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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
56 勇者である者
しおりを挟む「キティは私の“願い”だからな」
「意味が分からない」
「人工精霊なのは気付いたんだろう?ならそう言う風に作られたって事だ」
「ただの失敗作じゃないと?」
「はは、失敗作ね」
失敗作か、とルカのその表現をアスはただ笑う。
馬鹿にしている訳ではない。ただ本当に可笑しかった、それだけなのだ。
その証左である様に、アスの笑い声には邪気がなく、思わせ振りな響きすらもないものだった。
そしてそれが分かったルカも寄せる眉根に納得いかないながらも訝しみの表情を浮かべ、アスを見ながらも何かを考え様としている様子だった。
その反応にアスは密かに笑みを深めるのだが、ルカに対しての反応はそれだけで、そしてそれ以上の説明をしない変わりに別の話題をふる事にした。
「客がどうとか言っていたが、教会最高峰の聖女が迎えに出る様な相手なのに、お前はここにいて良いのか?」
「聖騎士達が死ぬ気でルシアを守れば時間稼ぎにはなるだろう、向こうに会話の余地があればもう少しマシだと思うが、どうだろうな」
「剣聖殿は聖騎士だった筈だが、あのクラスがいるのか?」
聖騎士、或いは聖堂騎士等と呼ばれる、教会で神の為に剣を取る事を誓いそれを認められた騎士達。
嘗て共に旅をしたクルス・シンはアスが剣聖殿と呼ぶ様に数多の剣士等の頂きたる剣聖として認められた存在なのだが、そもそもはセイファト教会で神への誓いを果たした聖騎士の一人だった。
「彼の剣聖は一人で老竜の相手が出来たって聞くから、流石にそのレベルには至ってない」
「最終的に、聖女の加護なしでも古代種も行けたな、侍従殿が白目になっていて笑えた」
声を伴う事なくそれでもアスは喉の奥だけで笑う。
嘗ての生死をかけた戦いである筈の一場面は、どこか喜劇的な場面としてアスの記憶に残されていた。
一部の長命種はその生きた年月で敵対した時の強さが変わってくる。
その代表格に竜種がいて、生まれてから百年程度までを幼ドラゴン、千年越えのものを老ドラゴン、更に万を超え悠遠に等しい時を生き“玲瓏の君”や“白亜の北嶺公”等、固有の名を持つものを古ドラゴンと分類している。
「ひとがひとのままでまともに相手取る事が可能なのは千年クラスのものまで、“ヒト”と言う枠組みを外れて初めて老クラスとの相対が可能になるって言われている」
「幼“と“老”の間もかなりのものだが、老種”と“古代種”には天地の開きがある流石“剣聖”だな」
「それでも理に守られながらも縛られる“ヒト”である限り、“災禍”になり得る古代種ドラゴンを相手取る等不可能だ」
侍従殿程ではないが瞠目していたルカはそれを告げる。
その言葉を、その反応こそをアスは笑う。微笑ってしまう。
そして笑ったまま告げるのだ。
「はは、だから“勇者”なんだろう?」
と
魔王を斃した勇者ルキフェル。
今に伝わる勇者クロスフォード。
そう、アスはそれが間違っていないと知っていた。
「知っている、知っていたさ。それにあいつらも私が気付いている事に気付いていた。ただ聞かなかったし告げなかったそれだけなんだ」
「知っていた、だから尋ねなかったと?」
アスがあの日から二百年経っているらしい今に目を覚ましフェイから勇者クロスフォードについて聞いた。
それから、常盤の魔女に繋がるカイのもとに滞在し、非時《ときじく》の魔女ファティマとの邂逅があり、青の長カイヤとの接点も得た。
立ち位置的に知っているであろう彼らの存在を分かっていて、けれど、いつだってアスがその自分の知らない二百年を自ら進んで求める事はなかった。
フェイから勇者クロスフォードの話を聞いた様に、聞かされる話を拒む事はなかったが自ら求める事もない、そんな姿勢でい続けた。
「知っていたのは過去にいるあいつ等で、潰えた先に意味を見出す事が出来なかったのが私だろうな」
「意味を見出す事が出来なくても知るべきだと説教をするべきか?」
「説教?お前がか?言わないだろ、お前は、興味ないのだから」
軽口の押収と思しきものをしながら、どうにかと言う様にアスは寝返りをうち横を向く。
その間にも左目だけで見続けている見下ろすルカの眼差しに、その表情は思いの外真剣に見えた。
「興味なくはない、姉さんの事だから」
「へー」
表情に合わせて言葉もまた真摯だが、その目は何処か虚ろで瞳に映すアスの存在を見ているのかすらも定かではないと思えるものだった。
アスもまたそれこそ興味がない。あっても薄いと分かる返事をその双眸へと返し、そして気を抜いて眠たげだと分かる様に目を細める。
途端に意識の混濁を自覚してしまった。
微睡みにも似た曖昧な場所を揺蕩う様に、柔らかく穏やかにも翻弄され、けれどアスは、抗い無理に思考を保とうとはしなかった。
「······あの勇者一行の聖女ガウリィルが聖女たる由縁として担っていた聖剣とその担い手。
勇者ルキフェルがその手にしていたのは無であり無限を冠する剣。
無であり無限、その先に無限の光へと至る彼の剣。
けれどガウリィルは“水”に属する聖女であり、無や無限では性質が異なる。
つまり聖女ガウリィルが選んだのはルキフェルではなかった。
そう、勇者ルキフェルは聖剣足り得る剣を選び、同時に担い手として選ばれた存在だったが、選んだのはガウリィルではあり得ない」
語り聞かせる寝物語の様に、アスは柔らかな声音で順序立てた言葉を綴る。
「知っていたさ、聖女ガウリィルが選んだ勇者が誰だったのか
結果として今にまで系譜が続いてしまっている訳だしな」
「それでも古竜を相手取る意味が分からないよ」
「んー、もとから北の大陸はこっちよりも竜種が息づいている場所だったのもそうで、その影響か災禍の顕主が竜胤だった、から······」
柔らかさで殊更緩慢な口調がその眼差しもあって酷く眠たげだった。
そうしてアスは、やはり、目の前へと翳された手に抵抗する事はないのだった。
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