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番外編
Fragrance blue*
しおりを挟む訪れた街は、都市というには小さかったが、田舎というには都会だった。
あまり大き過ぎる都市ではルナを思い出すカインにとって、程良い規模の過ごしやすい空気の街だ。
「このホテル?」
「ええ」
小奇麗なホテルの前でバイクを停めた二人は、荷を解く。
バイク移動がメインの二人は、相変わらず荷物が少ない。
服を買うこともあるが、大抵はすぐに売ってしまっている。くたびれる前に売っているので価格もそれなりに悪くなかった。頻繁というでもないが、その街その街で流行しているファッションに衣替えして旅をするのは、買い物をしてこなかったカインにとって楽しいことだ。
帰るところのある旅人は土産物を買っていくが、二人は消耗品以外のものを無駄に持つわけにはいかなかった。
カウンターで手続きを済ませて部屋へ入ると、カインは飛び込んできた夜景に目を見開いた。そしてすぐにその大きな窓へ向った。
硝子に手をついて、街の夜景に見入る。あまり大きくない街だ。視界に殆ど街が収まってしまう。
「綺麗だね…。今回は良い部屋だなぁ。広いし」
「えぇ。比較的安価だったので。偶には」
「そうなんだ、ありがとう。アベル」
カインはアベルを振り返り、微笑んだ。荷物を降ろしたところだったアベルは、目を細めて表情を柔らかくする。こういう一瞬の、人のように自然な表情が、最近増えたと、カインは思っていた。
「シャワーを浴びてきたらどうですか」
「…うん」
優しいアベルの声に頷き、カインはシャワールームへ入っていった。
+++
良い香りのするシャンプー、ボディソープ。
(いつも違う香りだ―――僕もアベルも。)
モーテルには置いていないため、トラベルセットはいつも荷物に入っている。けれど店によって品揃えの違うトラベルセットなど、特に執着もなくある物を使っていた。
花の香りに包まれながら、カインは白い泡をシャワーで流し落とす。使い捨てのようないつものボディソープより、ずっと滑らかに泡立った白い泡が、排水溝に呑まれていった。
+++
シャワールームから出ると、アベルはソファに座って頬杖をついていた。アベルはこうして、一人で居る時に情報収集やデフラグを行っている。アベルの機械仕掛けの脳は今、ネットワークにアクセスして必要な情報を拾っているのだろう。カインが傍まで来ると、無表情に虚空を見つめていたアベルは突然人間に戻ったように微笑んだ。
「私も浴びてきます」
「うん」
アベルはアンドロイドだが、ボディやヘアの洗い方も人と変わらない。人のように頻繁に洗う必要はないが、旅をしていると埃っぽくなるため、こうして定期的に汚れを流しているのだ。
微かなシャワーの水音を聞きながら、カインは大きな窓へ立っていた。
これまでカインにとって窓からの夜景は、自分のように飼われていた人間達の牢獄の灯りであり、その灯りの中では堕落した性交渉が行われていると想像させるものだった。
けれど今は違う。人々が生活する灯りだった。光の数だけ違う人生がある。それがカインにとってどれだけ意味のある事か、きっとこの夜景を作り出す彼等は知らない。
+++
アベルが戻った時、カインはまだ窓辺に立っていた。
ルームライトの灯りと夜景だけが照明のこの部屋で、カインの像は硝子へ仄かに写っていた。儚く揺らぐゴーストのような影を、近付いたアベルが捉まえた。
不意に背中から抱き締められたカインは、身体を反転させる。向き合ったカインは、幸せそうに微笑んだ。
けれどカインの微笑みがいつもどこか寂しさを抱えている事に、アベルは気付いていた。それはおそらく緻密なデータ。研究された人の動き。感情も嘘も読み取れる、最先端の高性能セクサロイド。性欲を満たすそれだけの為に造り上げられた、人より人を知る機械。
「この街の夜景は、とても綺麗だよ。アベル」
夜景の宝石箱のような煌きが、カインの髪や頬を照らしている。その反射する頬に、アベルが指先で触れた。
「ええ、綺麗です」
瞳を真っ直ぐに射抜かれて、カインは瞬間言葉を失くす。けれどはぐらかすように笑って目を伏せた。
「ありがとう、アベル。…この夜景、僕に観せる為に予約したんだろ」
「…どうでしょう」
「え、」
「此処に立つ貴方を観たくて。私が…」
アベルは呟くようにそう零すと、カインの顎に手を掛けてキスをする。舌を取られて深く貪られ、カインはアベルに縋りついた。
「…綺麗ですよ、カイン」
「…ッ…」
唇が離れると、アベルが囁く。米神や耳元に、何度も柔らかいキスが降り、湿った花の香りの髪が肌を掠める。そのまま硝子へ押し付けられ、首筋へ舌が触れた。カインはアベルの衣服を掴むだけで精一杯だった。嘘も駆け引きも利益もなく、本当に愛されているかもしれないと感じるだけで、簡単に翻弄される。カインはこんな愛撫だけで腰が砕けてしまう自分に、未だ慣れずにいる。
「綺麗です、カイン」
綺麗、と。繰り返し降る羽根のような声に、身が震える。いつもより揃っている重厚感のある家具も、品の良いルームライトも、足音を吸収する絨毯も、外の音の聞えない部屋の空気も、この広がる夜景も。現実離れしていて、夢の中のようだった。
「やめ、て…」
縋るような抵抗を見せる無力な腕をアベルに取られ、硝子に縫いとめられる。
「…なにを、」
「…ぜんぶ」
切なげに瞳を濡らしたカインがそう言うと、アベルは困ったように笑った。
「どうしましょう。貴方の願いなら、私はどんな事でも叶えたいけれど…」
全部やめたくない。
視線の絡む至近距離でそう言われてしまうと、カインは目を閉じた。深く唇を重ねながら、アベルの手がカインの服を肌蹴ていく。胸の突起を指先に撫でられ、微かに爪を立てられる。
パンツのファスナーがゆっくりと音を立てた。インナーの中へ入ってきたアベルの手が、カインの性器に触れる。
「んッ…」
取り出された性器を上下に擦られ、カインがびくりと反応した。睾丸を捏ねられ、根元を扱き上げると裏筋を擦って先端を撫でる。
「はぁっ…ん…」
乱れた吐息を漏らすカインを、アベルはじっと見下ろしている。夜の照明を受けたアベルは、美しい。カインはアベルの瞳を見つめ返したまま、快楽に流されていく。様々な色の灯りを背にして。
「綺麗ですよ…」
「…アベルの方が…ッ…」
綺麗だ、と言おうとして、言えなかった。アベルの掌の動きが激しくなり、カインは性急に追い上げられた。強弱を付けて擦られ、カインはアベルの首へ縋る。
「ん、あッ……!」
カインが熱を吐き出すと、アベルは精液を指へ取り、後孔へ這わす。
「あ、アベル…」
「…なんです」
「駄目、だ…立って、られない、もう…」
カインが必死にアベルの首へ縋って言う。しかしアベルの指は孔の周りをゆっくり撫でていく。押し付けられては引かれ、その度にカインは詰めた息を吐き出す。
「アベ、ル…」
何度もそうされ、耐えかねたようにカインが漏らすと、アベルは突然カインを抱き上げた。
アベルはカインを抱え上げたまま歩き出し、ベッドまで来るとカインを降ろす。
弾むスプリングに受け止められ、カインの髪が白いシーツに広がった。
「アベル…」
顔の横に手を付いて、覆い被さったアベルが返事の代わりに微笑む。そしてアベルが視界から居なくなると、すぐに性器が粘膜に包まれた。
「ん、あぁっ…」
アベルの口淫は、これまで受けた他の誰よりも強い快楽を引き出す。強い吸引も激しい舌の摩擦も、シーツを掴んで悶える程の快感を生んで苛まれる。
しかもそうしながら、アベルはカインの後孔へ、今度は少しも躊躇わず指を挿れた。
「あぁぁッ…!」
探ることもなく迷わず前立腺を掠めたその指が、壁を広げていく。中を傷付けないよう丁寧に、粘膜を撫でた。
「う、んんぅ…はぁっ…あぁ…」
2本3本と増やされ、スムーズに出入りするようになると、アベルは性器から口を離した。そしてカインの腰を左手で掴み、右手で性交を模した動きをする。
「あっあぁッ…ん、ふ、あぁっ…あぁ!」
激しく中を擦られ、前立腺を引っ掻かれ、カインは身悶えた。けれどカインの腰を逃がさないアベルは、激しい愛撫を緩めない。執拗に中を荒らし、そのまま絶頂へ駆け上がらせた。
「あ、やめっ…あぁっあ、あぁっ――!」
弾けた性器から、白濁が飛び散る。指だけで迎えさせられた絶頂に、カインが荒い呼吸を繰り返した。
「なん、で…アベル…」
濡れた瞳を向けてカインがアベルを見下ろすと、アベルは欲情したような顔で口端を上げて見せた。
「感じている貴方を観ていたくて」
その言葉に何も言えなくなったカインの傍へ来て、アベルは再びカインの顔の横へ手をついた。
「けれどもう、私も貴方の中へ入りたい」
言いながら、片手でカインの脚を広げさせる。
「…はやく挿れて」
乱れたカインがそう微笑むと、アベルはカインの片足を肩へ掛けるなり中へ自身の性器を突き込んだ。
「ああ、あ…!」
上から串刺しにされるように突かれ、カインが悲鳴を上げる。少しだけ馴染むのを待ったアベルだが、カインが待ちきれずに腰を動かした。
「いいから、はやく」
カインは、腰を揺らして急かす。アベルは中を性器でゆっくり掻き回してから、腰を使いだした。やっと中に与えられた強い熱に、カインが仰け反る、激しく出入りする水音が、部屋に響いていった。
「はぁっ…あっあぁ、んッ…う、あぁ、あ…!」
ベッドのスプリングの弾みで、いつも以上に抽送が激しい気がした。深く突き刺され、肌が粟立つ。
「うっく、んんッ…あっあぁっ…」
アベルは言葉一つ零さず、カインの首筋に鼻先を埋めるようにしながら、中を荒らし回る事に集中しているようだった。けれど時折漏らす吐息が、カインの熱を煽る。
「ん、ふぅ、あっ…あぁッ…アベルッ…!」
前立腺を小刻みに苛む硬いアベルの性器に、カインが嬌声を上げる。首を振って快楽を逃そうとするが、逃せるはずのない快楽を、受け止めるしかない。前立腺を解放されても、今度は大きなストロークに揺さ振られた。アベルの背に腕を回してしがみ付き、次々にやってくる強い快楽の波に耐える。
「あ、やぁっ…も、イ、クッ…!」
「…カイン。私も…」
「はっあ、あぁッ…ん!あ、あぁぁ…!」
抜け切る直前まで引かれてから、前立腺を掠め最奥まで貫かれると、カインは身を捩って熱を解放した。
三度目の絶頂にカインが脱力すると、アベルもカインの中へ欲望を吐き出す。ドクドクと体内に注がれるものに甘い声を漏らしながら、カインは快楽の余韻に浸っていた。
荒い呼吸をなかなか整え切れないまま、それでもカインはアベルの首筋へキスをした。
「…ね、朝まで抱いてよ」
熱に浮かされた声がアベルを誘う。
ベッドが軋み、再び濡れた音が部屋を埋めていった。
+++
「良い部屋だったね」
朝食も美味しかったし、と満足気に言いながら、カインがバイクに跨ろうした。しかしアベルはそれを制止する。
「今日は私が運転します」
「なんで」
「身体、辛いでしょう。昨夜、激しくしすぎましたから」
「…うーん…じゃあ頼むよ」
確かに身体が痛いとカインは頬を染めてバイクの後ろへ回った。
「今日はあまり動かずにゆっくりしましょう。またモーテルになりますが」
「いいよ。こういうとこは偶にでさ…でないと頭が可笑しくなりそうだ」
「…どういう意味です?」
「だってさー映画みたいで現実感がないんだよ」
「…お好みではありませんでしたか?」
「まさか。すごく…悦かったよ。でも、たまにでいい。心臓が持たない」
「…カイン」
「…なに」
「可愛いです」
「え、」
あまりアベルらしくないような唐突な言葉に面食らうと、バイクが発進した。カインは慌ててアベルにしがみ付く。アベルの背中に頬を寄せて、風を防いでいられるのが守られているようで、カインはアベルに身を任せた。
+++
ゆっくり何軒かの店を回って、そろそろ次のモーテルへ行こうという事になった。
「モーテル、すぐ近くだよね。僕が運転する」
「カインはバイクが好きですね」
「うん。やっぱバイクは自分で運転するのが楽しいよ。後ろも好きだけどね」
「後ろも?」
アベルの問いに微笑むだけで返してから、バイクに跨ったカインは、手に持っていた袋の中から、小さな紙袋を取り出した。
昨夜アベルに抱かれながら、カインはあのホテルのボディソープの香りに包まれていた。自分とアベルが纏っていた花の香り。それはとても良い香りだったけれど。アベルは機械だ。なんの匂いもない。整髪料も要らなければ煙草を吸うはずもないアベルからするのは、場所によって変わってしまうシャンプーやソープの香りだけだ。
それが何故かふと、寂しく感じた。
だからカインは、アベルに紙袋から出した綺麗な硝子瓶を手渡した。
「これは、」
「香水」
「香水、ですか」
「良い香りなんだ。澄んでいて、青い流水みたいな。それにきらきらしててさ…」
今日見て回った店で見つけた香水。有名なブランドのものだ。何処でも買える。
「…アベルにきっと、合うよ」
手にした香水瓶を、アベルの硝子球の瞳が見つめている。
「…有難う御座います」
アベルは蓋を外し、手首に噴き付けると首筋にそれを持っていった。アベルの瞳に似た色の、香りがした。
「貴方も付けてみますか?」
「…ううん。これはアベルだけ、付けててよ」
アベルはカインを抱き寄せて、米神に唇付けた。
「良い香りです」
ふわりと香る匂いを連れて、アベルの声が耳元へ落ちる。カインはアベルのシャツの襟を握り、軽く引き寄せた。
「わかるの?」
「…わかりますよ。私には必要な機能でしたから」
「…僕を喜ばせる為に?」
触れ合う寸前の唇が、戯れを零す。カインが微かに上げた唇へ、噛み付く前にアベルが吐息と共に零した。
「勿論ですよ」
そして重なった唇から、深く粘膜を貪る。背凭れのないカインの背中を支える為に、アベルの腕が回る。角度を変えて、何度もキスをする。付けたばかりの香水の香りに酔いそうになりながら、カインは必死に舌を絡めた。この香りが、今すぐにでも馴染んでしまえばいいと。
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