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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
69 終わりの始まり
しおりを挟む「勇者は聖女とともに魔王を倒し、世界を救う」
「教会の教えであり、混沌に染まった世界が救われる為の共通理解ですね」
何をいきなりとフェイは言わなかったし、誤魔化すつもりなのかと訝られる様な事もなく普通に会話は続いた。
だから、今度こそアスは諦める事にする。
「フェイは魔女よりだから、共通理解を理と共有しながらも、それを外側から見ようとする視点をも持ってしまっている」
「魔女より、も何も私は······」
普通に、当たり前の事であるように言いかけ、ふと言葉を途切れさせるフェイの様子を、アスは座り込んだままの見上げる眼差しで眺め見ていた。
「“理”から外れたせいか魔女である者にこの有り様は、そうと見えてはいない」
眺め見るままに、今はまだ指摘はしない。
指摘はしないが、意識の端で様子は窺う。
「“魔王”は混迷を極めた時代、人々の悲嘆を、苦鳴を糧に生まれ来る。
そう説く教会は間違いではないが、全てを伝えている訳ではない。
人に限らないんだ。あらゆる意思あるも、意思なきもの等の悲鳴、苦痛への喘ぎ、悲嘆に咽ぶ様、その世界への軋みに通じる全てが還る処を失った時、澱みとなる。それが始まり」
幾度かアスはその話をフェイへとしていたし、フェイもまたある程度はその理解を経ていた。だからその因果関係を口にする。
「世界は、その澱みが“魔王”と言う形を成してしまった時に、“勇者”と言う存在を誕生させる」
と、
「正確には勇者たり得る断片でしかないモノだな」
それを補足、或いは修正してアスは続ける。
それだけでフェイもまた自らの考えを、そうであると言う筋道に添わせて行く。
「勇者が教会の選定なしに勇者に成り得ないのは、勇者として生まれる訳ではないから」
「卵、或いは雛。それはまだ存在が理の内にあって、雛が教会へと見出され、聖女が選び、雛もまた選んだその時に勇者は勇者として魔王の対と成り得る。
因果に繋がれるんだ。まだその段階では可能性、けれど、ただ逃れる術のない役割を選ばざるを得なくなる」
「潰えさせる事なく、流転し行く先。つまりは救済と言う未来への先行きではなく、零へと戻す為の回帰······」
魔女が“魔王”を災禍の顕主と称するのは、文字通り災いと禍、世界の悲鳴が顕現し、その主幹と成る存在だから。
“勇者”の資質とは、世界の自己防衛機能。或いは己を殺しかねない要因に対する免疫機構。
一先ずそれは因子として撒かれ、その因子を芽吹かせた者が勇者足り得ると魔王下へとお膳立てされる。
そう、導きと言う名のお膳立て。世界と言う器の中に生じてしまう、そのものを害する悪性因子を殺し、もとの状態へと。それが役割。
「世界で生まれた脅威が魔王ならば、魔女とは結局のところなんなのでしょう?」
「その質問の仕方で、ただ確認で聞いているだけって分かるな。
まぁ魔女がなんなのかと聞くのなら、その生まれは世界でも、そこにあってはいけないと排除、は出来ればだが、まぁ隔離処置とされた存在ってところだろうな」
あっさりと語る魔女の立ち位置。
アスに限らず、魔女である者達にとっては本当にそれだけの話。
開き直った受け入れとも言えるが、そもそもに興味がないのだ。
世界を壊しかねない程の何かへの執心こそが魔女へと至る要因と察している者程、“それ以外”に対する興味が薄くなる。
例えそれが、自らの属していた世界の事であろうと、そこから見捨てられる程になろうと、そこまで行ってしまったならもう何かを思う事もない。
「では、何故教会は魔女をあちら側だと印象付けするような、いえ、排除出来ればとの考えならそう云うものでしょうか」
「実際にやらかして魔女になるものが大半だからな」
「私はなんなのでしょう」
「フェイは魔女ではないよ」
結論を求める突然の切り込みにも至極あっさりと、けれどアスは確かに断定を口にした。
「············」
「自らをそうだと認識し、名乗ってしまった事で因果が生じているのは確かだ。それがフェイの存在を歪ませている一端」
「一端ですか」
疑問形ではなかった。
そうして吐かれる隠さない溜め息は、一端でしかないと言うアスの言葉を正確に捉えて、まだ何かあるのですねと言外に告げている。
「そこまでにしておきなさい、銀礫の魔女」
柔らかくも低い声だった。
朝露に濡れた新緑の森に満ちた清廉とした空気が満ちる。
そんな感覚を伴い、一頭の優美な牡鹿がそこにはいた。
「常盤のか」
「アス?」
声へと答えるアスのその呼び掛けにフェイがアスを呼ぶ訝る声。
フェイは今の言葉を発したその牡鹿が、常盤の魔女の繋がりであり、その領域を守っていた存在である事に気付いていた。
アスが目を覚ました時に常盤の魔女の領域に既にいたフェイ。
その時に“彼”はその姿でいる事もあったのだから当然ではあるのだろう。
では何に対してフェイは怪訝そうな声を上げたのだろうか。
アスは気付かない。
牡鹿を眺め見る自分の瞳の硬質的な色合いに、常盤のだと言った声音の持つ無機質さに、そして“彼”の事を呼ぶ為に自らが選んだその呼称の意味を。
アスは自覚しないのだ。
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