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第二章 NOAH

35 ヒュー・レファイエットの記憶 09

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 ユクレシア最期の日、───


「その呪いを解くのではなく、特定の時間に、『地球』に転生させて欲しい?それが、願いか」
「ああ。そうだ」

 俺の目の前に現れた、肩までの黒髪に、赤い瞳の、この世のものとは思えない美丈夫は、そう尋ねて、目を細めた。

「ふん。転移を願わない辺りが、本当に小賢しいな」
「本来なら、こんな如何わしい手段は取りたくなかった」
「い…いかがっ?!おい、失礼だぞ。…だがお前の判断は正しい。現状、この世界でお前がどれだけがんばったとして、地球にたどり着く術はない。我輩の力を以てしても、転移は不可能だ。あの世界は、他の世界と違って、まるで夢でも見てるように、異世界に対する期待が大きいんだ。転生という手段をとったとしても、それでも難しい。だが、もしも転生できたとして、───特定の時間に、転生というのは、願いとしては二つになる」

 異世界への期待?と、俺は首を傾げた。
 異世界の者を拒むようなあの奔流は、まさか本当に、異世界へ憧れている気持ちが影響しているのだろうか。隙間を縫うような、すごく繊細な作業が必要とされていると感じていたが、あれは、そういうことだったのか。

(異世界に憧れてる奴が多く、異世界からの侵入を拒む世界…か)

 ノアの世界は、まるで意志を持っているようだな、と、小さくため息をついた。
 強固な異世界への憧れが、まさか本当に、異世界からの人間の侵入を拒むなんてことが、現実としてあるだなんて、と、信じられない気持ちだった。
 だとすれば、やっぱり何かしらの『理由』が必要なのだろうか、と、思い、前々から考えていたことを口にした。

「お前の対価も承知している。チキューの輪廻に侵入する免罪符は、このペンダントを、勇者として召喚するために『届けたい』で、足りるだろうか」

 勇者のペンダントを見せながら、俺は尋ねた。
 俺は、一つの可能性を考えていた。転移ではなく、転生の方向で考えはじめ、異空間収納袋を『千世界の輪』に、本当に繋ぐことができた時。そして、ヤマダがこのペンダントを俺に渡した時。このペンダントを、ヤマダに渡すのは、もしかして、俺なのではないかという考えに、行き着いた。
 それは俺に一つの希望をもたらした。
 俺はどうにかして、ノアとヤマダがいる時代に、地球に辿り着くことができるのではないかと。異世界からの者を拒む世界だとはいえ、勇者召喚がすんなりと運ぶ世界なのだ。それなら転生の免罪符になるのではないかと。

「なるほど。確かにお前が届けることも可能か。ふむ。あの世界は、異世界に行くのは大歓迎だからな……」

 あの時、ヤマダにペンダントをもらっておいて、本当によかった。それに、あの時、何も知らないノアに会わなければ、俺は、千世界の輪に、収納袋をつなぐだなんて、諦めてしまったかもしれなかった。もしかすると、転生の条件に引っ掛かり、転生できない可能性もあったのか、と、そのギリギリさに、ひやりとした。

(なんて世界なんだ…まるで御伽の世界だ…)

 どうして異世界からの侵入が弾き返されてしまうのかと、何度も頭を抱えていたが、まさかこんなにも、異世界の者がチキューの輪廻に入るのが難しいだなんて、と、驚く。
 とにかく、それで転生ができるというのなら、それでいい。俺は邪神との契約を詰めていくことにした。

「転生は回数を経ていきたい」

 前から考えていた。
 邪神は必ず対価として、闇を齎す制約を要求するはずだった。俺が、たとえば一度で転生を叶えられたとして、それでは、邪神に、闇を与えることはおそらくできない。
 俺は念願のチキューに転生してうれしいだろうし、その後に闇を対価として取られるのであれば、ノアが俺の光である以上、確実にノアが巻き込まれることになる。

 対価となる闇は、必ず、転生までに消化しなくてはならなかった。

 では、どうすれば、と邪神の対価を考えた時、転生の回数が増えれば、闇が深まるだろうと思った。俺はノアに会いたくて、会えない状況で、いつまで続くかもわからない転生を繰り返せば、きっと病む。対価として邪神が満足する、その、は、いかほどのものかと思っていたのだ。

 それに、チキューの輪廻に入るのはとても難しいらしいということを考えても、いくつかの世界を経てから行けば、すんなりと、受け入れてもらえるかもしれないとも、思った。
 邪神は、一瞬驚いたような顔をして、それから、片眉をあげた。

「回数を…?ほう。確かに、それは、より円滑にチキューに転生することができるかもしれない。だが、お前まさか、記憶を残したまま転生したいという願いを、増やすのではなく、としているのか。そうまでして、地球にたどり着いてから、闇を消化したくないと」

 思わず、ドキッと心臓が跳ねるのを感じた。
 何故、「記憶を残したい」という希望が、「地球で闇を消化したくない」という願いが、バレたのだろう、と、内心舌打ちをした。

 俺の本当の願いを、細かく分解して言うのならば、それは、『記憶を残したまま、ノアの生まれた年に、地球に転生したい』という三つの願いになる。だが、邪神に頼む願いは一つにつき、一つ闇をもたらす制約がつく。
 本当は、こんな悪魔の取引のようなものを使い、転生をしたくはなかった。だが、人間の力では、転生という領域までも、手を伸ばすのは不可能だった。
 邪神という存在は、どの文献でも、道化のような扱いだ。
 強大な力を持ち、だけど、自分が愉快なことを好む。きっと、この案件自体には、食いつくだろうと思った。 
 ただ、三つもの闇を抱えたまま、地球に転生することは、絶対に避けねばならない状況だった。

 俺は考えた。少しでも制約の闇を減らし、チキューに辿り着くまでに消化する方法を。

 記憶を持ったまま、何度も転生することは、おそらく、俺に闇をもたらす。だからそこを、制約として引くことはできないだろうか、と考えたのだ。だけど、三つ全てを相殺することはできず、結局、「ノアの生まれる年、に、チキューに転生」という二つの願いが残った。でも一つ目の制約が、回数と記憶で差し引いてもらえるなら、俺の「闇を消化した状態で転生したい」という願いもまた、同時に叶うはずだった。
 だが、もう一つの制約は、まだ何を課されるか、わからなかった。

「お前は、我輩が出会った中でも、一番頭の良い人間かもしれぬ。いいだろう。辛く、長い旅になるだろう。それに、お前はもう、そんなにも、その身に闇を抱えていると言うのに、───耐えられるのか?」
「ああ。どうしても、愛する人の生まれる年に、チキューに転生したい」
「良かろう。では、お前に課す制約は二つだ。癪だが、一つはお前が言ってた通りだ。記憶を蓄積する形で、転生は回数を経ていく。くっくっく。がいいな。五回目の転生で、望み通り、チキューに転生させてやろう。そして、もう一つは、───」

 五回と聞き、百年ほどでノアにたどり着けるのなら、と、にわかに喜んだ。だが、その、やたらとうれしそうな邪神の様子に、少し、身構える。
 この時点では、なぜ、この制約を課されたのか、想像もつかなかった。だけど、この制約に、俺は、おそらく一番苦しむことになった。
 邪神は、にやにやと、それは楽しそうに笑いながら、言った。


「決して、自分がヒュー・レファイエットだと、口外してはいけない」



 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→



 邪神との契約が成った後、最後に、やり直したことはないかと、部屋を見渡しながら、考えた。
 もう、すぐ死ぬのである。流石の俺も、少し、自分の人生のことを振り返っていた。振り返るほどの、人生ではなかった。辛いことの方が、多かった。
 ふと、脳裏に、ノアの笑顔が浮かんだ。
 ユクレシアでの楽しかった時間は、本当に、短い時間だったな、と、思う。勇者召喚の本を撫でながら、もう一度だけ、この世界のことを、考えたのだ。
 闇が大きければ大きいほど嬉しいはずの邪神にもすら、指摘されてしまった。もう、この身には、手に余るほどの、闇を抱えていた。

(闇、───)

 俺は、そっと、目を閉じた。それから、のことを、───思い出した。


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