月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

6 準備と擦り合わせ

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月代の雫シルヴァン・クリスタ月影の雫シルヴィア・クリスタ、それと星光花アスタリカの花粉を集めて来て下さい」

 そうルキフェルへとお願いと言う名の指示を出し追いやると、フェイとカイヤはアスの身体を伴い数日ぶりに青の洞まで来ていた。

「目覚めを間近とする意識と無意識の狭間、所謂夢現ゆめうつつの状態を抜けて、本格的な“眠り”の内に入れば、その先は大まかにですが三層の構造になっていると言えます」

 そんな説明をするカイヤは、診終わったアスからフェイへと凪いだ視線を向けた。

 青色に煌々と繊細な光を放つ水。その水であって水ではない高濃度の魔粒子マナパーティクルの集合が見せる光景。
 フェイは指先だけを浸し触れていた、濡れる事のない水の流れから手を引き抜くと、応じる様にカイヤを見返して口を開く。

「記憶と情動の整理を主とする第一層と心核コアを守る為の防衛層である第二層、そしての深層心理、心核コアであり心の闇が最も深く根付く第三層でしたか」

と、そう告げる知識の擦り合わせはこの先を考えたうえでの事だった。
 これからフェイがやろうとしていて、しなければならないとしている事に向けた最後の打ち合わせの様なもの。

「そうですね。先程彼に出していた指示は気になりますが、この方を目覚めさせる為に貴方が取れる手段は恐らく一つだけ、潜った先でこの方を見付けて促す事それだけです」

 言葉だけは簡潔にカイヤは告げるが、告げる瞬間に凪いだ瞳が一瞬だけ揺らめいたのを見逃す事のなかったフェイは、それだけのカイヤの葛藤具合を察する事が出来ていた。

「見付けて促す」

 察しても触れる事なく、聞いた言葉だけを呟く様にフェイは繰り返す。

「ええ、貴方と言う異物の存在に気付いた意識は、それだけで目覚めへと向かいます」
「自分が眠ったままである事に自覚がないようならはっきりと知って貰えばいい」
「その場合は、目覚めへと向かうこの子の意識へと流される形で貴方も戻ってこられると思うので帰りの心配はいりません」

 合わせる双眸に、ここからが話の確信なのだとフェイは気を引き絞める。

現状いまが、彼女自身の意思だった場合はどうなりますか」

 問われたカイヤはその場合もちゃんと想定していたのだろう。
 フェイが質問をした瞬間に僅かに伏せられた双眸と、寄せられる眉根の動きからフェイはその事を確認していた。

 閉じられた双眸と薄く開かれた唇。深く眠っているかの様に、その身体は微動だにする事なく、けれど、よくよく見ていれば僅かにその胸が浅く緩やかに上下している様子を見て取る事が出来る。
 この眠り続けている状態が、フェイやカイヤにも気付けていないアスの心身の不調から来ているものでも、他の外的な何等かの要因による不可抗力等でもなく、そもそもがアス自身の意思に、よるものであった場合。

 カイヤの告げた手段はあくまでも、この眠りがアスすらも予期せぬ事態であった場合の対処方法でしかない事をフェイもまた察しているのだった。

 どうしたものかと馳せる思考にフェイは目を細め、何処でもない場所を眺め見る眼差しへとただ考える。
 そんなフェイの視界の端で、不意にカイヤが自らの口もとへと笑みを佩いた。
 一体何なのかと分からない笑みの理由からフェイは怪訝そうにも、不可解そうにカイヤを見返す。

「人柄、と言うか人間性が掴みきれていないだけにどうにも未知数ですが、説得すれば良いのでは?得意でしょう?丸め込むの」

 目覚めさせてしまえばどうとでもなるだろうと、カイヤがその発言からしてはどうかと思う朗らかな笑顔で綺麗に微笑んでいた。

「・・・・・・」
「何ですか、その沈黙は」

 傾げる首と怪訝そうなカイヤの様子。
 カイヤの予想とフェイの反応が一致しなかったが為だろうとフェイには分かったが、それでもフェイは、今回ばかりは、カイヤが想像しているであろう反応を返す事が出来なかった。

「想定外しかありませんからね、今回は特に。私にも、不安に思う、そんな時があるんです」

 深く息を吸い、時間をかけて緩やかに吐き出す。
 溜め息と深呼吸を合わせた様なフェイの呼吸。

 そんなフェイを見るカイヤが目を瞬かせていて、何処かきょとんとしたその表情は、少しばかりカイヤと言う存在を幼く見せていた。

「・・・そこまで、いえ、そうなのですね」

 カイヤが考えて、物思いに耽る様に顎へと添える左手の人差し指の背中側。
 そうして、考えるままに続けて口を開いていった。

「二層の防衛層にいるのは、この方の防衛本能が具現化したもの、遭遇したら、時間をかける事なく無力化して下さい」
「防衛、本能」
「ええ、それと、無力化と言いはしましたが、絶対に怪我をさせず、貴方も怪我をする事がないように気を付けて下さい」
「難しいどころではないですね」

 こちらを排除しようと言う意思そのものである存在に対して、攻撃と言う手段が取れないのに無力化しなければいけないとはどう言う事だとフェイは目を見張っていた。

「それでも二層を越える必要があるのなら、避けて通る事の出来ないものでしょう」
「防衛本能もまたこの方自身ですか、受けたダメージはこの子自身に反る。だから攻撃してはいけないと分かりますが、私が受けるのも駄目なのは?」

 もとからそんな気はなかったが、いざとなれば身を呈してと言うのも駄目らしい。

「行くのはこの子の内、貴方が受けたダメージは、この子にも少なからず反ります。そして、防衛本能としての攻撃は素手で相手を殴るのも同じ事」
「ああ、相手が誰であれ殴った方も痛いと」

 防衛本能と直結はしないだろうが、フェイはアスの見た目だけなら荒事とは無縁そうな、細くしなやかな指を持つ手を思い出していた。
 確かに、あの手で誰かを殴ったとしたら、殴った手の方が怪我をするだろうと。

「そして、第三層についてです」
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