159 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
14 力のなさを知る
しおりを挟む「何もできない」
目覚めの第一声としてフェイが聞いたのは、そんな苦悶の果てに吐露されたとおぼしき想いの丈だった。
悔しくて、力なくて、悲しくて、哀しい。痛みを伴う程に餓えていて、同時に、憎む怒りの向け場は自分自身でしかなくて、だからこそ、この身が呪わしくも厭わしい。
そんな想いは他でもないフェイ自身が一番良く知っていた。
だから、今頃そんな想いを理解して、無意味に嘆いているのはフェイではなかった。
「探して、追いかけて、ようやく見付けた。ここにいる、でもこれは違う」
嘆こうが、縋る先等なかった。
「助けて、ねぇっ」
喚こうが、聞く者等いなかったのだから。
だからフェイが呟く言葉は一言だけになる。
「煩い」
そのたったの一言だけ。それだけがフェイの心内を如実に語るのだった。
ゆっくりと起こす身体に、視界へと入ったフェイ自身の左手へとそのまま視線を落とす。
その手には何もない。何も握ってはおらず、触れたかったものへと触れたかもしれない、そんな温もりの記憶すらもある訳ではなかった。
「でも、掴んだ」
自分だけが聞く声音で確信しているかの様に呟いて、フェイは見詰めていた手をただ握る。そしてそれだけでは足りずに上から右手をも重ねて握り込む。
ある筈と信じた残滓だけでも留め置きたいとそう願うままに。
「こら、勝手に浸ってるんじゃない」
チョップの形で叩かれる頭へと上げる顔に、フェイはそこにいた人物を意識する。
「いくら、ネフリーへと向けた言葉ではないにしても、あの子に聞こえる範囲でそんな荒れた言葉を使うんじゃない」
闊達とした喋り方に一瞬だけフェイの脳裏へとアキと呼んだ獣の姿が過り、けれど、勝ち気なエメラルドグリーンの眼差しと視線を重ねる頃にはフェイもまた色々と認識していた。
「エメル・・・?」
「そうだぞ、ようやくか、この寝坊助非行娘が!」
エメルと呼ばれ、背中側へと払う仕種に深緑色の跳ねた癖毛を広げた女性は、半眼で見遣る眼差しに糾弾する様にフェイへとびしりと伸ばした人差し指を突き付け言い放つ。
「非行ですか」
「言い訳無用!私達に無断で集落を飛び出した挙げ句、帰らないどころか数年もの間、全くの音沙汰成し!非行に非行を重ねる完全なる不良娘以外の何者でもないではないか!」
怒らせた肩に、鮮やかな緑柱石色の瞳が怜悧で剣呑な光を閃かせている。
だが、自分へと向けられる怒りに対しても、今のフェイは酷く淡白だった。
寧ろ無頓着になる程に、気にする余地が今のフェイにはなかった。
「・・・・・・」
「ふむ、我が姪は悪いことをした自覚もなければ、度重ねた放蕩の間に謝る礼儀もどこかへと置いて来たらしいな」
「悪いことをした自覚がないのなら、そもそも謝る必要性を感じていないと言うことですよ姉上、礼儀以前の問題ですね」
冷静に指摘したのはカイヤであり、カイヤはそのままフェイがエメルと呼んだ女性の横へと並ぶとフェイのいるベッドの傍らの椅子へと腰を下ろした。
「礼儀・・・そう、お礼を、助けて貰って」
見てはいないが映している目。同じ様に聞いてはいないが、耳は音を拾っている。そんな状態のフェイは、断片的に思考が捉えるものを並べて言葉にして行く。
「フェイ?」
「だから、そう、有り難うございまし・・・っ?」
言葉にして行動を添わせる。
エメルが言っていた謝罪ではなくフェイが告げるのはお礼の言葉。
途中に挟まれたカイヤの怪訝そうな声は聞こえていたのかどうか、フェイはそのまま頭を下げるべく、上掛けの上へと着いた手に、けれど、その腕は上手く自身の重心を支える事が出来ず、フェイの上体が呆気なく崩れ折れた。
「・・・?」
何が起きたのか、フェイ自身こそが分かっていないかの様にフェイはベッドのウエディングケーキ突っ伏したまま目を瞬かせ、再度身体を起こそうと着く両手に、けれど、その動きを妨げる手があった。
「何をしている、自分の状態が分かっていないのか?我が弟の能力で、半ば無理矢理精神を身体に戻したんだ、今下手に動けば定着しなくなるぞ」
エメルは呆れた様に告げているが、その双方には確かにフェイを気遣う感情が見て取る事が出来ていた。
「禁忌とされる魔法を使用したんだ、その反動がその程度で済んでいることに、大いに感謝するがいい」
何処か偉そうに告げている言葉とは対称的に、エメルは慎重な手付きと丁寧な動きで支えるフェイの身体を再び横へと寝かせ直す。
「一応は戻しましたが、身体と心核の定着がまだ完全ではありません。思う通りに身体が動かないどころか、焦ればまた定着しきっていない心核に傷が付く可能性もあります。十分に注意をして下さい」
聞かされるカイヤの忠告がフェイの耳朶を震わせる。フェイはその言葉を聞いている筈なのに意味への理解が意識を素通りして行く。
「フェイさん」
何日ぶりになるのかも分からなかったが、そこには、フェイが依頼と言う建て前で旅立たせ、先程の目覚めの第一声として聞いた声の主でもある、元勇者ルキフェルが佇んでいた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。


あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる