月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

20 そこにしかない幸福

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「魔女、・・・?」
「見向きされないなりにもあの嬢やに構いたいなら、嬢やが魔女たる所以を上回るがいると、優しくない不肖な弟はそう言っている」

 わざわざ説明してやる私は優しいだろう?とそうエメルからの副音声が聞こえている様な気がして、けれども言われたルキフェルは、そんなエメルに気付いてはいても、気にしてはいなかった。

「魔女たる所以・・・アスが?」

 呟き伏せ目がちにする目は何処か戸惑う様に揺らめき、けれど、ルキフェルの思考は既にその一言へと向いている。

「あの子の夢に降りようとするこの子を送る時、少しだけ私もその眠りに触れたと思うのですが、・・・」

 ルキフェルの思考を窺い途切れされた言葉に、カイヤはこの子とフェイへと向けた視線から、続きを探す様にその視線を上方へと逸らして瞳をさ迷わせている。

 先程までは出なかったその話しと、初めて見るカイヤのまるで躊躇う様な言葉の選び方に、ルキフェルは頭の片隅での思考を続けながらも、カイヤへの横顔へと凪いだ眼差しを向けて言葉を待った。

「察しが良いのか直感的なものか、だからこそ私達は言葉を選ぶのですけどね」

 ルキフェルの眼差しに応え、ルキフェルの存在だけを見詰め返してくる蒼藍の瞳にあるのは一度は消えた柔らかな揺らめきだろうか。
 カイヤにより呟かれた言葉は独白にも近い囁きで、なのにルキフェルの耳にも確かに届く、そんな声音だった。

「ここで切り出されたそのタイミングで、そこな姪っこには聞かれたくない話しだと坊やは察した。その麗しの乙女を狙う野獣のごとき嗅覚が、我が唯一の芳しい香りを捉えると考えるだけでも許し難いのだよ」

 そう告げて来る、酷く真面目なエメルの声音には確かな圧がある。

 カイヤの言葉は結果だけを告げている事が多く、無駄を省きながらも、その実、会話の相手へとカイヤと同等の思考手順かそれなりの察しの良さを求めている。
 対してエメルは、確かな説明がそこにはあれど、妙なエメル独自の世界観、単に偏見としか取れない様な認識のもとに言動が飛びだし来る為に、その言葉の本質的な部分が煙にまかれてしまっている。

 もともとの根っこの部分が素直で率直ですらあるルキフェルにとっては、どちらともがどちらともに捉え難く分かり難いとそう思うとともに、もしかしたら深読み等せずに、そのままを受け取れば良いのではないかと、見詰め返し、合った双方から不意にそんな事を思った。

「例えるなら、お伽噺世界、でしょうか?」
「お伽噺?」

 ルキフェルの思考の最中、おもむろにカイヤが告げる。
 言葉を選ぶ様に、けれど、深読みをしない事と一度意識を切り離した事で、カイヤが出来る限り感じたそのままを伝えようとしているのだと聞き返したルキフェルにはそう思えた。

「そこにしかない幸福だと、思っている・・・知ってしまっている」
「幸せ・・・?」

 何処か困った様に僅かに寄せられた眉根が、カイヤの告げた幸福と言う言葉とは酷く不釣り合いなものの様にルキフェルの目には映った。

「子供が無条件に信じている、きらきらとした美しい光景・・・何かをた訳ではないのです。だから本当に私が感じたままが、そうだったと、それだけなんですよ」

 やはり誘導する様に言葉を選んでいるのとは違っていた。
 表現するのに丁度良いもの、或いは曖昧なものの中での落としどころを求める感じだろうか。
 見聞きしたものの確度を精査しながら言葉を紬ぎ、自らが望む方向に向かうものにしか言葉を使ってこなかったであろうカイヤにとっても、感じたものでしかないと言う分、酷く不確かな状況からの言動なのだろう。
 そこで何故、それをフェイへと聞かせなかったのかルキフェルには分からなかったが、ルキフェルはただ告げて貰えたであろうものの意味を思い考え続ける。

 カイヤの告げたお伽噺話と言う言葉。それは子供等が寝物語として親へとせがむ、全てがめでたしめでたしで終わる物語せかいの事。
 話し手も聞き手も、誰もが良かったねと最後には笑える、きっと誰も不幸になる事がない、そんな幸福だけが詰め込まれた宝箱。 

「・・・・・・それをアスは望まない」

 沈黙。けれどそうぽつりと呟いた時、ルキフェルに迷う様なそぶりはなかった。

「寂しそうなのに、とても優しい表情をしていて・・・見ていたから」

 今だけで良いのだと、そこにあるその時だけを信じている。
 そうして、目の前にある光景だけをただ見詰める薄い紫色の瞳をルキフェルは思っていた。

 何時かを思う、そんなルキフェルの眼差し。
 何かを懐かしむ様な、何かに焦がれる様な、寂しさか哀しみか、そして、瞬かせる目にルキフェルは首を傾げた。

「何を見て・・・だれが・・・・・・アス?」

 それは前触れも、脈絡もなく、あまりにも唐突に、誰がと呟いた時その刹那にルキフェルの表情が消えた。
 強ばったとは違う、全ての感情が抜け落ちたかの様な無表情。意図的に感情を隠したのではなく、喪失からくる虚無にも似たもの、そう言った空疎な色をその青い瞳へと宿しているかの様に。

 けれどその表情を失った状態も直ぐに分からなくなってしまった。
 アスとそう名前を呼び、上げる顔に視線が一点を向く。
 薄く開いたカーテンの隙間、その窓の向こうにある景色を見詰め、焦点を引き絞る様にして見据える双方には、何処か戸惑うような、そして焦がれる様な感情の激しい色合いを揺らめかせる。

ーリンッー

 小さく振られた鈴の音。それとも弦を爪弾く響きか、いっそ玻璃の器に皹が入る瞬間の、そんな微かな響きすらも思わせる。

 部屋を出る為に、踵を返す事すらもルキフェルの脳裏に過る事はなく、ただ目の前にある全ては障害ですらもない様で、そうして、トンと軽く床を蹴る音一つを残して、ルキフェルは窓辺からその身を踊らせるのだった。


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