月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

3 現状への思い

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「夢を渡る・・・?」

 口を開いたフェイは、それでもまだ何処か茫洋とした口調でそう呟いた。

 座る椅子に、僅かに俯けたままの顔は、倒れかけた事で乱れた長い緑翠色の髪を背中側へと流す仕種とともに上げられ、そうしてやはりはっきりとしない眼差しが焦点を結ぶ先にも、瞬きを数回繰り返す。

「大丈夫ですか?」

 思わず聞いてしまうルキフェルの方を見る事のないまま、僅かに動くフェイの唇は、答えるべき言葉を探して戸惑っているかの様にも見えた。

「ん、・・・あ、はい。大丈夫・・・大丈夫です」

 そうしてようやく発せられた、意味は通じるが、その鈍い反応と曖昧な口調から、それこそ寝起きのはっきりとしない意識による反応そのものと言った感じの言葉が紡がれ行く。
 何処を見るでもないまま、緩慢にも忙なく徐々にもどかしげと言った様子に動く目蓋が、そうして二度目の大丈夫と告げる言葉とともに今度こそはっきりと開かれ固定された。

「それで?」

 観察するフェイの様子から、大丈夫だと言う言葉を信じたカイヤの発する、短く簡潔な問い掛けだった。

「当然接触はしていませんし、本当に一瞬遠目でも見えないかと試みたのですが、思った以上にやばいですね」
「やばい・・・」

 フェイに似つかわしくないと思ってしまうその一言を、ルキフェルは何とも言い難いと言った表情で呟いていた。
 その傍らで、カイヤの眉根を寄せて顔を顰める様子に、カイヤはルキフェルとは違いその点では気にならなかったらしい様子で苦言を呈する為にか口を開く。

「当たり前です。人の精神に関わる魔法を専門にする“青”の者でも、への介入は躊躇います。貴方がその力をいつどのようにして手にしたのか知りませんが、安易に使って良い筈がないでしょう!」

 静かな声音で淡々とした口調だったが、普段よりも少しだけ早口に喋るその様子だけで、カイヤが怒っているのだとフェイには分かったし、何ならそばにいるルキフェルにもその緊張感は伝わって来ていた。

「精神感応系の術はかなり使用の制限が厳しいと聞きました。術者本人の負担も相当ですが、魔導協会としての規制、禁忌とされている御技の数々、術者は登録が必須で、協会か国か、どちらにしても完全な管理下におかれていると」
「ご心配なく、触り程度でしかありませんし、そもそも“魔術”ではなく“魔法”の領域からのアプローチですから」
「魔法、それも魔女の魔法ですか。確かに協会からすれば埒外でしょうが、教会に目をつけられても知りませんよ?」

 協会と教会。耳で聞いただけでは同じ音の、けれど異なる組織。
 フェイとルキフェルの二人は、カイヤの告げるものから正確にその違いを認識していた。

 魔術を扱う者達の互助組織、それが魔導協会であって、創造神セイファートの教えを掲げ、魔女と言う存在や魔法と言う力を嫌厭するのが聖女を有し勇者を共する教会と言う組織。全てがそうではないが、大きな特色として世界へと認知されているその考え方。それをカイヤは持ち出し警告しているのだった。

「確かに頑張らなくて良いとは言いました」
「言っていましたね、そんなことを」

 カイヤの警告を、警告として聞きはしても、それだけでフェイは会話を進めて行く。
 カイヤもまた一応言っておいただけと言うスタンスで行くのか、それ以上は触れる事なくその会話に乗る。
 そこは優先順位を定めてしまっているルキフェルにも言う事はないらしく、その話はここまでとなった。

 フェイの呟き、それはあの戦いの最後にフェイが意識を手放そうとするアスへと向けて告げたものだった。
 ルキフェルもまた気絶真っ只中の時の事で、けれどその場にいたカイヤは確かにその言葉を聞いていたのだ。
 

「ええ、ですが、何なんでしょうね?これは」
「これと言うのは?」
「休む時間を取って上げますとも言いました、ええ確かに、ですが、いい加減に休み過ぎだと思うんですよ、私としては」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 何時にも増して感情の籠った言葉がフェイの口から吐き出されるのを、ルキフェルとカイヤは沈黙を以て見守る。
 この状態のフェイに何かを言えば、その後の反応が厄介だと知っているカイヤと、知らなくても本能的に不味いものを感じているルキフェルの反応。
 二人を置き去りに、静かに荒ぶると言う表現が当て嵌まるフェイの独白はなおも続いて行く。

「言いたくない、そう告げられたので、敢えてこちらから仄めかして黙っていることの意味のなさを伝えたつもりです。気付いてましたよね?貴方」

 切れ長の翠緑色の双眸が、硬質的な光を湛えて眠るアスを見詰めていた。

「現状が貴方にとっての不可抗力なのか、便乗しているだけなのか知りませんが、誤魔化されて等あげませんよ?そうですね、心を決める為の時間稼ぎだったとしても、もう十分でしょう?」

 見詰めると言うよりも見据えると言う眼差しの鋭さ。フェイは眠っているアスへと、ただひたすらに話しかけ続けていた。

「このまま引きこもりを決め込むつもりなら、それこそ、貴方が知られたくないと思っているものを見られる覚悟を決めて下さい・・・因みに、沈黙は肯定とみなしますので悪しからず」
「悪しからずと言葉にしていますが、悪いと思っていないですね絶対に」
「寝ている人に沈黙は肯定って、ええ?」

 フェイが言いきった様に息を吐いた事で、すかさずカイヤの突っ込みが入り、ルキフェルはフェイの言い分への混乱を露にしていた。

「それと、貴方」
「俺?」
「今のアスに、治癒の類いは意味がありません」
「?」
「この方の今の様子からは分かり難いと思いますが、全く楽観出来る状態でないと言うことです」
「・・・・・・」

  フェイがルキフェルを捉えた眼差しに告げる。その意味をルキフェルは捉え損ね、けれど、直ぐ様カイヤによる捕捉が入れられた事で、理解させられる。
 そうして、ルキフェルはアスの顔へと戻す視線に表情なく黙り込む事になるのだった。


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