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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
37 願いの在りか4
しおりを挟む或いは、本当に最初から独りだったのなら、ガウリィルに望まれただけの時を生きて、ただの人と言う生を全う出来たのかもしれない。
ーひとりにも満たない命、それをふたりがかりで使ったら足りなくなるよねー
「・・・・・・」
リディアルはただそこにある事実を告げる。
噤む口に、見開かれるアズリテの双眸。それは何に対する驚きなのだろうか。
ーうん、だから手遅れ、どんな祈りも届かないー
「祈りに縋る気はない」
反射的に答えたのであろうアズリテのきっぱりとした言葉を、ふふふと、楽しそうにも嬉しそうにも聞こえない笑い声でリディアルは嗤った。
アスは思う。アズリテはその意味を分かっていて言い放ったのだろうかと。
ラピス・フィデス・セクレートゥム=リディアル・アクアーリウス
“フィデス・セクレートゥム”と古き詞であるセラフェノ韻音が印すリディアルが持つ名前が意味するのは『秘されし祈り』。
アズリテの言葉はリディアル等必要ないと言っているとも取れる。
そして、アスが思った事をリディアルもまた感じたのだろう。
ー祈るのは私、だから意味合い的には、“秘められし祈り”かな
捧ぐ祈りは私のもの、捧げる先に求める応えがなくても、ねー
リディアル・アクアーリウスは聖女を務めたかつてにおいての“祈り手”だった。
神殿に訪れる者の数多の声を聞き、幾多の声なき願いを掬い上げ、彼方の御方へと届ける奏者の役目を担っていた。
ー祈りに縋る気はないって、私はいらないの、かなー
リディアルが自身の聖女であった意味を問う。
発端となる言葉を発したアズリテへと向けるでもなく、そこにいるアスへと問う訳でもない。
自問自答が近いのか、閉じて開く双眸をその数瞬戸惑いに揺らしていた。
「祈りは願いで、祈りは望み。自らの願い、自らが望む事を何等かの対象へと向ける時、それは祈りとなる」
「だから、私たちは助けてくれなんて誰にも頼ってない」
「・・・知ってか知らずか分からないが、その意識が、ガウリィルの願いを歪めたんだと思うぞ?」
「ガウリィルの願い?」
「んー、祈ったからって、それが叶うとは限らない、祈る相手がいたとして、そいつが対価も求めずにその願いを叶える事なんてまずないだろう」
ー下手に叶えられたら、後々どんな代償を払うことになるのかなー
どう言ったものかとアスは少しだけ考えながら、根気よくも伝え様とするものにリディアルが相槌を打つ。
ただ人では知り得ぬ事を知るものがいる。
ただ人では成し得ない事を可能とするものもいる。
そして、願えばそれを叶えてくれる、そんな存在も確かにいるのだ。
「ただ、まああれだな、対価だとか、代償だとか、そう言うのでやり取りが済む奴は分かり易くて、ある意味安心だ」
ーどうした、のー
アスの何処か疲れた様な、或いは杜撰に隠した感情のその声音に気付くリディアルが聞いて来た。
アズリテやエルミスもいるが、あくまでも今のアスの会話の相手がリディアルだった為に、アスはその感情を誤魔化す事なく口にする。
「受け取ってくれるだけでいいって・・・いや、無償の愛だとか、ただあげたいだけって、言われると、意味が分からな過ぎて、困るー」
ーうん?ー
リディアルがこてんと首を折ったのは、まるでそれを向けられ、そう言われた事があるかの様なアスの言葉に聞こえたからだろう。
伝える事への逡巡でなく、ただ言葉に惑っただけ。
窺う様にではなく、促す相槌にリディアルが応える声を聞きながら、アスは具体的な事には触れず、リディアルが示した疑問にも応じずに、即興で纏めながらも言葉を繋げて行く。
「何をどれだけ与えられているのかもわからないのに、向こうが何をどれだけ持っているのかも分からなくて、全部あげたいとか・・・、私はそれ以上を奪われる?違うか、ああ、ある事が当たり前だと思った瞬間になくなる時が、たぶん、私は・・・・・・」
並べ、気付いていて、だからこそそのままその先へと進もうとする口を噤んだ。
噤んで、何事もなかったかの様に開いた口で、軌道を修正する様に今度こそ先へと向けた言葉へと繋げる。
「私が思うに、祈る事は自身への願いの表明なんだろうな」
続きを考え、言葉を選ぶ様な間でしかなかった様にそう告げる。
ー自分が何を望んでいるのか、願いに形を与えて、決着をつけるんだねー
「あとは表明か?」
自然にリディアルが続き、その流れで会話は進む。
ー私はこれを欲している、だからこれをする、って感じー
「願いへの干渉を許していたのは継承で結んだ同位の魔女だからかだろう」
「・・・?」
見るアズリテの芳しくない反応から、話の展開にただ押されている事を察しアスは苦笑する。
関係がない。そもそものアス自身の立場を今一度思い出した。
「もう一度話を戻す。足りないなら足りる様にすれば良い」
「は?」
感情を削ぎ、可能不可能を考慮せず、配慮を捨て、そこに残る工程だけをアスは提示する。
「せっかくバイタルやらスペックの共有なんて奇天烈破天荒技を使っているんだ、その繋がりを継続的に維持しながらも、一人を深く眠らせている間にもう一人を十全に動ける様にして、でソイツが二人分に見合うスペックを身に付ける、それで両者の欲求を満たせるなら解決、以上」
告げる内容を坦々と述べ、その最後に、私はそれ以外、そしてその先は知らない関わらないと宣言する為の『以上』だった。
まるで原稿を読み上げているかの様に滔々とした喋り口調となっているのは、言わなかっただけで最初からアスの中にはその方法があったから。
それこそ、エルミスの登場がありアズリテとの関係性が見えたその段階には、二人の状態の健常化までのこの方法が頭にはあったのだ。
なのに口にしなかったのは、ただ望まれなかったから、それだけの話。
けれど、その内情を知らないアズリテは、急に提示された“解答”への理解が追い付かないのかそのまま目を見張って固まっていた。
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