月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

4 外野のやり取り

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「長であるその人が言っていましたよね?眠っているだけで、いつ目を覚ましてもおかしくはないと」
「つまり、怪我や病気で目覚めない訳ではないから、治療のしようがない?」
「理解していただけてなにより、そう言うことになります」

 外傷により損なわれた肉体を癒したり、病のもととなっているものを弱めたり消し去ったり、そう言った本来身体そのものに備わっている力の手助けをする。それが治療と言う行為。
 今のアスの状態が眠っているだけ、つまりは疲労等があったとしても健康ではあると言うなら、治癒なんてものは必要がなく、だからこそ、現状のアスには何かをする事も出来ずに手をこまねいている。
 
「・・・意外と落ち着いていますね?」
「いえ、先ほどのフェイさんの言葉から、手段はあるのだと、そう期待しているだけです」
「そうですか」

 安心は出来ない。けれど、手詰まりでないのならまだ、すべき事が、出来る事がある筈だとルキフェルは言う。

「魔術であろうと魔法であろうと、それは禁忌です」

 口を開くカイヤはフェイのしようとしている事に予想がついているのか、柔らかい口調にも関わらず歴然とした声音でそう告げて来た。

「今代の勇者に討伐を命じるぐらいですからね」
「やはり、会っているのですね」
「会えませんでしたよ」

 確認と言うよりも確信を告げるカイヤに、フェイはあっさりとそれを否定した。
 話しについてこれていないルキフェルは、けれど口を挟む事はせず、ただ二人の会話を聞いている。

「私は間に合いませんでした」

 重ねて告げるフェイへと向けられるのは問う眼差しと言うよりも、懐疑に近いものだろうか。

「村だった場所で繰り返していた日常・・・あの村は魔女であったあの子とともにあることを選んだようです」
「愚かなことです」
「え・・・」

 愚かだとあまりに容易く断じるカイヤへと、思わずと言った様に発してしまう声にルキフェルは目を見張る。
 けれど、そんなルキフェルの反応に、フェイが同意を見せる事はなかった。

「あの子は離れるべきでした。あの地が大切だったのなら尚更に」

 寧ろカイヤの愚かだと言う言葉にフェイは同意している様だった。
 
「巻き込んで、失って、そうして溢れ出し、制御をなくした“夢”が、ただあの子の望む在りし日々を繰り返していましたよ」
「囚われて取り返しがつかなくなった者が二十を超えた辺りで、教会へと要請が入り、勇者の派遣が決まったようですね」
「私が辿り着いた時のは、今代の勇者が“夢”の核へと刃を突き立てた後のこと」

 切れ長の双眸を更に細める様子は、その時の事を思い出しているのか、けれど、思い、その事に何を思っているのかまでは窺わせる事なく、そうして問われる事すらも拒絶しているかの様に見えた。

「継承はどうしたのですか?先程の力はそう言う事なのでしょう?」
「私が触れたのは残骸と化したもの、泡沫うたかたの夢。それを私の使えるものへと落とし込んだ」

 それだけだとフェイは淡く笑う。

「・・・納得し難いものはありますが、それでも嘘ではない。そうなってくると、察し読み取る事の出来ないこちらの力不足ですから追及も難しい」
「嘘のない情報から事実を導けないのは、私の力が足りないからだと、昔、言われたのをちゃんと心に留めていますから」
「教訓にして下さっているようで何よりです」

 そのやり取りから、言った相手と言われた相手。カイヤとフェイの間に何らかの事があったのだと聞いていたルキフェルにも分かるものがあった。

「長である貴方に手を貸せとは言いませんよ」
カエルレウスここを使われるだけで同じです」

 溜め息を吐くカイヤと笑むだけのフェイ。趨勢は決したと言う感じだろうか。

「姪の成長を喜ぶべきか、厄介な成長を遂げたと嘆くべきか」
「素直に喜んでは?」
「姪・・・?」

 カイヤが更なる溜め息を重ねる様子にルキフェルの呟きが重なり、そして緑翠と紺碧二組の視線がルキフェルを見た。

「ああ、そう言えばその話しをしていた時にはいませんでしたね」

 思い至った様にそう告げたのはカイヤだった。
 確かに、フェイとカイヤの関係性がアスへと告げられた時にルキフェルはまだいなかったのだから。
 けれど、フェイは深める笑みに、意味深にルキフェルを見て、そして口を開いた。

だと思っていましたか?」

 尋ねられ、見張る目にルキフェルは視線をさ迷わせる。
 浮かべられる曖昧な微笑みに、明らかに挙動不審と言った様子だった。
 そして、そんなルキフェルの様子からカイヤも気付く。

「どちら、ああ、成る程、勇者ミハエルは貴方を“彼”だと言っていましたしね」
「きれいな方だとは思っていました、すみませんっ!」

 性別の判断には触れず、それでも告げている謝罪に、お察しではないだろうか。

「まあ良いでしょう、どちらと言う訳でもありませんし」
「え?」

 意味深だと感じさせる笑みはそのまま、呟く様なフェイの声がはっきりとは聞き取れず、聞き返したルキフェルへと、けれど、フェイは眠るアスへと落とす視線にそれ以上を教えてくれる様子はなかった。

「少し、深く探ります・・・行けそうなら潜ってみます」

 そう、告げるフェイには既に先程までの会話の余韻はなく、凪いだ瞳でアスを見詰める様子は完全に意識の切り替えが済んでいる様だった。

「正気ですか?」

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