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その二 不動明王呪
四
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「何だ、あんたは空海の仕込みではなかったのか」
「仕込み?何のことでございましょう?」
「いや、いや何でもない。勘違いだ。『妖物に家をとられた』とは、どの様なことか?話を続けてくれ」
そう言って、田村麻呂は男に話の続きを促した。
高雄山寺の中、空海と田村麻呂、それに妖物に家を奪われたという男の三人が座っている。
男の名前は「安麻呂」。近郷では知らぬ者はいない分限者であるという。
その男、「安麻呂」が空海に助けを求めに来たのであった。
「妖物に家を奪われたと?」
空海が尋ねる。
「はい、その通りにございます」
安麻呂が答える。
「その妖物が『空海を連れてこい』と言った?」
空海である。
「はい、それもその通りにございます」
安麻呂が再び、答える。
「どうも話がよく分かりませぬな。詳しくお話を伺わせていただけますか」
「はい、承知いたしました」
安麻呂の話は、こうであった。
そもそも、その家というのは、安麻呂の父親、田主の家である。この田主という人物が一代で近隣に並ぶ者がいな富を築きあげた。しかし、寄る年波には勝てず、田主は近頃はめっきりと衰え、自分の足で立ち、歩くことも難しくなっていた。
その田主が住む家に、妖物が住み着き、家に入る事さえ今は、できないというのである。
「いつからです?いつから妖物が、お父上の家に住み着いたのです?」
「それがよく分からないのです」
「よく分からない。それはまたどうしてです?安麻呂殿もお父上と一緒に暮らしていたのでしょう?」
空海の問いに安麻呂は、うつむき、しばらく口を閉ざした。
空海と田村麻呂は、黙ってその様子を見ている。
「・・・・お恥ずかしい限りですが、ありていに申し上げましょう。父は大変な分限者ではありますが、人様には言えないような事も数多くやって参りました。幼いころの私は、よくは分かりませんでしたが、長ずるにつれて、父のやっていることが、分かって参りました。父は私に跡を継がせようとしておりましたが、私は断固拒否してきたのです。そういったことで、父と私は長年不仲であり、もう十年近く、私は家に寄りつかず暮らしておりました。そんなことで、ここ最近の様子は全く分からないのです。ですが、年老いた父のことは気になります。いきなり訪ねていくのも気まずいものがありましたので、昔からの使用人に頼み、父の様子を知らせてもらおうとしたのです。すると・・・」
安麻呂が言いよどむ。
「もうすぐ父の部屋という所で、突然、女の幼な子が出てきたというのです。そしてその少女に『これ以上は進むな』と言われたのですが、二人はそのまま進みました。すると突然、一人は背中を、もう一人は顔と背中を切られました」
「使用人の方が、安麻呂殿にそう話しをしたということですね」
「はい、その通りでございます。翌日になっても戻らぬ二人が心配になり、ついに私も意を決し、父の家に行ったのです。二人は門の前に居りました。血だらけで」
「何と!」
「一人はすでに絶命しておりました。これは背中を切られた男です。もう一人はまだ息があり、私の家に連れ帰ったのです。この者も昨日息絶えました。今までの話は全て、その者が私に話をしてくれたことです。そして、その者は、最後にこう言って息絶えました」
「最後の一言。それが、つまり・・・」
「はい。さようにございます。その者が残した最後の一言。それは『空海を連れてこい』にございました」
「フーッ」
空海は軽く目を閉じながら、大きく一つ息を吐いたのであった。
「仕込み?何のことでございましょう?」
「いや、いや何でもない。勘違いだ。『妖物に家をとられた』とは、どの様なことか?話を続けてくれ」
そう言って、田村麻呂は男に話の続きを促した。
高雄山寺の中、空海と田村麻呂、それに妖物に家を奪われたという男の三人が座っている。
男の名前は「安麻呂」。近郷では知らぬ者はいない分限者であるという。
その男、「安麻呂」が空海に助けを求めに来たのであった。
「妖物に家を奪われたと?」
空海が尋ねる。
「はい、その通りにございます」
安麻呂が答える。
「その妖物が『空海を連れてこい』と言った?」
空海である。
「はい、それもその通りにございます」
安麻呂が再び、答える。
「どうも話がよく分かりませぬな。詳しくお話を伺わせていただけますか」
「はい、承知いたしました」
安麻呂の話は、こうであった。
そもそも、その家というのは、安麻呂の父親、田主の家である。この田主という人物が一代で近隣に並ぶ者がいな富を築きあげた。しかし、寄る年波には勝てず、田主は近頃はめっきりと衰え、自分の足で立ち、歩くことも難しくなっていた。
その田主が住む家に、妖物が住み着き、家に入る事さえ今は、できないというのである。
「いつからです?いつから妖物が、お父上の家に住み着いたのです?」
「それがよく分からないのです」
「よく分からない。それはまたどうしてです?安麻呂殿もお父上と一緒に暮らしていたのでしょう?」
空海の問いに安麻呂は、うつむき、しばらく口を閉ざした。
空海と田村麻呂は、黙ってその様子を見ている。
「・・・・お恥ずかしい限りですが、ありていに申し上げましょう。父は大変な分限者ではありますが、人様には言えないような事も数多くやって参りました。幼いころの私は、よくは分かりませんでしたが、長ずるにつれて、父のやっていることが、分かって参りました。父は私に跡を継がせようとしておりましたが、私は断固拒否してきたのです。そういったことで、父と私は長年不仲であり、もう十年近く、私は家に寄りつかず暮らしておりました。そんなことで、ここ最近の様子は全く分からないのです。ですが、年老いた父のことは気になります。いきなり訪ねていくのも気まずいものがありましたので、昔からの使用人に頼み、父の様子を知らせてもらおうとしたのです。すると・・・」
安麻呂が言いよどむ。
「もうすぐ父の部屋という所で、突然、女の幼な子が出てきたというのです。そしてその少女に『これ以上は進むな』と言われたのですが、二人はそのまま進みました。すると突然、一人は背中を、もう一人は顔と背中を切られました」
「使用人の方が、安麻呂殿にそう話しをしたということですね」
「はい、その通りでございます。翌日になっても戻らぬ二人が心配になり、ついに私も意を決し、父の家に行ったのです。二人は門の前に居りました。血だらけで」
「何と!」
「一人はすでに絶命しておりました。これは背中を切られた男です。もう一人はまだ息があり、私の家に連れ帰ったのです。この者も昨日息絶えました。今までの話は全て、その者が私に話をしてくれたことです。そして、その者は、最後にこう言って息絶えました」
「最後の一言。それが、つまり・・・」
「はい。さようにございます。その者が残した最後の一言。それは『空海を連れてこい』にございました」
「フーッ」
空海は軽く目を閉じながら、大きく一つ息を吐いたのであった。
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