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第一章 HUE

46 夕ごはん

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「あ、あの、フィリ?どこに向かってるの?」
「今日は、飯。一緒に食べよう」

 相変わらず、左手をぎゅっとつかまれていた。どきどきしてしまう胸を押さえながら、尋ねたら、そう言われた。
 今日はいつもみたいに、海岸線の方を通って、僕の宿屋へ送ってくれるわけではないようだったのだ。街中を手を引かれて歩いて、やっぱり色んな人に好奇の目で見られた。
 フィリはいつもこんな視線に晒されてるのかな、と心配になる。トゥリモだって、フィリのこと、「孤高の」とか「誰とも馴れ合わない」とか言っていたのだ。
 ユノさんやエミル様のことを、ちょっと思い出した。
 ヒューは、ちょっととっつきにくいところはあるけど、人嫌いみたいなことはなかったはずだった。フィリはどうなんだろう。誰か、仲良い人でもいたら、いいのになあと、少し思って、もしかしてトゥリモは、案外、フィリと仲良くなれるんじゃないかなと思った。
 しっかりと繋がれた手を見ながら思う。それにしても、ーーー。

(結局、フィリを攻略したのに、何の意味もなかったなあ…)

 でも、繋がれた手の熱さに、幸せを感じてしまうのだ。
 ダメだとわかっているのに、今の、この刹那的な幸せを、感受したくて仕方がなかった。フィリが言っていたように『軽く』捉えることができれば、よかったのかもしれない。好きな人と、こうして街を歩いているのだと、勘違いすることができれば、きっと、もっと幸せな気持ちになるはずだった。でも、どうしても、僕にはできそうになかった。
 だというのに、それでも尚、高鳴る胸が止められないのだ。

(何転もして、それでいて、結局、僕がダメな奴ってことにしかなんない…)

 手を繋いで、颯爽と歩く騎士のような白い制服を着たフィリを見て、ほうっと見惚れてしまう。あまりにも僕が見ているからか、フィリに尋ねられた。

「何」
「あ…制服、騎士の服みたいで、かっこいいなと思って」
「騎士?ああ、騎士が好きなのか?」
「うん。騎士かっこよくない?フィリに、よく似合ってる」

 僕は、ユノさんのことを思い出しながら、そう言った。フィリは「ふうん」と興味深そうに、制服を見ていた。そして、フィリが立ち止まった。
 連れてこられたところは、街の中心街からは少し外れた、小さな店で、ぽわっとした小さな灯りと看板が出ている店だった。見るからに家庭的で、優しい雰囲気の外観に、僕はそれを見ただけで「なんだか美味しそうなお店」と、思ってしまった。

 でも、学生が来るにしてはちょっと、大人っぽい。

 そもそも、この世界は、わりと地球の文明レベルに似ていて、学院生は、地球の高校生みたいに、ファストフード的なものを食べたりしながら帰る感じなのだ。高校生が食べにくるお店、よりは、やっぱりちょっと、大人っぽい。
 ちらっとフィリの顔を覗いてみたら、ちょっと緊張した面持ちだった。それを見て僕は、気がついた。

「もしかして、考えて、くれたの?」
「! そんなわけあるか。知ってる店だ」

 ぷいっと横を向いたフィリが、扉を開けると、からん、と乾いたベルの音が聞こえた。そして、その音に顔をあげた、優しそうなおばさんが、「まあ」と瞳を輝かせて、フィリに言った。

「いらっしゃい、クレーティさん。今日はようやく、お連れ様がいるのね」
「「………」」

 固まったフィリを見て、僕は、ふっと吹き出してしまった。
 胸に広がる、このあったかい気持ちは、紛れもなく、恋愛の好意であった。おしゃべりなおばさんが「うちの店は、クレーティさんのテストに合格できたのね?嬉しいわ。今日は特に、腕によりをかけて作りますよ」と言って、フィリはさらに固まっていた。

 僕がこの世界に来てから、二週間ちょっと。
 その間、フィリは毎日、僕のことを宿まで送ってくれていて、はじめの日曜日と、その次の週末は会えなかったけど、携帯通信具で連絡をくれていた。

(もしかして、レストラン、探しててくれたのかな…)

 僕はもう、溢れ出す気持ちに抗えなかった。
 煌びやかなところでも、流行りのレストランでも、夜景の見えるレストランでもないのだ。
 この、見ただけでほっとしてしまうような、小さなレストランを探して、選んで、おばさんの言う通りならば、何回か食べに来たのかもしれない。その選び方が、なんだか本当にヒューみたいで、それで、エミル様に、ちょっと特別な誕生日を祝ってもらった時のことも、ちょっと思い出した。
 僕は涙目になってしまうくらい、嬉しくて、それで、ぎゅっと繋いで手を握って、呆然と立ち尽くしているフィリに言った。

「どうしよう、フィリ。すごく嬉しい」
「ーーーえ、今?」
「うん。ありがとう。連れてきてくれて」

 虚な目で僕を見ていたフィリに、僕は目が潤んでしまっているのを感じながら、それでも、涙がこぼれないように、一番の笑顔で笑った(つもり)。ちょっと気まずそうに、目を逸らしたフィリが、「はあ」と一度ため息をついて、それからようやく、席についた。
「何食う?」と、聞かれて、なんだか地球でデートしているみたいだ…と考えて、自分がナチュラルに『デート』と認識していることに、恥ずかしくなった。

 メニューで、赤くなった顔を隠しながら、「おすすめはなんですか」とフィリに聞いたら、「これとこれ」と、野菜の料理と、魚の料理を一つずつ教えてくれた。「貝も平気なら、これも」と、言われて、この街は海に囲まれているから、魚介類が美味しいのか、と思い当たった。
 この世界に来てからは、サンドイッチとか、簡単なものしか食べてなかったから、すごく、すごく楽しみだった。
 それから、フィリがいくつか選んでオーダーしてくれた。
 ちらっとおばさんを見たら、グッみたいに、親指を立てられて、フィリがものすごく嫌そうな顔をしていた。それを見て、また僕は笑ってしまった。

「そんなに笑うなよ」
「だって、こんなの。フィリのこと…」

 と、言いかけて、「見直しちゃうな」と、言った。「なんだよそれ」と、不貞腐れた顔をしているフィリを見て、心の中でだけ、そっと思った。

(………どうしよう。こんなの、、好きになっちゃうよ、、、)

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