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Blue Earth 09*
しおりを挟む「ふぁー」
思わず欠伸。ねむい。
「寝不足か?」
ソウがちらりと僕を見て言う。
そう、寝不足。
僕はなんだかソウが心配で、よくソウの部屋に泊まるようになった。ソウは事件のあとに保護された施設を出てからは、国が運営してるマンションに一人で住んでいる。
申請して通れば、事情のある人が住めるところ。適度な広さで、よく片付いてて、ここは過ごしやすい。
心配だ、なんて言ったけど、半分は僕がソウと一緒に居たいだけだったりもする。つまり自分が好きでここへ泊り込んだりしているくせに、僕は今ちょっと、いや結構深刻に困っていることがある。
「その…ソウ。はっきり言って僕…ちょっと困ってるんだよ」
「…薬のことか…それはそうだよな。悪い…わかってはいるんだが」
そう。それはそうだ。できればやめるべきだ、それは本当に心配。僕が居るときはあまり手を出さないようにしてくれてるんだけど、夜中に僕が爆睡している時やなんかに、どうにも神経がたまらなくなって手を出してしまってることがある。
僕を起こそうとか思わないところがソウらしいというか、起きない僕が能天気というか。でもそれも置いといて。
「あ、うーん。ていうかね…」
「…なんだ?」
ソウは瞳に疑問を浮かべて僕を見る。きれいな青い瞳で。
ああ、すごく、言い難い。
「あの…僕はさ、ソウのニセモノの親父さんとは違うよ!」
「は?」
「いや、ごめん急に。つまりその…違うし、ソウの嫌がることはしたくないんだけどさ」
「何が言いたいんだ?」
「あぁ…えーと。僕もさ、あの…男、だし。ソウって綺麗だし…なんていうか…正直……いつまで理性が持つか、わかんないっていうか」
そう言ってしまうと、ソウは目を円くした。
…当たり前だ。やっぱり言うんじゃなかった。
でもだって本当に困ってるんだ。ラリってる時のソウは壮絶に色っぽいし、その色気を僕に無意識にブツけてくるし、拒絶すると泣きそうな顔をするし、どうしたらいいんだ!ってなる。なる、けど。
じゃあここへ来るのはやめようとは思わない。ソウを一人にするほうがもっと嫌だからだ。ソウにとっては、本当は迷惑なのかもしれないけど…。僕の勝手な自己満足かもしれない。それでも、放ってはおけない。傍に居るってことを伝えたいし、ソウが一人でどうしようもない過去に囚われている時に、それを知らないで居るなんてことは、僕にはもう堪えられなかった。
「わーごめん! 気にしないで! あの! 本当に!」
気にするだろ。自分で思った。普通に気持ち悪いって。
「…ハル」
「はい!」
「俺は…… べつに…構わない」
「は?」
「ハルがそうしたいと思うなら、俺は、その…… しても構わない」
何度もしてるわけだし。
ソウが真顔で普通にそんなことを言うものだから、僕は逆にもっと焦ってしまった。
「ちょ、え、なに! 何言ってんの! いいわけないじゃん! 慣れてるとかそういう問題じゃないじゃん!」
僕がそう言うと、しばらく言葉なくソウは僕を見つめた。その瞳がどこか傷ついたような、哀しそうな色をして見えて、僕はまた何か間違えただろうかと焦った。
次の言葉を僕が探し当てるまでに、ソウはもう一度口を開いた。
「…誰でもいいわけじゃない。ハルならと、思っただけだ」
………それって別の意味で大問題じゃないか。
「それ、…えっとそれって、あの、僕のことをその…好意を持ってくれてるって意味に取っていいのかな。つまりセックスしてもいいってくらいに…?」
「…まあ…そうなる、か。ただ恋愛だとか、言われたら、それはわからない。とにかく、ハルとするのに抵抗は無いって言ってるだけさ」
「…うーん。それって僕と同じかも」
ソウのことは大好きだけど、まさか恋愛だと思ったことは無い。ソウが綺麗だからドキドキすることはよくあるわけだけど…それはソウが色っぽいからであって僕のせいでは…って自分に言い訳してみる。
「実際その…俺もどうしようもなくなる時が、ある、から」
「え?」
「薬のせいもあるけど、無くても…その…昔の事のせいで、習慣っていうか。身体はそう出来てるだろ、もう…」
ソウが言いながら視線を逸らして俯いた。心なしか耳が紅い。え、それって、なに。そういう意味?
「ソウも、したいってこと?」
ソウは何も言えずに僕を睨むように見た。だけどその瞳はすこし潤んでいて、紅い。その瞳を見た瞬間、僕のなかでずっと塞き止めていた壁が、音を立てて崩れた気がした。
「ハル…?」
戸惑っているソウを無視して、僕はソウの形の良い頭の後ろへに手を回して支えると、深く唇を合わせた。
ずっと求めていたものが、手に入ったみたいだった。乾いて仕方なかった喉が潤うように、僕はキスでやっと酸素を得たみたいだった。
ソウの舌は熱くて溶けそうで、粘膜の触れ合う感覚がこんなにも気持ちの良いものだと僕は初めて知った。キスなんか初めてじゃないのに、今までのどんなキスとも違っていた。舌が溶けていくみたいだ。ソウと、混ざるみたい。
遊んできたって思ったことはない。
女の子と関係を持つ時、僕は僕なりに相手の子の事を思っていた。可愛いとか好きとか、それは飴玉を転がすように甘くて、ケーキみたいに柔らかい、胸が騒ぐような感覚だった。浮ついて楽しくて、彼女が喜んでくれたら嬉しくて、どう思われてるか気になったりして、僕はそれなりにそれなりの恋をしてきた。
なのに、ソウとのキスは深くなればなるほど、それとは全然違う感覚を育てた。
触れただけで魂が焼けるような、僕の存在や価値観の全てを変えてしまいそうな焦燥があった。とても大切にしたい切ない気持ちと、暴力的に抱いてしまいたい衝動が同時に背筋を走り、僕の脳は銃で撃たれたように思考回路を破裂させた。
身体のずっと奥が熱くて燃えそうで、熱が湧き上がって内臓を焼いていく。僕は無意識にソウをテーブルに押し倒していた。息が苦しいのに、唇を離したらもっと苦しくなりそうで、僕はキスを諦めないまま、掌をソウのシャツの裾に入れた。脇腹を撫で上げると、ソウが身体を震わせる。反射的に反らせた身体のせいで、唇がはぐれてしまう。僕はそのままソウの白い首筋に唇を移した。
「…ッ…ハル…!」
「ごめん…僕…」
思ってた以上に我慢してたみたい。
息が詰まるのをなんとかやりすごそうとしながら、僕はそう搾り出した。
するとソウが、なんだか困ったみたいに、でも熱っぽく微笑ったから、僕はもうどうしようもなくて、ソウの熱を求めて身体を弄った。
ソウのそこも、もう熱を持っていたから、僕は少しそれに安心しながら、ファスナーを降ろした。インナーの中に手を入れて、直接指先で触れるとソウが息を呑む。
「ぁっ…ハル…!」
「ソウ、大丈夫だから…触らせて」
「ハル…」
ソウは抵抗しなかった。そっと掴んだ性器を上下に擦って、僕はソウの熱を愛撫しながら、なんとか自分を押し留めていた。早くソウの中に入りたいと、身体全部が叫んでいた。
「ハル…ハル、もう、いいからッ…なか…」
ソウも切羽詰ってるみたいだった。僕は先走りで濡れた手を、後ろに這わせた。こんなところに入るものなのか心配になったけど、指を1本ずつ入れていくことができて、3本目が入るころにはソウは感じた声を漏らして涙声だった。
「ソウ…大丈夫?」
「んっ…あ、あ…ぅん…はぁっ…」
「…ソウ……」
「あ、ハル… 来て…もう、いい…」
「でも、まだ…」
同性相手にするのは初めてだったから、僕はどれほど解せばいいのか判らない。ソウに無理はさせたくない。
「準備、してた。いつも」
「え、」
「俺、頭、おかしいだろ。どうなるか、わからないから…」
「…いつも、」
「最低だろ。身体、…疼いて仕方ないんだ」
無数の傷のある白い肌を紅く染めたソウが、濡れた瞳から一筋だけ涙を流して言ったので、僕は胸を締め付けられる哀しさと自分自身の情欲に、視界が眩んだ。
「最低なのは僕だ…ソウのこと、抱きたくて仕方ない」
酷い過去を持つソウにこんなことをする僕は、本当にその誘拐犯と違うだろうか。僕は欲望と胸を抉られるようなソウへの想いの強さに、身体と心をぐちゃぐちゃにされていた。
そして見たことの無い乱れ方をするソウの姿に強く反応した性器を、少しずつそこへ挿れた。
絡みつく粘膜は熱くて、吸い付いてくる。その感覚に、思わず息を呑んだ。
「あ、ソウ…ッ…!」
「ハル…!」
ソウが僕の腕を握り締めて異物感に耐えている。震える体に、不安になる。こんなことをしている背徳感が、僕の頭を突き刺す。
「ソウ…ソウ、大丈夫? ごめんね…」
「なんで…謝る…」
「だって…僕…我慢できなくて」
「いい…俺もだ…ハル、動け。慣れてるって、言ったろ」
ソウはそんな事を言う。僕はまだ心配だったけど、このままでもお互い辛い。なんとか狭い中で動き出すと、ソウの啼く声は酷くなった。だけど動きがスムーズになるにつれて、段々ソウの様子も苦しそうなものから変わってきた。紅くなった頬と目の縁が、熱を煽る。濡れた瞳が、揺れる髪の間から僕を見上げた。
「…ッ…!」
「んっ…ハル…」
ソウの視線に焼かれて自身が波打ったのがわかる。あやうく達するところだった。
「ごめん…ソウが…あんまりヤラしいから」
「なん、だよそれ…」
「だって…」
「ハル、もうちょっと…」
ソウが少し腰を浮かせて僕の性器を導いた。
「ん…この辺?」
「あっ! う、あっ…ぁ…!」
「ここ?」
「んっ…うん、そ、こ…あぁっあっう、あぁっ…!」
「ソウ…」
中のしこりを集中的に刺激すると、ソウは高く啼いた。きれいな黒髪を振り乱して、僕に縋りつく。嬌声が耳の近くで上がって、僕も頭がおかしくなりそうだった。
「ハル…ハル……」
「ソウ…平気?」
「あっ…んっ…イイ…気持ち、ぃ、あぁっ…!」
「ソウ…僕も…すごく…イイ……」
「ふ、あ、あぁっあっ…あぁぁ…んッ…あぁぁ!」
「…ッ…!」
身体に渦巻く熱を吐き出したくて、徐々に動きを早めると、ソウはほとんど悲鳴のような声をあげた。眉を寄せて切なそうにしながら、僕の背中に爪を立てる。僕はソウを抱え上げるようにして抱き締めると、繋がりはもっと深くなった。仰け反るソウを逃さず腰を引き寄せて、激しく前後に動かした。昂りを粘膜に叩きつけるように強く突くと、視界がスパークして、意識が飛ぶような快楽に全身が震えた。
「……ハ、ル…」
「……ソウ」
そうして僕たちは、荒い吐息に紛れて軽いキスを何度かした。まるで恋人同士みたいなキスだったけど、それはとても自然だった。
ようやく満たされた充足感と、心地良い倦怠感に、僕等はテーブルをベッド代わりにして呼吸を整えた。
「あー…もう……ヤバい」
「…なに、」
「……ハマりそう」
僕が思わずそう言うと、ソウは静かに笑った。
「俺もだよ。初めてだ、気持ちいいって素直に思えたのは」
「ソウ…」
僕はソウの微笑みに、気が付くと泣いていた。勝手に涙が瞳から流れてきた。
「だから、なんで泣く…」
「だって…!」
ソウが今度は呆れたみたいに微笑って、それはささやかな風に似ていた。
「ソウ、好きだよ…僕はソウが好きだ」
大事なんだよ。
譫言みたいにそう言って抱き締めると、ソウがそっと僕の背を抱き返した。あたたかいと思った。ソウも知らなかっただろうけど、こんなあたたかい体温は僕も初めてだった。恋だとか、愛だとか。今までのはなんだったんだろう。きっと僕は本物を知らなかった。これが恋愛と呼ばれるものなのか、僕にはわからないけど、胸に咲く想いが涙に変わるくらいそれは強かった。ソウが好きだと想った。ほんとうに好きだと想った。この人を手放したくないし、傷付いて欲しくないと想った。ソウの為に生きられたら、それがいちばん素敵なことにさえ思えた。名前の知らない感情でも、やっぱり言葉にするなら、それは愛しいと想う心だった。
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