月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

67 ソレ

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「ごまかしたいのか聞かれたくないのか良く分からない笑みですね」
「いや、呼ばれなかったし、成り立ってるぽいからまぁいいかと」

 どうしようもないと言うならやらなくもないが、率先して取り組む事はない。
 自分が関わらなくても成り立っているのだからそれで良いじゃないかと、アスは本気でそう思っていた。

「魔女でも長は担えます。長ならば長としての制約に縛られはしますが、理の内側に在る。世界に見放された存在が一端とは言えまた世界と繋がる事が出来る」
「身勝手を暴走させて世界から弾かれた魔女と言う存在が、唯一世界に赦される術、か」

 滔々と宣えば、それだけで興味がないと察するのか、或いはもとから想定済みかフェイがそれ以上を聞いて来る事はなかった。
 聞いて来る事はないが、話がそれで終わりと言う事もない。ただ次へと移って行った。それだけだが。

「“前回”の話をされた時、枯れた北の大陸の世界樹とその根もとにあいた穴の話をがありましたが、ソレは災禍の因子ではないのですか」

 開口一番にもその存在に触れていたが、それでもいきなり切り込んで来たと、その意外性からアスは向ける目にまじまじとフェイを見た。

 フェイとアスの間にある二メートル程の距離、とその存在を意識する割には近過ぎる距離だとアスは思う。
 座り込んだアスの足もと、つま先近くに一つの鉢があった。
 九号から十号程度、円の直径で言えば二十七センチから三十センチ程度の、一抱え程の円形の植木鉢。
 素焼きで飾り気のない、くすんだ白っぽい煉瓦質の鉢から伸びているソレを見ている様で見ないようにしているフェイの必死さが面白いとアスは思った。
 視界に入る事は諦めるが、意識して目を向ける事はないと言う様なフェイの反応に、けれど、その対処は正しいとアスにも分かっていた。

「顕主の出現のもととなるのの出どころは恐らく一つではない。だから、北の大陸の世界樹イルミンスールが枯れた後の、“穴”の通じる先がこの子の世界の可能性もなきにしもあらずってところだ」

 鉢から伸び、葉茎の変わりに広がっているのは、その一本一本がぬめりと粘性のある光沢に濡れた黒褐色の触手だった。
 アスがカルディア大聖堂前の広場に到着した時に引き連れていたアレそのものではなく、けれど間違いなくその関係者?を思わせるその姿。
 鉢の中にその三分の一程を埋め、溢れ出した縁と伸びた上部でうねうねと揺れているソレは、その一本一本が細く、鉢から生えているその全てを合わせても、あの時にいた触手の一本には及ばない。けれど、目に付く色と形、なによりこの小ささにもかかわらず既に放っている雰囲気の異質さが、間違いなくこれをあの時の触手と同質のモノだと確信させる。

「ここに着く頃にはいなくなっていて、ああ無事に還れたのかと思っていたのだがな、次の日、気が付いたらいた」
「······」
「正午近くの真上からの日射しに小さくなった私の影から生えているのに気付いて、どうにも上手く自立移動が出来ないらしくてな、この子が動けないと私までその場に縫い留められる感じになっていた」

 どう言う影響を受けていたのか、起点となる影から、影が伸びる長さ以上には離れる事が出来なかったのだとアスは困った風に、それだけの感想を話す。

「······」
「その辺りに生えていたエノコログサで戯れてやっていたら、ルキの奴がここの集落からこの鉢を探して来てな、根もとからばっさりやって押し込んだら何か根付いたっぽい」

 掘るでもなく地面すれすれを刈り取る。それを鎌等ではなく長剣の一振りで行い、あの時は触手の全てが硬直してしまっていて死んだかと思ったが、鉢に押し込んで時期に動き出したからどうやらびっくりしただけだったらしい。
 と、そんな事を説明すれば、徐々に険しくなるフェイの顔が苦みを帯び、頭を抱える仕種をし、その手をおろした時の表情はだった。

「飼う?のですか?」
「それなりに魔力を帯びた水を一日一回与えればそれで良いらしい。まぁ何もあげなくても、自力で空気中から何かを吸収しているみたいだから死にはしないだろうが、あげると喜んでるっぽいのだコレが」
「喜ぶ」

 これが?とそんな表情をフェイは隠さない。
 見はしないがフェイの意識が向いた事は分かるのか、触手が一斉に傾く。まるで何か?と首を傾げたかの様な動きだった。

 視界に入っている為に、その動きを察知するフェイは一拍後、ギギギとぎこちない動きでアスを見る。
 無を垣間見せる微笑みだけで首を傾げ、その動きだけで問い掛けて来ているのだ。

「一応喚んだ手前、還るまでは面倒見るべきかと思うのだがな」

 如何せんアス自身の都合があるからどうするかと思う。
 そうじゃないと訴える視線にアスは気が付いていなかった。

「下手に名前を与えてこちらに定着させても
、この子が望まないなら良くないだろうし」
「親、株?が迎えに来ることはないのですか?」
「この子は繋がりを残しているのかもしれないが、私には感じられない。この子自体が繋ぐの可能性も捨てきれないが既に接点は出来てしまっているのだから、目に見えている分、対処が楽かなぁと」

 ここではない異なる理の世界。
 アスは自らに残ったの痕跡をこじ開け、そうして喚んだ。
    
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