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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
68 懐古に重なる
しおりを挟むそう言えば先程も言われていたなとアスは目を瞬かせた。
「アスがいるから」
「私?」
背後でぽつりと呟かれた言葉を拾い上げる。
ルキフェルが自身の告げようとする言葉に何を思うのか、背中にある体温から、どうやってもアスがその表情を窺う事は出来ず、アスは自分の耳に入る口調や声音から、そこにあるとも知れない真意を探すしかなかった。
「一人での自分の為だけの旅は、気儘でいられて、それはそれで楽しかったけど、でも、思ったんだ、アスの見ている世界をすぐそばで一緒に見たいって」
「私の、見ている世界」
そんな特別なものはなかった様にアスは思う。そして、そう思いながらも、かつて、と言っても差し障りのなくなって来たあの頃の光景を思い出していた
それは勇者達と旅に出る前に過ごしていた当たり前の毎日の事。
穏やかで、安定していて、代わり映えのない日々をただそこに在るままに享受する。
思い出そうとすれば思い出せるが、今のアスがその日常に何かを思う事はなく、郷愁も感傷もなく、ただそうであった時間を過ごしていたと言う記憶だけがある。
そんな世界をアスは細めた双眸の、目蓋の裏に思い浮かべていた。
「アスのいる世界だから知りたくて・・・だから、私を選んで」
「・・・・・・」
僕ではなく、俺と言っていた先程。今はまた改めた様にルキフェルは“私”と自身を告げて、その願いをアスへと口にする。
ルキフェルの『選んで』との言葉に何の選択を求められているのかと思っていたが、そうして口にされたその内容を、アスはただ、記憶には色が着くかの如く懐かしいと感じていた。
ー一人でいる事は別に苦ではないよ、興味も向かなかったしな・・・ー
寂しくないのかと尋ねられたからそう答えた。
虚勢でもなく、思ったままのただの素の返しだった。
そして、“彼”が滞在する最中に話してくれる事や、過ごしているうちに見せてくれたものに、アスは惹かれた。
その時をアスは懐かしいと感じている。
覚えてはいるが、ただ流されるままに経て来た時間と、自身の情動の赴きを感じながら過ごす日々の違いなのだろうと、そう知ってはいて、けれど、分かってはいなかったのだと今のアスは思う。
一人でいる事を寂しくないとそう告げた時の“彼”の表情と続いた言葉はどんなものだっただろうか。
アスは思い浮かべかけた光景に、何故かその時の自分の答えが割り込んで来る、記憶のままならなさを思った。
ーだが、お前の見ている世界は面白いのかもしれない・・・、お前のいる世界を識るのも楽しそうだなー
そうして、伝える言葉に、差し出された手をアスは握り返した。
それは、成り行き任せではなく、アス自身が選び取った、その時の話。
それまでのアスが留まっていた場所は、平穏で代わり映えのない時間を過ごせる処だった。
不便はなく、日々自分の為だけに手間をかけ、望むだけ怠惰に過ごす事が出来る。
それが普通で、一人でいる寂しさを聞かれた時に、意味が分からないぐらいで、何処かに行ってみよう等と考えも及ばなかった。
けれど、そんな日々は、今、アスへとへばりついている青年、もとい当時の少年との邂逅で終わりを余儀なくされた。
何時ものように、摘んでいたお茶になる薬草。そこに現れた、満身創痍と言った傷だらけの身体に、装備と言う呈をかろうじて残しているかどうかと言う服装を纏った人族の子供。
おまけに、ちょっと注意して見れば分かったのだが、その子供の身体は、確実に死に至る猛毒に侵されていた。
良く生きているなと、感動を覚えた程だったのだが、更にアスを興味を引き、動かしたのはその後の少年の言動だった。
全身の傷と、受けている猛毒の影響からまともな意識の有無すらも怪しいと思えるのに、少年は出会ったアスの存在に笑うと、まず自分を助けて欲しいと告げた。そしてその次に仲間の治療を懇願して来たのだ。
仲間達よりも自分を優先しようとする少年の考え。間違った望みではないが、その後に聞いた勇者として在る者の言葉としてはどうなのかと言う事だった。
顔に出したつもりはなかったが、苦しい息のもと朗らかに笑った“彼”は事もなさげに、さも当たり前だと言う様に告げる。
ー勇者だと、名乗るから、僕は自分を優先させないといけないー
ー誰よりも?ー
意味が分かるから聞き返していた。
ー仲間は、守らなければいけない相手じゃないんだー
気負う事なく、浮かべたままの笑顔のそこにはただ決然とした意志がある。
優先順位と、自分の為に切り捨てなければならないと知る者の覚悟を思った。
ー勇者に代替は存在しない。勇者は守るべきを守るから、そんな勇者をそう在り続けさせるのが“仲間”かー
ーかわらないんだー
ーうん?ー
ー僕は、自分を優先させるけど、仲間も助ける。だれもだれかをなくしたいなんて、思わない、だから、だから、願う、よ?
・・・ー
たすけて、と。
告げられて、望まれてしまった。
知っているのだ。
そもそもが勇者とは唯一の存在。
要因により混迷深める時代において、未来を切り開く為の希望の担い手。
そう在るべくして“選ばれし者”
勇者は助けを必要としている者等へと、何処までも手を差し伸べる。それが、望まれる在り方だから。
けれど、その仮定で世界から勇者を失う訳にはいかない。
勇者には使命があるのだから。
勇者には勇者にしか成せない事がある。それが選ばれし者が所以なのだ。
手を差し伸べるのは勇者でなくても構わない。意味はあるが、必定ではなく、勇者が動くよりも時間がかかり、より多くの誰かを必要とするかもしれないが、誰かが誰かを助ける事に勇者である必要はないのだ。
勇者ルキフェルと、その仲間である聖女ガウリィルや剣聖のクルスはちゃんと理解していた。
勇者である意味と、勇者と共に在ると言う事を。
もしもがあれば“勇者”を優先する覚悟。
けれど、その覚悟があってなお、ルキフェルと言う勇者は、自分以外をも諦めない意志があり、全てを望む欲があった。
欲して願い、願い求める。
何よりも、満たされる事を求める心を識る。
勇者ルキフェルの願い、願われてしまったのなら、魔女である限り選ばなければならなかった。
アスは、アス自ら見定め、そして彼を選んだのだ。
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