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しおりを挟む>> HUMMER
「おいフィーゾ。遊んでねぇでさっさとビル行けよ」
「結構快感だぜ?」
「……そうかよ」
ゾンビ無双にハマっているらしい煙草を咥えたフィーゾを半眼で見遣り、KAC PDWを片手に抱いているディズは溜息を吐いた。
フィーゾはしばらく蛇行運転で感染者を大量に轢き殺すと、方向転換し真っ直ぐにビルへ向かってアクセルを踏み込んだ。
「あァー? エントランス閉まってんだろアレ」
「お前が遊んでるからさっきの奴等もう閉めたんじゃねぇのかよ」
「しょうがねェなァー」
フィーゾは速めたスピードを緩めると、突然スイッチひとつで助手席の扉を開いた。
「は!?」
面食らうディズを、フィーゾは容赦なく蹴り飛ばした。
「扉開けて来い鉄砲弾」
「フッザけんなおまぇぇぇ!」
ディズの声が小さくなっていく。誰も居なくなった助手席のドアが、無情に閉められた。
「いってぇぇクソ!!あいつマジありえねぇぇぇ!!」
車から締め出され地面を転がる事となったディズは、しかし見事に体制を立て直し立ち上がると、その勢いのまま走って人だかりならぬゾンビだかりの中へ突っ込む。
「死ねぇぇぇ死に損ない共ォォォオ!」
飛び蹴りで集団の中へ着地したディズは、間髪入れずにPDWで周囲を撃ちまくる。人の頭の高さに向けて撃たれた弾丸は確実にゾンビ達を再起不能にしていく。ディズは片手にPDWを掴んだままPara-Ordnance1911を構えエントランスへ全力疾走する。ディズのスピードに合わせたハマーはすぐ後方へ迫っている。窓からフィーゾが援護射撃していた。
「居んじゃねぇか!」
エントランスの扉を弾丸で突破しようと思い銃を構えたディズだが、そこに生存者が数人いた。そこで前方からも援護射撃が成されていることに気付く。銃弾の雨の中、ディズは振り返った。
「フィーゾ!!」
フィーゾはハマーを停め、天井部の重機関銃の設置された天窓へ上半身を出すと、ディズの方へ荷物を放り投げた。
「んな場合かっての…!」
舌打ちしたディズは荷物を受け取り、扉に立っている男達へ荷物を投げる。続けてディズが四つほど重い荷物を渾身の力で投げ込むと、フィーゾは天窓から出てボンネットを踏み、襲い掛かってきたゾンビの頭を片手で掴むとそのままハマーから飛び降り他のゾンビへ叩き付けた。流れるような所作で入り口を通過したフィーゾへ続き、ディズもエントランスホールへ無事入ることができた。
「テメェふざけんな!俺は強化人間じゃねぇぞ!」
「ほう。それは悪かったな非戦闘民族」
「んだとコラァ!!」
「なんだ狂暴じゃねぇか。そういえば随分腐敗してるようだがついに発症したか死ねゾンビ野郎」
「テメェのせいでゾンビ片塗れなんだろがクソ野郎!!」
二人は罵り合いながら、一緒にエントランスへ侵入してきたゾンビへ銃口を向けた。
+++
カイン、アベル、セレッソ、ラガルトに続き、フィーゾ、ディズが合流し七人となった生存者達は、エントランスで大乱闘を繰り広げた。
銃と格闘を持ってゾンビ二十体あまりを倒すと、やっと腐乱肉片塗れのエントランスを出て再びそこを封鎖し、階段で五階へ向かった。
「へぇ。それじゃ僕等の車のGPSを追ってきたわけだ」
「ああ。他に動いてる物はなかったからな。どれだけ骨の有る奴が生きてるか見に来た」
「えーそれが理由?」
カインがフィーゾの言葉に目を丸くする。どうやらフィーゾとディズは救援ではなく只の好奇心で此処まで追ってきたようだ。
「僕とアベルは元々一緒に居たんだけど、セレッソとラガルトは隣町で会ってから一緒に居るんだ。あの街にはもう生存者はいないよ」
カインはそう説明した。
「お前等…ってかお前堅気じゃねぇだろ。どっかのギャングか?」
「お前等じゃあるまいし。俺は死刑囚」
「混乱に乗じて脱走したってとこか」
「まあね」
「監獄もゾンビの巣窟だったんじゃねぇのかよ。よく生きてんな。お前も囚人か…… ? らしくねぇな」
ラガルトに絡んでいたディズは、側に居たセレッソに水を向ける。
「セレッソは冤罪で捕まったんだよ」
「冤罪? んなバカがよく生きて出てこれたもんだ」
「セレッソはバカじゃないけど、お前の方が頭悪そうだよ?」
「キレんなよ。別に吹っかけちゃいねーよ」
「…それにセレッソは、俺が守るからいいんだ」
「……お前のネコ?」
「そんなと」
「いい加減にしろラガルト」
まるで隠す気もなくラガルトが喋るので、セレッソが呆れた目で制した。ラガルトは微笑んで口を閉じる。
「貴方は軍の方ですね。救援は来るのですか?」
アベルがフォービアに尋ねた。
「いや、軍も政府も壊滅だ。地球に何人生存者が居るのかすら解らない」
「やはりそうですか」
「ああ。だが連れの知人が救援ヘリを個人的に出してくれた。今向かっている」
「ヘリ……一台でしょうね?」
「……そうだ。なにか別の方法も考えなければならないな」
ヘリ一台ではこんな人数は乗り込めない。往復するなら、残った者は此処で更に数日生き延びなくてはならないだろう。
「救援なァ……どうするフィーゾ」
「俺達は見学に来ただけだ。此処を出る時はまたハマーに乗るさ」
「だな」
フィーゾとディズは救援など求めていないようだ。
「ハマー組と分かれるしかないかもね。ハマーなら結構乗れるし」
カインがそう提案する。
「だとよ」
ディズが横目でフィーゾを見ると、フィーゾは軽く答えた。
「好きにすればいい」
「…お前、腕ある奴は割りと簡単に受け入れるよな」
感染にやられて壊滅してしまったものの、フィーゾはギャング組織の頭を張っていた。強い奴なら組織に組み入れてきた過去がある。それはこの場でも変わらないらしい。
そうして七人は、五階のフロアへ出た。
+++
>> F5
「トゥルー、俺だ」
フォービアがそう言うと、扉が開いた。
大人数でやってきたフォービア達に、ハル達が改めて面食らう。
「まさかこんなに生存者が居たなんてなぁー」
「全くだ。お前等みたいな貧弱な奴が生きてるとは、ウイルスも大したことは無いらしい」
「えー! なにこの最悪なファーストインプレッション!」
部屋に入るなりそう返してきたフィーゾに、ハルは怒るよりも驚いている。それでなくとも、新参の彼等はストリートの空気を纏った堅気には見えない風貌をしていた。
「しかもアンドロイド連れ? えっすっごい高性能じゃない?」
「彼はアベル。ちゃんと名前があるんだよ」
アンドロイド狩りをしていたハルは、最新美麗アンドロイドのアベルを凝視する。皮膚の剥がれた箇所がなければ人にしか見えないが、人にしては余りにも完璧な美しさだ。
ハルは物珍しげにアベルを観察しながら言ったが、少々気分を害した様子のカインに名前で紹介されると、その意味を捉えてハルは素直に謝った。
「ごめん。スパイアンドロイドしか慣れてなくてさ」
「あぁ……この辺の地区じゃ、まあそうだろうな」
納得してくれたらしいカインがそう頷き、微笑みかけた。
「僕はカイン。他に生存者が居て良かったよ」
彼もまたアベルとは違った艶やかな美しさを持っている。ハルは美形の組み合わせに少々戸惑いながらも、微笑み返した。
そしてカインが一通りセレッソ達を紹介したが、紹介された面々はとくに愛想を見せず、社交的なのはカインとアベルだけだな、とハル達は把握した。
互いの紹介が済んだので、トゥルーは彼等の話から外れてフォービアを見上げ、軍服の袖を掴んだ。
「フォービア、無事で良かった」
「ああ。お前も、何もなくて良かった」
フォービアがトゥルーの頭を撫でると、トゥルーは目を細めて表情を綻ばせた。
「なァ、シャワーとかねぇのこのビル」
ゾンビの肉片を浴びたディズが尋ねると、ソウが答えた。
「あるにはあるが、水しか出ないぞ」
「構わねぇよ」
「此処を出て左。最初の角を行けば案内が出てる」
「了解。おいフィーゾ」
「あァ?」
「行くぞ」
「俺は返り血も浴びてねぇ」
「テメェのせいでゾンビ塗れなんだろが! 見張りくらいしとけ!」
「世話の焼ける部下だな」
「…お前……いい加減殺すぞ?」
言い合いながら二人が出て行くのを、ハルが笑って見送る。
「なんか良いコンビだね」
「騒がしいな」
カインがそれに頷いた。
「さて。じゃ、セレッソ。俺達は他の部屋行こうか」
「…べつに此処でも……」
ラガルトの言葉にセレッソはどこか気の進まない様子で言いかけたが、そこでフォービアが声を掛けた。
「いや。なるべく固まっていた方がいいだろう。個人行動は最低限にすべきだ」
「……悪いけど。団体行動しに来たわけじゃない。セレッソがそれを望んで此処に来たとしても、俺はこれ以上譲歩する気はない」
「…お前は、」
「煩いな」
セレッソの何なんだ、と。フォービアが言おうとした時、笑みを浮かべたままのラガルトの鋭い眼光がフォービアを射抜いた。
「俺とセレッソの事に口を出すな。行くよ、セレッソ」
「待て、ラガルト」
「……なに」
「この人数じゃ一食分にしかならないが…」
セレッソが持っていた黒いバッグから非常食を出した。
「あるだけ置いていく。腹に入れろ」
床に並べられたのはアルミパック入りのゼリー飲料だ。
「…ありがとう、セレッソ」
ハルがそう言うと、セレッソは微かに口元で笑んでみせた。
「こっちも少しだけどあるよ」
カインも持ち出してきていたバッグを開き、同じものを並べる。そもそもセレッソ達と同行して居た為、三人で(アベルはアンドロイドだ)山分けしていたものだ。
「フィーゾ達が持ってたの食料なんじゃない?」
戦力なら個々にある。いっそ有るだけ全て分けるべき時だと判断し、カインは少し厚かましいかとも思ったがそう言った。その言葉に、アベルが答える。
「いえ。あれは全て武器ですね」
アベルが搭載されたX線を通して荷物を視ながらそう言う。
「えっえぇー! この状況であの量で武器だけってなかなか凄いな」
「優先順位が微妙に間違ってる」
「いや、向こうも食料は底をついていたのかもしれない」
どよめいている内に、セレッソとラガルトはすでに部屋を出ていた。
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