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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
52 “光”と“星”【2024.2.6修正】
しおりを挟むアスの重ねる言葉にルシアは沈黙するが、困った子供を見る様なそんな憂いを帯びた瞳でアスを見ていた。
ただ見返すアスにこれと言った反応はなく、けれど心までもがそうだとは限らない。
言葉なく向けられる眼差しに見てしまう翳り。それだけで、ルシアへと深く額づき謝罪の言葉を述べたくなる程の罪悪感を抱かせるのだから質が悪いと心内で笑う。
「魅了の魔術なんかの方が、対処方も対抗術もあるだけずっとマシだな」
「ひとと言う生き物は、“光”へと惹かれるもの。肉の器は、闇の泥濘から創られど、その核たる魂は光へと帰依する」
魂と呼ぶべき核心を、神たる彼の方が御座す彼方の光炎によって成し、その魂に芽生える意思が自らの光へと焼かれぬ様に、深淵の泥を紡ぎ、編み上げた器に収め身体とする。
それが創造神セイファトが創った“人”と言う生き物の始まだと教会は説いている。
だからこそ人々は、自らの根源たる魂の生まれいでる“光”である、ルシアへ焦がれ、惹かれるのだ。
「置いていかれて、帰ってこなかった。あの日のすべて、餓える程の寂しさと、喪失感が、この私が私である様に、目覚めさせた」
憂う表情にアスの胸がざわつく。
何がその表情を翳らせるのか。
何がその心ぬ憂いを齎すのか。
一度その表情を見てしまったなら、ルシアを思い悩ませる全てを取り払う事に全力を尽くし、気掛かりとなるであろう全てをその視界から薙ぎ払い、消し去る事に躊躇いなどない。
数多の人々が己の持ち得る全てを投げ打ち、その様に動くのだ。
原因の存在を許せず、そこに在る事どころか、気に掛けるそんな想いの一欠片ですら向けられる事も許容出来るものではない。
そうして、嘗てのアスは消されたのだ。
「望むものを望む以上に、まわりへと集めて散りばめて、あの日の自分を慰めた。
本当に欲しい物でもないと、既に気付いているのだろう?」
「············」
その沈黙に否定も肯定もないが、ルシアの憂いの表情は朝日に照らされた朝靄の如く霧散し、今は最初に見せていた微笑みがアスへと向けられている。
ルシアは美しい。その筆舌に尽くし難い容姿の造形も然ることながら、纏う雰囲気が清廉であり神々しくすらある。
清廉さはその雰囲気だけで人を惹きつけ、神々しさは畏怖を与える。
彼方より降り注ぐ日の光の様に暖かく、その光へと惹かれながらも、自らこそが陰らせて損なわせてしまう事を恐れるが故に侵し難い。
言うなれば触れてはいけないと思わせる程の不可侵、それが今のルシアと言う存在だろうか。
「私とルカ、私とルシア。どちらも誰かの願いが介在しない限り会う事がない。そもそもに必要がない。
お前とルカの願いは違うが、お前達の願いに私がいないところは同じ」
「私は魔女に、なりきれなかった。魔女として在りはするのに、“それだけ”を求めて、求め続ける事が出来なかった」
「あの瞬間に私がいたせいだな。私の存在が、求めていたものへの思いを錯覚させた」
ルシアの大切なひとはルシアを残して旅立ち、そして帰って来なかった。
既に聖女として存在していたルシアは、失ったのだと識ってしまった事で、喪失を理解して飢餓に呑まれかけた。
失ってしまった現実を誤魔化す為に自身を削り、それでも魔女へと堕ち様程の飢餓感が満たされる事等ある筈もなく、そして理として定められているものの一線を踏んだのだ。
踏み締め、踏み越えて、あとは望むままに堕ちる。
願う限り決して満たされる事はないが、理の制約を失ったが故に、果ても限りもない自由を知る。
そんな解放であり、導のない虚ろの自我。
なのに魔女としてルシアが目覚め様とするその場にアスが居合わせてしまった事で、ルシアは堕ちきる事が出来なかった。
けれど、それはそれであの人の采配であったのではないかとアスは思っている。
「私と言うか、私が連れて来たルカのせいも多分にあるだろうが、羽化不全って言うのが近いのか?」
「······ぴよぴよ」
首を傾げる間の沈黙で意味深な雰囲気を演出している様に感じさせて来るのは何なのか。
そしてその後の妙な棒読みでルシアは何を言い出したのか。
少しの逡巡の後、アスは自分が羽化不全とか言ったせいかと酷く平静な思考でそう思い、けれどやはり意味が分からないなと曖昧に苦笑した後、結局のところどうでも良いのだと直ぐに考えるのを止めてしまったのだった。
「変わらない、ね。銀礫」
「まぁ、お前が呼ぶなら今はそれが妥当か」
アスは結局ルシアに名乗っていない。
ルシアがアスをアスティエラと呼び、自らをル・シル・サーカム・アーク=ルシア・シアと名乗っていたがそれだけ。
正式な名のりに近い響きだったが、アスは応えなかった。
だから今、ルシアはアスにアスティエラと呼ぶ事を拒まれた事で銀礫の呼び名を使うしかなかったのだ。
「誓願であり、請願。“星”に誓い、“星”に願い、請う」
「否」
「······」
素気ない拒否に、ルシアの目がアスを見る。
眺める様な景色の中で、不意に気に留めるものを見付け、それだけ見ようとするかの様に。
ここに来て初めてルシアがアスと言うものをそうであると認識したのだとそう感じさせる目。
見返す瞳の冴えた金色の色合いへと、そうしてアスもまた寝転がったままの体勢を少しだけ改めるのだった。
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