月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

75 伝わらないもの

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 アスは緩やかな瞬きを繰り返す。

ー・・・もう必要がないからだなー

 脳裏に過るあの日の光景。
 耳の奥に残る、荒涼とした風の音と共に、そう言われた事を思い出していた。

 アスと勇者達との最後の戦いの後、パーティを抜けてくれと、他ならぬルキフェルに直接言われた言葉だった。

ー私に、彼女に関する記憶はありませんー

 再開して、そんな事を言われて、思わずアスは逃げ出していた。
 記憶がないのに、その記憶がない事も含めて無茶苦茶謝られて、そしてそばにいたいのだと望みを告げられた。

ーお前が選ぶその中に、私の存在を入れる事がない様に・・・ー

 それをアスは告げた筈で、それは要約すれば私を選ぶなとそう言ったも同じ事。

「結局、約束はして貰えなくて、フェイに言った先送りの先が今か」

 あの時に想定した“時”と“空”、それから“樹”に“地”に名を連ねる魔女。そしておそらくは聖女であり魔女でもあった“水”のガウリィルの意志。

(何をた?)

 相手がいないのだから、答えの得られる事のない問い掛けをアスは心の中だけで呟く。
 どれだけ予想し、想定を重ねてみても、正解だとの確証が得られる事はなく、それは、可能性のままの姿に縛られると言う事だった。
 考える事に意味はあるのかもしれないが、それは今でなくとも良いと意識を逸らす。
 そうして逸らした端から、他にも過去から今現在へと繋がる幾つもの場面を脳裏へと過らせ、繰り返した瞬きの先にアスは静かに目を開いた。

「アスを選ぶ、だからアスの存在を望みから外すことはできない」

 向けたままの視線に合わせた眼差し、映す瞳へと結ぶ焦点。
 時忘れの教会でのやり取りに、一緒にいる条件としてアスが提示したものへの否を告げながらも、自身の望みを通そうとして来るルキフェルを見る。

「アスのそばにいる。それだけでいいんだ、俺は・・・そう、他には、いらない。何も」

 他は望まないと言うその意思にこそ、アスは一種の執着心とも言うべきものを感じていた。

 勇者でないルキフェルが、ルキフェルとして生きる為に、アスはアスとして、自分自身を生かす事を。
 それが例え、アス自身の望みだとしても、アスがアス一人の意思でその命を懸けようとする事すらも許さない。そんな独占欲にも似たものを感じさせられる。

 けれど、ルキフェルは必死過ぎるが故に気付いていなかった。
 そして、アスは既に言われていた。

ー駄目だって判断したなら、私がアスを止めるー

 と、自分が魔女であると、改めて告げる事になったその時に。

 今ここに、二人の間を取り持つ嘗ての仲間も、客観的な視点から一応の助言を考えてくれるフェイの存在もなかった。
 だから、どうしようもなく伝わっていない事をルキフェルが気付く事はなく、アスがルキフェルの想いとは異なる受け取り方をしている事等知るよしもない。そしてそのまま事態は進んで行ってしまうのだった。

「お前が、それを選ぶのだな」

 凪いだ瞳が、静かな声音で告げる。

「アス?」

「・・・え?」

 淡く笑う、綻ぶ口もとと、突然ルキフェルへと向けられる微笑み。
 優しげな光を湛える静謐の瞳。
 そして与えられた許しの言葉。
 反射的にルキフェルはアスへと笑顔を返していて、笑い合う事に安心してしまう。
 その瞬間を見計らっていたかの様に、するりと、アスは剣持つ左手をルキフェルの腕に囲われたままの拘束から外した。

ーあなたはちゃんと生きてねー
ーもし、僕たちが帰ることがなくても、××××、君が生きて、ちゃんとこの世界にいてくれるのなら、それでもう十分なんだー
ーその為に、私たちは行くのー

 まだ言われている事の殆どが理解できていなくて、けれど、確かにそう聞いている言葉を、分からない、それ以上に、何処か置いていかれている、そんな思いで聞いていた。
 アスはあの人達が向かう場所には連れていって貰えず、そして、あの人達は帰ってはこなかった。

 それが、アスの最初に寄り添う記憶の欠片。

「少なくとも、そばにいるって言って、自分を死なせない様にって脅迫して来るぐらいだからな」

 去来する記憶を細める双眸の彼方に見詰め、それから直ぐそこにある、ルキフェルへと重ねる。
 自然と浮かべる笑みは不敵に、何処か挑発するかの様な色味を乗せて、そうしてアスは、新たな約束を紡ぐ。

「“約束する”んだろう?」
「!」

 ルキフェルはアスのそばにいてくれて、アスがルキフェルへとその事を許容するのなら、ルキフェルは死なない。
 そんな、何の根拠もない、けれど確かに約束として紡がれた言葉。

 アスは持ち上げる左手に、握ったままだった剣の為にその手の甲をルキフェルの方へと向けて手を伸ばす。
 身を屈めて、すり寄る様にしてルキフェルの方からも寄せられる顔に、まるで大型の犬でも相手にしている感じだなと、アスは喉の奥だけで声なく笑った。
 
「アスが望んでくれるなら」

 選択を迫っておきながら、アス自ら選び取れとルキフェルは、擦り寄せた頬に願う眼差しで
アスを見る。

「しょうがないな、私は銀礫ぎんれきの魔女。夜空にある星々が、向けられる数多の願いをただ聞いている様に、私もまた、自身へと向けられた願いを無碍になど出来はしないのだから」

 ルキフェルを構うのとは逆の手の甲で、アスは自分でも口もとを拭った。

 ルキフェルの切実で余裕のない言葉を何処か呆れた様な心持ちで、けれど僅かに燻る自分自身の内にある想いを不快ではないと明確にしないまま受け入れる。

 やり取りの間に、意識を掻き消さんばかりの頭痛も吐き気も少しだけマシになり、視界もはっきりとは言いがたいが、多少ぼやけているぐらいには戻っていた。
 何より、先行きへと“約束”を提示され、自身がそれを受け入れたと言う事で、決まってしまったものに、心が軽くなっていた。
 迷う先を失う事で、逆に見る場所が定まり、決めてしまえば、アスはどうとでも動く事が出来る。

「世界に関わった魔女の監視で良い」
「・・・なに」

 告げる許諾にアスはもうルキフェルの方を見てはいなかった。

「勇者でなくとも、“私”と言う存在を野放しに出来ないと思う程なら、そばにいれば良い」


 
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