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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
77 聞いていて
しおりを挟むおそらくは守りたいとのその言葉すらも、アスの中では微妙な変換を遂げているのではないかとフェイは思っていた。
「あの子を守りたいと思うなら、何から守らなければならないのか、そこを間違うようでは話しになりません」
「・・・随分と入れ込んでいるな?」
「言葉遣い」
「ん、随分と入れ込んでますね」
言葉短くフェイが指摘すれば、眇られる双眸の動きと微かな咳払いとともに言い直しがされる。
「貴方と話していると、どうも昔の影響が出やすくなるんですよ」
笑みの中でも顔を顰めていると言うのが分かる器用な表情でカイヤが認める通り、カイヤのフェイに対するもともとの口調はそれ程丁寧なものではなかったのだ。
「長になってからでしたか、あの腹に一物抱えていますって笑顔の胡散臭さは」
「胡散臭さとか腹に一物とか酷くないですか?」
「実際は一物どころか真っ黒だからですか?」
「・・・・・・」
笑顔なのに額へと浮かぶ青筋。
けれど、ふっと少しだけ吐き出す吐息を長めにする様子に、カイヤは淡くただ笑むまま口を開いた。
「百も生きていないような若輩が長なんてものになればままならないのが当たり前、出来ないことをそれでもやっていく為に必要な処世ですね」
「弱音は同じ立場である姉君にどうぞ」
話の流れはフェイが取っていた様なものだったが、カイヤの思いの一切を受け取らないとばかりににべもなく、その受け答えは素っ気ないものだった。
「長様は甘えたですから、あまり苛めないであげてくださいませね?」
「シャゲ」
困ったように引き攣る笑みでカイヤはシャゲを呼ぶが、うふふふと艶然と笑うシャゲは、その笑みのもと、余韻すらもそのままにカイヤが纏めて凍らせた蠢くものを、一息のもとに刈り取り粉砕する。
魔法でも何でもなく、手にした小刀一つでそれを成してしまうシャゲと言う存在に感嘆と言う思いよりも唖然としてしまうフェイだったが、さすがに戦いが始まってそれなりの時間が経った今ではだいぶ見慣れて来ていた。
「今回のことは、私の方も結構怒っていたりしますので」
「あらあら、それは、仕方がないですわね」
訴えるフェイと、困った様に笑うシャゲのそんな会話の最中にも、実のところ、誰もが誰の顔を見る事もなく、三人の視線はずっと一点を見続けていた。
動きなく佇む姿は、見る者に抱かせる忌避感から、本能的に視線を逸らしたくてしょうがないのに、不気味に、不穏に、動きのないままそこに在るその姿からは、目を逸らす事が出来ない。
胃の腑から凍てつかせる様な根源的な悍ましさから来る恐れは警鐘を鳴らし続けている。けれど、一度目を放せば、気づかぬ内に喰われてしまっているのではないかと言う、絶望的で確定的な未来が逃走と言う選択肢を奪い去って行くのだ。
「何かいるのは分かっていましたが、・・・そもそも何ですか、レヴィアタンの触手?」
「ああ、ちゃんと聞いていたのですね」
「明らかに不穏な響きを感じたので流したのですが、リヴァイアサンではないのですか?」
カイヤは言ったのだレヴィアタンの触手と、聞きたくはないが、そうも言ってはいられないと、億劫そうにも心を決めた様子のフェイにカイヤは朗らかに笑った。
「災禍として綴られし七十二柱、その一柱の写しレヴィアタン」
「災禍の顕主の写し?魔王と同等と言うことですか?」
災禍の顕種。一般的に魔王と呼称されるその存在。勇者とその仲間達が“世界”の存亡をかけて挑む敵。
不穏等では済まない存在の脅威を前提に考えて、聞き返す言葉へとフェイの眉根が寄るが、そんなフェイの反応にカイヤは笑った。
「まさか、聖獣であるリヴァイアサンをも歪めはしましたが、あくまで澱みの侵食に堪えきれなくなったリヴァイアサンそのものがもつ特性から来た投影でしかない。到底本物には及びませんよ」
可笑しい事等何もないと言うように、それでも笑みを形作り続けるカイヤの表情に、フェイは澱みの龍であるレヴィアタンと言う存在の異常性と本物の災禍、そしてその顕主たる存在とその顕主たる存在とも対峙した者達の事を思った。
アス達とは違い、フェイは澱みの龍と直接対峙している訳ではなかった。
けれど、距離さえ置いている今ですらも気を抜けば引き摺られ、呑まれ兼ねない現状を堪えているのだ。
欠片とも言うべきものと戦い続けてはいて、なのに、決して踏み出す事の出来ないその先への光景がある。
だがカイヤは、これでも本物とは比べ物にならないと言っているのだ。
「青の初代長、青き聖石の聖女である彼の方の繋がりが聖獣リヴァイアサン。繋がりの先である彼の方が天寿の全うでお隠れになり、以来この地で眠っていました」
初代の長が寿命で亡くなった後も、残されたリヴァイアサンはこの地に在り続け、その慰めも青の民は担っている。
そもそもが、残されるリヴァイアサンの為に初代はこの青と言う集落を作ったのだとすら言われていた。
「眠りながらも、この地に流れ込む澱みの浄化を成していたのでしょう?」
「間違いではありませんが、半分はと言ったところでしょうか」
「では、そのもう半分のせいで、現状があると言うことですね」
成り立っていた仕組みが何らかの理由で崩れた。それが現状を引き起こしている。
断定的に告げ、ようやくの現状の動きをフェイは思った。
「貴方の見ている落としどころを教えて下さい」
消した笑み。身体ごと向き直り、眇め見るカイヤの得体の知れないと表現した微笑みに、フェイはさあ応えろとばかりに視線だけで詰め寄り、射竦める。
「・・・・・・」
「・・・と、言って教えてくれる貴方ではないですからね」
応えずに笑う。その笑顔に微塵の揺らぎもない。
溜め息を吐くまではいかないが、フェイの表情に笑みが戻る事はなかった。
多少翻弄出来たとしても、それ以上を簡単に許してくれる様な相手ではないと、かつての身内であるからこそフェイには分かっていたのだ。
「彼が“勇者”であるのなら、堕ちていようが、“黒”を冠していようが、勇者であると言うその一点が確かなら、或いは・・・」
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