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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
47 その後
しおりを挟む促すでも、促されるでもなく、どちらともなくルキフェルとフェイが踵を返し歩み去る。
慌て、急ぐ風ではなかったが、それでも二人がカイヤやエメル達を振り返る事はなかった。
「皮肉にもなっていない直接的な物言いはそれだけ余裕がないと言うことでしょうか、珍しいものを見ましたね」
「何を言っているんだこの愚弟は」
「そうですね」
二人の姿を引き止めるでもなく見送るままに、完全にその姿が見えなくなった頃に何気なくもカイヤは口を開いた。
その結果、姉であるエメルに冷たく愚弟と罵られても何時もの事と流そうとしたカイヤは、けれど、続いたネフリーの同意する言葉へと目を見張らせる事になった。
愚かだと、カイヤを貶す言葉に同意したと思えない程の穏やかさと爽やかさが共にある微笑みをただ見詰める。
ネフリーの愛らしい瞳を緩やかに細める様子は、何処か困った子供を見るかの様に。
その眼差しを、見るな減ると慌てて遮るエメルの言葉をこちらは何時も通りに聞き流し、愚かさが感染っては大変だと去ってゆく二人を見送る。
「······なる程、見限られたのですね、私はあの子に」
一つ頷くとカイヤはそう呟くのだった。
「姪御様に嫌われてしまいましたからね」
唯一残っていたシャゲが浮かべる微笑みのままに告げる。
その言葉にカイヤが応じさせるのは、カイヤにしては珍しい苦味の強い苦笑だった。
「見限られたといったでしょう?」
「そうでございますね?」
首を傾げるシャゲはまだ意味が分かっていない。
だからか、カイヤは心を隠す事を止めた疲れた笑みで呟くのだった。
「嫌う程の心も、もうあの子の中にはないんですよ」
と、
皮肉ではなく、失望でもない。
カイヤがカイヤの望みを通した事をフェイはただ通告した。
祝福でもなく、羨望でもない。
フェイの告げた、ただの形式をなぞるだけの、決別ですらない会釈。
「あの子にたったひとり以外に親族としての情なんてものはなかったのでしょうが、それでも、やり取りの中での信頼性のようなものはあったと思います。
けれど、だからこそ、もう私はあの子の取り引き相手には成り得ない」
そう言う判断をされてしまった、させてしまったのだとカイヤは笑む。
「私は私の目的を果たしました」
「長でございますからね」
集落の、この青と言う場所の司。
それがカイヤ・ヴィリロスとしての役目。
「寂しそうですね」
「後悔している訳ではありませんよ?」
カイヤは笑む。
その笑顔は清廉で、この言う笑みを浮かべている時の、その心を察する事はエメルやネフリーにしか出来ない事だった。
そしてカイヤとの付き合いが、エメルやネフリー程ではないにしてもそれなりに長いシャゲは、カイヤの抱く感情を察する事が出来ないまでも、その扱いは心得ていた。
「まずはリザードマンの集落を片付けていただきましょう」
「······え」
「それからスカーレットカープの遡上時期に入りますから、その前にポイズントードを駆除して頂き、その全てに並行して“霧”の張り直しと調整でしょうか」
瞠目する様子に、徐々にカイヤの顔が色を失って行く。
「シャゲ?っちょっと待って」
どうにかと言うようにカイヤは静止を口にするが、シャゲに止まる様子はなく、寧ろ聞き分けのない子供を見るかの様な眼差しがカイヤへと注がれていた。
「姪御様と姉君方の助力が得られないのですから段取り良く進めて頂かないと」
「え、あの子は、うん、そうだけど、姉さんたちもなの!」
若干の悲鳴じみた慄き。
カイヤの視線が忙しなく動き回っているが、フェイの存在どころか、エメルやネフリーの姿も既に何処にもない。
「結界である“霧”の維持ばかりで少々運動不足のようでしたから、ひと一人を抱えたぐらいでふらつくなど、嘆かわしい」
笑顔なのに憤懣たるやと言ったシャゲの感情をカイヤはありありと感じてしまっていた。
意識のないルキフェルの身体を託され、支えきれなかった時、シャゲは今と全く同じ笑顔だった。
善意を凝縮し、それが受け入れられない時は足りないのだと、そう判断されかねない笑顔。
シャゲの善意に対してごねたり口答えをしたりすれば、しただけ事態が悪化する。それをカイヤは知っていた。
ただでさえ、カイヤが当初言ったリザードマンの集落の壊滅とスカーレットカープの討伐にしれっとポイズントードの駆除が混入されているのだ。
これ以上は駄目だと、高まる危機的意識から急速に事態の収拾を試みる。
「三日で摂理を整えます。それからバックアップにラズリテを連れて行きましょう」
「はい」
速やかな承諾。それだけがカイヤに許された取るべき手段だった。
何処か満足気なシャゲの肯定に、カイヤは自身の対応の正しさを悟る。
そして、それからカイヤは戦場の名残の消えた祭祀の場へと目を向けた。
「結果として“水”と“夢”の魔女の因子が残りました。芽吹くかどうかはわかりませんが、いることに変わりはありません。
魔女の存在を以って古き盟約は結びなおされ、青は再び理を繋ぐ」
何処か詠じる様な響きの声音でカイヤはそれを告げる。
その細めた藍晶珠の双眸に何を見るのか、南海の海を思わせる色合いの瞳に、何処までも硬質的な光を閃かせて。
「ガウリィルは確かにあの子の幸せを願っていました、けれど、同時にガウリィルがあの子に望んだあの子の幸せが、あの子の望むものではないことにも気付いていたんですよ」
独白する様にカイヤは喋り、シャゲはそれを聞いていたが、自分に向けられた言葉ではないと分かっているからか、何かを答える事もなかった。
「“星”に願う。“星”は願いを託される。けれど“星”は応えない、答えてなどくれるはずがないんですよ」
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