれ、なんだ? 乃有さんの声がする>
「見えるー!? すごい! ヒュー! 本当にヤマダくんだよ」
あのあと、ヒューはすごかった。
僕の呪いの古電話に箱部分があるのをいいことに、テレビみたいに映像をつけようと言い出したのだ。今、ヒューが言った呪いの電子レンジ部分はそのままに(いや、中身の魔法陣はかなり改変されたけど)、その上にはホログラムのように液晶版みたいなのが浮いている。この世界の魔法レベルでは到底不可能な高度な技術が、血塗られた木箱の上に乗っているのである。
(僕のプライドをぎりぎり守ってくれているようでいて、すごい劣等感を刺激してくる……造り……)
よく考えてみれば、隼斗とヤマダくんは兄弟で血のつながりがあるから、魔法陣を強くするのはすごく楽だった。寝ぼけた顔のヤマダくんは、きっと今の今まで寝ていたに違いない。
<え! 何これ! 嘘! 本物の乃有さん!? 嘘! シルヴァン! オーランド! やばい!>
「久しぶりヤマダくん。元気だった? ユクレシア、どう?」
大はしゃぎの様子のヤマダくんを見ながら、僕も内心大はしゃぎであった。
シルヴァンとオーランドがヤマダくんの後ろから、顔を出すのが見えて、僕の目には涙がたまっていった。横を見たら、優しい顔で僕のことを見ているヒューがいて、ぽろっと涙が溢れてしまった。
<ヒュー! すごいじゃん! 乃有さん、本当に会えたの!?>
<ああ、ヒュー。よかった……よかったですね、ノアも……>
<おおお、すげー! 元気でやってんのかー!>
シルヴァンの目にも涙が浮かんでいて、ヒューの呪いの経緯を聞いていた僕は、それを見てまた涙をこぼした。
ずっとヒューの呪いのことを心配していたシルヴァンにとっては、ずっと待ち望んでいた報告だったはずだった。僕が指で涙を拭っていると、ヒューが言った。
「光。ペンダント、ありがとな」
<<ヒカル???>>
<…………ん? って、あれ? ヒュー……もしかして>
「ああ、悪いな。ずっと騙してて」
三人が首をかしげている様子を見て、僕の心臓はドクンと跳ねた。
もしかしてヒューはヤマダくんに、自分が『隼斗』だと伝える気なんだろうか、と恐る恐るヒューの様子を伺う。ヤマダくんは勘がよくて、なにか察しているような雰囲気もある。でもきっと、――びっくりすると思う。
どきどき、どきどき、と心臓の音が早くなるのを感じながら、僕はヒューの言葉を待った。
「乃有は、お前の兄貴になったから」
「なッ!?!? な、なってない! まだなってないから!」
<あはは、なんだ。やっぱり兄貴だったんだ>
肝心のヤマダくんよりも、結局自分の方がびっくりしてしまった。
かああ、と顔に熱が集まるのを感じながら、恨めしげにヒューのことを見た。ヤマダくんの笑い声が響き、シルヴァンたちに説明しているのが聞こえた。シルヴァンたちの驚く声が聞こえて、楽しそうな会話は続く。
たくさんたくさん話したいことがあった。きっとヤマダくんたちも。でも今は、三人の元気な顔が見られるだけで、心の底から喜びが込み上げていた。こうやってまた五人で笑い合える日が来るなんて、信じられなかった。
きっとヒューを失ったヤマダくんたちも、同じように思っていたと思う。
本当にヒューはすごい。こんな幸せを、作り出してくれるんだから。
しばらく五人で楽しくて話して、また連絡するねと言って、今日はおしまいにしたのだった。だって、これからはいつでも連絡できるのだ。いつでも連絡ができるっていうのは、本当にすごいことだ。
ヒューとケンカもしてしまったけど、すごく、すごく、幸せな一日だった。
話している間中ずっと隣でヒューが僕の手を握っていたのが恥ずかしくて、ついまた意地を張って、「まだ結婚してないよ」と口を尖らせてしまった。たしかヒューは羽里の前でもそんなことを言ってた。それでもずっと一緒にいたい気持ちは本当だから、あったかい気持ちでいっぱいだった。
ヒューが僕の手をきゅっと握りしめながら言った。
「いいだろ、別に。すぐそうなるんだし」
「……そ、そうかもしれないけど」
「楽しみだな、初夜」
「……ねえ、何回やるんだよ。それ」
もうすでに、四人分の初夜を経験したような気がする僕は、虚ろな気持ちになった。
「それは初夜とは違うだろ」と言っているヒューが、本当に五人分の初夜を捧げてこないことを、僕は祈ったのだった。
おわり!
――――――――――
読んでくださって、どうもありがとうございました!!
この話は絶対に書きたいと思っていたものだったので、
楽しんでいただけると嬉しいです。
そして、このたび――
別作品ではありますが、
「悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方」
(原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし)
が、アンダルシュノベルズ(アルファポリスのBLレーベル)より、
2月15日/2023に、書籍化することになりました!!!
いつも応援してくださっている、みなさんのおかげです。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
アンダルシュノベルズのページで書影が解禁されていますので、
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ばつ森は、この「異世界転移をしたい腐女子の妹~」の書籍化・商業コミカライズを目指しています。その第一歩となるはじめての本です。
本当に本当に、全力の三百倍くらいで書きました!!
もし、書店やアニメイトで見かけた際には、応援していただけると嬉しいです。
特典SSカードつき予約もはじまっております!
これからも楽しい話を書いていきます!
どうぞよろしくお願いします!!
追記:ニュースレターは月2回、限定の短編・番外編・制作秘話を無料で配信してます。登録はTwitterのリンクからできます。よかったらぜひ
ばつ森
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