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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
49 特に何も
しおりを挟むさらりと顔に掛かっていた髪が除けられる感触はあるが、余程慎重で丁寧な仕種だったのか、その指先が顔へと触れる事はなかった。
なのに、続けて頬を撫でられる様な感触がり、手の甲から指の背中、指先へとやはり慎重で、丁寧で、言うなればそれは大切なものを愛でるかの様な仕種を思わせていた。
「確かに何もできないようにさせたし、何かをさせないように隔絶もさせたけど、うーん」
口調は悩ましげなのに声音に口調そのままの感情は感じられなかった。
聞いた少し掠れた男性の声は柔らかくも穏やかにアスの耳を擽る。
カイヤやフェイの声もなかなかに耳に優しいものだったが、この声も相当だと思った。
目蓋裏に感じる光もまた柔らかく、再び意識は浮上する。
そして気が付けば枕があった。
やや硬めの感触の枕。
先程はなかった代物の存在にアスは緩やかに目を開いて行く。
「おはよう、姉さん」
先程聞いた気のする声がそんな事を宣う。
意味を理解して、けれど分からない事で目を瞬かせる。
緩慢な瞬きが徐々に結ぶ焦点。
宵時を思わせる濃い藍色、或いは群青であり紫色が柔らかくも無感動なそんな矛盾を孕む光を宿してそこあった。
目は色彩を映したまま、アスは手探りで枕に触れる。
ーシャラシャラー
相変わらずの鎖の音はそのままだが、別段不快な音ではないので放置で良いと思っている。
触れて、徐々に動かす身体の位置はより具合の良い場所を探す為に。
「く、」
と、一瞬だけ喉を震わせる様な声がしたが、気にする身体を摺り動かして行った事で何時の間にか視界から宵時の色彩は消え、アスの視界に蒼穹の中の霜華が戻ってくる。
それからも行きつ戻りつと微妙な位置調整の後、ようやくと言う様に納得の行く場所を見付け、そしてアスは再び目を閉じるのだった。
「ふく、くく」
再びのそれは、今度こそ笑っていると判断出来るものだった。
けれどやはりアスが目を開く事はなく、丁度良い具合の堪能に枕へと頬擦りすると、それきり本格的に意識を手放しにかかるのだった。
「うーん、寝かせといてあげたいし、本当はその方が良いのも分かっているのだけどね、少しだけ起きて欲しい」
希うような懇願の響きには拒否の意味合いで目蓋を震わせる。
先程身動いだ事で顔へと落ちて来ていた髪を再び退けられ、頬を撫でられる。
頬だけでなく顎下へと指は動き、それはまるで猫科の生き物の喉を擽り、宥め様としているかの様に。
「姉さん、親愛でないキスをされたくないなら起きて」
「······うん?」
目を開く。
前後して髪を退けられ、露わとされていた額へと触れるか触れないかの感触が落とされ、そうして遠ざかり行く。
結んだ焦点の先に、愉しげで、けれど無感動な宵時色の双方があった。
「何をしてる、ルカ」
「今は姉さんの枕ですよ」
見下ろしてくる顔の距離と角度に、心地良いと感じていた枕が、アスのルカと呼んだ相手の太腿なのだと理解する。
ベッドへと足を伸ばして座り込んでいるらしい体勢、その右の膝から腿の辺にアスの頭は置かれているのだろう。
「男のロマンと言うやつらしいです」
「それ、たぶんだが、される方だと思うぞ」
軽口の応酬にも似たやり取り。
膝枕を女性にしてあげるのではなく、女性の方に膝枕をして貰う。
アスもちゃんと知っている訳ではないが、そのロマンとやらを聞いた事があったのだ。
「そうなんですか?」
瞬かせる目にルカが聞き返して来る為に、たぶんなと意味を込めてアスは頷いて見せた。
「うーん?まあ僕がしたいだけなので良いです」
「まあ本人が良いならな」
ただ頭だけでも人体は重いのではないかと思うのだ。
それもまた本人が良いと言っているのだから良いかと、直ぐにアスは思考を放り出すのだが。
「捕まっていると言うより監禁ってやつです」
脈絡がないのは気にしない。
ただそれがアスが再び寝る前に告げたかった事なのだろう。
「鎖で繋ぐまでしていなければ軟禁って言うんでしょうけど、行動の制限は勿論ですし、誰との接触も許さない」
「だから大人しくしてるだろう?」
「大人し過ぎるので一応の説明です、と言うか何か言う事はないのですか?」
眇める双眸に、諦めとも戸惑いとも感じられる表情をルカはしていた。
億劫そうにも横向きから仰向けの体勢へと、そうしてアスは真っ直ぐに見詰めた宵時色へと口を開く。
「ない」
と、その一言を告げる。
「······自分のおかれている状況とか、こちらの思惑なんか、本当に興味がないのですね」
「すごく眠いんだよ」
「······」
告げたのはアスの素直な言葉だった。
今まで眠っていて何をと言われるかもと思ったが、ルカは何も言わない。
だからアスは仕方がないとばかりに少しだけ言い訳を続ける事にした。
「普通には切れない魔法銀の鎖と魔法を封じるどころか寝かされている者の|魔力を吸い取る吸魔の刻印《シーリング》済みのベッド、この部屋自体にも出入りの制限やら、こちらの存在を外に漏らさないような術式が組んである、か」
見ると言うよりもただ映すままに、その双方は眠たげな茫洋とした色彩に揺れ、滔々とアスは並べて述べる。
「ちゃんと状況の確認はしていたのですね」
「いや、ここにいた頃は、この部屋に似た場所に入れられていたからな、知っている。それだけだ」
「それは、······」
「この首輪、主はお前か?」
ルカの言い掛けてい言葉を遮ってしまったが、ふと思い付いた聞いておくべき事が口から溢れ出ていた。
「隷属の首輪だろう?これ」
「······」
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