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番外編:いろんな小噺
世界の命運をかけた【スイカ割り】
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※『アンダルシュ_うち推し』企画のお題『スイカ割り』
※本編CP【天才魔術師ヒュー×巻き込まれ高校生ノア】
※異世界の終末の世界観で作られたBLゲームで、世界を救う勇者パーティ(召喚された勇者ヤマダ+巻き込まれノアを含む)の道中の話です。
「スイカを、棒で割る……? そんなバカなことを、本気で言ってるのか」
何気なくヤマダくんがこぼした言葉に、いつも不機嫌を隠さないヒューの、眉間の皺がさらに深く刻まれた。
ヤマダくんがこの世界の終末を救う勇者であろうと、ヒューはお構いなしだ。
季節は夏だと言うのに、冷たい風が吹き抜けたような気すらする。その様子を見ながら、僕は思った。
(ただの世間話だったのに、――!)
この世界、――ユクレシアは、魔王の出現によって滅びかかっている。
そんな中でも召喚されたヤマダくんは、慣れない世界の中でがんばってると思うし、僕だってようやく心の折り合いがつきはじめたところだった。通りかかった街で見つけたスイカみたいな果物の名前が、まさに『スイカ』で、スイカ割りの話になったって言う、それだけのことだと言うのに、ヒューの反応の冷ややかさに、身も凍る思いだ。
だけど、ヤマダくんは強い。
この全てを凍らせそうな言葉の刃の前に立たされても、オリハルコンでできているとしか思えない強靭な精神力で、あっけらかんとスイカ割りの説明を続けた。
「あはは。わかるよ、ヒュー。食べ物を粗末にするなってことだろ? でも、ちょっとぼろっとしたスイカも、案外美味しいよ」
どうしてだろう。いつもは頼りになるなと思っているヤマダくんの底抜けた明るさが、今は辛い! ヤマダくんには見えてないかもしれないけど、彼の後ろで、僧侶のシルヴァンも戦士のオーランドも、真っ青になっているのだ。
よく、――考えてみよう。
この世界は今、魔王に支配されつつあり、大地は荒廃している。勇者パーティのメンバーである、魔術師ヒュー、僧侶シルヴァン、戦士オーランドを含む、有力な人材が揃っていながらも光属性の魔法の使い手がいないために、この世界はゆっくりと滅びに向かっているのだ。
そんな重い使命を背負った救済の旅の道中で、スイカを見つけてしまった陽キャ代表のヤマダくんが、ちょっと「スイカ割りでもしたいな~」と口にしてしまった心境も、現代日本を知る僕にはわかる。
だが、真っ青になっている二人と、静かに憤慨しているヒューを見る限り、この荒廃した大地でようやく実った果実を、地面に置いて、遊びながら割るだなんていうゲームが、完っ全に、この世界の倫理観から逸脱していることも、――。
(めちゃくちゃわかる!)
戦時中みたいなもんだよヤマダくん! やめようよ! と、言い出せない陰キャぶりを、僕は今、まさに発揮しているところだった。そうこうしている間に二人の意地の張り合いが始まってしまった。
「道中ずっとギスギスしてる必要なんてないだろ? 別に無駄になるわけじゃないんだし、よくない?」
「お前、――勇者パーティがそんなふざけた真似をしてみろ。俺たちがどれだけの期待を背負ってると思ってるんだ!」
「じゃあ何? 俺たちはずっと深刻な顔をしたまま旅を終えないといけないわけ?」
ヤマダくんだって、そんなにスイカ割りがしたいわけじゃないだろうに、多分、引けなくなってしまっているのだ。いつもならすかさず仲裁に当たる年長者のシルヴァンが、あまりの倫理観の違いに固まってしまってることも原因である。
このままじゃまずい! そう思って、勇気を振り絞って僕が仲裁に当ろうとした瞬間、――。
ついに、意地の張り合いでは負けることはないであろう天才魔術師が、明らかに、ヤマダくんのことをコテンパンにしてやろうという悪意を持って宣言した。
「いいだろう。そこまで言うのなら、俺が勝負してやる」
「望むところだ!」
サアッと僕の顔までもが青くなったはずだった。
この世界最強の魔術師、――そして、その本人がこの世界を救うために召喚した光の勇者との、世界の命運をかけたスイカ割りが今、――。
開幕することになった。
(す、スイカ割りが! 世界をかけた戦いになってしまう! まずい!!)
←↑→↓←↑→
「目隠しをしたまま、スイカを棒で割ればいいんだな」
「そうだよ!」
「……って、なんで僕がスイカ持たないといけないの!?」
おあつらえ向きに、ちょうど砂浜のある場所の近くだったのだ。
砂の上に向かい合って立つヤマダくんとヒューの間。何故か大きなスイカを手にした僕は、立っていた。
何故かってそれは、スイカ割りの説明を聞いたシルヴァンが「それは簡単すぎる」と言ったので、僕がスイカを持ったまま、目隠しした二人から逃げることになったのだ。
割れた瞬間に、スイカは落下せずに浮遊して回収されるっていう天才魔術師の魔法が施されることになった。
(そんなことできる人から、スイカを死守しなくちゃいけない僕の役割! 荷が重すぎる!)
なんせ相手は救世の勇者と世界最強の魔術師で、――こちらは、なんの取り柄もない高校生だ。
こんなスイカ割り、絶対に嫌だ! なんでこんなことになってしまったんだろうと思うがもう遅い。若干まだ狼狽えながら、シルヴァンが僕に恐ろしい競技の開始を伝えた。
「では、ノア。ヒカルとヒューも。準備はいいですか? それでは、開始」
「ヒッ」
開始の言葉を聞いた直後、ヤマダくんが全速力で僕に向かって走ってくるのが見えた。砂浜に足を取られながらも、目測で15mは離れているだろうところから、棒を片手に勇者が突進してきた。そして、反対側からは微動だにしないヒューの飛ばした、棒だけが、僕のことを目掛けてすごい速さで飛んで来ているところだった。
僕は、とにかく悲鳴をあげながら逃げ出した。スイカを持って。
「ぎゃああああああ」
――が、その悲鳴のせいで、ヤマダくんが軌道を修正して、着実に僕に向かって走ってくる。目隠しをしているはずなのに、普通に僕の全速力よりも速くて、震え上がる。
その瞬間、――ヒューの方向から飛んできていた棒が青白い光を放ったかと思うと、まるで鋭利な刃物が振り下ろされるかのようなシュパッと音を立てながら、僕の真横で振り下ろされた。
棒である。
そう、――棒なはずであった。
だが明らかに異質なモノとなったその棒は、僕を殺す気で向かってくる。僕は思った。
(ヤマダくんに、勝って欲しい!)
せめてヤマダくんの棒でさえあれば、少なくともただの棒である気がした。だが、――その次の瞬間、耳元でブォンと言う、まるで砲丸でも投げたかのような風を切る音がした。真っ青になったまま振り返れば、ヤマダくんが棒を振り回したところだった。
「ヒッ」
僕の意識は恐慌の最中にあった。そして、勇者と最強の魔術師を相手にしているという現実を認識し、何を思ったのか、とにかくすぐ側にいるヤマダくんから逃げようと僕はヒューに向かって全速力で走り出した。
「ぎゃああああああ」
「……あ、おい。こっち来るな」
珍しく、ちょっと焦ったヒューの声が聞こえた。だが、――まさかの勇者の一撃と最強魔術師の魔法から逃げている僕は、それどころではないのだ。そして、焦りに焦ったあげく、目隠ししたヒューの目の前で、僕は足をもつれさせた。
まずい! と、全身が凍る。体中に緊張が走る。
チッという舌打ちの音が前方から聞こえた途端、――。
ふわっと抱えていたスイカが宙に浮き、シュパッと音を立てて、どういうわけだかちょうど五等分に割れた。
(あ……え? ヒューが勝ったってことになる?)
そう思った矢先、――。
浮いたその五分の一のスイカに、僕の手が引っかかり、ヒューの胸に突っ込んだ僕の頭の上に落ちてきた。
「なッ」
「あっ ま、待って。ヒュー、わあッ」
ズサッと音がして、僕は思い切りヒューを押し倒した。何が起きたのか理解できずに、スイカ塗れのまま、ヒューの胸の上で思考を停止した。
ぽた、ぽた、と僕の手の平にスイカの赤い果汁が滴るのを、ただ、じっと見ていることしかできなかった。
だが、それも不機嫌極まりない声が降ってくるまでだった。
「お前……わざとやってんのか」
「そ、そんなわけない」
僕の手の平の下、滴り落ちた赤い汁は、気がつけば目隠しをしたヒューの首元へと、流れ落ちていくところだった。
その様子を見て、僕の体温はさらにぐんと下がった。妹がプレイしていたBLゲームの中でも、ヒューの潔癖症は、プロフィールにも書かれているほどなのだ。僕が抱えていたスイカの果汁がつくだなんて、信じられない事態なはずだった。
「ご、ごめん!」
そう言いながら、慌てて飛び退こうとした、――のだが。その五分の一スイカを持った手ごと、ぎゅっと掴まれた。
ビクッと震えてしまったのも束の間、それから上半身を起こしたヒューの、薄い唇から舌が覗いたかと思うと、そのままぺろっと手を舐められた。
「え!?」
驚愕のあまり、ヒューに乗っかったままさらに固まる。
何が起きているのかがさっぱりわからない。
でも、――舌で救われた赤い汁は、そのまま、いつの間にか目隠しを外したらしい天才魔術師の口へと吸い込まれていった。
こんな大変な事態だと言うのに、伏せた薄茶色のまつ毛が綺麗で、思わず見蕩れてしまった。
しばらく呆然としていたら、いつの間にかそのまつ毛が僕の方を向き、そして、――上目遣いに紫色の美しい瞳が覗いた。
「……もったいないから」
「ひゅ、ヒュー?」
ドキッと心臓が跳ねる。
つい先日聞いたばかりの、「ヒューはノアさんのこと大好きですよね」というヤマダくんの言葉が、うっかり頭に浮かんでしまいそうになる。
きれいな瞳に見つめられて、どきどきと心臓の音が速くなっていく。
僕の顔はまっ赤なこと、間違いなしだった。
早く手をどけないとと思うのに、ヒューは何故か離してくれないのだ。
つー、となぞるように手首の内側を舌でなぞられて、ピクッと体が震えてしまう。
「んっ」
「…………」
思わずもれてしまった僕の変な声に、動きを止めたヒューと目が合う。かああ、とさらに顔に熱が上がった。
ど、どうしようと焦っていたら、後ろからヤマダくんが駆けてきて、重なり合った僕たちの横に立ったのがわかった。
そして、ヤマダくんの呆れたような声が聞こえた。
「なんか楽しんでない? ヒュー」
「黙れ。こんな幼稚な遊びが楽しいわけないだろ」
「ふふふ。ノアさん、かわいいもんね」
ぷいっと横を向きながらそう言うと、ヒューは立ち上がってすぐにどこかへ行ってしまった。
あんな態度を取られても、ニコニコしているヤマダくんのメンタルの強さを再認識しながら、僕は未だ、頭の上にクエッションマークを浮かべていた。
砂浜の上で、ぽかんと座っている僕と立っているヤマダくんの元に、シルヴァンとオーランドが駆け寄ってきた。
宙に浮いてるスイカを見ながら「ヒューの勝ちですね」とシルヴァンが言った。そして、オーランドが、「あれ? ヒューはスイカ食べないのか?」と尋ねた。
ヤマダくんはちらっと僕の方を意味深な目線で見ると、ニヤッと笑って言った。
「もう食べたからいいんだよ、ヒューは。ね、ノアさん」
「えっ あ、え!! え!?」
慌てている僕を横目に、ヤマダくんはつまらなそうに呟いた。
「俺、結局のところヒューは、ノアさんの尻に敷かれると思うな」
「……ヤマダくんは、何を言ってるの?」
「私は、ヒカルの言ってること、ちょっとわかりますよ」
「俺もー」
そうして、首を傾げながらも、残された四人でスイカを食べたのだった。
「果実を割るだなんて……と思ってましたけど、案外面白い遊びでしたね」
「いや、シルヴァン。違うからね。今のが本物の【スイカ割り】ってわけじゃないから」
「え? そうなんですか?」
そして、スイカの種を飛ばす遊びもあるとヤマダくんが言って、再びオーランドとシルヴァンが青くなっているのを見ながら、未だ頬の赤いままの僕は、もそもそと口を動かしたのだった。
そんな、――とある勇者パーティの話。
その後のことは、皆さんの知っている通りで。まだ僕らのこと、知らない方がいたら、長く短い、僕たちの世界を超えた恋愛のこと、――よかったら覗いてみて下さい。
おわり!
※読んで下さって、ありがとうございました!時系列は砦のゴブリン遭遇の後くらいです。
※本編CP【天才魔術師ヒュー×巻き込まれ高校生ノア】
※異世界の終末の世界観で作られたBLゲームで、世界を救う勇者パーティ(召喚された勇者ヤマダ+巻き込まれノアを含む)の道中の話です。
「スイカを、棒で割る……? そんなバカなことを、本気で言ってるのか」
何気なくヤマダくんがこぼした言葉に、いつも不機嫌を隠さないヒューの、眉間の皺がさらに深く刻まれた。
ヤマダくんがこの世界の終末を救う勇者であろうと、ヒューはお構いなしだ。
季節は夏だと言うのに、冷たい風が吹き抜けたような気すらする。その様子を見ながら、僕は思った。
(ただの世間話だったのに、――!)
この世界、――ユクレシアは、魔王の出現によって滅びかかっている。
そんな中でも召喚されたヤマダくんは、慣れない世界の中でがんばってると思うし、僕だってようやく心の折り合いがつきはじめたところだった。通りかかった街で見つけたスイカみたいな果物の名前が、まさに『スイカ』で、スイカ割りの話になったって言う、それだけのことだと言うのに、ヒューの反応の冷ややかさに、身も凍る思いだ。
だけど、ヤマダくんは強い。
この全てを凍らせそうな言葉の刃の前に立たされても、オリハルコンでできているとしか思えない強靭な精神力で、あっけらかんとスイカ割りの説明を続けた。
「あはは。わかるよ、ヒュー。食べ物を粗末にするなってことだろ? でも、ちょっとぼろっとしたスイカも、案外美味しいよ」
どうしてだろう。いつもは頼りになるなと思っているヤマダくんの底抜けた明るさが、今は辛い! ヤマダくんには見えてないかもしれないけど、彼の後ろで、僧侶のシルヴァンも戦士のオーランドも、真っ青になっているのだ。
よく、――考えてみよう。
この世界は今、魔王に支配されつつあり、大地は荒廃している。勇者パーティのメンバーである、魔術師ヒュー、僧侶シルヴァン、戦士オーランドを含む、有力な人材が揃っていながらも光属性の魔法の使い手がいないために、この世界はゆっくりと滅びに向かっているのだ。
そんな重い使命を背負った救済の旅の道中で、スイカを見つけてしまった陽キャ代表のヤマダくんが、ちょっと「スイカ割りでもしたいな~」と口にしてしまった心境も、現代日本を知る僕にはわかる。
だが、真っ青になっている二人と、静かに憤慨しているヒューを見る限り、この荒廃した大地でようやく実った果実を、地面に置いて、遊びながら割るだなんていうゲームが、完っ全に、この世界の倫理観から逸脱していることも、――。
(めちゃくちゃわかる!)
戦時中みたいなもんだよヤマダくん! やめようよ! と、言い出せない陰キャぶりを、僕は今、まさに発揮しているところだった。そうこうしている間に二人の意地の張り合いが始まってしまった。
「道中ずっとギスギスしてる必要なんてないだろ? 別に無駄になるわけじゃないんだし、よくない?」
「お前、――勇者パーティがそんなふざけた真似をしてみろ。俺たちがどれだけの期待を背負ってると思ってるんだ!」
「じゃあ何? 俺たちはずっと深刻な顔をしたまま旅を終えないといけないわけ?」
ヤマダくんだって、そんなにスイカ割りがしたいわけじゃないだろうに、多分、引けなくなってしまっているのだ。いつもならすかさず仲裁に当たる年長者のシルヴァンが、あまりの倫理観の違いに固まってしまってることも原因である。
このままじゃまずい! そう思って、勇気を振り絞って僕が仲裁に当ろうとした瞬間、――。
ついに、意地の張り合いでは負けることはないであろう天才魔術師が、明らかに、ヤマダくんのことをコテンパンにしてやろうという悪意を持って宣言した。
「いいだろう。そこまで言うのなら、俺が勝負してやる」
「望むところだ!」
サアッと僕の顔までもが青くなったはずだった。
この世界最強の魔術師、――そして、その本人がこの世界を救うために召喚した光の勇者との、世界の命運をかけたスイカ割りが今、――。
開幕することになった。
(す、スイカ割りが! 世界をかけた戦いになってしまう! まずい!!)
←↑→↓←↑→
「目隠しをしたまま、スイカを棒で割ればいいんだな」
「そうだよ!」
「……って、なんで僕がスイカ持たないといけないの!?」
おあつらえ向きに、ちょうど砂浜のある場所の近くだったのだ。
砂の上に向かい合って立つヤマダくんとヒューの間。何故か大きなスイカを手にした僕は、立っていた。
何故かってそれは、スイカ割りの説明を聞いたシルヴァンが「それは簡単すぎる」と言ったので、僕がスイカを持ったまま、目隠しした二人から逃げることになったのだ。
割れた瞬間に、スイカは落下せずに浮遊して回収されるっていう天才魔術師の魔法が施されることになった。
(そんなことできる人から、スイカを死守しなくちゃいけない僕の役割! 荷が重すぎる!)
なんせ相手は救世の勇者と世界最強の魔術師で、――こちらは、なんの取り柄もない高校生だ。
こんなスイカ割り、絶対に嫌だ! なんでこんなことになってしまったんだろうと思うがもう遅い。若干まだ狼狽えながら、シルヴァンが僕に恐ろしい競技の開始を伝えた。
「では、ノア。ヒカルとヒューも。準備はいいですか? それでは、開始」
「ヒッ」
開始の言葉を聞いた直後、ヤマダくんが全速力で僕に向かって走ってくるのが見えた。砂浜に足を取られながらも、目測で15mは離れているだろうところから、棒を片手に勇者が突進してきた。そして、反対側からは微動だにしないヒューの飛ばした、棒だけが、僕のことを目掛けてすごい速さで飛んで来ているところだった。
僕は、とにかく悲鳴をあげながら逃げ出した。スイカを持って。
「ぎゃああああああ」
――が、その悲鳴のせいで、ヤマダくんが軌道を修正して、着実に僕に向かって走ってくる。目隠しをしているはずなのに、普通に僕の全速力よりも速くて、震え上がる。
その瞬間、――ヒューの方向から飛んできていた棒が青白い光を放ったかと思うと、まるで鋭利な刃物が振り下ろされるかのようなシュパッと音を立てながら、僕の真横で振り下ろされた。
棒である。
そう、――棒なはずであった。
だが明らかに異質なモノとなったその棒は、僕を殺す気で向かってくる。僕は思った。
(ヤマダくんに、勝って欲しい!)
せめてヤマダくんの棒でさえあれば、少なくともただの棒である気がした。だが、――その次の瞬間、耳元でブォンと言う、まるで砲丸でも投げたかのような風を切る音がした。真っ青になったまま振り返れば、ヤマダくんが棒を振り回したところだった。
「ヒッ」
僕の意識は恐慌の最中にあった。そして、勇者と最強の魔術師を相手にしているという現実を認識し、何を思ったのか、とにかくすぐ側にいるヤマダくんから逃げようと僕はヒューに向かって全速力で走り出した。
「ぎゃああああああ」
「……あ、おい。こっち来るな」
珍しく、ちょっと焦ったヒューの声が聞こえた。だが、――まさかの勇者の一撃と最強魔術師の魔法から逃げている僕は、それどころではないのだ。そして、焦りに焦ったあげく、目隠ししたヒューの目の前で、僕は足をもつれさせた。
まずい! と、全身が凍る。体中に緊張が走る。
チッという舌打ちの音が前方から聞こえた途端、――。
ふわっと抱えていたスイカが宙に浮き、シュパッと音を立てて、どういうわけだかちょうど五等分に割れた。
(あ……え? ヒューが勝ったってことになる?)
そう思った矢先、――。
浮いたその五分の一のスイカに、僕の手が引っかかり、ヒューの胸に突っ込んだ僕の頭の上に落ちてきた。
「なッ」
「あっ ま、待って。ヒュー、わあッ」
ズサッと音がして、僕は思い切りヒューを押し倒した。何が起きたのか理解できずに、スイカ塗れのまま、ヒューの胸の上で思考を停止した。
ぽた、ぽた、と僕の手の平にスイカの赤い果汁が滴るのを、ただ、じっと見ていることしかできなかった。
だが、それも不機嫌極まりない声が降ってくるまでだった。
「お前……わざとやってんのか」
「そ、そんなわけない」
僕の手の平の下、滴り落ちた赤い汁は、気がつけば目隠しをしたヒューの首元へと、流れ落ちていくところだった。
その様子を見て、僕の体温はさらにぐんと下がった。妹がプレイしていたBLゲームの中でも、ヒューの潔癖症は、プロフィールにも書かれているほどなのだ。僕が抱えていたスイカの果汁がつくだなんて、信じられない事態なはずだった。
「ご、ごめん!」
そう言いながら、慌てて飛び退こうとした、――のだが。その五分の一スイカを持った手ごと、ぎゅっと掴まれた。
ビクッと震えてしまったのも束の間、それから上半身を起こしたヒューの、薄い唇から舌が覗いたかと思うと、そのままぺろっと手を舐められた。
「え!?」
驚愕のあまり、ヒューに乗っかったままさらに固まる。
何が起きているのかがさっぱりわからない。
でも、――舌で救われた赤い汁は、そのまま、いつの間にか目隠しを外したらしい天才魔術師の口へと吸い込まれていった。
こんな大変な事態だと言うのに、伏せた薄茶色のまつ毛が綺麗で、思わず見蕩れてしまった。
しばらく呆然としていたら、いつの間にかそのまつ毛が僕の方を向き、そして、――上目遣いに紫色の美しい瞳が覗いた。
「……もったいないから」
「ひゅ、ヒュー?」
ドキッと心臓が跳ねる。
つい先日聞いたばかりの、「ヒューはノアさんのこと大好きですよね」というヤマダくんの言葉が、うっかり頭に浮かんでしまいそうになる。
きれいな瞳に見つめられて、どきどきと心臓の音が速くなっていく。
僕の顔はまっ赤なこと、間違いなしだった。
早く手をどけないとと思うのに、ヒューは何故か離してくれないのだ。
つー、となぞるように手首の内側を舌でなぞられて、ピクッと体が震えてしまう。
「んっ」
「…………」
思わずもれてしまった僕の変な声に、動きを止めたヒューと目が合う。かああ、とさらに顔に熱が上がった。
ど、どうしようと焦っていたら、後ろからヤマダくんが駆けてきて、重なり合った僕たちの横に立ったのがわかった。
そして、ヤマダくんの呆れたような声が聞こえた。
「なんか楽しんでない? ヒュー」
「黙れ。こんな幼稚な遊びが楽しいわけないだろ」
「ふふふ。ノアさん、かわいいもんね」
ぷいっと横を向きながらそう言うと、ヒューは立ち上がってすぐにどこかへ行ってしまった。
あんな態度を取られても、ニコニコしているヤマダくんのメンタルの強さを再認識しながら、僕は未だ、頭の上にクエッションマークを浮かべていた。
砂浜の上で、ぽかんと座っている僕と立っているヤマダくんの元に、シルヴァンとオーランドが駆け寄ってきた。
宙に浮いてるスイカを見ながら「ヒューの勝ちですね」とシルヴァンが言った。そして、オーランドが、「あれ? ヒューはスイカ食べないのか?」と尋ねた。
ヤマダくんはちらっと僕の方を意味深な目線で見ると、ニヤッと笑って言った。
「もう食べたからいいんだよ、ヒューは。ね、ノアさん」
「えっ あ、え!! え!?」
慌てている僕を横目に、ヤマダくんはつまらなそうに呟いた。
「俺、結局のところヒューは、ノアさんの尻に敷かれると思うな」
「……ヤマダくんは、何を言ってるの?」
「私は、ヒカルの言ってること、ちょっとわかりますよ」
「俺もー」
そうして、首を傾げながらも、残された四人でスイカを食べたのだった。
「果実を割るだなんて……と思ってましたけど、案外面白い遊びでしたね」
「いや、シルヴァン。違うからね。今のが本物の【スイカ割り】ってわけじゃないから」
「え? そうなんですか?」
そして、スイカの種を飛ばす遊びもあるとヤマダくんが言って、再びオーランドとシルヴァンが青くなっているのを見ながら、未だ頬の赤いままの僕は、もそもそと口を動かしたのだった。
そんな、――とある勇者パーティの話。
その後のことは、皆さんの知っている通りで。まだ僕らのこと、知らない方がいたら、長く短い、僕たちの世界を超えた恋愛のこと、――よかったら覗いてみて下さい。
おわり!
※読んで下さって、ありがとうございました!時系列は砦のゴブリン遭遇の後くらいです。
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