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第二章 NOAH
42 異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていたことを知らない
しおりを挟む「生まれ変わったみたいだ」
そう言いながら、胸をさすっている隼斗を見ながら、ようやく泣き止んだ僕は、にこにこと笑顔を浮かべた。お姉さんも意地っ張りで、謝ることができなかったんだろうけど、いや、あんなに長い年月をかけても、謝れなかったなら、それはもしかすると、ヒューよりも、意地っ張りかもしれないな、とちょっと思う。
でも、それでも、ヒューの幸せを願って行ったんだから、それはもう、おんなじことだよねと、僕は思った。
これからはどんなことしようかな、と思いを馳せる。日本にだっていろんな場所がある。世界にだっていろんな場所がある。動く鉄の塊には驚いてくれなくても、きっとヒューと、隼斗と行ったら、楽しいだろうなと思うのだ。
「ねえ、ヒュー。これからどうする?楽しみだなあ。地球でも、一緒にいろんなことが、できるね」
「何言ってんだ、乃有。本番は、これからだろ」
「───へ?」
本番ってなんだっけ?と、僕は首を傾げた。そうしたら、隼斗は続けて言った。
「俺の魂はもう、地球の輪廻に入ってる。どこの世界に行ったって戻って…」
そう、隼斗が、言いかけた時だった。玄関のドアがバタンッと開く音がして、「ただいまー!お兄ちゃん帰ってる?!」と、いつもよりも数倍元気な声が聞こえた。
「ほら、帰ってきたぞ」
そう言いながら、隼斗はおもむろに、僕の部屋のクローゼットを開け、かかっている僕の服に向かって、風魔法をぶっ放した。
「ハア?!」
何が起きてるのかわからずに、思わず、隼斗の背中にしがみつく。でも、その僕の前には、驚くべき光景が広がっていた。一列しかないはずの僕の服が、突風に靡いたと思ったら、その奥に、幾重にも、何列にも、ずっとずっと奥まで、服のカーテンができていたのだ。そして、その服の海をモーゼの十戒よろしく、風魔法で割り裂いた先に、その何段にも続いたカーテンの奥に、石造りの漆黒の部屋が現れたのだ。
距離にして、目算で、十メートルほど奥だ。
僕の部屋のクローゼットの裏は、階段があるはずだった。完全に、物理法則を無視しているその真っ黒な部屋に…その部屋に…住んでいる奴に心当たりがあって、ハッとした。
よく見てみれば、その部屋の中央に置かれた、黒いソファーの上で、びっくりした顔をしている、見知った黒い影が見えた。
自分のクローゼットの奥が、そんなことになってるだなんて、全く気がついていなかった。
「───え。何この邪神殿……」
「その通りだよ。お前のクローゼット。邪神殿になってるぞ」
「え?え?どういうこと?!…って、あっそうだ!そうだよ。ヒュー、邪神のこと、いつから知ってたの??」
隼斗は心底嫌そうな顔をすると、ヒューも邪神の力で転生してた、という驚愕の事実を僕に伝えた。それから、ユクレシアで、僕が話した制約の話から、僕が二つの願いを邪神と契約してることに気づいたヒューは、その一つの闇をも、自分で引き受けていたらしい。
「え…じゃあ、『結末までいる』ていうのが僕の制約で…『邪神の存在を明かさない』っていう制約は…」
「そう。俺とはじめてした直後の体に、毎回戻させた。乃有だけ大人になったら嫌だったから」
「………え、何その、具体的すぎるタイミング…」
なんだろう。何かものすごく、ねっとりした執着を感じないでもない。
でも、地球にたどり着いた後だっていうのに、自分の経験と、僕のユクレシアでの話から、もう一つ願いがあったことに気がつくなんて、本当に、ヒューはすごい。確かに、僕はそんな年齢のことなんて全く考えなかっただろうし、そのまま帰還してしまったら、きっと、ものすごく困ったことになったはずだった。
(そうだ…二十七歳高校二年生とかに、ならなくてよかった~、とか…軽く思ってて)
だというのに、そんな馬鹿な僕とは逆に、ヒューは、僕が請け負わないとだめだった闇までも、背負って、苦しい思いをしてきたのか、と、また涙が出そうになった。
だけど、───
隼斗が手を翳すと、ギュインと音がして、引力のような感じで、すごい勢いで邪神が引き寄せられた。そしてズバンと、まるでグローブに野球のボールがハマったかのような音がして、隼斗の手には、邪神がぴったりとくっつき、バタバタと暴れていた。
「貴様!またしても神である我輩になんということを!天罰を落とすぞ!」
「そんなこと言っていいのか?契約が終わったはずなのに、乃有から闇、取っただろ。今朝、乃有が早退するのが見えた後、お前の力が上昇したのを感じた。契約違反だ。地球の神は厳しいんだろ?対価だ。もう一回付き合えよ」
「う……そ、それはそいつが契約終了を保留にしたいと…!な!なんで我輩が!!!」
「散々俺たちで遊んだんだ。これから、しっかり乃有の妹に紹介してやる」
「なっ!いや!待て!あの子供は嫌だ!闇が全くない奴なんかと一緒にいたら、干からびてしまう。いや、そうだ。お前、もう一度契約してやろう。お前の闇は濃厚なチョコレートのように深い味わいで って! ああっ!」
バンッとノックもなく、僕の部屋の扉が開き、羽里が、僕と隼斗の顔を見て、叫び声をあげた。
「あれ?あー!山田くんのお兄ちゃん!!!やっぱりー!!」
羽里はそう言うと、「やっと思い出したんでしょ」と言いながら、ちょっと恥ずかしそうな、嬉しそうな、なんだかわからない表情で、僕と隼斗の顔をちらちらと見た。それから、突然スンッと、渋い探偵のような顔になると「事後かな」と小さく呟いた。それから「これからは妹の私が、敵として、大いに立ちはだかりましょう」と、にやにやしていた。僕は意味がわからなくて、羽里に尋ねようとして、羽里の腕に、見たこともないものがついているのに気がついた。
「羽里、お前、それ何───」
「ああこれ?また見つけちゃったの!勇者っぽいブレスレット。これ持ってたら、きっときっと、ついに私も召喚されるんじゃないかと思って。だって今日は、───」
そこまで言いかけて、ふふふ、と嬉しそうに羽里は笑った。いつものぽやんとした雰囲気ではなく、テンションがやっぱり高い。僕は目をぱちぱちとさせながら、妹の次の言葉をまった。今日は、なんかあったっけ?と、僕が思っていると、───恐るべき事実を、羽里が宣った。
「私の誕生日だし」
──────は?
僕の意識はすこーんと、宇宙の彼方へと飛ばされた。
そして、───
僕たちの立っている床の上に、幾何学的な模様が広がるのは一瞬だった。
サアッと顔が青ざめる。体から体温がなくなっていく。今日が羽里の誕生日だったなんて、すっかり忘れてしまっていた。自分の恋愛に忙しくて、妹の誕生日を忘れてしまうだなんて、兄として最悪だ…!と、思いかけて、ハッとする。
違う違う。
それよりも、そんなことよりも、今、最悪な事態が、目の前で起きているのだった。
僕の隣には、え?え?と、明らかに期待で目を輝かせている妹。
それから、全てを知っているかのような顔でツンと澄ましている、最愛の人も。そして、その手には、未だバタバタしている邪神が捕まっている。
僕は、一度目を閉じて、心を落ち着かせようとした。
いや、普通に無理だった。
でも、ついに来てしまったこの時に、今、すべきことは一つだった。
さっと流れるような動きで、手を伸ばし、僕の机の横にかかっている、いつものバックパック、───もはや異世界には必ず同行している、安心の異世界転移セット、を背負い、右手で、妹の腕を掴み、左手で最愛の人の、おそらくは世界最強の天才魔術師の腕を掴んだ。
僕たち三人、と一匹は、僕にとっては何度目かもよくわからないけど、その白い光に包まれた。
でも僕は覚えていた。天才魔術師は、「もう地球の輪廻に入ったから、どの世界に行っても…」と言いかけていた。それに、召喚魔法陣が発動しても、なんら慌てることもなく、阻止しようとする素振りもなかった。
ヒューは、僕にとっての家族という存在を、ちゃんと知ってるのだ。ヒューが僕が傷つくようなことを、するはずがない。
(っていうことは、多分…大丈夫なんだ。きっと、大丈夫なんだ…)
慌てることなどない。
至って冷静に、対処できて然るべき状況だった。叫び声など、あげるはずもない。
僕は、すうっと大きく、息を吸い込んだ。
「ぎゃああああああああああああああああ」
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
ヒュオオオっという、すごい勢いの風の音。
ヒュンッとジェットコースターに乗っているときのような浮遊感を感じた。
ぎゅっとつぶって、隼斗と羽里にしがみついてた僕は、そっと、目を開け、目の前に広がっている光景に、呼吸を忘れた。
「ひっ」
今まで幾多の異世界へと転移してきた。
だが、待ってくれ。こんな状況は聞いていない。
「ぎゃあああああああああああ」
僕は今、両腕に最愛の人たちを抱えて、まっさかさまに空を落ちているところだった。
すごい勢いで、上に昇っていく自分の涙を感じながら、ぶるぶるとすごい風圧で震える唇を感じながら、上空メートルをまっさかさまに落ちながら、ちらっと横を見てみたのだ。
隣には、今、まさに死を目前にしてるかもしれないのに、目をきらっきらさせている妹。反対側に、いつもと何ら変わらないツンとした顔をしてる隼斗を確認し、どうして僕ばかりがこんなに怯えているんだと思ったら、また一つ涙の粒が、また天へと上がって行った。
隼斗が言った。
「そういえばさ、乃有に会えたら、光たちに連絡するって約束したんだ。ちゃんと結婚したよって報告しよう」
「え?!なに、お兄ちゃん結婚?!待って。待ってよ。今から、私の冒険が始まるとこなんだけど、兄の結婚までのエピソードが気になって、異世界BLどころじゃないんだけど!!せっかくお兄ちゃんが一緒なんだから、巻き込まれ不憫からの総受k…じゃなくて…総愛され期待してたんだけど!!!」
「そんな展開はない」
(してない、───結婚はまだ、してない!あっ違!『まだ』とかじゃなくて、し、してない!)
(ていうか、この状況で、何この世間話!ていうかヒュー、BL知ってんの?!)
そして僕は悟った。
よくは分からない。
よくは分からないのだが、僕の異世界転移は、ちょっとおかしな妹と、ちょっとおかしなツンデレ天才魔術師…と思いかけて、いや、もう大賢者だよ…と思い直す。僕の異世界転移はちょっとおかしな妹と、ちょっとおかしな大賢者様と共に、こうやって、続いていくのかも、しれない。でも僕だけは、このちょっとおかしな人たちに影響されることなく、普通に、普通に、この状況に反応する人間であろうと思った。
僕は、すうっと大きく、息を吸い込んだ。
僕たちの下に広がる緑の広大な大地と、突き抜けるような青い空、真っ白な雲。
これから始まる新しい冒険に、今度は大好きな人たちが一緒なことを思い、少しだけ、ほんの少しだけ、期待して、それから、大いに恐怖を吐き出したのだった。
「ぎゃあああああああああああああ」
おわり!
ー───────────────
最後まで読んでいただき、本当に、本当に、ありがとうございました!!!
こういう壮大なスケールのBLを書くのが好きなので、今後も、こんな感じの作品を書いて行きます。
もしよかったら、ばつ森の作家ページをお気に入り登録していただけると、新しい作品を書き始めた時に、通知が行くと思いますので、ぜひぜひ↓↓
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/188089531
これからも書き続けますので、どうぞ、よろしくお願いします!!
ありがとうございました!!!
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