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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
81 誰の為にもならない
しおりを挟む「ですからたまには運動をと申し上げておりましたでしょう?」
艶然とした微笑みは、カイヤの顔の直ぐそばにあった。
普段はある身長差に、けれど今は、崩れたバランスから倒れかけるカイヤの背中を左腕一本で支えてシャゲは何の苦もなさ気に佇んでいた。それもその右肩に、ルキフェルの長躯を担いでだ。
カイヤは一応、倒れながらも受け取った意識のないルキフェルを庇うような体勢を取っていた。
なのに気が付けばその腕の中からルキフェルの身体は消えていて、支えられる事でなくなった身長差に、間近でシャゲの微笑みを向けられていると言う現状に陥り、けれど、こうなる事は分かっていたと言う様にシャゲへと何時も通りの笑顔を向けているのだった。
「全く動いていない訳ではないし、シャゲの言う運動は命がけになるから遠慮したいよ・・・でも、そう、もう少し考えるから」
「そうですわね、姪子様より体力も腕力もない等と、冗談でもないようですし、これは一度エメルディア様にも・・・」
「ここの件が片付いたら、北の堀に住み着いたリザードマンの集落と、スカーレットカープの遡上の対応に入ろうと思っていますので」
笑顔は変わらないのに、シャゲの言葉を遮ってまで発せられたカイヤの言葉は心なしか早口に感じるものだった。
「まあまあ長自らのご出陣ですのね?大丈夫です。わたくしがキチンとフォローして差し上げますわ」
「大じょ・・・いえ、頼りにしてますね?」
「ええ、お任下さいませ」
大丈夫だと、言おうとしていたと思われるカイヤの言葉はシャゲの微笑みに圧殺されていた。
何か、カイヤにとって良くない決定が成されたらしく、そんな展開のやり取りに、アスは確かにかつてのパーティメンバーのシャゲの義理母たる“彼”の面影を見ていていた。
「浸っているところ申し訳ありませんが、何故呼んだのですか?」
「ん?」
はぐらかそうとした訳ではなく、その問いがどう言ったものかアスに分からなかったのは本当だった。
けれど、手の甲で拭う口もとにもアスは思っていた。
何を聞かれているにしても、今のフェイを誤魔化す事は出来ないだろうと、問い掛けられたその瞬間にそれだけは諦めさせられているのだと。
「誰の為にもならない、そんな話ってあるよな?」
口内の気持ち悪さと、全身を苛む痛みと倦怠感に寄せる眉根。
軋んでいるのは心臓で、発音こそまともだとは思っているが、喋る言葉の一音一音にすら肺や喉に引き攣る程の痛みが走り、いっそ笑えて来る。
「それはその話を聞いたそれぞれが判断すべきことだと思いますが?」
静かな笑みがあり、幼子を嗜めようとするかの様な、相手を刺激し過ぎる事のない口調がアスを確実に追い込んで来ていた。
そんなフェイの様子を、アスは諦めを感じさせる双方に映しながらも、それでも少しだけ抵抗を試みる。
「聞いてしまえば、知らないふりは出来ても、聞かなかった事には出来ないのにか?」
「つまり、聞かない方が良いと?」
そうだと答えれば、フェイは引き下がってくれるのではないかと、そんな有り得ない道筋をアスは示された気がした。
秘密を秘密としてそこに在る事を許容する。
つまりは、アスがしている隠し事に対して、気付きはしても、見てみぬふりをしても良いと、そんな申し出。
けれど、それを申し出として、気が付いたとアスに知らしめる事は、フェイが既におおよそを察してしまっているが為の言葉だとアスは思った。
知らないままではいられない、だが、知ってもどうにもならない、そんな未来。アスは淡く笑い、一度伏せる目に、そして口を開いた。
「・・・私が、言いたくないんだ」
皆の前で呼んでしまった名前に、対峙した少女の存在。
隠し通す事は難しいと分かっていて、気付かれない等と都合の良い事も思ってはいない。それでもとアスは告げていた。
「そうですか、では、青の聖獣リヴァイアサンが、初代の“水”を戴いた魔女であるアクアーリウスに成り代わられている案件については後程窺うことにします」
「・・・・・・」
鼻白むと言う言葉そのものの表情を自分は今浮かべているのではないかと、アスは正しく自身を省みていた。
別に楽しい気分と言う訳ではなかったが、正しく興醒めであると、そう思った。
「限界は分かっていますから、休む時間ぐらい、ちゃんと取って差し上げます」
だから、その間に覚悟を決めろと、向けられる仕方がないと言った笑みに、アスはそう釘をさされた気がして、淡く声なく笑うと、そして、力を抜いた 。
僅かばかりだが、先送りを許されたのなら全力で乗ってやると、そんな心意気だった。
「もう、頑張らなくて大丈夫ですよ」
そう届いてしまった言葉に、落ちかけていた意識の中で、ひくりと自分の喉が鳴ったのを意識する。
片付いていない事は多々あり、今は一つの戦いにけりがついただけに過ぎない。
だから、その言葉が何に対しての、どう言った意味までもを持たせた言葉だったのだろかと、そう思い、思いながらも確認する事すらも嫌で、アスは痙攣する喉を誤魔化す様に、ククと笑みの響きに置き換えて鳴らすと、全てから逃れる様にして目を閉じるのだった。
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