月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

34 願いの在りか

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「搾取・・・?」
ー生命を、自由を、それから想いもだよー

 呆然とした様に呟くアズリテへと、リディアルはさらに突き付けて行く。

ー思い付かなかった、かな?与えられているんじゃなくて、奪っているのだとー
「奪う」
ー思わなかった訳じゃない、よね、だって、君は、それを罪悪と感じてる、
ふふ、罪は贖わないといけない、ね
でないと私達は、外れたことわりの中ですらも、在ることができなくなるよー
「罪、を、贖う・・・僕の、罪、エルミス」

 アズリテは腕に乗せたまま上から抱き締めていたエルミスの存在を見遣る。
 力が抜けていくままに緩める抱きしめていた腕の力に、僅かにその身を離して開けた距離。
 そうしてそこにある焦点を結ぶ事のない瞳をただ覗き込み、続く言葉を見付けられないままに、それでもアズリテはその名前を呼んだのだった。

「ガウリィルが死に瀕し、その魔女としての存在は娘のエルミスへと引き継がれた。
そして魔女になる際のエルミスの想い執着が生きられなかった筈のアズリテを生かした」

 そう聞いていた内容を纏め様とするアスは呟き、そして、眇る双眸にリディアルを見た。

「貴方が言うのだから間違ってはいないだろうが、全てでもないと言ったところか?」
ーふふふ、気付いたのは今?ー
「違和感だけならずっとあった。だからここまで放置していた」
ー違和感なんだ?ー
「可笑しくはあると思う。宿った命を送り出す、これはガウリィルの願いだ、聖女殿なら間違いなくそれを願い、願うだけでなく自らが持ち得る全てを費やす。
 それだけの覚悟と矜持があって、だからこそ、“魔女”である存在の継承は成った」

 アスの知る聖女ガウリィルならば、宿した命の為に、どれ程でも覚悟を決められた事だろう。

 強力な魔獣の襲撃に数多の犠牲者が横たわる町や村を見た時、何故間に合わなかったのかと、黙り込むしかなかった勇者へ食って掛かる者等の前へ毅然と立った時。
 旅の途中で時に見せる強い瞳をアスはありありと思い出す事が出来た。

ー“聖女”だったんだ、よねー
「魔女の継承はガウリィルの意志だ、なのにそのうえで今代として『死ぬ筈の命を死なせないこと』だと、世界に対してのことわりを歪める願いとしては弱過ぎるだろ」

 リディアルの言葉には答えずアスはただそう言い切った。

 この世界にはと言った純然たる仕組みが存在している。
 それがアスの言うことわりなのだ。
 命が生まれ死んで行く様に、雨が降り地を濡らす様に、水では消せない程に燃え盛る炎もまた燃えるものを失えば消えてしまう様に。
 生まれて、死んで、生じて、消えて。
 ただ想う事もまた、愛し慈しむ事を知れば、愛していないという事を理解し、憎む事や妬む事をも知るのだ。

 それらは絶対に変えられない、通常なら触れ様と思う事にすら思い至る事のない摂理、或いは運命と定義付けする事もあるかもしれない事象。そんな事柄であり、流れなのだから。

執着想いはひとそれぞれ、それが理を侵す程の禁忌かは、踏み抜いてからでないと分からないー

 魔女を継ぐには魔女に成る時と同じく世界の理を歪める程の何かがいる。
 そもそもが、魔女とは世界が自らの内に置いておく事が出来ないと判断を下した者なのだから。
 理の内に抱え込んだままならば、世界の摂理を歪める。そう言った願いを持って、その願いを諦めず、手放さず、一分の妥協すらもする事なく、叶わない世界こそが可笑しいのだと言い放ち、理への干渉を果たす有り様が魔女を生み出す。

 世界は世界という枠組みの理を守る為に、理を侵す者を魔女として、理外に弾き出し世界を守っているのだ。

 魔女になった者は、自身が魔女であると理解した瞬間に気付く。
 自身の“願い”等と言う表現では優し過ぎる渇望が、執着が、依存する程に決して許されざるものだった事を。

「まぁ、だからなんだって事なんだがな」
ー外れてしまうことを恐れられるのなら、そもそも、こうはなってない、よねー
「だな、だが、そう一つの究極形で終着点か、行けるところにまで行ききった感があるな、貴方は」

 アスの言葉と眼差しに、リディアルが自身の左目へと緩く手を翳す。
 そこにあるのは人ならざる瞳。影に沈められた事で、縦に裂けた瞳孔の冴えた銀色が煌々と艶めいてアスの存在を見ている。
 そして、続けて繊手が辿る様に撫で行く顔の輪郭を縁取る細かい鱗の並び。
 リディアルが手を動かした事でアスの視界にも入るのだが、その鱗はリディアルの手の甲や腕までもを覆っていたのだった。
 粉うことなき、人とは異なる異形の少女の姿がそこはあり、けれど、その姿を見た者が、少女の綺麗な面立ちの中に輝く瞳を龍の瞳だと思ったその時にはただ囚われている。

 人ならざるものを思わせながらも神秘的であり神々しくも感じさせ、身の毛もよだつ畏れを感じさせながらも目を離せなくなるその感覚。
 それは畏れ恐怖する、畏怖と呼ぶべき感情だった。

ー行くも避けるも、決めるのは貴方、でも、避けようとして避けられるのなら、それまでのもの、ね?ー

 囚われたとしても、引き摺られる事がない様に、それだけをアスは意識し会話を重ねる。

「そうして辿り着いた貴方の願いの果て」

 嘗て抱き、今なお望み続けるその願いの果てがリディアルのこの姿なのだとアスは知っていた。
 けれど、“果て”だとその言葉をアスが使った事でリディアルは固定された笑みの表情のままに首を傾げる。

ーこれは願った“結果”ではあるけれど、“果て”は、分からない、よー
「誰かに先を願ったのなら、決めるのはもう、貴方だけではなくなっている。貴方としての“果て”はもう随分前に訪れていて、そしてそれはその子等と同じ事だ」

 会話の意味の大半が分からず、聞く事しか出来なかったであろう話しの矛先が戻された事に気付いたアズリテの肩が大袈裟な程に跳ねた。

「魔女になる程の願いが何だったのか、それ以上に、魔女になる程の願いの先を相手へと委ねた。それが何故だったのか」 

 アスはただ疑問を口にする。

ー同じ選択をすることまでが、願いだから、かな?ー

 何処か弾む様な“聲”で返された答えはアズリテではなくリディアルからのものだった。

ー願いを相反させ、損なう事を嫌がったから?ううん、君の願いは成立している。気付かれなければ、きっと、ねえ、だから、だから、どうして?ー

 好奇心と言えば良いのだろうか。
 “聲”に露とされる感情の揺らぎ。上げられた口角だけが刻む笑顔の無表情さに、けれど、弾む様なとそう感じられた事で、リディアルの思いをアスはそんな風に推し測る。
 そして、アスが止めなかった事で、その問いは発せられた。

ーどうして、分からないふりを続けるの?ー
 
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