148 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
6 準備と擦り合わせ
しおりを挟む「月代の雫と月影の雫、それと星光花の花粉を集めて来て下さい」
そうルキフェルへとお願いと言う名の指示を出し追いやると、フェイとカイヤはアスの身体を伴い数日ぶりに青の洞まで来ていた。
「目覚めを間近とする意識と無意識の狭間、所謂夢現の状態を抜けて、本格的な“眠り”の内に入れば、その先は大まかにですが三層の構造になっていると言えます」
そんな説明をするカイヤは、診終わったアスからフェイへと凪いだ視線を向けた。
青色に煌々と繊細な光を放つ水。その水であって水ではない高濃度の魔粒子の集合が見せる光景。
フェイは指先だけを浸し触れていた、濡れる事のない水の流れから手を引き抜くと、応じる様にカイヤを見返して口を開く。
「記憶と情動の整理を主とする第一層と心核を守る為の防衛層である第二層、そしてそのものの深層心理、心核であり心の闇が最も深く根付く第三層でしたか」
と、そう告げる知識の擦り合わせはこの先を考えたうえでの事だった。
これからフェイがやろうとしていて、しなければならないとしている事に向けた最後の打ち合わせの様なもの。
「そうですね。先程彼に出していた指示は気になりますが、この方を目覚めさせる為に貴方が取れる手段は恐らく一つだけ、潜った先でこの方を見付けて促す事それだけです」
言葉だけは簡潔にカイヤは告げるが、告げる瞬間に凪いだ瞳が一瞬だけ揺らめいたのを見逃す事のなかったフェイは、それだけのカイヤの葛藤具合を察する事が出来ていた。
「見付けて促す」
察しても触れる事なく、聞いた言葉だけを呟く様にフェイは繰り返す。
「ええ、貴方と言う異物の存在に気付いた意識は、それだけで目覚めへと向かいます」
「自分が眠ったままである事に自覚がないようならはっきりと知って貰えばいい」
「その場合は、目覚めへと向かうこの子の意識へと流される形で貴方も戻ってこられると思うので帰りの心配はいりません」
合わせる双眸に、ここからが話の確信なのだとフェイは気を引き絞める。
「現状が、彼女自身の意思だった場合はどうなりますか」
問われたカイヤはその場合もちゃんと想定していたのだろう。
フェイが質問をした瞬間に僅かに伏せられた双眸と、寄せられる眉根の動きからフェイはその事を確認していた。
閉じられた双眸と薄く開かれた唇。深く眠っているかの様に、その身体は微動だにする事なく、けれど、よくよく見ていれば僅かにその胸が浅く緩やかに上下している様子を見て取る事が出来る。
この眠り続けている状態が、フェイやカイヤにも気付けていないアスの心身の不調から来ているものでも、他の外的な何等かの要因による不可抗力等でもなく、そもそもがアス自身の意思に、よるものであった場合。
カイヤの告げた手段はあくまでも、この眠りがアスすらも予期せぬ事態であった場合の対処方法でしかない事をフェイもまた察しているのだった。
どうしたものかと馳せる思考にフェイは目を細め、何処でもない場所を眺め見る眼差しへとただ考える。
そんなフェイの視界の端で、不意にカイヤが自らの口もとへと笑みを佩いた。
一体何なのかと分からない笑みの理由からフェイは怪訝そうにも、不可解そうにカイヤを見返す。
「人柄、と言うか人間性が掴みきれていないだけにどうにも未知数ですが、説得すれば良いのでは?得意でしょう?丸め込むの」
目覚めさせてしまえばどうとでもなるだろうと、カイヤがその発言からしてはどうかと思う朗らかな笑顔で綺麗に微笑んでいた。
「・・・・・・」
「何ですか、その沈黙は」
傾げる首と怪訝そうなカイヤの様子。
カイヤの予想とフェイの反応が一致しなかったが為だろうとフェイには分かったが、それでもフェイは、今回ばかりは、カイヤが想像しているであろう反応を返す事が出来なかった。
「想定外しかありませんからね、今回は特に。私にも、不安に思う、そんな時があるんです」
深く息を吸い、時間をかけて緩やかに吐き出す。
溜め息と深呼吸を合わせた様なフェイの呼吸。
そんなフェイを見るカイヤが目を瞬かせていて、何処かきょとんとしたその表情は、少しばかりカイヤと言う存在を幼く見せていた。
「・・・そこまで、いえ、そうなのですね」
カイヤが考えて、物思いに耽る様に顎へと添える左手の人差し指の背中側。
そうして、考えるままに続けて口を開いていった。
「二層の防衛層にいるのは、この方の防衛本能が具現化したもの、遭遇したら、時間をかける事なく無力化して下さい」
「防衛、本能」
「ええ、それと、無力化と言いはしましたが、絶対に怪我をさせず、貴方も怪我をする事がないように気を付けて下さい」
「難しいどころではないですね」
こちらを排除しようと言う意思そのものである存在に対して、攻撃と言う手段が取れないのに無力化しなければいけないとはどう言う事だとフェイは目を見張っていた。
「それでも二層を越える必要があるのなら、避けて通る事の出来ないものでしょう」
「防衛本能もまたこの方自身ですか、受けたダメージはこの子自身に反る。だから攻撃してはいけないと分かりますが、私が受けるのも駄目なのは?」
もとからそんな気はなかったが、いざとなれば身を呈してと言うのも駄目らしい。
「行くのはこの子の内、貴方が受けたダメージは、この子にも少なからず反ります。そして、防衛本能としての攻撃は素手で相手を殴るのも同じ事」
「ああ、相手が誰であれ殴った方も痛いと」
防衛本能と直結はしないだろうが、フェイはアスの見た目だけなら荒事とは無縁そうな、細くしなやかな指を持つ手を思い出していた。
確かに、あの手で誰かを殴ったとしたら、殴った手の方が怪我をするだろうと。
「そして、第三層についてです」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。


【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる