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第一章 HUE

11 <ユクレシアの記憶04>

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※※ユクレシアのことは回想形式で、今後も続いていきます。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。
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「悪かったな」

 むすっとした顔をしたヒューが、ぽつりと、そんなことを言い出したのは、夕暮れどきだった。確か、20メートルくらいありそうなゴーレムを倒した後だ。今日はその辺にテントを張って野宿にしようっていうことになって、少し休憩してるときだったかと思う。
 僕は、あのヒューが謝ったことに、顎が外れそうなくらいびっくりして、「はあ?!」とヒューを見返してしまった。ヒューはそんな僕の様子を見て、心底嫌そうに顔を歪めると、ぷいっと横をむきながら、ぽそっと小さな声で言った。

「家族とかいるのに、こっちに召喚して」

 僕は、「あ」と思いながら、昼間の様子を思い出した。昼、近くの村でゴーレムの話を聞いたとき、父親と母親と一緒に遊ぶ子供たちを見ながら、ヤマダくんと家族の話をしたのだ。
 僕には、変な妹しかいないが、ヤマダくんの家には、お兄さんが二人いるらしい。ヤマダくんの自由なかんじを見ていると、確かに末っ子っぽいなという感じはした。
 もしかしたら、ヒューはそれを聞いていたのかもしれない。

 僕は考えてみた。
 確かに、ヒューがヤマダくんを召喚しなければ、ヤマダくんも僕も、家族と離れることにはならなかった。そして、僕の心の闇が邪神に狙われることもなかったかもな、と思う。日本人的な、事なかれ主義見地から言わせてもらえば、正直、ユクレシアの命運など、知らなければ、関係もないことだった。

(でも、ヒューたちには、ヤマダくんが必要だったわけで)

 ゲームの中だと思ってしまえば、そんなの知るかってかんじだけれども、僕には、どう考えても、この世界がゲームだとは思えなかった。本当に存在している世界。ヒューたちだって、みんな生きてる。その世界が、魔王に滅ぼされるっていうんだから、それは、本当に一大事だ。
 僕たちの旅は順調に進んでいて、ヤマダくんも僕も、だんだん力をつけてきているとはいえ、相手は、世界を滅ぼそうとしている魔王である。まさか自分が、魔王と対峙する日がくるだなんて、思ってもみなかったが、これは現実であった。そう、僕は、現実として認識していた。

(家族か。ヒューは…)

 と、考えて、思い出した。
 ヒューは魔術師一家の末っ子として生まれ、エリート教育を受けて、育てられた。はじめのうちは、兄も姉も、それから両親も、ヒューの才能を喜んで、かわいがられていたらしい。だけど、ヒューの才能が、本当に、自分たちとはレベルの違う次元であると気がついてからは、家族であるというのに、距離を置かれ、親ですら、ちょっと怖がるようになってしまったのだとか。本当に愛されていたのは、人生のはじめのうちだけで、それ以降は、一人で本を読んだり、研究したりして、過ごすようになった。

(ヒューにとって、家族ってどんなものなんだろう…)

 それでも、国から要請されるほどの、国の一大事である。僕たちの家族のことなんて、考える余裕もなく、ヒューは召喚したのだろう。国から言われたことを、ヒューが断ることができるわけもないのだから、それはヒューのせいではなかった。

「別に、ヒューのせいじゃないから、いいのに。妹のことは、ちょっと心配だけどね」
「異世界転移したがってる妹?」
「あ、そうそう。よく覚えてたね」

 僕とヒューは、はじめの険悪さは、だいぶ和らぎ、普通に会話するようになっていた。シルヴァンとオーランドが、妙にヤマダくんに構うせいで、必然的に、僕はヒューといる時間が長い。彼らのそのなつき具合が、羽里とやったゲームの攻略うんぬんなのかどうか、というところに関しては、もう、できるだけ考えないようにしている。そうじゃないと、僕は、うっかりヤマダくんの尻ばかりを見てしまうという、変態のような行動を取ってしまうのだった。
 もちろん、ヒューといるのは、お互い魔術師だから、いまだに色々教えてもらったりしているせいでもある。同じ年なので気も楽だ。

「俺も、行ってみたいな。チキュー」

 天才魔術師であるヒューがいうには、現状、ユクレシアには、地球に行く術がないのだとか。ゲームのバッドエンドが、本当に、羽里の言っていたように、地球に帰るという選択肢があるのなら、それは何かしらの方法があるように思ったが、ヒューが言うのだから、多分できないんだろう。
 そのとき、僕は思いあたることがあった。

(ああ、それでか)

 その頃、ヒューはどうも、戦闘以外の、待機しているような時間に、何やら魔法の研究のようなことをしている様子だった。何かをテレポートさせるようなことを、何度も繰り返し繰り返しやっているから、なんだろうと思っていたのだ。

 もしかして、転移の方法を研究しているのかもしれない、と、僕は気がついた。

 この面白おかしいツンデレ魔術師は、女の子は苦手だけど、決して、人を嫌いなわけではないのだな、と、僕は思う。
 だけど不器用で、それを伝えることができないのだ。そして、自分がやっていることに関しても、期待させるような言葉は口にしない。それでも、ヤマダくんや僕のために、こっそり魔法の研究をしてくれる。
 邪神との約束で、邪神の存在を他者にばらすことはできない。それがとても、心苦しいけど、それでも、ヒューがチキューに行きたいと思ってくれるのも、うれしかった。
 じんわりと、あたたかな気持ちが、僕の体に広がっていくのを感じた。
 そして僕は言った。

「じゃあ、ヒューは、異世界版の羽里だな」
「ウリ?」
「僕の妹の名前だよ。彼女がいつか転移しちゃうんじゃないかって、僕はひやひやしてるんだ」

 ヒューは「ウリ」ともう一度口にした。そして、うーん、と難しい顔になって、首を一度ふり、そして、言った。

「ノア。前にも言ったけど、異世界転移っていうのは、異世界の誰かが、干渉した結果でしかない。ヤマダみたいに、わかりやすい目印がない限り、早々起きないと思うから、大丈夫だ」
「それが、その目印をたくさん見つけちゃうのが、うちの妹なんだよ。あのペンダントもそう」
「見つける?異世界のものを見つける頻度が高いのか?」

 こくこく、と、うなづく僕を見て、ヒューは納得が行かない様子だった。どうしてそんなに、狙ったように異世界のものが溢れているんだと、不思議そうにしていた。まあ、羽里のあの日常の様子を知れば、納得も出来るだろうけど、と、僕は思った。あんな日常を過ごしていなければ、僕がこんなに心配して、心に闇を抱えることにはならないのに、とも思う。

 でも仕方ない。それが羽里だ。

 そして、僕はそんな妹を、本当は、すごいな、と、少し思っているのだ。まっすぐに突き進む姿は、とても潔い。まあ、トラックに突き進まれては困るから、心配しているわけだけど。
 そのとき「ご飯できましたよ~」というシルヴァンの声が聞こえて、僕たちの会話はおしまいになった。あたたかなスープの匂いがした。
 僕のお腹が、ぐううっと音をたてた。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「あ」

 夜闇の中、小さな丘の上に、ぽうっと薄緑色の美しい光が浮かぶのが見えた。
 地面からの発光で照らし出された、真剣なヒューの顔を見て、本当に、王子様みたいだな、と、僕は思った。丘の向こうには、地球ではなかなか見られない満天の星空。ヒューの薄茶色の髪は、今は光にてらされて、レモン色みたいに見える。キラキラした美しい薄紫の瞳は、まっすぐに光を見ていた。

 僕は手にしたココアの入ったカップを二つ持って、そっと近づいた。
 地面に描いた魔法陣を見ていたらしいヒューが、僕に気がついて顔をあげた。ほわっと湯気がたっているココアを手渡しながら、「休憩しない?」と、僕がいうと、ヒューはこくりとうなづいた。ヒューが異空間収納袋から、クロスを出すのを見て、ふふっと笑ってしまった。

(相変わらずの潔癖症。だけど…)

 その頃から、ヒューは、その出したクロスの上に、僕のことも乗せてくれるようになっていた。僕たちは、少し肌寒い丘の上であったかいココアを飲みながら、星を見ていた。

「すごくきれいだね、星」
「ああ。今まで、星の動きを確認するためにしか、見たことはなかった」

 そうなのか。それは、とてももったいないことだな、と僕は思った。ヒューの魔法が完成して、地球に来ることがあれば、星の見えなさに、きっとヒューは驚くだろうな、と僕は思った。よく漫画とかでよくある、タイムスリップした人みたいに「なんだあの動く鉄の塊は!」とか言うのかな、と思ったら、おかしくなってしまった。また、ふふっと笑いが漏れた。

「お前は、よく笑うな」
「え、そ、そうかな?あんまり言われたことない」
「よく笑ってる。愛されて育ったやつの笑顔だと、いつも思う」

 さらっと、僕の癖のある前髪を触られて、なぜか、心臓がどきっと跳ねるのを感じた。
 困ったようなかんじの笑い方ではあったが、ヒューがいつになく、笑顔を浮かべていたせいかもしれない。それと、潔癖症なのに、僕に触って大丈夫なのかなという驚きもあった。だけど、言っていることは、家族のことで、僕はどう反応したらいいかな、と少し考えた。そうしている間に、ヒューは続けた。

「幸せな気持ちになる」

 そう言ってふっと笑ったヒューを見て、僕は目を見開いた。
 笑ったヒューが、本当に、本当に、綺麗だったから。

 すごいことを言われたのに、それを理解するほど、頭がちゃんと働いていなかった。胸がきゅうっと締めつけられるような感覚があって、なぜかちょっと、泣きそうな気持ちになった。だからよくわからないまま、そのまま、思いついたことを口にしていた。

「、ヒュー。すごい。笑顔、すごい。かわいい」
「……は?」
「ねえ、ヒュー。笑顔って、愛されて育ったとか、そうじゃないとか、そういうんじゃないと思う。もし僕の笑顔が幸せに見えるなら、ヒューといるのが幸せだからだと思う」

 ヒューが伝えてくれたこと、僕が口走った内容は、似ているようで、違った。それでも、なんだか、僕はそのときの気持ちを、ヒューに伝えておきたいと、思ったのだった。
 この世界に来なければ、魔王と戦うだなんて、怖い思いをすることはなかった。羽里のことが心配すぎて、心の闇を抱えることもなかった。それでも、この世界に来なければ、僕は、ヒューに会えなかった。シルヴァンもオーランドも本当に、いい人たちだし、ヤマダくんだって、一緒にいてすごく楽しい。

 そう、僕は、全然、不幸ではなかったのだ。

 僕は、両手で持っているココアのカップのせいもあるだろうけど、とてもあったかい気持ちで、にこにことココアを飲んだ。あたたかい飲みものというものは、本当に、体を、心を、芯から温めてくれる気がした。

(あったかい。幸せの味)

「ココア、美味しいね」
「………そうだな」


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※※次回砂漠に戻ります。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。
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