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第一章 HUE

51 ルート確定

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「…………え。ノアさん。もしかして…食べられちゃっ ぶ!」

 何かを言いかけたトゥリモの顔を、僕は持っていたドーナツ用のお盆で叩いた。「いってえ!」と、喚いていたが、僕はぷいっと向こうを向いた。
 フィリと一緒に朝を迎えてしまった日曜日の次の週。学院が忙しかったらしいトゥリモと会ったのは、ほぼ二週間後の金曜日だった。「ひさしぶり」と声をかけただけだと言うのに、トゥリモが何やら不穏なことを言いかけて、びっくりした。

(なんでわかんの?!や、ち、違うよね。た、食べられては…って食べ?!)

 あれから、週末になるとフィリは、僕の泊まっている宿屋に泊まって行くようになってしまった。でも、抱きしめて眠るだけで、いや、悪戯はされるけど、その、何かが起きたということは、ないはずだった。
 それでも恥ずかしくて、トゥリモに背を向けたまま、僕はまっ赤になったまま、わなわなと震えていた。ショーケースを布巾で磨きながら、僕は涙目だった。

「いや、そんな物憂げな表情で、色っぽくため息ついてたらバレますよ」
「え?!い?!」
「ノアさんって……穢したいとか、思われてそうってこの前言ったけど、清らかな笑顔を全力で向けられてて、クレーティさん、たまらないんだろうな~。ノアさんって、ほんと、はじめからクレーティさんのことしか、眼中にないですもんね」
「何だよそれ」

 男に対して清らかだなんて、それは褒め言葉でもなんでもなかった。童貞ってことだろ、と、考えながら、むうっと頬を膨らませた。
 それに、僕は、ふらふらと色んな人を好きになってしまうことで悩んでいるのだ。そんな一途みたいな言い方をされると、罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
 が、トゥリモはびっくりしたような顔で言った。

「え?まさか、気づいてないんですか??」
「何が」
「………え。ここで働きはじめてから、色んな人に口説かれてますよね?」
「は???」

 トゥリモは、毎日三時過ぎに、この店に帰ってくる。それで、この店が閉店する四時までは、学院帰りの学生が多いこともあって、一時間ほど一緒に店に立っているのだ。
 その時に、接客姿はみているかもしれないが、僕は口説かれた覚えなんて一切なかった。なにを勘違いしてるんだろう、と首を傾げていると、トゥリモが驚愕の表情を、浮かべながら言った。

「うっわ。マジで、クレーティさんのことしか見てないんですね。なんかノアさんハマっちゃったら、抜け出せなさそう。こわ。なんでだろ…なんか自分だけを見て欲しい、みたいなかんじなのかな。いや、逆に、完全に自分のこと好きなのに、いつもちょっと怯え気味で、抵抗してるかんじが、かわいいのかなー…うーん」
「おい、なんの分析なんだそれは」

 意味はさっぱりわからなかったが、不名誉なことを言われているということだけは分かった。トゥリモは「俺は女の子派なんで、よくわかりませんけど」と、つけ加えた。フィリとキスをしてしまった僕に対する、トゥリモの反応を見てもわかるように、この魔法都市では、恋愛もかなり自由で、性別のくくりもあやふやなくらい、自由なのだ。
 まだ、うんうん悩んでいるトゥリモを横目に、僕はエプロンを脱ぎ、帰り支度をはじめた。

「あれ??今日は、彼氏のお迎えないんですか?」
「か、彼氏って……。今日はちょっと寄るところがあるんだ。フィリにもそう言ったから」
「そっすか。おつかれさまです」
「おつかれさま。また来週、トゥリモ」

 そう言って、僕は店を後にした。
 夕暮れの街は、買い物客や学生で賑わっていた。僕は大通りを歩き、公園の近くのカフェに向かっていた。例の、主人公のカフェである。
 一人で歩いている時も、遠目に、僕のことを見ている学生がちらほらいるのには気がついていた。でも、誰かが話しかけてくることはない。攻撃的な視線もたまにあるのだが、絶対に、話しかけてはこないのだ。なんだか、その不自然さに、フィリの影を感じずにはいられなかったけど、怖くて尋ねたことはない。

 向かいの建物の本屋から、ちらっとカフェの様子を伺う。
 攻略対象の商人の男が、ちょうど出てきたところだった。そして、それを見送る、あの大学生くらいの女性と、そして、その横に、カフェのオーナー。颯爽と歩いて行く商人を見ている二人の距離が、ちょっと近い気がした。そして、ーーー。

「あ」

 手をぎゅっと握り合っているのが見えた。
 オーナーの優しげな笑顔に、うっとりとしている女性の顔が見えた。

(オーナールートかな…)

 今日は、主人公がこの世界に来て、一ヶ月経って、誰かに夕飯に誘われる予定だったのだ。
 この乙女ゲームの終了は、来月の彼女の誕生日。
 あの女性の誕生日まで、同じかどうかはわからないし、ミズキさんのように四年もかかることもあったから、全てが全て、正しいとは思えなかったけど、それでも、『物語の結末』が、ゲームと同じ「恋人になるまで」なのだとすれば、二人の雰囲気を見る限り、やっぱりそこまでの時間を要するとは思えなかった。
 もし、彼女の誕生日がゲームと同じなんだとすれば、僕がこの世界にいる時間は、残り二週間ほどだ。
 この期間の短いゲーム内で、この一ヶ月目のディナーを、誰と過ごすかで、ルート確定と見て間違いなかった。しばらくして、閉店すると、二人が手をつないで、カフェから出てきたのが見えた。
 実は、攻略ブログをちらっと読んでおいたのだ。相手がオーナーの場合は、そのまま、海沿いの夜景の見えるレストランに行くはずだった。僕はこそっと後をつけ、二人がレストランに入るところまでを、一応、見届けた。

(オーナールート確定だな。後、二週間かあ……)

 僕の頭に浮かぶのは、フィリのことだけだった。
 毎日会っていて、週末までずっと一緒にいるのに、それでも思ってしまう。

「会いたいなあ…」

 思わず、ふう、とため息をついてしまった。が、その後、耳元で、その本人の、ものすごく不機嫌そうな、低い声が聞こえた。

「誰にだよ」
「ひっ」

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