月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

28 藍青の対

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 片割れの死、相手も分かっているであろう事を告げて意思を問う。
 そうまでして、託されてしまった願いに殉じる必要があるのかと。

「願った者の想いを、願いの先にいる貴方が汲む必要はないのかもしれないが、それでも貴方は自分が想われていた事を知るべきだ」

 今までの会話の相手の声ではなかった。
 けれど、その声の主であろう濃い藍色の髪と瞳を持つ青年は、その左腕に幼い少女を座らせアスの方へと歩み来る。

 月の光りに照らされた浅い海辺を眺め見る様に、群青から紺色に、藍色に、紺碧に、青年の歩調に合わせるかの様に、揺らぎ揺らぐ、月影の薄藍色を交えて小さくも白く泡立つ世界の光景。
 いつしか、アスの夢見ていた世界は、水底に沈んだ、静寂の中を揺蕩っていた。

「アズリテと、一応は始めましてか、藍珠らんじゅの魔女」
「魔女ではないが、藍珠らんじゅの名は私が、この子は・・・」
藍晶らんしょうの魔女、生命アニムス還るレウェニオ=水なる星エルミス

 水が謡う。
 細波立つ様に、周囲で小刻みに揺らぐ青色が音を重ね、ことばとする。
 かくれの庵でいつか聞いた聲だった。

「声が出ないのか?」
「以前にも伝えたと思う。この子は今みたいに意思を伝えることは出来ても喋れはしないし、私達と同じようにものを見たり、音を聞いたりすることもなければ、自分の足で歩くことも出来ない」

 十歳にも満たないであろう、幼くも調った顔立ちの中で輝く大きな瞳は、静謐さの中に澄み渡る湖の青色を湛えていた。

 光の加減で濃淡をうつろわせ、時にスペクトルの煌めきすらも垣間見せる、正しく宝石の様なと表現出来てしまう美しい瞳。
 宝石の様に美しく、けれど無機物でしかない石は、自らに映り込むものを映すまま、何かを“見る”と言う事はない。それと同じ事。
 エルミスと名乗った少女の定まる事のない焦点が物語っていた。
 アズリテの腕に座るエルミスは、その瞳にアスの存在を映し、けれど決して見てはいないのだと。

 そして、丈の長いゆったりとした作りのワンピースから僅かに覗く足先。こちらの異常は更に顕著だった。
 靴を履いていない素足である事は、そもそもがアズリテに抱かれているのだから、取り立てて問題視する様な事ではない。
 問題なのは一目見て異常を確信出来てしまう血色の悪さと、その細さだった。

カエルレウスの治癒が効かないとなると生まれつきか」

 僅かに細めた双眸で見詰める一点にアスは告げる。

 エルミスの生まれた時から成長していないのではないかとすら思わせる程の小さな足は、そのまま赤子特有のふくふくさを失い、乾いた肌艶に小さくも歪に骨を浮き上がらせ、壊死すらも疑う程の、青黒い不穏な色合いをした物体にしか見えない。

 通常の治癒と名の付く力は、もともとの状態までへと治して癒す力の事を意味する。
 それは言うなれば回帰させる力と言う事になり、従って、いくら今見ている状態が端からは異常に見えていても、それが生まれつきだとすると、それが通常の状態と身体が認識しており、それ以上の変化を起こす事が出来ないのだ。

 カエルレウスはその治癒にも秀でた魔法を伝えており、加えてウィリディスは魔法以外の調薬による治験の知識を伝えている。
 その二つの集落の協力を得られる立場でありながらの現状であれば、それはもうどうにもならないものであると、アスにも分かった。
 だからこその生まれつきかとの結論になったのだ。

異端の文字列ゼノ・スプリクタに基づく、セラフェノ韻音による魔女の名乗りは、魔女になる事で、理から外れてしまった魔女と世界との契約。
その在り方を以て今、貴方は何を望む?」

 どうにもならないものとしているならと、それ以上エルミスの身体の事には触れる事なく、アスは魔女として名乗られ事に対する問いだけを返した。

「・・・まず、私とこの子について、どこまで理解している?」
「そこからか、そうだな、と、聞こえてはいなくても会話は大丈夫だな?」

 やり取りから大丈夫だと分かっていても、一応の確認をエルミスへとしておく。

ーはい、ここにいる水の子たちが、わたしとあなたを繋いでくれていますー
「“水”の性質、共鳴りのもっとずっと強くて深い繋がり、今代の“夢”は“風”が引き継いだっぽかったが、こうして囚われてみれば向こうは断片でしかない感じだと分かるな」

 そこには何もない、けれどアスはひらりと動かす左手の手の平に何かを掬う様な仕種をして、その手を見下ろした。

ー風のひと、カッコいい鳥のひと、でも翼が半分だけ、鳥なのに飛べないあのひとー
「ああ、あそこも、お前達と似た部分があるな」
ーおなじ?ー
「似てる、かもしれない?だな、双子だろう?」
「私たちの見た目で良く分かりますね?」

 二十代ぐらいを思わせるアズリテと、十歳にも満たないであろうエルミスの外見。
 二人ともが母親似なのだろう、“彼女”の面影を感じさせる凛とした面立ちはあれど、外見的な年齢は全く違っている。
 けれど、こうして正面から二人揃ってと向き合うアスには、確かにただの兄弟とは言えないだけのを二人から感じ取っていた。

「魔力の波長。お互いがお互いの為にある、そんな波長だ。そもそも、外見的なものを言えば、お前達は既に二百歳を越えている筈だ、見た目詐欺どころじゃないだろ」

 言い放つアスへと、何故かアズリテが目を見張る。
 もごっと動かす口の動きに、それでも言葉としなかった事に一瞬の躊躇いが見え、けれど結局その逡巡はそれだけのものだったらしい。

「・・・いつから生きているのかも分からない正真正銘の魔女に言われるのは複雑だな」

 告げられる言葉にアスはそう言えばと自身を省みて一つ頷く。

「何時から、と言われると私も曖昧だ」
「それに、母の記憶より若い、むしろ幼いんじゃないか?」
「縮んだ」
「意味が分からない」

 明解な一言で事実を告げれば、益々不可解と言う言葉が表情とともに返されて来た。
 解せない。
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