月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
146 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

4 外野のやり取り

しおりを挟む

「長であるその人が言っていましたよね?眠っているだけで、いつ目を覚ましてもおかしくはないと」
「つまり、怪我や病気で目覚めない訳ではないから、治療のしようがない?」
「理解していただけてなにより、そう言うことになります」

 外傷により損なわれた肉体を癒したり、病のもととなっているものを弱めたり消し去ったり、そう言った本来身体そのものに備わっている力の手助けをする。それが治療と言う行為。
 今のアスの状態が眠っているだけ、つまりは疲労等があったとしても健康ではあると言うなら、治癒なんてものは必要がなく、だからこそ、現状のアスには何かをする事も出来ずに手をこまねいている。
 
「・・・意外と落ち着いていますね?」
「いえ、先ほどのフェイさんの言葉から、手段はあるのだと、そう期待しているだけです」
「そうですか」

 安心は出来ない。けれど、手詰まりでないのならまだ、すべき事が、出来る事がある筈だとルキフェルは言う。

「魔術であろうと魔法であろうと、それは禁忌です」

 口を開くカイヤはフェイのしようとしている事に予想がついているのか、柔らかい口調にも関わらず歴然とした声音でそう告げて来た。

「今代の勇者に討伐を命じるぐらいですからね」
「やはり、会っているのですね」
「会えませんでしたよ」

 確認と言うよりも確信を告げるカイヤに、フェイはあっさりとそれを否定した。
 話しについてこれていないルキフェルは、けれど口を挟む事はせず、ただ二人の会話を聞いている。

「私は間に合いませんでした」

 重ねて告げるフェイへと向けられるのは問う眼差しと言うよりも、懐疑に近いものだろうか。

「村だった場所で繰り返していた日常・・・あの村は魔女であったあの子とともにあることを選んだようです」
「愚かなことです」
「え・・・」

 愚かだとあまりに容易く断じるカイヤへと、思わずと言った様に発してしまう声にルキフェルは目を見張る。
 けれど、そんなルキフェルの反応に、フェイが同意を見せる事はなかった。

「あの子は離れるべきでした。あの地が大切だったのなら尚更に」

 寧ろカイヤの愚かだと言う言葉にフェイは同意している様だった。
 
「巻き込んで、失って、そうして溢れ出し、制御をなくした“夢”が、ただあの子の望む在りし日々を繰り返していましたよ」
「囚われて取り返しがつかなくなった者が二十を超えた辺りで、教会へと要請が入り、勇者の派遣が決まったようですね」
「私が辿り着いた時のは、今代の勇者が“夢”の核へと刃を突き立てた後のこと」

 切れ長の双眸を更に細める様子は、その時の事を思い出しているのか、けれど、思い、その事に何を思っているのかまでは窺わせる事なく、そうして問われる事すらも拒絶しているかの様に見えた。

「継承はどうしたのですか?先程の力はそう言う事なのでしょう?」
「私が触れたのは残骸と化したもの、泡沫うたかたの夢。それを私の使えるものへと落とし込んだ」

 それだけだとフェイは淡く笑う。

「・・・納得し難いものはありますが、それでも嘘ではない。そうなってくると、察し読み取る事の出来ないこちらの力不足ですから追及も難しい」
「嘘のない情報から事実を導けないのは、私の力が足りないからだと、昔、言われたのをちゃんと心に留めていますから」
「教訓にして下さっているようで何よりです」

 そのやり取りから、言った相手と言われた相手。カイヤとフェイの間に何らかの事があったのだと聞いていたルキフェルにも分かるものがあった。

「長である貴方に手を貸せとは言いませんよ」
カエルレウスここを使われるだけで同じです」

 溜め息を吐くカイヤと笑むだけのフェイ。趨勢は決したと言う感じだろうか。

「姪の成長を喜ぶべきか、厄介な成長を遂げたと嘆くべきか」
「素直に喜んでは?」
「姪・・・?」

 カイヤが更なる溜め息を重ねる様子にルキフェルの呟きが重なり、そして緑翠と紺碧二組の視線がルキフェルを見た。

「ああ、そう言えばその話しをしていた時にはいませんでしたね」

 思い至った様にそう告げたのはカイヤだった。
 確かに、フェイとカイヤの関係性がアスへと告げられた時にルキフェルはまだいなかったのだから。
 けれど、フェイは深める笑みに、意味深にルキフェルを見て、そして口を開いた。

だと思っていましたか?」

 尋ねられ、見張る目にルキフェルは視線をさ迷わせる。
 浮かべられる曖昧な微笑みに、明らかに挙動不審と言った様子だった。
 そして、そんなルキフェルの様子からカイヤも気付く。

「どちら、ああ、成る程、勇者ミハエルは貴方を“彼”だと言っていましたしね」
「きれいな方だとは思っていました、すみませんっ!」

 性別の判断には触れず、それでも告げている謝罪に、お察しではないだろうか。

「まあ良いでしょう、どちらと言う訳でもありませんし」
「え?」

 意味深だと感じさせる笑みはそのまま、呟く様なフェイの声がはっきりとは聞き取れず、聞き返したルキフェルへと、けれど、フェイは眠るアスへと落とす視線にそれ以上を教えてくれる様子はなかった。

「少し、深く探ります・・・行けそうなら潜ってみます」

 そう、告げるフェイには既に先程までの会話の余韻はなく、凪いだ瞳でアスを見詰める様子は完全に意識の切り替えが済んでいる様だった。

「正気ですか?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...