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番外編
ふたりのウィルを閉じ込めて*
しおりを挟む「Trick or treat!」
黒い服を着た子供たちの集団が、元気よく脇をすり抜けていった。そして近くの家の玄関で叫ぶ声がこっちまで聞こえた。
「なんだろ、あれ。なんかシーツ被ってるのまで居たけど」
「ハロウィンですね」
「ハロウィン?」
「えぇ。遠い昔からの伝統行事ですよ。まだやってる地域もあるんですね。」
「へぇ。それってなんなの」
「仮装した子供たちが近所の民家を回ってお菓子を貰うんです。貰えなければ悪戯します」
それからアベルはいつも通り長い説明をして、風習の起源まで教えてくれた。それにしても民家の木々にトイレットペーパーを投げ込む悪戯なんてよく思いついたものだ。生卵を投げつけるなんていうのもすごい。
「なるほど。この街に来てからよく見るカボチャはそれなんだね。楽しそうだなぁ」
「魔女や幽霊などダークなモチーフを多用できるので他の行事とは一線を画していますね。そのため愛好家も多いです」
「へぇ。仮装とかしてみたいよ。エロい服なら仕事でいくらでも着たけどさ」
「私もハロウィンのような仮装をさせられたことはありませんね。ボンテージばかりで」
「だよねぇ」
妙な投合をしてしまったが、男娼であった以上下品なコスプレは避けられないものだ。
僕等は時折すれ違う仮装した人達や子供の集団を眺めながら、カボチャや魔女のディスプレイの並ぶ大通りに出た。
「仮装限定ハロウィンナイト」
通りすがった店の窓に、オレンジと黒で構成されたビラが貼ってある。僕はそこに書かれた文字を読み上げた。
「近くのバーですね」
掲載された簡略地図を見て、アベルが言う。
「行ってみる?」
「貴方次第ですよ」
アベルがそう微笑んでくれたので、僕等は今夜そこへ行ってみることにした。
+++
「はっきり言って僕、完璧じゃない?」
姿見に映った全身を眺めて、僕は調子に乗ってみる。
ファッションビルに入って仮装に使えそうな衣装を調達した僕等は、メイクルームに入ってメイクをしたばかりだ。僕は職業柄メイクは得意な方だ。女装させられた事が多いからだ。僕のメイク技術を駆使してアベルもすっかり顔色悪く仕上がってるんだけど、顔が整いすぎてるからいつも以上に人形みたいだ。
広いパウダールームには、着飾った女性やドラァグクイーンの他に、ハロウィンパーティーに出掛けるだろう集団なんかが出入りしていたけど、みんなアベルを眺めていった。包帯で隠れて今は片目しか見えてないその瞳の美しさに、誰だって見惚れるはずだ。
「とてもよく似合ってますよ」
アベルがそう微笑むけど、僕よりずっとアベルの方がきれいだ。僕はアベルに、ドラッグストアで買った包帯をぐるぐる巻きつけてから、白いコルセットで腰を絞った。切りっぱなしの白いダメージホットパンツを履かせ、ロングブーツ。全身を白で固めたアベルはすごく綺麗だ。
僕は全部黒でドレスアップ。フリルが多いけどラインが綺麗で、ロングスカートにやっぱりブーツだ。僕とアベルはオセロみたいに白黒だ。
そうして僕等はメイクルームを出てビルを後にすると、ハロウィンナイトのバーへ向かった。
+++
ジャック・オ・ランタンの飾る入り口に立って、仮装限定と書かれた扉を開けると、ホラー映画のような曲が漏れ出した。普通のバーの倍くらいの音量だ。中へ入ると、赤い照明の下でカウンターのバーテン達が挨拶する。彼等も黒いアイメイクをして、真っ黒のスーツを着ていた。それぞれ被っている帽子が派手だった。
僕等がカウンター席に座ってカクテルを注文すると、隣ですでに出来上がっている集団が明るく声を掛けてきた。
「やぁ!どっから来たんだ?俺はこの近くなんだよ」
「へぇ。僕等は旅の者だよ。どこってこともない」
「みんなー! 彼等は旅人さんだ! 歓迎しようぜー!」
男がそう大声で言うと、周りで騒いでいた客達も歓声を上げる。
「ハロウィンの出会いに乾杯!」
皆の頭上でグラスが軽い音を立てる。僕等も出されたカクテルを掲げてそれに合わせた。アベルは飲めないから、形ばかりの乾杯だ。ハロウィンパーティーのノリで皆フランクになっているらしい。全員知り合いってこともないだろうが、誰もが分け隔てなく話に花を咲かせているようだ。席はぐちゃぐちゃで立っている人が多い。
「この酒うまいんだ、飲んでみろよ! 俺の奢りだ!」
「ねぇねぇどの街へ行ったの? 私はクラフィート出身なの! あそこへは行った? すごくいい街よ」
「このコルセットどこの? こういうの探してたんだよ」
次々に話しかけられて、あまり大人数と話す機会がなかった僕は頭が混乱したけど、楽しかった。こういう空気には慣れていない。ミイラ男やボンテージファッションの女性、狼男にパンプキンヘッド。みんな楽しそうに騒いでいる。
「あれ?お前よく見るとすげー美人だな!俺の女にならないか?」
「悪いけど男だよ」
「どっちでもいいから」
最初に声を掛けてきた隣のヴァンパイアの男が改めてナンパしてきたので僕は笑って首を振る。
「こっちの子なんて人間じゃないみたい…こんな美人いないわよ!」
「本当だー! えー、肌きれー!」
女の子に囲まれているアベルは特に反応は見せず、社交的な笑みを口元に浮かべて躱していた。
「ねーねーあっちでポーカーやってるの。貴方達も混ざらない?」
そうして僕等が誘いに乗ってポーカーテーブルにつくと、もちろんアベルの出番だ。僕はアベルの後ろに立って成り行きを見ていた。
三十分もすると、アベルはやっぱり予想通り大勝。周りから驚きの声が上がる。
「またこいつの勝ちか! 一体どうなってんだ!?」
「ギャンブルに強い人って好きよ」
女の子がアベルにしなだれ掛かっているのが面白くないってわけじゃないんだけど、僕は早々にアベルに耳打ちした。
「そのくらいにしとこう。あんまり巻き上げるとまずい」
あくまで相手が可哀想だからであって、僕が女の子に嫉妬しているとかいうことは断じてない。
頷いたアベルとテーブルを立つと、アベルはかなりの額を稼いでいた。まったく優秀すぎるアンドロイドだ。
それからまたあのヴァンパイアに捕まって強い酒を何杯か飲まされた。僕は慣れない空気で、なんだかいつになく楽しくて、名前も知らない人たちといろんな話をして、大笑いした。頭がふわふわする。雲の上にいるみたいだ。
「頼む! 俺とホテルに行ってくれー!」
「あはははヤダよ酔っ払い!」
抱きついてくる酔っ払いヴァンパイアを押しのけようとして腕を張ったけど、まったく太刀打ちできない。
「…ンッ…はぁ…ん…」
そのまま深くキスされて、僕は反射的にそのキスに応える。舌を絡めて長いキスをした。唇を離すと、男の顔はすこし赤いように見えたけど、ライトの加減だろう。
「お前、慣れてんな。マジで俺と付き合わないか?」
「何言ってんだよ、お前にやるほど血は多くないんでね」
「おい、マジでって言ってんだろ」
「カイン、」
僕が笑いながら適当なことを言っていると、アベルに腕を引っ張られた。
「アベルー」
アベルに抱きつくと、アベルは僕を支えて言った。
「そろそろ引き上げましょう」
その言葉に、周りからブーイングが起こった。僕ももう少し遊んでいたかったけど、アベルは返事を待たずに僕を支えて人ごみを歩き、出入り口に向かった。僕は手を振って、今夜限りの仲間達に挨拶した。
「アベル、楽しかったねー」
「そうですね」
店を出ると、突然音が止む。大きなホラーソングがなくなると、一気に現実に帰ってきた気になった。だけど酔いは醒めなくて、相変わらず浮ついて顔も熱かった。アベルが通りでタクシーを捕まえて、僕等は宿泊しているモーテルに帰り着いた。
+++
僕はアベルにベッドへ落とされた。アベルは僕のブーツを脱がせて、ベッドから去ろうとする。だけど僕はアベルの首に回した腕を離さずに、アベルにじゃれついた。バーの余韻が抜けていない。なんだか矢鱈と楽しい夜だった。
「アベルー」
「カイン、今日はもうそのまま眠ってください」
「やだ、よ」
「カイン、」
僕は完全にファックミー状態だ。アベルの服を脱がしにかかる。コルセットを外して包帯を引っ張れば、巻かれていた包帯が半端に解けて乱れる。
「仕様の無い人ですね」
アベルがなんだかアンドロイドらしくないような事を云って、しかもその声がなんだか熱を持ってるようにも聞えて、僕は自分の身体に完全にスイッチが入るのを感じた。
僕はアベルの唇を奪って、熱い舌を絡めた。粘膜を溶かして、歯列をなぞる。上顎を撫でて、吐息を混ぜる。
アベルは僕の服を簡単に脱がしていって、スカートはそのままに、たくし上げて性器に指を絡めた。それだけで、簡単に硬くなる。掌をスライドされて、先端を指先で潰されれば、すぐ快楽に呑まれてしまう。他の誰よりも、アベルの触れ方に乱れる。もうずっと他の人間に抱かれていないけれど。きっと誰と寝てもこんなに気持ちよくなんかないだろう。
「んッ…アベル、今日はいつも以上にきれいだね…」
「あなたこそ…その眼、挑発的に過ぎます」
「あ、あぁ…ん…はぁ…」」
白さの際立つメイクに、乱れた包帯がやけに艶やかだ。僕も今日は黒いアイメイクで、瞳を縁取っている。アベルはそのことを言っているのだ。
後孔に指を突き入れられ、仰け反る。すぐに探り当てられてしまう前立腺でその指が曲がれば、強い快楽に声が漏れる。
「私がいなければ、どんな目に遭っていたか…」
「…アベル…?」
「それとも、そういうのがお好みですか?」
「あぁっん! あ、はぁッ…な、に…アベル…」
「輪姦がお好みでしたかと訊いているんです」
明らかな意図を持って、アベルは前立腺を攻めている。いつもより強い指先の刺激が、僕の涙腺を緩ませる。叩くように抉られて、身を捩った。
「はぁ、ぁ…アベ、ル…そういう…プレイも…プログラム?」
「どうでしょうね…」
「なん、か…嫉妬、されてるみたい、だ…」
「そうだと言ったら?」
「あ、あぁ――ッ!」
がさりと音がして、なにか無機質に硬いものがそこに挿入された。
「あ、あっなに、アベル…!」
「なんだと思います?」
「んぁッ…やぁ…あ、あぁ…!」
ぐりぐりと硬いもので容赦なく刺激されて、腰が逃げる。だけどアベルは僕の腰を掴んで離さなかった。抑え付けられて逃げられない僕に、アベルは無機質な棒を突き立てる。
「うぅ、あ、あぁッ…あ、あぁ…」
「わかりませんか?」
「わか、な…」
「飴ですよ…キャンディステッキ」
「あ、め…」
そういえば、バーにはチョコや飴の入った籠をいくつも設置してあった。自由に食べられるハロウィンサービスだ。僕は手を出さなかったけど、僕の上着のポケットに周りの連中が持ってけと詰め込んでいたのを思い出す。おそらくその中にあったのだろう。
「いや、だ…そんなの…出して…アベル…」
「悦さそうですが? こんな物にも、あなたは感じてる」
「だ、め…あっあぁぁ――!」
「乱交がお好きなら、私は構いませんよ。何度も経験しています」
「アベ、ル…!」
いつもより冷たい顔をしているように、見えた。アベルが昔のマスターからどんな扱いを受けていたのか、容易に想像がつく。僕も乱交の経験ならある。あれは、本当に嫌だった。後ろから突き込まれて、口で他の男を咥える。道具のように使われる。人は群れると人格さえ変わるんだ。
「アベル、だって…女の子に…絡まれてた、だろ…」
「…女性に?」
溶け掛けのキャンディをぐちゃぐちゃと抜き挿ししていたアベルの手が止まる。
「覚えて…ないのかよ…」
「…いえ、そうですね。記憶はデータに、ありますが。それが?」
「…やっぱりアベルはアンドロイドだな…。僕だって…気に入らなかったんだ」
「…女性が?」
「…そうだよ。アベルにあんな風に触っていいのは、僕だけだ…」
アベルは暫く押し黙っていたけれど、キャンディを抜いて自分の性器を僕に突き立てた。
「あぁ、あ――んッ…はぁ、あ…」
「カイン、」
「アベ、ル…」
アベルは僕に、深いキスをする。意識を奪うような、乱れる呼吸で激しいキスをして、名残惜しげに唇を離す。
「カイン、私は、わからない…」
「アベル…?」
「あなたを愛しいと思うのは、セクサロイドのプログラムなんでしょうか」
泣いているような瞳で、アベルは、そう言った。搾り出すような、声で。
「私はあなたを抱きたい。あなたを離したくない。あなたと永遠にともに在りたい。他の誰かに渡してしまいたくない」
プログラムでしょうか、と。繰り返す。
わからない。僕にも、アベルにも。きっと誰にも。
それがプログラムかなんて。それが本物の心なのかどうかなんて。
「…前のマスターにも、同じことを?」
僕がそう言うと、アベルが首を振る。
泣き出しそうなアベルの瞳に、泣いたのは僕の方だった。
流れ落ちる一筋の雫を、アベルが唇で受け止める。
こんなに、やさしい、触れ方で。
「僕もアベルが好きだよ。誰が否定したって、アベル。僕は君を信じてる」
「カイン、」
「なに…」
「あなたを愛してる。プログラムじゃないと、信じてくれますか」
アベルの透明な瞳に、指先で触れる。硝子玉の無機質な瞳。涙を知らない美しい球体。だけど、それがなんだっていうんだろう。
「信じるよ、アベル」
神にも人にも背いて、僕等はジャック・オ・ランタンのウィルのように、月の裏側で闇に彷徨うかもしれない。だけど、それでもいい。それでもいいから。僕にもアベルと同じだけの命があればいいと、願った。一緒に生きて生きたい。一緒に終わりたい。僕はアベルを失うことばかり恐れてるけど、僕はアベルを遺して逝くのかもしれない。
「アベル、ね、動いて…」
頷いたアベルが、激しく腰を打ち付ける。突き刺すように、奥まで貫く。そうして、なにも考えられなくなっていく。
「あ、あぁッ…ん、はぁ、あ、あぁ…」
もし悪魔が、僕に永遠の命をくれると言ったら、僕はなにを犠牲にしてもそれを呑むかもしれない。罪と穢れの似合う、男娼上がりの僕だ。構いやしない。アベルとなら、僕は永遠を願いたいんだ。
「ふ、あ、あぁ…は、あぁ、あッん…」
「…カイン…ッ…」
握られた掌に、力を込めて。僕はアベルの熱に掻き混ぜられた。悦楽に身を震わせて、嬌声を上げる。アベルの乱れた息と、獣のように打ち付けられる熱に、意識は白んでいく。
「あ、あぁ――アベ、ルッ!」
「カイン…」
名前を呼んで、僕等は果てた。白い意識のなかで、僕等は手を離さなかった。
濡れ乱れたシーツの上で、僕等はお互いの存在だけを、強く感じていた。
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