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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
36 願いの在りか3
しおりを挟む抱いていたもの、リディアルへと申告もしていた違和感と言う言葉に、今ようやくアスの中で形が与えられて、その配色すらも明らかになった気がした。
けれどまだだと思う、まだ触れられないのだ。
「そうだな、約束された何時かがあれば、覚悟を決められるか?」
触れる為のアプローチを兼ねて、アスが問う先に見るのはエルミスの虹を宿した虚ろなる青の双方。
けれど、そこでまた空気が変わる。
逡巡か戸惑いへと。
そもそもアスは気にしていなかったが、告げたアスにとっての結論であるその発言へと至る大半がアスの内だけで筋道立てられたものでしかないのだ。
目に見えて眉間の皺を深くするアズリテと、反応らしい反応のないエルミス。
告げたアス以外にはその発言の意味も、そう至った内容すらも絶対的に分かっていない、寧ろ何言ってるんだこいつと言わんばかりの反応だった。
アスの発言が飛んだ様になった原因。
ここ最近、フェイと言うあまりに察しの良すぎる相手や、何処まで知っているのかと窺う側でしかいられなかったカイヤと言う相手がそばにいた影響が大きいのだろう。
アスは告げてしまってから不意に気付く反応のなさに、ようやくその弊害について思い至った。
ー・・・ものぐさー
リディアルのじっとアスを見る眼差しは、温度に欠けたそのままに容赦かないが、これはただ呆れているだけだろう。
単にアス自身が面倒臭がりなのだと言われてしまったのだ。
そう、自覚はあるかもしれない。
ー察してちゃんは、だめよ?ー
察してちゃん?
追い討ちになるのかどうか、続けて言われた聞き慣れない単語に首を傾げるが、それはそれとアスは訪ねなかった。
反応からもう少しちゃんとした説明が必要なのだとは理解が出来た為に、アスは首を傾げるままにも自分の疑問を放置し、取り敢えずとばかりに口を開いた。
「誰かの感情のとか、思惑とかもう良いかなって思った」
ーうん、ん?ー
笑みを刻んだ口角はそのまま、変化がないままに首を傾げるリディアルの反応。
まだ足りないらしいと、続けて開きかけていた口を一度閉ざし、飄々としていながら穏やか、アスはアスの知るフェイやカイヤの様な笑顔で再びエルミスを見る。
「理由も原因もどうでも良い。自分が見てきたものも、考えて来た内容の真偽も、もうずっと関係がなかった」
「関係って、」
アズリテが何かを言いかけ、けれど、アスが笑みのまま眇め細めた双眸での凪いだ眼差しを向ければ、そこに何を見るのかアズリテがその続きを口に出す事はなかった。
何故かひきつって見える表情が解せないが。
別に遮ったつもりはなかったのだがとアスは内心で思ってはいたが、結果的にアズリテは黙り込んだ。
そしてアスもまたそのまま続きを促す様な言葉を言う事もなかった。
「足りていないのだからしょうがない、そこに手を出す。
足りていないものを足りるようにして、“二人”を安定させれば、この全然眠っている気のしない夢も終わるよな!って、私の結論と切実な叫びだ」
一度切られた事で溜まった分の心内を更に上乗せして、そうしていっそ言い放つようにアスはそれを告げた
リディアルの存在を意識した笑みはそのままに、思いを吐露するアスは本当に切実だった。
願望、思惑、理由、因果。アスを振り回す誰かの全てを放棄する事で、ようやく思い出すアス自身の目的、もとい置かれている状況。
「よし、じゃあ藍晶の魔女?ちょっと数十から数百年ぐらい眠っていろ」
「は?」
流れるように続ける言葉の最中に、ぽかんとしたアズリテの声を聞いたような気がした。
「無茶苦茶羨ましい、出来れば変わってくれ」
一転しての真顔のアス。
「んん、それ本心?いや、認めたくないが、これ以上ないぐらいに本心ってわかるのが複雑なんだが、そもそも、銀礫は二百年以上眠っていたって聞いてるし、それに青の洞にいた時も眠っているようなもので、もう寝過ぎだろ?
だいたい数十年とか数百年を二、三時間みたいなノリで使うな!これだから魔法使い連中はって言われるんだ」
言いたい事が多すぎるのか、アズリテ本来の崩れた口調での言葉が渋滞している
だが、アスにはアスの言い分があり、言いたい事の量では負けていない。
最早何を競っているのかと思い過ぎる程なのだがアスには止めるつもりもなかった。
徹夜を三日も続けていると、身体は疲労困憊の筈なのに気分が高揚する。あの感覚をアスは味わいつつあるのだ。
「勇者の旅とかの過重超過労働に付き合って、途中途中もアレだったが、最後の方なんて常に生き死にに関わるレベルで心身を磨り減らせていたんだ、百年どころか千年単位の休みがあって然るべきだろう」
そもそもと、眇める双眸で射るのはアズリテかエルミスか、まだまだアスの言葉は止まらない。
「だいたいだな、お前等は一人分にすら満たないもので二人分を賄おうとして核を摩耗させたんだろう?省エネは賛成だし、その生かさず殺さずのどっち付かずの技術はある意味目を見張るものがあるが、もともと足りてないんだから、それ以上とか欲張り過ぎだ」
足りていないものを足りる様に装うからおかしな事になるのだと、それが真理とばかりに。
早口だったり声を荒げたりしている訳ではないが、喋り続けるそれだけで捲し立てている様に聞こえる。
そして、その並べられるアスの心情の途中で呆気に取られる風であったアズリテから表情が消えた。
「・・・私達のどちらかに、死ねと?」
一応、聞き手側の反応を見る余裕を僅かばかりは残していたアスが言葉を止めてやり窺えば、雰囲気を変えたアズリテによる凪いだ声でそんな事が宣われたのだった。
嘆息。取り繕う事なく、けれどアスは声にするまではしなかった。
はぁ、と遠慮なく、容赦もなく諦めを露にしたのはリディアルなのだ。
けれど、そう反応したのはリディアルだったのにもかかわらず、アズリテの目が吊り上がり、その苛烈とも言うべき眼差しはアスを射抜く。
その辺りのならず者どころか、ある程度以上の魔獣ですら威圧出来るであろう視線を、けれどアスは声にしなかっただけの諦感で迎える。
「なんでだ?」
告げるその一言にアスの思いは集約していた。
本当に、一連のアスの言葉を聞いていた筈なのに何故その考えに囚われるのかと純粋な疑問でもあった。
もともと一人が生きるのにすら足りない命。その命でアズリテとエルミスと言う二人の存在を今日まで生かして来た。
アズリテは、どちらかが死ねばもう一人は問題なく生られると思っているのかもしれないがアスの視る限り、そんな事は有り得ない。
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