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その一 怪し(あやかし)の森

十六

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「田村麻呂、出来たぞ。完成だ」
空海の声に、田村麻呂は我に返った。
汗だらけになり、木くずを体中につけた空海がそこにいる。木目も鮮やかな仏像が空海の横にあった。
「『魔性を仏に変える』とはこういう事だったのだな。ほーう、見せてくれぬか。どの様な仏となったのだ」
空海は切り倒した「厭魅の樹」寺に持ち帰り、削り、彫り、仏像を作り上げたのである。

この当時、仏像は主に塑像(粘土を材料としたもの)や乾漆像(粘土で像をつくりその上に漆を塗った麻布を重ね合わせる。その後、中の粘土を抜き取り、空洞となった内部を木で骨組みとするもの)が主流であり、木から仏像を作り上げることは、皆無ではなかつたであろうが、極めて稀であった。
樹から仏像を彫り上げるということは、一般には知られていない斬新ともいえる技法なのだ。
空海は体を横にずらせ、田村麻呂が見えやすいようにしてやった。
異相である。鼻筋が通り、美しくも荘厳な仏像を目にしてきた田村麻呂は違和感を感じざるをえなかった。
顔が横に広がっている。その横に広い顔に、横長の目。小さな鼻と小さな口。
「・・・・変わったお顔の仏さまだな。・・・だが見ていると不思議に心が穏やかになる気がするな」
異相であり、違和感はある。だが、暖かい。人の上に立つ仏像ではなく、人に寄り添う仏像。
田村麻呂はそう感じた。
「この仏の顔は、これから、どんどん良くなるのだ。多くの人に拝まれ、親しまれることにより、仏になっていく。あれ以来、『神隠し』は起こってないのだろう?」
「ああ、俺が今日来たのは、そのことだ。『神隠し』にあった者が昨日ですべて、家に帰ってきたそうだ。みな無事だ」
「そうか!それは良かった」
空海は満面の笑みを浮かべ、完成したばかりの仏像に手を合わせた。
田村麻呂も空海にならい、手を合わせる。
「田村麻呂、俺はまだまだだな。『人を救うてこその仏法』と言いながら、俺こそ人に救
われた。まだだまだ、俺は」
田村麻呂は空海を見た。
空海は目を閉じ、手を合わせている。
先ほどの言葉に何と返せば良いのか?
田村麻呂は、結局何も言えぬまま、再び手を合わせた。
盛夏である。
蝉の声が凄まじい。
まだまだ暑くなりそうな夏であった。
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