月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

14 力のなさを知る

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「何もできない」

 目覚めの第一声としてフェイが聞いたのは、そんな苦悶の果てに吐露されたとおぼしき想いの丈だった。

 悔しくて、力なくて、悲しくて、哀しい。痛みを伴う程にかつえていて、同時に、憎む怒りの向け場は自分自身でしかなくて、だからこそ、この身が呪わしくも厭わしい。
 そんな想いは他でもないフェイ自身が一番良く知っていた。
 だから、今頃そんな想いを理解して、無意味に嘆いているのはフェイではなかった。

「探して、追いかけて、ようやく見付けた。ここにいる、でもこれは違う」

 嘆こうが、縋る先等なかった。

「助けて、ねぇっ」

 喚こうが、聞く者等いなかったのだから。
 だからフェイが呟く言葉は一言だけになる。

「煩い」

 そのたったの一言だけ。それだけがフェイの心内を如実に語るのだった。

 ゆっくりと起こす身体に、視界へと入ったフェイ自身の左手へとそのまま視線を落とす。
 その手には何もない。何も握ってはおらず、触れたかったものへと触れたかもしれない、そんな温もりの記憶すらもある訳ではなかった。

「でも、掴んだ」

 自分だけが聞く声音で確信しているかの様に呟いて、フェイは見詰めていた手をただ握る。そしてそれだけでは足りずに上から右手をも重ねて握り込む。
 ある筈と信じた残滓だけでも留め置きたいとそう願うままに。

「こら、勝手に浸ってるんじゃない」

 チョップの形で叩かれる頭へと上げる顔に、フェイはそこにいた人物を意識する。

「いくら、ネフリーへと向けた言葉ではないにしても、あの子に聞こえる範囲でそんな荒れた言葉を使うんじゃない」

 闊達とした喋り方に一瞬だけフェイの脳裏へとアキと呼んだ獣の姿が過り、けれど、勝ち気なエメラルドグリーンの眼差しと視線を重ねる頃にはフェイもまた色々と認識していた。

「エメル・・・?」
「そうだぞ、ようやくか、この寝坊助非行娘が!」

 エメルと呼ばれ、背中側へと払う仕種に深緑色の跳ねた癖毛を広げた女性は、半眼で見遣る眼差しに糾弾する様にフェイへとびしりと伸ばした人差し指を突き付け言い放つ。

「非行ですか」
「言い訳無用!私達に無断で集落を飛び出した挙げ句、帰らないどころか数年もの間、全くの音沙汰成し!非行に非行を重ねる完全なる不良娘以外の何者でもないではないか!」

 怒らせた肩に、鮮やかな緑柱石色の瞳が怜悧で剣呑な光を閃かせている。
 だが、自分へと向けられる怒りに対しても、今のフェイは酷く淡白だった。
 寧ろ無頓着になる程に、気にする余地が今のフェイにはなかった。

「・・・・・・」
「ふむ、我が姪は悪いことをした自覚もなければ、度重ねた放蕩の間に謝る礼儀もどこかへと置いて来たらしいな」
「悪いことをした自覚がないのなら、そもそも謝る必要性を感じていないと言うことですよ姉上、礼儀以前の問題ですね」

 冷静に指摘したのはカイヤであり、カイヤはそのままフェイがエメルと呼んだ女性の横へと並ぶとフェイのいるベッドの傍らの椅子へと腰を下ろした。

「礼儀・・・そう、お礼を、助けて貰って」

 見てはいないが映している目。同じ様に聞いてはいないが、耳は音を拾っている。そんな状態のフェイは、断片的に思考が捉えるものを並べて言葉にして行く。

「フェイ?」
「だから、そう、有り難うございまし・・・っ?」

 言葉にして行動を添わせる。
 エメルが言っていた謝罪ではなくフェイが告げるのはお礼の言葉。
 途中に挟まれたカイヤの怪訝そうな声は聞こえていたのかどうか、フェイはそのまま頭を下げるべく、上掛けの上へと着いた手に、けれど、その腕は上手く自身の重心を支える事が出来ず、フェイの上体が呆気なく崩れ折れた。

「・・・?」

 何が起きたのか、フェイ自身こそが分かっていないかの様にフェイはベッドのウエディングケーキ突っ伏したまま目を瞬かせ、再度身体を起こそうと着く両手に、けれど、その動きを妨げる手があった。

「何をしている、自分の状態が分かっていないのか?我が弟の能力で、半ば無理矢理精神を身体に戻したんだ、今下手に動けば定着しなくなるぞ」

 エメルは呆れた様に告げているが、その双方には確かにフェイを気遣う感情が見て取る事が出来ていた。

「禁忌とされる魔法を使用したんだ、その反動がその程度で済んでいることに、大いに感謝するがいい」

 何処か偉そうに告げている言葉とは対称的に、エメルは慎重な手付きと丁寧な動きで支えるフェイの身体を再び横へと寝かせ直す。

「一応は戻しましたが、身体と心核の定着がまだ完全ではありません。思う通りに身体が動かないどころか、焦ればまた定着しきっていない心核に傷が付く可能性もあります。十分に注意をして下さい」

 聞かされるカイヤの忠告がフェイの耳朶を震わせる。フェイはその言葉を聞いている筈なのに意味への理解が意識を素通りして行く。

「フェイさん」

 何日ぶりになるのかも分からなかったが、そこには、フェイが依頼と言う建て前で旅立たせ、先程の目覚めの第一声として聞いた声の主でもある、元勇者ルキフェルが佇んでいた。



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