月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

58 呪歌を編む【2024.3.28修正】

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「魔女と違い勇者は災禍の顕主がいる限り存在し続ける」
「身を削り心を磨り減らし、そうして魔王を倒す事こそが勇者様の存在意義ですもの」
「意義はな、ある意味世界にとっての消耗品か、存在し続けはするが死なない訳ではないのだから」
「勇者様が死のうと、が選ばれるだけ。
必要とされるのは受け皿であるその御代であって、魔王が倒されるその日まで連綿と続く贄。
ええ、だからこそ、代わりのいない魔女様は崇高なのです」

 崇高なのですと。少しだけ声音が高くなるのは何なのだろうか。
 そして孤を描く口もとではなく、ベール向こうなのにそうと感じてしまう恍惚とした熱の色合いも何なのだろうか。
 気付いたが気にはしない。してはいけない。そうアスは自身の気付きを意識の片隅へと追いやると、一度浅く長く息を吐き出していった。

「“深淵”の意向は、勇者を殺すのか?」

 見るベール向こうの紫色へとアスは問う。

 その問い掛けへと、レイリアが口もとへと浮かべていた笑みがその質を変える様をアスは見ていた。
 ただ微笑んでいると言う無機質さは既になく、魔女様と讃え悦すらも感じる笑みでもなかった。

「何を嗤う?」

 のではなく
 アスの告げる言葉のその調子ニュアンスの違いをレイリアも理解するのだろう。
 何処か仄暗く変質させた笑みはそのままに、開く唇がアスの問への答えを告げる。

「私は勇者様には何の心も寄せてはおりません。ですので、今回の儀式セレモニーには応じておりませんの」
「魔女への教えが、深淵たる教団と目的を重ねて来ると本当に面倒なんだが、お前は魔女の心の安寧を願ってとか言っていなかったか?」

 確か出会ったその時にレイリアの目的を問うアスへとそんな事をレイリアは返して来ていた筈なのだ。

 魔女を崇める魔女教と並べてアスが名前を上げる深淵教団。
 崇めている最たる存在が異なるだけで両者には繋がりがある。
 魔女教が魔女を至高とする様に、深淵教団は魔王こそを絶対の存在としているのだ。そして魔女は創造神セイファトを崇める教会の教えでは魔王の先駆けともされる存在。
 だからこそ魔王を倒し魔女を殺す勇者と言う存在に対しては利害が一致する可能性が出て来る。
 魔女教と深淵教団は揃って勇者と言う存在を自分達が崇める存在の敵としているとも言えるのだから。

「セイファトやカルディアのとこと違って一律でないから思惑が読みにくいのは変わらないな」

 創造神セイファトと女神カルディア。世界で公に祀られ崇められる二柱の神とは違い、世界に災を齎す魔女や魔王を公然と崇められる訳もなく、その集まりは当然秘されるべき存在となる。
 そして、崇めているものが同じでもその思想までも同じとは限らないのが宗教と言うものである。
 秘されていて、且つ同じ方向を向いていないのに一部の目的だけを重ねて動いているかもしれない一団。
 その曖昧さがアスを煩わせる。

「良いのです。魔女様はここでゆるりと御心健やかにあれば。
あれらが互いに食い合い、誉れと愚かさ故に無為に潰えゆく憐れさを高らかな場所から見下ろして笑んで下さいませ」

 そう告げるレイリアの浮かべる笑みは、一部でも同胞を含む集まりに向けるとは思えない嘲笑だった。
 勇者と言う存在を含めたそこにいるであろう者達。その一団をただ俯瞰した視界にて眺め、嘲る。そんな笑みなのだ。

「足止めか、ただの伝令か、心遣いは感謝する」
「私如きが魔女様の行動を左右出来るなど、それは思う事すらも烏滸がましい事です」

 真意の分かり難い、そもそも真意があるのかすら分からない言葉はある意味言葉そのままが真実の様にも感じられる。
 レイリアがここに何をしに来て、今がどの様な意図によるものの結果なのかとも思ったが、思考の読めない眼差しからはアスには何も分かりそうになかった。

「お前の動きは深淵教団の執行者と似過ぎていると思うんだが、魔女教の司祭から転職したのか?」

 情報を集めて現状を決める為と言うのもあったが、気になっていた質問の一つをアスは発する。
 それはレイリアの行動全般を指しての事ではなく、今回のアス襲撃時に見せた暗殺者もかくやと言う動きの話だった。
 寝込みで鎖に繋がれた状態を考慮してもアスは翻弄され成す術なく押さえ付けられた。
 レイリアがアスへとチェックを告げるまでの動きが一介の司祭の動きである筈がなく、それどころかかなり厄介な存在をアスは想起せざるを得ず、率直にその存在、“執行者”と言う名称を使ったのだ。
 
「本当に名残惜しく存じますが、どうも決着が近そうなので」

 本当にはぐらかそうしているのではないのかと問いたい。
 だが、レイリアの言葉に何のとは聞くまでもなかった。

 見上げる様に動かされた首の角度と、レイリアのここではない場所へと目を向け様とする眼差しの空虚さ。
 その様子を見たアスは、溜め息一つでその先の追求を諦める。

「しかたがないか、ちょっと借りるぞ」
「え?」

 レイリアが始めて見せる虚をつかれた反応。
 僅かに見張る目は瞬く間に露わとしてしまった反応を覆い隠したが、そこに紛れもなく驚きの感情があったのをアスは見ていた。

 レイリアがアスへとその切先を突きつけていたのは、ペン程の長さと指二本分の太さがあるかどうかと言ったナイフの様な小型の刃物だった。
 ナイフの様なと表現するのは、切る為の刃と言うよりも、突き刺す為の使い道を想定しているのかその尖端が細く鋭利に研ぎ澄まされているのが分かる為。
 見た目よりも重い重量と、持ち手とも呼べない刃部分を潰しただけの柄は、おそらくはそもそもが投げる事を想定して造られたものではないかと思われる。

 さて、一瞥で観察出来る全容はともかくとして、何故本来ならレイリアの手の中にあり見えない筈の柄部の話や重量についての情報までもが出てくるのか。
 それは先程までレイリアが握り、アスの首へと突き付けらていた凶器が、今はアスの手にあるからだった。

「その切っ先を私に向けて下さるのですか?」

 何でだよと言いたい。
 本当に何を言い出したのだろうかと思う。
 ただアスは思っただけで、それらを声に出す事はなかった。
 口にしたなら絶対にとんでも発言が飛び出してくるのだと予想がついた為でもあるが。 

 そうして、レイリアの発言には無言で返し、アスはただ行動を選択する。
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