47 / 114
第一章 HUE
46 夕ごはん
しおりを挟む「あ、あの、フィリ?どこに向かってるの?」
「今日は、飯。一緒に食べよう」
相変わらず、左手をぎゅっとつかまれていた。どきどきしてしまう胸を押さえながら、尋ねたら、そう言われた。
今日はいつもみたいに、海岸線の方を通って、僕の宿屋へ送ってくれるわけではないようだったのだ。街中を手を引かれて歩いて、やっぱり色んな人に好奇の目で見られた。
フィリはいつもこんな視線に晒されてるのかな、と心配になる。トゥリモだって、フィリのこと、「孤高の」とか「誰とも馴れ合わない」とか言っていたのだ。
ユノさんやエミル様のことを、ちょっと思い出した。
ヒューは、ちょっととっつきにくいところはあるけど、人嫌いみたいなことはなかったはずだった。フィリはどうなんだろう。誰か、仲良い人でもいたら、いいのになあと、少し思って、もしかしてトゥリモは、案外、フィリと仲良くなれるんじゃないかなと思った。
しっかりと繋がれた手を見ながら思う。それにしても、ーーー。
(結局、フィリを攻略したのに、何の意味もなかったなあ…)
でも、繋がれた手の熱さに、幸せを感じてしまうのだ。
ダメだとわかっているのに、今の、この刹那的な幸せを、感受したくて仕方がなかった。フィリが言っていたように『軽く』捉えることができれば、よかったのかもしれない。好きな人と、こうして街を歩いているのだと、勘違いすることができれば、きっと、もっと幸せな気持ちになるはずだった。でも、どうしても、僕にはできそうになかった。
だというのに、それでも尚、高鳴る胸が止められないのだ。
(何転もして、それでいて、結局、僕がダメな奴ってことにしかなんない…)
手を繋いで、颯爽と歩く騎士のような白い制服を着たフィリを見て、ほうっと見惚れてしまう。あまりにも僕が見ているからか、フィリに尋ねられた。
「何」
「あ…制服、騎士の服みたいで、かっこいいなと思って」
「騎士?ああ、騎士が好きなのか?」
「うん。騎士かっこよくない?フィリに、よく似合ってる」
僕は、ユノさんのことを思い出しながら、そう言った。フィリは「ふうん」と興味深そうに、制服を見ていた。そして、フィリが立ち止まった。
連れてこられたところは、街の中心街からは少し外れた、小さな店で、ぽわっとした小さな灯りと看板が出ている店だった。見るからに家庭的で、優しい雰囲気の外観に、僕はそれを見ただけで「なんだか美味しそうなお店」と、思ってしまった。
でも、学生が来るにしてはちょっと、大人っぽい。
そもそも、この世界は、わりと地球の文明レベルに似ていて、学院生は、地球の高校生みたいに、ファストフード的なものを食べたりしながら帰る感じなのだ。高校生が食べにくるお店、よりは、やっぱりちょっと、大人っぽい。
ちらっとフィリの顔を覗いてみたら、ちょっと緊張した面持ちだった。それを見て僕は、気がついた。
「もしかして、考えて、くれたの?」
「! そんなわけあるか。知ってる店だ」
ぷいっと横を向いたフィリが、扉を開けると、からん、と乾いたベルの音が聞こえた。そして、その音に顔をあげた、優しそうなおばさんが、「まあ」と瞳を輝かせて、フィリに言った。
「いらっしゃい、クレーティさん。今日はようやく、お連れ様がいるのね」
「「………」」
固まったフィリを見て、僕は、ふっと吹き出してしまった。
胸に広がる、このあったかい気持ちは、紛れもなく、恋愛の好意であった。おしゃべりなおばさんが「うちの店は、クレーティさんのテストに合格できたのね?嬉しいわ。今日は特に、腕によりをかけて作りますよ」と言って、フィリはさらに固まっていた。
僕がこの世界に来てから、二週間ちょっと。
その間、フィリは毎日、僕のことを宿まで送ってくれていて、はじめの日曜日と、その次の週末は会えなかったけど、携帯通信具で連絡をくれていた。
(もしかして、レストラン、探しててくれたのかな…)
僕はもう、溢れ出す気持ちに抗えなかった。
煌びやかなところでも、流行りのレストランでも、夜景の見えるレストランでもないのだ。
この、見ただけでほっとしてしまうような、小さなレストランを探して、選んで、おばさんの言う通りならば、何回か食べに来たのかもしれない。その選び方が、なんだか本当にヒューみたいで、それで、エミル様に、ちょっと特別な誕生日を祝ってもらった時のことも、ちょっと思い出した。
僕は涙目になってしまうくらい、嬉しくて、それで、ぎゅっと繋いで手を握って、呆然と立ち尽くしているフィリに言った。
「どうしよう、フィリ。すごく嬉しい」
「ーーーえ、今?」
「うん。ありがとう。連れてきてくれて」
虚な目で僕を見ていたフィリに、僕は目が潤んでしまっているのを感じながら、それでも、涙がこぼれないように、一番の笑顔で笑った(つもり)。ちょっと気まずそうに、目を逸らしたフィリが、「はあ」と一度ため息をついて、それからようやく、席についた。
「何食う?」と、聞かれて、なんだか地球でデートしているみたいだ…と考えて、自分がナチュラルに『デート』と認識していることに、恥ずかしくなった。
メニューで、赤くなった顔を隠しながら、「おすすめはなんですか」とフィリに聞いたら、「これとこれ」と、野菜の料理と、魚の料理を一つずつ教えてくれた。「貝も平気なら、これも」と、言われて、この街は海に囲まれているから、魚介類が美味しいのか、と思い当たった。
この世界に来てからは、サンドイッチとか、簡単なものしか食べてなかったから、すごく、すごく楽しみだった。
それから、フィリがいくつか選んでオーダーしてくれた。
ちらっとおばさんを見たら、グッみたいに、親指を立てられて、フィリがものすごく嫌そうな顔をしていた。それを見て、また僕は笑ってしまった。
「そんなに笑うなよ」
「だって、こんなの。フィリのこと…」
と、言いかけて、「見直しちゃうな」と、言った。「なんだよそれ」と、不貞腐れた顔をしているフィリを見て、心の中でだけ、そっと思った。
(………どうしよう。こんなの、、好きになっちゃうよ、、、)
54
お気に入りに追加
1,004
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる