月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

60 経緯

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 この世界は二柱の神により創られたとされている。
 創主神、或いは創造神と呼ばれるセイファト。そしてそのセイファトの妹であり後の妻となる女神カルディア。

 二柱の教えを説き、二柱へと祈りを捧げる為の教会と言う場所は大陸各地にあるが、その本拠地である主教会と大聖堂は、大陸中央部に程近い霊峰の頂きと、その麓に広がる聖都に存在していた。

 聖都自体に名前はなく、ただ聖都とだけ呼ばれる教会関係者とその家族を主な住民としたその都。
 白や青を基調とした街並みを遥か上空から見下ろした時、女神カルディアのシンボルである円環と四つの尖端を持つ光条が描かれている様を見る事になると言うのは、霊峰の頂きを目指す巡礼者の間では有名な話だった。

 そんな聖都の中心に建つ荘厳で壮麗たる建造物。そこが女神カルディアを奉じるカルディアス大聖堂であり、その大聖堂前には屋外での祭祀に使用される為、大きめに造られた広場があった。 
 祭祀の時には敬虔な信者等による厳粛な空気に満たされるその場所も、普段は子供等が駆け回り許可を受けた者等の露店が並び、小さな催しものが行われる等それなりの活気に満ちている。

 並の家屋なら数十件、小さめの城や砦でも建てられるであろう広大面積を誇る憩いの場。
 けれど今日この日、いや事が起こり日付が変わって幾刻も経っている事から、既に一昼夜が経過しているであろう今もなお、この広場はどこぞの戦場もかくやと思わせる爆音が轟き続けていた。
 視界を妨げる程に荒狂う旋風と割れた石畳の残骸と共に巻き上げられた砂塵。
 敬虔な信者等の行き交う穏やかな日々の、そんな光景等見る影もない程に破壊の余波が広がるこの場所で、未だ勢い衰える事なく過去ありえなかった戦いが繰り広げられ続けている。

 約二百年前、当時の勇者とその仲間達により斃された魔王。その復活がセイファト教会により正式に通告されのが二年前の事。
 続く旱魃や洪水に始まる異常気象。各地の魔物の増加と凶暴化。誰もがその異変を感じていた、その最中での教会による宣下だった。
 けれど人々は絶望に囚われる事なく、更なる災禍に備える事が出来た。
 それは教会により、魔王の復活と同時に勇者の誕生をも大々的に伝えられたからだった。

 今の世で教会が認め今代の勇者として立った少年。ミハエル・メサイア=セイファトリス彼こそがこの場での有り得ない戦いを繰り広げる存在だった。

 一昼夜休みなく続いた戦いによりミハエルの陽だまりを思わせる金の髪は汗で張り付きその色合いを濃くしていたが、あどけなさを残したその顔にも、強い意志の光を宿して輝く赤い双方は変わる事なく自らが敵と定めた相手を見据えていた。

 そんな今代の勇者ミハエルに敵として定められた相手。有り得ないのは、その相手もまた勇者と定められた存在だからだった。
 現代では勇者として伝わってはいないが、ルキフェルは紛れもなく先代の勇者である。
 この場で戦いの行方を見る者等はその事実を知っていた。

 乱舞する風に翻る黒衣の布地は、この粉塵の嵐の中にあって、砂埃すら寄せ付けていないかの様にその色合いを一欠片も曇らせる事がない。
 それは単に旅人仕様で汚れ難く、また汚れても自然と綺麗になって行く様に素材から拘って仕立てられているが為の様相だったのだが、この場の張り詰めた雰囲気もあり、纏う者の威容を際立たせる一助となってしまっていた。

 距離を取りミハエルと対峙するルキフェルの顔に表情と呼べるものはなく、ミハエルを見るその青い目は、瞳にミハエルの姿を映しながらも湛えた硬質的な光に何処か無機的だった。
 あまりにも自然体で、見ようによっては無気力にすら見える様相で佇み、力なく垂れ下げた手には以前アスに借りた長剣だけが握られている。

 ルキフェルが剣を振るう動きは自棄を起こしているかの様に乱雑な様に見えて、けれど的確に自身への害となる攻撃のみをただ打ち払っていた。
 斬り付けられ、迫り来る刃を払うその動きだけを続けている受け身の行動。
 なのに恐ろしいと、そう見る者へと思わせるのは、その打ち払われた攻撃が剣戟等の物理のみでない事、そして打ち払われた後の事が全く考慮されていない事にあった。

 ここでの戦いが始まった当初、ルキフェルの相手は勇者ミハエルだけでなく、その仲間達である聖女や聖女の護衛である修道拳士モンク、魔術師の三人がいた。
 既に戦いになる事が予期されていたのか、大聖堂前の広場からは完全に人払いがされ、ルキフェルが広場へと踏み込んだ直後に強力な防御結界が展開された。
 その結界の中、万全の状態で待ち構えていた今代の勇者とその仲間達にルキフェルは相対する事になったのだ。

 幾つかの問答へとルキフェルは端的に答え、そうして昨日の夜明け前、遂に両者の戦いは開始された。

 ルキフェルとミハエル、二人は纏う色合いからして正反対であるのに、何処か対の存在であるかのように一昼夜が経過した今も対峙を続けている。

 ーキンッー
 ーキンッー
 ーキユィンッー

 一度の接近で剣閃が三度閃き、高く澄んだ響きが連なった。
 二人が持つ剣を構成する素材所以か、ぶつかり合う刃の奏でる音は、金属どうしのそれよりも僅かに高く鋭く残響が伸びやかだった。

 ミハエルが仕掛け、ルキフェルが受け流し、時に弾く。その応酬の繰り返し。
 ルキフェルは終始受け身の姿勢スタイルに徹している。
 無感動な凪いだ眼差しのまま、ただ淡々と淡々と自らへと降りかかる火の粉を払う様に。
 けれど退く様子を見せる事はなく、そもそもが意識がない、心ここにあらずと言った具合にも見える程なのだから。
 だが、そんなルキフェルの状態でも成立してしまっている戦い。
 つまりはそこにあるのはまぎれもない“差”なのだと言えた。

 魔王を倒す為の旅を既に終えた者と、これから向かわんとする者の歴然たる。未だ越え得ぬがミハエルの前には高く聳えているのだった。

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