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第二章 NOAH
05 救世の神子
しおりを挟む「まさか、僕まで魔法学園に通うことになるなんてなあ…」
相変わらず、白装束の人たちは、僕のことを毛虫でも見るような顔をしていたが、神子と一緒に、学園の寮に連れてこられた。ゲームの時も、なんで神子が学園の寮に住むんだろう、と不思議に思ってはいた。もしかすると、そこが恋愛の舞台だから、なんていう製作者側の都合なのかもしれないが、白装束がいうには「この世界の知識をつけてもらうため」と「セキュリティが一番高いから」と、ごにょごにょ言ってはいたが、おそらく、「神殿に権力を偏らせないため」だろうと、僕は思った。
神子は、救世の神子なのだ。暗雲がたちこめている、という予言のされたこの国の、平和を維持するために、祈りを捧げるために召喚されている。その力の全てを、神殿に取られてしまうのは、多分、国としては微妙だったんじゃないかなと思う。
しかし。
(………祈り……あの神子の祈り……で、平和を……?)
僕は、あてがわれた寮の自室で、むむむ、と眉間にしわを寄せた。そう、神子、ーーーあの男子高校生は、ちょっと、おそらく、問題だ。
あの後、神殿内にある、客室のようなところに連れて行かれた後のことだった。
「知らないと思うから、教えてやる。ここはゲームの世界だ」
目の前で、神子として召喚されたはずの男子高校生が、僕に、にっこりと笑いながら、そう言った。その笑顔は、ふわりと羽が舞うような、優しく、美しい笑顔で、僕は一瞬、ぼうっとしてしまった。が、言われた内容は、ぼうっと聞き逃せることではなかった。
あの後、貴族の客室のような場所で、ひとしきり叫んだ後、彼がその部屋にやってきた。周りに白装束がいたが、「すみません、ちょっと同郷の二人で、話してもいいですか?」と、彼が言い、彼らは今、部屋の外にいるのだ。僕は念の為、こっそり、防音の魔法もかけた。こういう魔法も、ヒューと一緒にいるときに、たくさん教えてもらった。
そして彼は、開口一番、そう言った。
僕は、ぽかんとした顔のまま、どうしようかな、と、すこし考えていた。
おそらく、この神子は、ヤマダくんや、ミズキさん、ハルトさんとは、ちょっと違うタイプの人だと思われる。今まで、僕が転移に巻き込まれた…もう、もはや、巻き込んでるんだか、巻き込まれてるんだか、いまいちよくわからないが、とにかく、彼らは、全くゲームの知識などなく、だからこそ、ゲーム通りに怯え、いい方向に転がって行った。
ことヤマダくんに至っては、なぜかあんまり怯える様子もなく、すぐに立ち向かうという、勇者性とも言える強さを発揮した。羽里が「勇者っぽい」と、言っていたが、彼女の人を見る能力は、かなり高いと言えた。多分、元からの性格なんだろうなと思うけど、普通は、そんな状況になったら、怖いと思う。
そして彼、ーーー 清川蒼生くんは、一瞬怯えていたように見えたが、もう全く怯えている様子はない。
主人公と一緒ならば、高校一年生で、ヤマダくんや羽里と同学年だ。
でも、制服を見ると、どこかの私立なんじゃないかなという気がする。それに、日曜日の夜に制服で歩いていたことを考えると、もしかしたら、何か部活の帰りに塾とか、何か理由があるのかもしれなかった。
とにかく、彼が今後どうしたいかっていう方向性を知る必要がある。僕が、もっと詳しい話を聞こうと、口を開いたとき、アオイくんが言った。
「お前は、ただ俺の召喚に、巻き込まれただけだ。この世界のこと、わからないだろ?助けてやるから、俺のことを手伝えよ……って、あ??」
何を手伝って欲しいんだろう?と思って首を傾げて、次の言葉を待っていたら、アオイくんが、怪訝そうな顔をして、動きを止めた。そして、僕の顔に手を伸ばし、僕の前髪を雑に、ぐいっとあげた。
「…………」
「え?え?」
びっくりした顔で固まっていたアオイくんが、すん、と、無表情になり、そっと、僕の前髪を戻した。それから、すごく嫌そうな顔で、チッと舌打ちをした。その容姿からは想像もできない様子に、僕は思わず、ビクッと震えてしまった。ちょっと怯えながら、アオイくんの反応を待っていたら、言われた。
「巻き込まれモブが、そこそこ綺麗な顔してんなよ!俺の引き立て役にちょうどいいと思ったのにな…なあ、前髪そのままにしとけよ」
「???あ、アオイくん、すごくかわいいから心配しなくて大丈夫だよ」
「そんなこと知ってる」
あ、そうだよね、アイドルかと思うような顔だもんな、と思う。なんか途中、あんまり聞き取れなかったけど、アオイくんは、やっぱり一筋縄じゃ行かなそうだなあ、と、思う。僕は、それで、結局、なんだったっけ?と、思った。そうそう、ーーー。
「で、何を手伝って欲しいの?」
「ああ。この世界は多分、俺が主人公のBLゲームの舞台だ。王子とか、騎士とか、イケメン選んで落とすんだよ。うちの姉貴たちがやってた。だから、攻略、手伝えよ」
やっぱりゲーム知ってたのか、え、攻略する気でいるんだ…と、思うのと同時に、身内が腐っている気持ちに同調してしまって、僕はぽろっと言ってしまった。
「実は、うちも妹がやってて。このゲーム、知ってる…」
「まじか。なら、ゲイに偏見ないのか?…それはよかった。話早くて助かる」
あ、やっぱりゲイなんだ、と僕は思った。だって、エドワード王子のこと見て、目を輝かせてたもんなあ、と。僕がうなづくのを見て、アオイくんは、ちょっとにこっと笑った。言葉遣いとか、結構男っぽいのに、やっぱり、その笑った姿は、花が綻ぶような、ほわっとする笑顔。
確かにエドワード王子は、特にアオイくんに興味を示さずに、どこかに行ってしまったけど、それでも、こんなにかわいい子と時間を過ごせば、好きになってしまうかもしれない。そして、あ、そうだ、と思い出す。
アオイくんは、攻略する気でいるのだ。
「誰を攻略する気でいるの?」
「ハーレムエンド」
「………え」
ハーレムエンド。
まさか全員を狙うとか、現実で…?僕は絶句してしまった。本気で、王子と騎士と、それから、宰相の息子と神官…4人侍らすつもりなんだろうか。現実でそんなことってありうるのか…と、考えて、おや?となった。
そもそも、このゲームにハーレムエンドなんてあっただろうか。キャラクターによっては、ノーマルエンドはあった気がするけど、それはもう、バッドエンドの分類だった。
ハーレム、と言うのだから、そういう意味ではないはずだ。そして僕は気がついた。
「まさか…18禁版……」
「当たり前だろ。全年齢版なんて、うちの姉貴がやるわけない」
「え」
「だから、ハーレムエンドで、全部の攻略キャラを落として、喘がせんだよ」
まさかのハーレムエンド狙いだなんて、アオイくんは、僕よりも年下だっていうのに、目指すところがすごいなあ、と、ぼんやりしていたのだが、僕はふと、動きを止めた。
(ーーーーーーーーーーん?あえ??)
僕は首を傾げたまま、思った。喘ぐ?あれ、攻めは、喘ぐんだったかな?あれ、あれ、と、僕は、そのまま固まった。その、固まった僕の前で、アオイくんが「きゅるん」みたいな言葉が似合うような、はにかむような、かわいい笑顔で、言った。
「俺、タチだから♡」
だけど、目は全然笑ってなかった。
僕は、その言葉の意味を理解するまで、よくわからないけど、新幹線で、地球を一周する映像が頭に浮かんだ。そして、そのまま、固まったまま、アオイくんを見た。
身長は、羽里と同じくらいに見える。サラッとした色素の薄い髪。アーモンド型のぱっちりした瞳。長いまつ毛、まろっとした白い頬、ぷるんとした桃色の唇。見れば見るほど、女の子のようにかわいい、小動物のような雰囲気すらある、美少年だ。
「たち…」
その言葉は、もちろん知っていた。意味もわかる。
「お前は全然好みじゃないから安心しろ」と、「お前…ノアだっけ?も魔法学園行かせるように言っといたからな」と、言いながら、アオイくんは部屋を出て行った。そして、振り返りながら、色っぽい、悪魔みたいな笑顔を湛えながら、言った。
「これから、ハーレムエンドまで、よろしく」
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「はあ?魔法研究部?何だその、ダサい部活」
「どうしてもやらなくちゃいけないことがあって、魔法研究部だと、なんか魔法陣の本の閲覧制限がゆるいらしいんだよ」
アオイくんは、魔法研究部に入りたいと言った僕に、ものすごく嫌そうな顔をした。ちなみに、僕はアオイくんよりは一つ上の学年ではあるけど、基本的に、アオイくんの付き人みたいな状態で、無理矢理、学園に入れてもらっているため、同じ学年のクラスに入ることになった。
異世界は5回目だけど、学校に通うことになったのは、はじめてで、ちょっと緊張してる。今回は、アオイくんの要望で、前髪もそのままにしていて、なんだか、日本の学校にいるみたいで、若干挙動不審になる。
(でもちょっと…学校楽しい)
正直、はじめは、変なことしないで、放っておいて欲しいなと思ってはいたのだが、アオイくんは強引なところもあるけど、わかりやすいというか、なんか、多分思ったことをそのまま言うタイプの人間みたいだから、ちょっと気が楽だ。あ、いや、対外的には、ものすごく巨大な猫をかぶっていて、本当に主人公のように、あどけないのだが。
あざとそう、腹黒そうって、羽里が言ってたのを思い出して、ちょっと笑ってしまう。
(あいつ…結構、見る目あるなー)
まあ、そんなこんなで、はじめて、学問として魔法を習うことになって、それは、すこし、わくわくするのだ。意味わかんねーとか文句ばっかり言ってるけど、多分、アオイくんもちょっと、楽しんでるんじゃないかと思ってる。
そして、今は、放課後で、アオイくんと一緒にちょっと学校を探検して、その後、教室で話していたのだ。さっきから、窓側の一つの机に、前と後ろで向かい合って座っている。
アオイくんは、ほぼ毎日神殿に通っているけど、水曜日はお休みで、行かなくてもいいらしいのだ。神殿では、瞑想のようなことをさせられているらしくて、「だるい」と毎日言ってる。そして、呪文のように「ハーレムハーレム」と唱えて、耐えている。ちゃんと瞑想しているのかは、疑問だ。そして、僕は、アオイくんが神に祈りを捧げている間、神殿自体が、アオイくんのハーレムになってしまわないことを、祈っている。
夕暮れの教室には、もう誰もいなかった。
夕日に照らされたアオイくんは、まるで一枚の絵みたいに、すごくきれいでびっくりする。黙っていれば、本当に、国を救ってくれそうな、柔和な顔立ちだ。
「なんで、魔法陣の本なんか読みたいわけ?」
「あ、うん。実は、異世界と通信するための道具を作りたくて、研究中なんだよ」
「はああ???異世界に来て、異世界と通信?あ、地球とってことか?」
はじめは、様子を窺っていたのだが、アオイくんには、正直に話すことにした。
実は異世界がはじめてじゃないこと、好きな人を探してること、それから、他の世界で出会った人たちと話すための通信手段を考えていること。アオイくんは、基本的に、「ハア?」と、不機嫌そうに相槌を打ちながら、それでも最後まで聞いてくれていた。
「この世界の中で、好きな奴を探すとか、無理じゃね?」
そう言われて、ちょっと、しゅんっとなる。そうなのだ。
今までと今回は、違う。なぜかというと、エミル様も、ユノさんも、フィリも、まず僕を見て驚いて、それから、ずっと、そばにいてくれたのだ。今回はまだ、遭遇していないということのなのか、或いは、もう、ヒューは、僕の前には現れたくないのか、のどちらかだ。
(もし、ヒューが僕と関わりたくないと思っているのだとすれば、…この世界は、ユノさんよりも後の世界……)
ぐっと力を入れる。
まだ出会っていない可能性もある。それでも、僕が諦めるわけにはいかないのだ。
とにかく、ヒュー探しもそうだけど、ヴェネティアスほどじゃなくても、この世界は、そこそこ魔法が発達している世界だ。フィリのおかげで、だいぶ完成に近づいている通信具をもっと研究すること。
それに、魔法に関わっていれば、きっと、どこかで出会うこともある気がする。アオイくんは、頬杖をつきながら、僕を見た。アオイくんが、僕の話をそのまま信じてくれて、ちょっとびっくりした。だから、僕も、ちゃんと、思ってることを言える。
「でも…どうしても、会いたい」
「ふうん。…あーだめだ。こういう健気なの見ると、虐めたくなる。俺の方が先に、ノアの好きなやつ見つけて、ハーレムに入れよう」
「え!!!」
にやあっと、いじわるな感じに笑われて、僕は、びくうっと体を硬くした。どうしよう、と内心ものすごく焦る。だって、僕は、エドワード王子ですら、アオイくんに笑顔を向けられたら、好きになってしまうかもしれないって思ったのだ。こんなにかわいいアオイくんに言い寄られたら、ヒューだって、好きになってしまうかもしれない。
僕は真っ青になった。アオイくんは、僕を見て、一度きょとんとした顔をすると、なぜかうっとりしたような顔になって言った。
「ああ…いいな。その泣きそうな顔は、嫌いじゃない。全然好みじゃねーけど」
「………アオイくん、そ、その」
アオイくんは頬杖をついたまま、人差し指で、すっと僕の顎をなぞって、くっと上に向けた。
その時、ピリッと、何か、緊張が走ったような気がした。それがなんだったのかは、よくわからない。でも、僕は、誰かいたのかもしれない、と、思って、教室の出入り口に目をやった。よく考えてみれば、こんな大切な話をしていたのに、防音の魔法をかけるのを忘れていた。
(いや、でも、聞かれてまずいことは…話してない…か?)
ちょっと戸惑ったような態度の僕を見て、アオイくんは、ふっと、なんだか余裕のある笑みを漏らした。一応、確認しておこうと思って、「ちょっと廊下見てくる」と、僕は席を立ちあがった。きょろきょろと廊下を見てみたけど、人の影は全くなかった。おかしいな、と思いながら、僕は、しばらくそこに立っていた。
だから、窓側の席に座ったアオイくんが、小さく呟いてることなんて、何も聞こえなかった。
「傷つけちゃったから、もう関わりたくないのかも?だってさ…かわいいな」
アオイくんは、ふっとまた笑みをこぼす。
「何回も転生してまで、ずっと側にいる奴が、そんな簡単に諦めるわけねーだろ。それにしても、……顎なでただけで、完全な殺意だったな」
アオイくんは、席に戻ろうとする僕のことを見て、頬杖をついたまま、にこっと笑った。そして、何かをつぶやいた。それも、僕には聞こえなかった。
「異世界、たのしー」
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