月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

66 はぐれていたのだろうか

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 アスの沈黙に、ルキフェルは何を感じ取るのか、一度目を閉じて、開くと同時にアスの腰へと回していた腕を解くと、その右腕だけはアスの腕へと戻し放さないまま、正面へと回り、膝を着いた。

「・・・ようやく解放する気になったのかと思ったが、違うのか」

 意味の分からない、あからさまな拘束からの解放にほっと一息吐く間もなく、しばらく待ってみても掴まれたまま離される事のない右腕に、アスは苦笑気味に呟いた。

「俺は、あの人みたいな便利な魔法を使うことは出来ない。直ぐに追いかけることが無理なら、この手を握ったまま、放さなければいい」

 まるで、当たり前の事であると言わんばかりに告げ、そして、同意を求める様にルキフェルはアスへと首を傾げて見せて来る。
  気配だけでもそんな仕種はありありとアスの脳裏を過り、その表情をも察せさせる。けれど、アスはルキフェルの顔を見ていなかったし目を向ける事もなかった。

「消えてしまわないように、ひとりにしないように、だから放さない」
「・・・・・・」

 合わせたくないと思ってしまった目に、掴まれたままの手を眺め見たまま、アスはルキフェルの声を聞き思い出していた。
 以前の旅で、深い霧の湿原を抜ける時、はぐれないようにと、今と同じ様に握られた手があったなと、その時の事を。
 視界が利かなくても、はぐれたりしない。大丈夫だからと、当時のアスが何度伝えても聞き入れては貰えず、戦闘の時以外、湿原を抜けるまで、この手はずっと同じようそこにあった。

 一応の蛇足だが、戦闘になり、ルキフェルが前へと出る事はもちろんあって、なのにその時も解放されていた訳ではなかった。
 手を繋がれたまま前衛に立たされていた訳ではないが、その時にはルキフェルから託されたガウリィルが、両手で握る様にしてアスの手をしっかりと捕まえていて、何なのかと思う状態だったのだ。

 当時へと思いを馳せ、そして現状の光景を重ねる。あの時とは違い、おもむろにアスの見上げた場所にはかつての直向きひたむきさの残る少年の面持ちに、精悍さの加わった青年の顔立ちがある。
 眼差しにも穏やかさや実直さだけではない、数多の辛苦を得てきた厳しさや、ただひたすらに思い続ける事を知る真摯さを宿していた。

「アス、こっちを見て」

 見ているではないかと思いながらも、促され、次は何だとその合わせてしまった青い瞳へと焦点を結ばせ、アスはルキフェルの存在へと改めて意識を向ける。

「今度は二月ふたつきかかったけど、追い付いた」
「二月?ああ、私が目を覚ましてまだ二日も経ってないが、それぐらいだとフェイが言っていたか」
「っ、」

 瞠目する表情は、何か痛みを堪えるかの様にルキフェルの顔を歪めていた。

 何故そんな表情をするのだろうか。
 二月だと、それは恐らくルキフェルがフェイと別れてから経過した時間の話しだろうと、アスはそんな感じの事をフェイから聞いていたなとそう思い出していた。
 カイをどうにかしようとした結果、アスの意識がなくなって、そしてフェイはそれから間もなくルキフェルと別れて、アスを連れここに来たのだろう。
 そして、追い付いたとその言葉から、わざわざ追いかけて来たとのだと、そんな思わぬ事実を知ってしまい、アスは呆れた表情をしてしまう。

色彩クロマの名を持つ隠れ里、それもカエルレウスは魔女を擁する。確かに秘された集落と言う訳ではないが、招かれなければどうしようもない」

 カエルレウスの集落は、秘境と言う言葉に当てはまる位置付けからそもそも辿り着く事が困難であり、加えて、招かれざるものを寄せ付けない為に、集落そのものから、その道中迄をも含め、様々な仕掛けが張り巡らされている。
 苦労等と言う言葉では片付けられない程の、あらゆる手段を以て、ようやく訪れを許される場所なのだ。
 アスがここにいると、フェイが情報を残したとしても、辿り着く為の労力は計り知れない。それを知っているからこそのルキフェルへと向ける表情だった。

カエルレウスにはリィルと来たことがあったから、条件の大半はクリアしていた。長であるシアンから来てもいいと許可も貰っていて、それでも、急いでるのに、色々と面倒だったから、近くまで連れて来て貰った」
「長なら代替わりしたらしい・・・連れて来て?同行者がいるのか?・・・上?」

 疑問を投げ掛け、その最中に思い出したアスは、仰ぐ空へと呟いた。

 そもそも、例えルキフェルがこの集落へと訪れる為の条件を揃えていたとして、何故その登場が降って来るかの様にだったのか、アスは今更ながらの疑問へと思考を向ける。

 アスがミハエルから刃を向けられたその時、ルキフェルは間違いなく来た。
 その行動が何の為だったかと言う話しは置いておき、ルキフェル自身の接近はこの場にいた誰にも察知される事なく、そしてそもそもこの辺りには飛び降りると言う動作をする為になる様な背の高いもの等何もないのだ。

ーガラン、カラン、ガランー

 聞くのは、遥か空の彼方にある鐘楼から降る鐘の音の様な荘厳なる響き。

 威圧的と感じるには空にある、厚く連なる雲の様に雄大過ぎて、音はなく、まるで地を駆ける強い風そのものが征く飛行は、けれど木々を薙ぐ事も、水面を細波立たせる事もない。
 勇壮さよりも、数多の畏敬の念を集め、荘厳さすらを見る者へと抱かせるそんな存在。

「リン?」
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