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Metropolis 02
しおりを挟む「…?」
「気がつかれましたか」
目が覚めた時、見慣れた天井でもなく、聞き慣れた黒服の声でもない、違和感が五感を襲った。
待って。
僕は死んだはずだ。
こんな見慣れた街の風景を再び目にするなんてそんなフザけた話があるか。僕は確かに窓を破って、ビルの下へ落ちたはずだ。なのにこれは、なんだ?
「…どういう、こと?」
「あなたは9分47秒前にルナキャットの13階からこのゴミ収集トラックの荷台へ落下しました」
「…つまりゴミ溜めに落ちたおかげで助かって、ここはトラックの上のゴミ溜めの中ってワケ?」
「その通りです」
はっきりしてきた意識の中で、とりあえず目の前に居るのがアンドロイドなのだろうということは理解した。そして悪夢のような現状も。ゴミがゴミ溜めに落ちて助かったって?どんな冗談だソレって。
「ねえ、それじゃ君はなんでこんなゴミ溜めに居るの?」
「ゴミだからです」
彼はそう言ったけど、はっきり言ってとても綺麗だった。碧の鉱石を溶かして色付けたような淡色の髪は輝いていたし、同じ色の瞳もまた鉱石のようだった。白磁めいた肌は人工であるが故に完璧にきめ細かく、柔らかそうだ。薔薇色の唇はそこに命を感じさせる。白いワイシャツは草臥れて薄汚れていたけど、彼自身はとても美しい。ゴミなんて。ありえないだろう。
「まさか。君がゴミなんて有るわけない。だって随分高いんだろう? 君は。誰が手放すもんか」
「ロバート・リルゲ。HLP817.タランテラBIC幹部」
「…ふぅん。金持ちのマスターに捨てられたってわけね。またこんな星に捨てるなんてタチが悪いな。君は何系のアンドロイドなの?秘書クラスならまず捨てないよねぇ。まさかボディガードって感じでもないし、ただの雑用にしては綺麗すぎる」
「S605シリーズ.セクサロイド304です」
「…セクサロイド?」
「はい」
「それじゃ僕と同じだね」
「違います。あなたは人間です」
「…同じなんだよ」
僕は呟いた。返事が欲しかったわけじゃないのに、304は律儀に”データと一致しません”と答えた。
もう一度握ったままだった銃を頭に向けることも出来るけど、気分が削がれてしまった。だけどこれからどうしたらいいんだろう。僕が生きてるってことは、きっと掴まるんだろうな。彼は、304はどうなるんだろう。誰かに売られるかもしれないし、そのまま廃棄処分やリサイクルかもしれない。結局それも僕と同じということか。
「ねえ、君はこれからどうする」
「ここに居ます。そう命じられています」
「そのプログラムはもう無効だよ」
「データと一致しません」
「……君のマスターを登録しなおすには暗証が要るの?」
「ロックはかけられていません。必要ありません」
「なるほど。誰が拾ってもいいようにしたのは配慮だね。情けのつもりかな。反吐が出る」
宙を走り続けるトラックのせいで、ストリートのネオンが流星のように視界を流れていく。色とりどりの欲望の明かり。この街はずっと夜だ。無限に見えるこの夜にも終わりがあるんだろうか。
この街の外には、昼が―――?
話に聞いた事がある。明るい世界。
「君がマスターにもらった名前は?」
「ありません。304です」
「304、君のマスターは今日から僕だ」
「データを書き換えます。保存タイトルはロバート・リルゲで宜しいですか」
「上書き保存だ。そのマスターデータは消去」
「リセットしますか?」
「いや、マスター情報の変更だけでいい」
「了解しました。データを書き換えます。…完了しました。マスター、ご命令をどうぞ」
「君はこれから僕と一緒に逃げるんだ」
「イエス、マスター」
この夜空の遠いどこかに、荒廃を知らない土地があるだろうか。僕等は、逃げ切ることができるだろうか。この街の、なにもかもから。
「僕も名前はない。考えよう、これから。僕の名前と、君の名前を」
夜明け前までに。新しい名前を。
夜明けが僕等にも、来るのなら―――。
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