月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
120 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

62 しょうがないよね

しおりを挟む


「じゃあ、首輪を使うしかないか」

 不意に、そしてアスにとっては唐突にと言ってもおかしくはないであろう呟きがその場に落とされる。
 グロリオサと曼珠沙華。毒持つ花と、その名前を持つ者等へと向いていた意識を一気に引き戻す呟きだったのだが、発したミハエルにその自覚はないようだった。

 張り上げられた訳でもない声は、何故かその場にいた者全員の耳に届き、聞いたと思った時にはその意味を理解させられている。そんな不可思議な強制力のある声だった。
 集めた視線を平然と受け止め、そもそもが注目を浴びている事を意識しているかも怪しいミハエルの平然と佇む様子に、これもまた勇者故の資質なのかと、ふと思い浮かべてしまう、とある存在へとアスは一人密かに納得すらしてしまう。

「・・・ミーシャっ」

 アスの思考と同等分の時間か、一拍程の間を開けて、何気ないミハエルの言葉を理解はしても、追い付いていなかった反応にエレーナがはっとし、驚いた様にミハエルの顔を凝視する。

「無理やりとか、支配してるってみたいになっちゃうから僕はイヤなんだけど、だってしょうがないもんね」

 うんと、一つ頷くミハエルは、直前に自身で嫌と言う言葉を使いながらも、決めてしまえばその解決案に、何の憂いもないと言わんばかりの晴れ渡った笑顔をエレーナへと向ける。

 ここにいる面々に、思ったままを顔に出す者は少なく、その反面、“首輪”と、その意味を察する力に困っている者もいなかったのだろう。
 だからこそ、ミハエルの決断に一瞬エレーナは身を強張らせ、そして、次の瞬間に浮かべられた、大輪の花開くと、そう表現したくなる満面の笑みにアスは瞠目する事になる。

「それは、とても素晴らしいお考えですわ」

 流石ミーシャとエレーナはミハエルを褒め称え、アスはそんな光景をただ見せられている。

 何しろこれは眼前でのやり取りなのだ。見たい見たくないではなく、目を開いてさえいれば否応なしに映り込んで来ている。

「首輪のせいでしかたがないって、言い訳をしてもいいってことでしょうか?」
「んん?みんなへの思いやりだよ?」

 虚ろに呟いたフェイには珍しく、目を向けるアスが見たその表情こそ笑みを装っていたが、切れ長のその瞳には、ここではない何処かへと逍遥に出ているかの様に意思を映す光が不在だった。
 けれど、そんな言葉を聞き取っていたミハエルが不思議そうに小首を傾げて告げた内容にアスは成る程と、これが今代の勇者かとそう

「首輪って言ってもちゃんとかわいいのにするし、そうだね、アスだったら赤いリボンみたいなのとか似合いそうだよね?」
「・・・隷属の首輪を使ってでも従わせるって?」

 皆が知っている“首輪”の意味。嬉しそうに求められる同意。
 自分の事を話されているのだからと、一応は問うアスは、瞬かせる双眸にも、意味が分からないと言うよりは試す様にミハエルへと首を傾げて見せた。
 その結果に、ミハエルへの認識がアスの中で変わる事はない。
 ただ裏付けの様な返事を聞くだけ。

「僕は力を貸して欲しいって言ったよね?使ってもらう為にしかたがないって思うから、だからこれはやっぱり無理やりとかじゃなくて安心を保証してあげる手段なんだ」
「・・・・・・」
「フェイ、教会の定める勇者は人の為にある」
「アス?」

 彷徨うばかりの旅路から戻って来たのか、口を真横に引き結ぶフェイにより、細めた緑色の双眸が内包させられるのは戸惑いよりも嫌悪だろうか。

 勇者の発言と選びとろうとする行動。その中にフェイには許容しがたいものがあったのだろう。
 先程のエレーナの反応。そしてこのミハエルの言葉。教会の象徴とも言うべき、勇者と聖女、その二人の様子から、アスの中で、今の教会の形が朧気にも見えて来ていた。

「“首輪”は主への隷属、或いは隷従を強いるもの。この子は“風”縛られる事を嫌います。相性としては最悪なのでしょうね」
「それを承知で会わせた、その意図は?」
「奴隷の首輪、本当、悪趣味ですわ」

 カイヤとシャゲが窺うフェイの様子にも、“首輪”についてを述べている。
 呟く様にアスは問いを差し挟んでいたが、それに答えが返る事なく、ならばと、そのまま本格的に口を開き始めるのは、単純に“首輪”について現在での扱いを確認したかったのもあった為だった。

「隷属の首輪。支配による従属を強制する、ある種の契約魔法の総称、あってるか?」
「当初は奴隷の身分と人権を保証する為の魔法としての総称でしたが、今では、そう言う効果を持った道具アイテム全般の事を指していますね」

 何らかの犯罪に手を染めてしまった者。或いは返せない程の借金を抱えてしまった者。そう言った者達の最後の社会的な受け皿。それが奴隷と言うだった。

「主となる者の所有物となる事で、逆に生活の保証を得る仕組みでしょうか」
「罪に応じた償いの機会を与えられ、負ってしまった借金の返済の為に仕事もまた与えられます」
「行動の制限はあるのですが、主には主はの義務が課せられる為に、理不尽に傷つけれる事もなければ、虐げられることもありません」

 カイヤとシャゲの説明に、二百年程前とそう違いはなさそうだと、アスは了解を示して一つ頷いて見せた。
    
「今は契約の為に道具アイテムが使えるようになっているので、魔法使いや魔術師がいなくても、主従の結び付けが可能になっていますね」
「ふーん?それで、私?」
「そう赤いリボンで、ちゃんと僕に縛って上げる。きっと似合うよ!そんなにかわいいんだもん」
「ええ、そのままではやはり連れていけませんが、誰が見ても分かるもので、私達が制約を請け負って差し上げれば良いのです」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...