月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

13X とある獣達の事情Ⅲ

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 アキが見ていた場所をスイもまた見ている。
 青い空へと生じた波紋の様な揺らぎ、その中心から地上へと向けて一筋の光の雫が糸を引く様にして滴り落ちる。

「雨・・・光・・・世界樹の雫」

 前髪の奥から見遣る空へと、スイの呟く声は抑揚に欠けていて、抱く感情を全くと言って良い程に窺わせる事がなかった。

「アレだな、ウィリディスのヤツらが後生大事に守ってる大きな樹の葉っぱから落ちてくる朝露」
「世界樹ユグドラシル。この大陸の支えの樹です。ユグドラシルのものなら普通の雫だけでも、相当高位の術式媒体になりますが、あれは月の光の魔力と相対する月影の力を感じます」
「あーアタシん時の災禍が焼き払おうとしたあの樹だよなぁ」
「・・・は?」

 思わずと行った様にスイがアキを見るが、アキは気にした風もなく、寧ろ気付いてすらいないかの様に、波紋から滴り来る雫の行方を眺め見ている。
 アキを見るスイと、スイを見返す事のないアキ。それは奇しくも、先程までとは逆の構図となっていた。

「アタシの知らない妹がいつの間にか聖女になってて、当代の勇者とその仲間と討伐に出向いて失敗した」
「・・・・・・」
「で、樹も炎上したワケだが“水”のと“氷”のがどうにかその炎上を止めて、アタシが災禍と相討った」

 アキにより何でもない事の様に語られる経緯とでも言うべきもの。
 その内容をスイが何処まで把握していたのか、あるいは予想出来ていたのか、細めた双眸の奥底にまで無表情を湛えるスイが、今何を考えているかは、恐らくは誰にも分からない。

 窺い知る事の叶わないその内面に、けれど、薄く開いた唇は言葉を紡ぐ。

「何で、貴女はの?」
「それは秘密だな」

 この状態のスイの問いに呆気からんと秘密と口にするアキを見る者がいたら、迷わず称賛の眼差しをアキへと向けるだろう。そして、向けるだけで、絶対にその賛辞を口に出す事はなかった事だろう。
 口に出さないどころか、距離を取るかもしれない。
 何故なら、今のスイの注意を欠片でも引いてしまう事を本能の部分で避けるであろうから。
 どんなに鈍い存在でも息を潜め、逃げる事も許されないなら、ただ遣り過ごす事だけを選択する。
 そんな極限状態の危機感にも似た危うさにも似たものを、今のスイは感じさせているのだった。

ー澱みは大気を穢し 廻る風が 還る雨が大地を汚すー

 空気が震え“聲”を綴る。

「蝕むものを燃やした一部が空へと還ったからな」

 未だに、伏せた体勢のアキは、何かを気にする風もなく空に落ちる銀の雫を眺めてながらもそう答えを返していた。

「二百年を待たずに、次の災禍が形を得たのは貴女もまた失敗したからで間違いありませんか?」
「否定は出来ないな、だからアタシの次だったお前がそうなったワケで、そんなお前を取り戻そうとしたお前のが咎を受けたんだろうからな」

 スイの羽である部分が、無表情である顔の代わりに感情を露にしてか膨らみ蠕動する。

 二人の会話は今ではもう二人にしか分からないものだった。
 勇者と聖女による魔王の討伐。それはおよそ五百年から千年周期で行われている。
 その時代の勇者と聖女に存在により、魔王とされた悪しき存在は倒され、そして世界には約束された平和な時代が訪れる。
 けれど、全ての勇者と聖女が魔王の討伐を成し得る訳ではなかった。
 勇者と聖女が魔王の存在に敗れた時、その時の先は潰える。
 だからこそ、勇者と聖女が魔王の討伐に失敗した時、その途切れてしまう流れの先に二人の存在はあった。

「ソレを向こうに送り返した後にでも相手してやるから、今は本性を出すのはヤメとけ」
「・・・・・・」

 鳥に似た姿から転じ羽毛の部分を残しながらも人の姿を取っているスイの今。
 だが、情動の有り様によって羽毛の部分が反応を示せば示す程に、衣服や皮膚であった場所が鳥の持つ羽毛へと姿を変えて行く。

 落ち着こうとしているのか、スイの深い呼吸の様相を示す様に羽毛が膨らみ、萎みと動きを繰り返していた。

ウィリディスのそれなりのヤツが来たな」
カエルレウスの彼が青緑ウィリディス・マリス藍珠ヴィリロスを名乗っていましたから繋がりがあるのでしょう」

 降り注ぐ光の雫。
 けれど、それは空の高い所、この場所に佇立する大樹の頭頂が存在する高度より下には届いていなかった。
 今の今までは。
 それなりのヤツとアキが言った瞬間、僅かに樹の葉擦れの音がしたのを、アキもそしてスイもまた聞き逃す事はなかったのだ。

緑柱玉色ベルデ・エスメラルダ・・・長自らが出向いて来ても、返すつもりなんかなかったのにさ」
翡翠輝石ネフリティスもいるな、ウィリディスの長が二人がかりなら諦めもつくだろ、返してやれ」
「ヤです」
「即答なのもアレだが、その笑顔もどうなんだよ」

 胸もとに抱き寄せて抱き締めるフェイの存在へと、スイは最初と同じように笑む。
 慈しむ様に、これ以上ない程に愛おし気に、その双方でただただフェイと言う存在を見詰めていた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 アキはもう何も言わない。
 そしてスイは、声を発する為に息を吸う時間すらも惜しむ様に。

「・・・でも、まだ大丈夫だから、手を放すしかないのか、っ」

 諦感と寂寥か、軽く装った言葉で淡く笑ったスイは、刹那、息すらも詰まらせて目を見開く。
 意識等ない筈のフェイ。眠っているどころか、その状態が昏睡に近い事をスイは知っている。
 なのに今、フェイの手が、スイの右手の袖を掴んでいた。
 手を放すと、そう言ったスイの言葉に嫌だとその意思を示すかの様に。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 アキもまた、そんなフェイの行動を見てしまっていて、そしてそのまま目だけの動きで見るスイの表情からもすぅっと目を逸らして行く。
 面倒臭い事になったと、その豊かな毛並みに埋もれた猫科の顔をそれでもそうと分かる表情に歪め溜め息に変えたのだった。


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