Metropolis

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番外編

家族の輪郭

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あまり広い街じゃないけど、その分ストリートには店が密集していて、いつも混雑してる感じだ。この街は高級感って言葉とは無縁かなと思うけど、整然としすぎていない雰囲気が人の生活を感じさせてくれる。どこにでもいるような不良とか、横暴な自警団らしい連中をみかけるのも、まあ街らしさのひとつなんだろう。

「この街の名物はヒンカリですね」
「それってなに」

アベルがいつも通り街の説明をしながら案内してくれる。僕はこうしてアベルからいろんな話を聞きながらいろんな街を歩くのが大好きだ。

「小龍包のようなものです」
「え?なに?」
「…小龍包とはかつて地球の東洋人たちの一部が月に移住した際…」
「うわ!」

アベルがなにやら長くなりそうな説明を始めたところで、いきなり肩に衝撃。男が走り去っていく。後ろから走ってきたあの男にブツかられたんだと把握した時、アベルが僕の前に素早く身を寄せた。

「!?」
「…てぇッ…!」

一瞬なにがなんだかわからなかったけど、どうやらまた後ろから僕にタックルをかまそうとした男が居たらしい。僕の盾になってくれたアベルはびくともせずにぶつかって呻いた男を受け止めていた。

「大丈夫ですか? カイン」
「ありがとう、大丈夫だけど…何事だよ一体」

アベルに軽く拘束されているその男というのは見れば僕と同じ年くらいの少年で、先にぶつかってきて今は遠く前方を走っている男を必死に睨み、怒鳴っている。

「待て!返せ…!それは俺の…!」

少年の様子を見て、僕とアベルは顔を見合わせた。

「なにかあったの?」
「ひったくられた。盗まれたんだ、俺の…」
「なにを?」

少年は失望したように項垂れて、答える。

「バッグだよ。茶色の革の」
「中身は?」
「…わからない。俺の仕事は運ぶことだ」
「…それってきっと…」

どうやらひったくりを通報するというだけの話ではなさそうだ。僕の目配せにアベルが的確に答えた。

「そのパターンで最も可能性が高いのは麻薬ですね」
「だよね」
「あれがないと…俺、は…」

少年は絶望し憔悴しきった表情で頭を抱えた。見かねた僕は腕組みだ。

「…うーん。これは随分まずいことだね」
「この場合の死亡率は、」
「黙ってアベル、それは今言わないほうがいい」
「あぁぁ…どうしよう…」

この上さらに絶望的な数値を明言される前にアベルを止めると、僕は首を傾げて聞いてみた。

「なんとかならないかな、アベル」
「…なんとか、とは?」
「彼が助かる方法だよ」

このまま「じゃあ頑張って」と見捨てるのも後味が悪い。薬というのは組織の金に他ならない。まるごと失くしたとあっては、当然この少年は殺されるだろう。ミスの責任は臓器払いになるに決まってる。

「最も容易な方法としては、私が組織を壊滅させ」
「いやいやいや、待って。それは容易じゃなくて短絡的な方法だろ」
「成功率の高い最短ルートですが」
「うーん。アベルならできそうな感もあるけど、もうちょっと穏便な方法がいいな」
「穏便ですか」
「そう。例えば、今の盗人を捕まえて、何事もなかったように彼の仕事を元通り遂行させるとかね」
「了解しました。この通りの監視カメラにアクセスします」

アベルはそう言うと、しばらくフリーズしたように止まっていた。でもすぐに常態に戻って、側のベンチでタブレットを弄っている人からそれを借りた。
アベルがすこし操作すると、ディスプレイには監視モニターが表示された。

「この通りの監視カメラにアクセスし、該当時刻の映像データをコピーしたものを再構築しました」
「へぇ。さすがアベル」
「…アンドロイドか?」
「そうだよ。とびきり高性能なね」

呆気に取られている少年にそれだけ説明すると、僕等は、男が僕とアベルにぶつかった時の映像をじっくり5回視た。帽子にサングラスをしていて、顔はよく視えない。この映像を視た限りでは、少年に心当たりはないと言う。

「この男は君が"あるもの"を運んでいたことを知っていたわけだよね。誰かに話したことは?」
「ないよ。そんな危ないことはしない」
「とすると、君が受け取りや引渡しをしている所を目撃したか、あるいは君の関わってる組織のどちらかが情報を漏らしてしまったとか…彼の目的は薬の効果と現金と、どっちだろうな。現金に換えるつもりなら買い手になりそうな組織を捜すか…」
「失礼、カイン」

僕が状況を整理しようと少年と話していると、アベルが片手をあげて言った。

「この街の監視カメラデータの中枢へハッキングしました。先刻の映像から分析した該当人物を発見。輪郭、体格等から間違いありません。2番街へ向けて南下中。リアルタイム追跡を実行します」

アベルは自分の電子頭脳のなかだけでそれをやっている。僕と少年は絶句したけど、悠長にアベルの性能に感心してる暇はない。

「そういえば君、名前は?」
「パトリック」
「パトリック。アベルがいれば大丈夫、必ずうまくいくよ」
「…なんでそんなに、助けてくれるんだ。俺なんか…運び屋なんて、ろくな奴じゃないだろ」
「僕もろくな奴じゃないんだよ」
「…え?」
「アベル、宿に戻る時間はないし、足は二台レンタルしよう」
「すぐ近くにショップがあります。途中のジャンクショップで通信機も確保しましょう」
「オーケイ。じゃ、急ごう」

そうして僕等は、犯人捕縛のための準備を迅速に整えた。



 +++



とにかく速いの。僕の注文はいつもコレだな。出されたバイクに乗って、僕は空中をぐるりと試乗した。後ろにはパトリックが乗ってる。

「捕獲ポイントを見つけました。該当人物は茶色のバッグから布の黒いバッグへ替え肩にかけています。着ていたカーキの上着を脱ぎ黒いシャツに。帽子もどこかへ捨てたようです。サングラスはかけたままです。進行方向はレジデューストリート。あの通りには袋小路があります。私は北から追い込みます。カインは南から逃がさないようにしてください」

一人でバイクに跨るアベルが現状確認をすばやくこなして僕等に極めて簡単で単純な作戦内容を説明した。

「ルート変更に伴い状況も変化します。通信への注意をお願いします」
「了解。頼んだよアベル」

曲がり角ならいくつかある。リルートが必要になるかもしれないが、まあアベルがいればなんとかなるだろう。僕等は二手に分かれて走り出した。



 +++



「アベル、南についたよ。袋小路の路地前だ」

相手は徒歩だからすぐ近くだ。バイクで2分。バイクを降りて路上に停める。取り付けたマイクを通してアベルに報告すると、アベルからすぐ返事がある。

『こちらも北から該当人物を追跡中。袋小路まで約200m。捕獲にかかります』
「了解」

いた。人ごみに見え隠れするアベルだ。手前に犯人がいるはずだ。

「あいつだ!」

後ろでパトリックが小さく叫ぶ。瞬間、二人は目が合ったらしい。犯人はすぐに反応をみせてアベルの方へ方向転換した。僕とパトリックは全力でそれを追う。慌てて逃げようとする犯人を、一般人に紛れていたアベルがあっさりと捕まえた。振り払おうとしているが、もちろんアベルの力に敵うはずはない。

「けっこうあっさりだったねー」
「おい! お前よくも…!」

アベルに軽く手を振り再会していた呑気な僕の横で、パトリックが犯人を思い切り殴った。犯人は僕等より2つ3つ年上かな、というくらいの男で、どこにでもいる街の不良という雰囲気だ。口端に血を滲ませた男は、アベルに拘束されたままパトリックを睨み返す。

「これがなかったら俺は殺されるんだ!」
「知ったことか! 生きたいのは誰だって同じだ!」
「生きるためにやったってのか!? この腐れジャンキーが!」
「金が必要だったんだ!」
「俺だって金が居るからこんなクソみてぇな仕事してんだ!」
「はいはいちょっと二人とも待って。あんま目立つとしょっ引かれるよ」

袋小路に追い込む間でもなく捕獲に成功した犯人をずるずる連れて、僕等四人は改めてバイクと一緒に袋小路に場を移した。

「二人ともなんでそんなにお金がいるの」

僕がそう二人に訊いてみると、二人はしばらく沈黙していた。やがて先に口を開いたのはパトリックだった。

「俺は、弟が二人いる。親父はいねぇし、母さんの給料だけじゃやってけねぇんだ…。じゃなかったら、こんな仕事なんかしねぇ…」
「…俺は…お袋はジャンキーだし、薬がねぇって毎日キレまくるし…街でお前を見掛けて、服にも年にも似合わねぇバッグ持ってやけに周りに注意払ってたからすぐ解ったんだ。いい鴨だってな。半分はお袋にやって、半分は売りさばくつもりだった。親父はいつもフラフラ酒浸りでろくに帰ってこねぇ。いっそ死んじまえばいいんだ」

お互いの事情を聞くと、二人の怒りの感情は行き先を失くして墜落し、やりきれなさだけが残った。路地裏の薄暗さが、尚更どうしようもない思いにさせる。

「…そうか。とにかく、パトリックは薬を運ばないと。中身は減ってないよな?」

僕はバッグを開いて二人に確認する。

「まだ使っちゃいねぇよ」
「…元の量なんかわからないから、信じるしかないな」

パトリックは一応白い粉がたくさん入っていることを確認して、腕の端末で時刻を確認した。

「間に合いそう?」
「…急げばぎりぎり、だな」
「良かった。それじゃあ、」

僕はパトリックの掌を掴んで握ると、身を寄せて挨拶した。

「幸運を。今日も、この先も」

言っている僕も、笑顔で掌を握り返してくれたパトリックも、虚しい願いと知っていた。パトリックはバッグの変わった荷物を持って、路地を出て行く。

「パトリック!」

反射的に呼び止めると、彼は立ち止まる。

「僕は旅をしてるんだ。そんな仕事やめて、一緒に来ないか?」

駄目もとだった。それでも、言わずにはいられなかった。
案の定、パトリックはこっちを振り返って、笑って首を振った。

「お前等は命の恩人だよ。ありがとな」

パトリックは、それだけ言って去って行った。僕はしばらくその消えた背中を眺めて突っ立っていた。

「カイン、」

アベルに呼ばれて、僕は我に帰る。アベルが拘束したままのひったくり犯は、疲れたように項垂れていた。僕はアベルに彼を放すように言った。

「君は、来ないか」
「…ひったくりのろくでなしを旅に誘ってるのか?」
「…そうなるな」
「……やめとくよ」

男はしばらく考えはしたようだったが、やがてそう言った。

「どうして? こういったらなんだけど、君にはろくな家族がいないんだろう?」
「…だな。それでも…あれでも俺の母親なんだ」

一人残していけないと、青年は言った。路地裏を去ろうとした彼の腕を掴んで、僕は言った。

「君も、幸運を」

男は瞬間驚いた顔をしたけど、困ったように笑った。

「人が善いな。そういう奴は生き難いぞ」

ぽんと僕の頭を軽く叩いて、男は去って行った。路地裏には、僕とアベルだけが残った。

「…家族か」

ぽつりと、口から零れる。家族。ルナに居た頃は、家族なんて、言葉すら死んでいた。誰が口にしたことがあっただろう。誰でも知っている言葉であったはずなのに、誰も会話に使わなかった。そして試験管で造られて人工的に育てられた僕等男娼。カゾクだって? 意味がわからない。僕にはわからない。彼等がそんな環境に居続ける理由が。運び屋なんかやってでも。生きる場所をここに選ぶ。どうしてだろう。

「カイン、良かったのですか」
「…うん。あれくらい、なんにもならないけど」

僕は自分のポケットに入れていた札束を二人に渡していた。気付かれないよう二人の服のポケットに。トランクにまだ詰まってるんだ。大した額じゃないけれど、いくらかは持つだろう。そう、いくらか。借りにここで僕がもっと札束を分けていても、やっぱりそれはその場凌ぎにしかならないだろう。彼等はこの先、どうするんだろう。

「ルナを逃げてきた僕には、わからないな。ここで生きることを選ぶ、彼等のこと…」
「…人の数だけ現実があります。環境も、生き方も」
「…アベル、」

隣に立ったアベルの手を、僕は握った。繋いだ手に、ここに在ることを思う。

「たとえばアベルが、今この瞬間に、壊れてしまって、それで…」

とても、おそろしいことだ。口にするのも、怖いくらい。想像もしたくないこと。僕の手は、すこしだけ震えた。

「動かなくなったら…二度と動かなくても、僕はここから歩き出せない、きっと」
「カイン、その時は私など。置いていってください」
「置いてかれるのは僕だ」

僕は、アベルを抱き締めた。縋りつくように、腕を回した。背中に添えてくれるアベルの手が、やさしい。

「置いてかれるのは僕だよ…アベル。僕はそこからきっと動けない」

生きることをやめたアベルの身体を腕の中へ見ながら。僕はずっとそこに居るしかない。

「アベル、僕等は兄弟、だろ? それって、家族、だよな? それなら、わかる。彼等がこの現実で生き続ける意味…」

家族も兄弟も恋人も友達も、僕の知らない関係の名前。
だけど、僕がアベルから離れられない気持ちがそれに近いのであれば―――。

「カゾク」

アベルが、ぽつりと反芻する、知っているけど知らない、未知の言葉。

「アベル、君が居るところが僕の生きるところだよ。どんなことがあっても、それを覚えていて」
「カイン、」
「アベ、ル…ん…」

不意にアベルに唇を塞がれる。柔らかな、やさしいキスだ。アベルからすることなんて、まず無いはずなのに。

「アベル」
「ヤクソク、ですね」
「…うん。そうだよ。約束だ」

今度は僕から唇付けて、誰とも血の繋がらない僕等は、覚えたての歪な"家族"の輪郭を、手探りで探していた。




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