月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
135 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

77 聞いていて

しおりを挟む

 おそらくは守りたいとのその言葉すらも、アスの中では微妙な変換を遂げているのではないかとフェイは思っていた。

「あの子を守りたいと思うなら、何から守らなければならないのか、そこを間違うようでは話しになりません」
「・・・随分と入れ込んでいるな?」
「言葉遣い」
「ん、随分と入れ込んでますね」

 言葉短くフェイが指摘すれば、眇られる双眸の動きと微かな咳払いとともに言い直しがされる。

「貴方と話していると、どうも昔の影響が出やすくなるんですよ」

 笑みの中でも顔を顰めていると言うのが分かる器用な表情でカイヤが認める通り、カイヤのフェイに対するもともとの口調はそれ程丁寧なものではなかったのだ。

「長になってからでしたか、あの腹に一物抱えていますって笑顔の胡散臭さは」
「胡散臭さとか腹に一物とか酷くないですか?」
「実際は一物どころか真っ黒だからですか?」
「・・・・・・」

 笑顔なのに額へと浮かぶ青筋。
 けれど、ふっと少しだけ吐き出す吐息を長めにする様子に、カイヤは淡くただ笑むまま口を開いた。

「百も生きていないような若輩が長なんてものになればままならないのが当たり前、出来ないことをそれでもやっていく為に必要な処世ですね」
「弱音は同じ立場である姉君にどうぞ」

 話の流れはフェイが取っていた様なものだったが、カイヤの思いの一切を受け取らないとばかりににべもなく、その受け答えは素っ気ないものだった。

「長様は甘えたですから、あまり苛めないであげてくださいませね?」
「シャゲ」

 困ったように引き攣る笑みでカイヤはシャゲを呼ぶが、うふふふと艶然と笑うシャゲは、その笑みのもと、余韻すらもそのままにカイヤが纏めて凍らせた蠢くものを、一息のもとに刈り取り粉砕する。
 魔法でも何でもなく、手にした小刀一つでそれを成してしまうシャゲと言う存在に感嘆と言う思いよりも唖然としてしまうフェイだったが、さすがに戦いが始まってそれなりの時間が経った今ではだいぶ見慣れて来ていた。

「今回のことは、私の方も結構怒っていたりしますので」
「あらあら、それは、仕方がないですわね」

 訴えるフェイと、困った様に笑うシャゲのそんな会話の最中にも、実のところ、誰もが誰の顔を見る事もなく、三人の視線はずっと一点を見続けていた。

 動きなく佇む姿は、見る者に抱かせる忌避感から、本能的に視線を逸らしたくてしょうがないのに、不気味に、不穏に、動きのないままそこに在るその姿からは、目を逸らす事が出来ない。
 胃の腑から凍てつかせる様な根源的な悍ましさから来る恐れは警鐘を鳴らし続けている。けれど、一度目を放せば、気づかぬ内に喰われてしまっているのではないかと言う、絶望的で確定的な未来が逃走と言う選択肢を奪い去って行くのだ。

「何かいるのは分かっていましたが、・・・そもそも何ですか、レヴィアタンの触手?」
「ああ、ちゃんと聞いていたのですね」
「明らかに不穏な響きを感じたので流したのですが、リヴァイアサンではないのですか?」

 カイヤは言ったのだレヴィアタンの触手と、聞きたくはないが、そうも言ってはいられないと、億劫そうにも心を決めた様子のフェイにカイヤは朗らかに笑った。

「災禍として綴られし七十二柱、その一柱の写しレヴィアタン」
「災禍の顕主の写し?魔王と同等と言うことですか?」

 災禍の顕種。一般的に魔王と呼称されるその存在。勇者とその仲間達が“世界”の存亡をかけて挑む

 不穏等では済まない存在の脅威を前提に考えて、聞き返す言葉へとフェイの眉根が寄るが、そんなフェイの反応にカイヤは笑った。

「まさか、聖獣であるリヴァイアサンをも歪めはしましたが、あくまで澱みの侵食に堪えきれなくなったリヴァイアサンそのものがもつ特性から来た投影うつしでしかない。到底本物には及びませんよ」

 可笑しい事等何もないと言うように、それでも笑みを形作り続けるカイヤの表情に、フェイは澱みの龍であるレヴィアタンと言う存在の異常性と本物の災禍、そしてその顕主たる存在とその顕主たる存在とも対峙した者達の事を思った。

 アス達とは違い、フェイは澱みの龍と直接対峙している訳ではなかった。
 けれど、距離さえ置いている今ですらも気を抜けば引き摺られ、呑まれ兼ねない現状を堪えているのだ。
 欠片とも言うべきものと戦い続けてはいて、なのに、決して踏み出す事の出来ないその先への光景がある。
 だがカイヤは、これでも本物とは比べ物にならないと言っているのだ。

カエルレウスの初代長、青き聖石の聖女である彼の方の繋がりチェインが聖獣リヴァイアサン。繋がりの先である彼の方が天寿の全うでお隠れになり、以来この地で眠っていました」

 初代の長が寿命で亡くなった後も、残されたリヴァイアサンはこの地に在り続け、その慰めもカエルレウスの民は担っている。
 そもそもが、残されるリヴァイアサンの為に初代はこのカエルレウスと言う集落を作ったのだとすら言われていた。

「眠りながらも、この地に流れ込む澱みの浄化を成していたのでしょう?」
「間違いではありませんが、半分はと言ったところでしょうか」
「では、そのもう半分のせいで、現状があると言うことですね」

 成り立っていた仕組みが何らかの理由で崩れた。それが現状を引き起こしている。
 断定的に告げ、ようやくの現状の動きをフェイは思った。

「貴方の見ているを教えて下さい」

 消した笑み。身体ごと向き直り、眇め見るカイヤの得体の知れないと表現した微笑みに、フェイはさあ応えろとばかりに視線だけで詰め寄り、射竦める。

「・・・・・・」
「・・・と、言って教えてくれる貴方ではないですからね」

 応えずに笑う。その笑顔に微塵の揺らぎもない。
 溜め息を吐くまではいかないが、フェイの表情に笑みが戻る事はなかった。

 多少翻弄出来たとしても、それ以上を簡単に許してくれる様な相手ではないと、かつての身内であるからこそフェイには分かっていたのだ。

「彼が“勇者”であるのなら、堕ちていようが、“黒”を冠していようが、勇者であると言うその一点が確かなら、或いは・・・」



    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...