月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

13 第三層

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(ご期待にそえるか分かりませんが)

 何を期待されているのかも分かりませんけどねとフェイは重ねる。

 既に繋がりは途切れてしまっていると、漠然とだが感じていた。
 フェイの方から繋ぎを取り直す術はなく、それでも一応と伝えておく事は忘れない。
 律儀な事だと、可笑しそうに笑う豹に似た猫科の獣の顔を思い浮かべて、そうしてフェイもまたつられた様に少しだけ笑む。

(怖いひとでしたが、愉快なひとでもありましたね)

 アキの存在はやはり守護者の位置付けになるのだろうとフェイは考えていた。
 守護者がいるとされているのは第二層であり、だからここ第三層にはこられないのだろうと納得する。
 そして、一人であると言う事に改めて気を引き締め直し、フェイは警戒を強めながらも周囲を窺っていた。

(第三層・・・その者の、その者すらも気付くことのない心の闇が在るところ、でしたか)

 事前に聞いている知識を思い、けれど今のところそれと結び付く様な光景は何も見る事が出来ていない。
 何かが始まる様子もなく、誰かいる反応もないまま、全ての闇へと目を凝らす様にフェイはこの場所を確認して行く。

(アス・・・?)

 心の中で呼んでみた。

 何もない世界。
 右を向き、左を向く。
 彼方を仰ぎ、俯く様にしてブーツの爪先を見て、更にその下があるのではないかと凝視してみる。
 けれど、結局のところ何処を見ても、何を見ても暗闇は鎮座しているらしく、足もとどころか、上空にも星明かりの一つも見る事が出来ないのだった。

 そして、そんな中で、不意にフェイは自分の存在だけが在る事に気付くのだ。

(・・・・・・)

 爪先が分かる様に、足があり、手もある。
 見ると言う行動が出来ていると認識しているままに、首を動かして、右左、上下と、自分を起点とした場所が確認出来ている。 

 その筈なのに漠然とした不安感は付きまとう。

 ふとした瞬間に目を閉じているのか開いているのかすら分からなくなる。
 自分が起きているのか、眠っているのかすらも曖昧に感じる。
 うつつと夢のはっきりとしない境界を思う。

ー何も、分からないー

 一応の警戒として改めて手にしていた筈のナイフの感触は・・・ある?
 手かを手に持っている様な気はするのに、何かが手に触れている様な、そうでない様な、そんな感覚すらも不確かさが付きまとう。

 自分の足は地についているのか、感じているのは浮遊感だったのか。
 認識と感覚はひたすらに曖昧で、なのに、ただ、自分の思考のみは存在し、“自分”として在るものを認識させる。

 思考は目的を掲げ、何をしなければいけなかったかを思い出させる。

 思い出す?とそう考えた時、在ると思っていた自分の存在すら曖昧なものとなっている事に愕然とした。

 瞬かせる双眸。
 意識的にそれを行う事により、自分と言う存在を拾い集め様とする。

 集めたと思った端から零れ落ちて、欠けて、崩れて・・・・・・


ー願いは叶ったのか?ー
ー結局、守れなかったなー

(・・・・・・)

ー今となっては何を守ろうとしていたのかも分からないがー
ー何も知らなかった頃、何も分からなかった私は“在った”と言う感覚だけが遺されていた
 その為に、“独り”である事が分かったー
ーだから、ともに在ろうと“約束”を紡いだ?ー
ー上手くいかないどころか失敗したがなー

(・・・・・・)

 誰かが誰かと話している。
 何だっただろうかと思う。
 まだ、思う事は出来た。

ー何かを成すこともなく、ただ、可能性を摘み取る
 本当に守りたかったものも、たぶん守れてはいなかったのだろうなー

(・・・・・・)

ー本当は分かっていたのに、選ばなかったのは何故だ?ー
ーあの場所で、関わって、本当に守られていたのは私の方だった
 何かを返す、その力すらなかったのに、伸ばされた手を私は取ったー
ーそんな事は、分かっていた筈だろう?ー
ーそう、私は、拒まなかったー

ー君はただ享受する、そう在るから・・・君達は、本当に不毛だ
 互いが互いにとって同じ想いを抱いているが故に終わりがないー

 会話と想いが繋がりを得る。
 共感。同調。流れ込み、混ざり行き、境はどこで、自分とは何だったのか。

(何もかも、を・・・)
ー何時からでした?貴方が一人になったのはー

 会話の対象に、“自分”の存在へと焦点が絞られる感覚があり、気が付けば応じ様とする意思があった。

(記憶が曖昧でした、
 ネフリティスとエスメラルダに助けられてから・・・いえ、あるいは、最初の樹に辿り着いた時には既に・・・)

ー曖昧どころか忘れていられたのなら、貴方は気兼ねすることなく何処までも行く事が出来たでしょうにー
(・・・・・・)

 感じたのは強い拒絶。それ以上の忌避感。
 咄嗟に口を開かなければと思い、なのにそれはまるで遮るかの様なタイミングで、有無を言わせないを紡いで来た。

ーそうでしょう?翼などなくても、その足でただ歩いて行けば良いのだからー
(つ、ばさ・・・)
ー忘れてしまったのなら、もう良いのではないのですか?ー
(忘れ、て・・・?)
ーだって、意味なんてないよね?仮に忘れた事を覚えていても、何かが変わる訳でもないんだからさ
 それどころか、下手に思い出したりすれば、その後に残るのって、ただの虚無感なんだよ?だからこそ、意味なんてないってそう思うでしょう?ー
(・・・・・・)

 何かが変わっていて、問い掛けのていを取っている。
 なのに、それは一切の答えを求めていないとそう思った。

ー誰の為にもならないどころか、自分の為にもならない
 なら君は、何の為にここまで来たの?ー

 何の為に・・・。

ーもう、疲れたー

 洩らされた弱音としか思えない聲は自分ではない。
 けれど、確かに同調している自分がいて、思わず嘲る様に唇の端を上げていた。
 なのに、そのすぐ後に酷い眠気を感じ、フェイは瞼の上へと抗い難い重さを感じるのだった。
 この感覚へと従えば、もう目を覚ます事はないのだろう。
 そんな確信にも似た思いがあるのに、もうどうでも良いと考える自分がいた。
 ただ少しだけ、けれど永遠であったとしても、それはそれで良いと、そう思う。

(・・・ここには、貴方がいるのですか)

 それは紛れもない“フェイ”自身の意思だった。



    
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