月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

間奏 緋の鷹と翡の鵲

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「ん、ん~?今回は喚ばれずに済んだっぽいか?」
「そうだねぇ、うまくやったとは言い難いみたいだけど、ひとまず終わった感じだねぇ」

 赤い猫科の獣と、緑色の鷺に似た鳥がそんな会話をしていた。

 見渡す限りの荒涼とした白い砂礫の大地。そこに一つだけ、やはり白色の平たい巨石が置かれており、その巨石の上にその大型の猫科の生き物はいる。
 
 猫と言ってもその体躯は一般的な乳牛程もあり、頭頂からしなやかな尾へと向け、背骨に沿って紅蓮の鬣が走っていた。
 そしてその頭部や頸部、腹部には深紅の斑点が入っていて、背面や体側面にも花のように並んだ斑紋は咲き乱れる花の用にあでやかであり、その模様から言うなれば、猫科のこの獣は鬣を持つ豹と言った感じだった。

 豹に似た獣の吹き荒ぶ、乾いた風にそよぐ、全身を密に覆う柔らかそうな緋色の体毛。
 その鬣近くの背面の毛衣は淡褐色だが、毛先に向かうにつれて、淡く黄色がかって、鬣の有り様も合わせてまるで白い荒野に揺らめく炎の様に見える。

「上手くか?あれにお前レベルの器用さか、アタシ仕様の割きりの良さがあったら、そもそもこうはなってないだろう」

 呆れた様に細められる双眸は、爛々と輝く極上の紅玉の色合いに、裂けた瞳孔として煉紅の閃光が鋭く走っていて、息を呑む程に美しかった。

「割きり?全てを捩じ伏せる力ずく感が、誰のコトも考慮しないって、割きりとも言えなくはないのかもねぇ」

 その嘴でどの様に声を出しているのか、緑色の鷺が愉しげにクツクツと笑い、後頭部をそこだけ鮮やかに彩る紫色の花と、その花の下から生える二本の飾り羽を揺らしている。
 鷺の緑色の羽に対して、何処か異質な紫色の花。繊細な花弁に反して、そのがく部分には棘があり、その花はアーティチョークと呼ばれる花だった。

「それが許されるのが“力”の価値だな。叫ぶコトにも嘆くコトにも力はいるし、堪える力がなければ、そもそも魔女になんかならない」

 見馴れない筈の花の存在に触れ事なく赤い豹が告げる様子はそもそも気付いていないのかもしれなかった。

「最初の一言だけだと紛れもない力にものを言わせる系の悪役の言葉だよねぇ?」

 緑色の鷺もまた、自分からその花について触れる事はない。

 同じ体勢でいる事に飽きたのか赤い豹がおもむろに身動ぐ。
 伏せた状態から少しだけ起こされた体勢から露にされ、見る事が出来たのは、腹部の毛衣の一転した白さだった。
 赤い豹のいる寂れた大地のくすんだ白色とは異なり、汚れのない白色の毛並み、未だ陰になっている部分は青みがかってさえ見えていた。
 
 猛獣の雄々しさと、猫科の獣のもつしなやかで優雅な美しさを併せ持ち、惜し気なく晒して、豹は気怠げに前足を組み寝そべり直している。

「ん、んー」

 喉の奥が唸る様な声に震え、けれどそれは不機嫌さの発露とは違っていて、そうして赤い豹は前へと出した足を伸びの姿勢へと持って行く。
 一挙手一投足の仕種は何処までも自由であり無邪気にも見え、晒した肢体に、伸ばした身体をただ寛げているだけでも様になっている。
 たったそれだけの姿ですら、ひたすらに目を惹く、獣が持つ色彩もそうだか、その獣がもとから持っている魅力が為もあるのだろうとそう思わせるものがあった。

「君は相変わらず・・・目が痛いけど?」

 溜めた後の愉しげな響きの声音だが、発言の内容は素っ気ないどころかいっそ迷惑そうに毒を吐いていて、豹の持つ赤い色彩を揶揄している。
 そんな緑色の鷺の様子を赤い豹は声なく笑い飛ばしていた。

 毒を吐きながらも、飄々とした雰囲気は変わる事なく、それを魅力と思わせてしまう段階で、豹とは別種だが、それでも人を惹き付けるものを緑の鷺もまた持っているのだろうとそう思わせるのだった。

「格好良いだろ赤、まぁ森や平原なんかじゃ浮きまくりだがな」
「だよね、物凄く警告色。本当は捕食者に対して、自分の危険性を知らしめる為の色彩のハズなのに、君自身が捕食者、ばりばりの肉食系って何の冗談って思うんだけど?」

 完全なる純色にも近しい赤い色彩を格好良いと告げる赤い豹は、どう見て、どう聞いても自慢気だった。
 浮きまくりと自覚しているらしいデメリットですらも、ものともしていない貫禄すらあり、胸を張る泰然とした姿勢は確かに格好良いと言えるだろう。
 それでもと、緑柱石の眸を細め、開閉させる細い嘴に文句の様なものを述べているが、緑色の鷺の口調はやはり飄々としていて、その感情には捉えがたいものがあった。

「区切りだし会いに来てみたケド、ここは殺風景過ぎる」
「ならとっとと帰れ」
「あは」

 素っ気ない赤い豹を笑い声一つで遇う緑色の鷺は暗褐色の長い足を歩みに動かし、意味があるのかどうか、足と同じ様に長い嘴を数度開閉させる。

 岩の上で寝そべる体勢へと戻った赤い豹と変わらない目線から、体長は一メートルあるかないかと言ったところ、鷺と言う鳥としては大型だが、それでも、目の前にしている赤い豹がその気になれば一口で終る。そんなサイズ差があり、それでも物怖じしない鷺は素直に称賛に値しているのだろう。

「“星”はしるべであり導き。見えていて確かにそこにあるのに届かない、私達はあの光へと祈りただ願いを託す」
「・・・・・・」

 緑色の鷺が何気無い風にも喋り、仰ぐ様に見上げた場所には白い地上とは対照的に黒い空があった。
 澄んだ夜空とは違い、そのくすんだ闇の色合いはどちらかと言えば曇天に近く、不安定に揺蕩い、蠢いているかの様にすら見える。
 日暮れに向けて来そうな、大きな嵐の到来を想起させるそんな空だった。

「ねぇ知ってる?」
「知らん」
「ははは、何のことかぐらい聞いてくれても良くない?」
「お前は言いたい事と、聞かせたい事しか言わないからな、変わらんだろ」
「それってどっとも一緒じゃないの?」

 不機嫌さに寄る眉間の皺。嫌そうにごろごろと鳴る喉。けれど、その赤い双眸にあるのはただの呆れだった。
 そんな反応に緑羽の鷺はやはり可笑しそうに飄々と笑う。

「言いたい事はお前の趣味嗜好寄りで、聞かせたい事は流れを動かす為の布石、典型的な嫌な奴だ」

 面倒臭そうに坦々と告げられ、聞きながら、緑羽の鷺の目は細められ弧を描く。

「嫌な奴は酷いケド、理解してくれてるみたいで楽しいよね、貴女との会話は」
「で?」

 促す赤い豹は、言いたい事を言って、さっさと帰れと、そんな雰囲気を隠していない。
 それを感じながらも笑う緑色の鷺の目が、笑み細めた双眸に浮かべる感情には揶い試す様な感情が乗る。
 そうして、笑み含んだ声音のまま、緑色の鷺はその細い嘴で告げるのだった。

「ああ、星ってさ、空のずっとずっと遠い遥か彼方にあるから、ここにいる私たちが見ているあの光は、星が放ってから物凄く時間が経ってるんだよ?」
「ああ?」   

 意味が分からない。そう言った反応を赤い豹は威嚇する様な眼差しと共に返す。

「長い悠永の時を超えて今ここに届いている光。だからもしこのそらを超えて行く術を身に付けたとして、あの見えている星の光を求めて飛び立ったとしても、何時か辿り着く場所に、望んだ星々を見付ける事が出来るとは限らないんだ」
「・・・・・・」
私達にとっても時間は有限ってコトだね」

 あははははと、緑色の鷺が笑う声だけが乾いた大地の上で響いていた。
 何が可笑しくて、何を言いたかったのか、分かっているのか、そもそも理解する気がないのか、赤い豹は泰然とした雰囲気のまま、けれど、その尾で寝そべる岩を一度叩く。
 それをどう理解したのか、緑色の鷺は笑いを収め、その切れ長の双眸で赤い豹の姿を見詰めた。

「アタシにとって、今の在り方は望みの先だ、時間のあるなしは、結構どうでも良かったりする。だが、お前にとっては現在進行形だな?動く覚悟が必要で、アタシにそのケツをひっぱ叩いて欲しいって言うなら引き受けてやるが?」

  赤い豹がぶんっと不穏な音と共に素振りをして見せる、猫柯の猛獣の太い腕には、見せ付ける様に、太く鋭利な爪が光っていた。
 流石に、その反応は予想外が、見開く双眸に緑色の鷺は固まった。 

「羽混じりの挽き肉・・・」

 赤い豹のを受けた場合の未来を、想像したらしい緑色の鷺は呆然と呟き、さりげなくも的確に赤い豹から距離を取る様に動いていた。
 その動きを赤い豹は目だけで追いかけ、興味ありませんと言った態度だったが、その目は紛れもなく、狩猟態勢に入った猛獣のものだった。

「大丈夫だ、骨も、何なら灰すらも残さん」
「もっとヒドかった!」

 驚愕ですと、緑色の鷺の豊かな表情が語っていた。

「嫌なら、いい加減、引きこもりはやめるんだな」
「不可抗力が九割なんだケド?」

 お伺いを立てるかの様な上目遣いは絶対に遊んでいると、赤い豹は面倒臭そうにも鼻白む。

「一割がお前の意思って事なら行けるだろ」
「・・・少なくとも、私のあの子が、私をのが自分だと思い出さない限りは無理かなぁ」

 そろそろ赤い豹のご機嫌加減の限界を察したのか、うっそりと笑う緑色の鷺はそう告げるだけ告げると、その大きな翼を広げた。

「私はね、何時だってあの子だけを望んでいたんだよねぇ。でも、あの子は私以外のものも見ているから・・・だから、私はその願いを叶えるに過ぎないんだよ」

 広げられた翼の向こう、緑色の鷺はどんな表情をしているのか、飄々とした声音から窺う事は出来ず、そうして、叩く空気の音に、緑色の鷺は一瞬の内に空の彼方へと飛んで行ってしまった。

「・・・あれも、だいぶ拗らせてるのな、まぁアタシも人の事をとやかく言える感じではないが・・・と言うか、何しに来たんだ?結局」

 首を傾げ、どうでも良いかと思い直し、そうして、今日も代わり映えのないこの場所で、赤い豹は唯一の巨石に寝そべり、目を閉じるのだった。
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