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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】
58 勇者とその仲間達
しおりを挟むアスは、眺め見る様にして視界に捉える、青の集落の長であるカイヤが困った様な、それでも確かな笑みを浮かべたままの表情である事に、ここまでもまだ、カイヤの想定から、大して、或いは全くと言って良い程に外れてはいないのだと察して、溜め息をつく変わりに、僅かに細めた双眸だけで自分の心情を露とした。
「んー?あなたは魔術師?急に現れたのは転移の魔術だよね?」
「一応ギルドでは魔術師で登録している、アスと言う名前でな」
今気付いたと言う様に、アスはその存在へと目を向けて、嘘ではない無難な範囲での自己紹介を行った。
「リオ知ってる?」
「いえ」
アスと殆ど変わらない位置にある目線は、その金赤の瞳に喜色の感情を乗せてアスを見たまま、言葉だけを、背後の長衣の青年へと向けていた。
今は下ろされている右手に少年が持つ、一振の剣。その輝ける刃は、まるで、降り注ぐ日輪の光そのものが剣の形を取っているかの様に、冴えた光輝を放ち、その存在を主張する。
視界には否が応でも入ってしまうが注視はしないまま、アスは唐突に話し掛けて来た少年と、リオと呼ばれる青年とのやり取りに反応を返す事なく、その存在へと話題を触れさせた。
「光の剣」
「うん?」
「いや、凄い剣を扱っているなと思っただけだ」
「勇者の聖剣だよ。クラウ・ソラスって言うんだ」
刃を向けないまま、少しだけ持ち上げる様にしてアスが見易いように動かしてくれる、そんな行動に、目の前の少年はなかなかに気安い性格なのかもしれないとアスは思った。
「成る程、勇者か」
目の動きだけで剣を一瞥すると、アスは少年へと礼を示して少しだけ頷いて見せた。
本来なら、勇者と明かした相手に不敬だと取られ兼ねない対応だったが、アスもまた冒険者と名乗っているのだから礼儀がなっていないと、内心で思う程度で何も言ってはこないだろうと、そう考えての対応でもあった。
「あ、そっか、そっちの人たちとは違って知らなかったか。ごめんね?ミハエルだよ。聖剣を継承してまだ一年も経ってないけど、今代の勇者なんだ」
「そう」
残念そうに、申し訳なさげに、自信に満ちた名乗りへと、ころころと変わって行く表情は、礼儀がどうとかではなく、アスが最初に思った通り今代の勇者と名乗った少年が、やはりなかなかに気さくな性格らしいと思わせていた。
「なら、みんなを紹介するよ?この子が聖女のエレーナ・スヴァトラーナ」
「スヴァトラーナ?」
勇者の存在から目を向ける少女へと、アスが反駁して呟けば、肯定する様な微笑みとともにエレーナは簡素なワンピースの裾を軽く摘まんで腰を落とす礼を返して来た。
「こっちのリオはアスと同じ魔術師で、冒険者にも顔がきくからさっきの質問だったんだ」
「リオ。転移は、かなり高度な魔術。高い理解と制御の力、転移させるものに比例した膨大な魔力量が必要、師は誰?」
自らをリオと短く名乗る抑揚を欠いた声音。深く被ったフードの縁を、黄みの強い赤色の癖毛が縁取り、その奥で榛色の双眸がアスを捉えて無感動に見据えて来ていた。
そんなリオを、何故か驚いた様にミハエルが見詰め、アスはどう言う反応なのかと怪訝そうにミハエルを見てしまった。
「リオが私達以外の方に、続けて三単語以上を喋るのが珍しくて」
答えはエレーナからあり、申し訳ありませんと、更に何故か謝られてしまい、アスは意味が分からないと自然に首を傾げてしまう。
アスの自覚は芽生えないままだが、整い過ぎた容姿のアスの、更には十五歳に満たない外見で、こてんと首を傾げる姿は、可憐さの中の危うさに、あどけなさすらもあった。
向けられる双眸、その瞬間に、魅了されたミハエルと、エレーナが目を見張り、息を呑む。そんな反応の意味をアスだけが理解していないのだ。
「アス、そのまま落としちゃって下さい」
ミハエル達に聞こえないであろう抑えた声音でフェイがアスへと囁くが、アスには当然その意味も分からない。
分からないから、流し、それよりもと、リオへと聞かれた事に答える事にした。
「師事はしていないよ。顔見知りってだけだ。私にはフィロンと名乗っていたか、自身は魔術師ではなく著述家とか言っていたな」
「フィロン・・・ビュブロスの、フィロン?まさか、トリスメギストス・・・」
アスが何気なくも明かせば、その瞬間にぶつぶつと早口で何事かを呟きだしたリオの様子。
それは、アスどころかミハエル達も聞き取る事が出来ない内容なのか、ミハエルが横から声をかけてみても、リオは完全に自分の世界へと入ってしまったらしく、反応すら返していないと言う有り様だった。
「良く分からないが、大丈夫か?」
「うーん?たぶん、えっと、うん、気を取り直して、こっちがカッツェ僧侶で、エレーナの護衛だね」
「護衛?」
気にしない事にしたらしく、リオから逸らした視線を褐色肌の女性へと向け、それからアスへと視線を戻し、残りの一人を紹介して来た。
「聖女レーナの楯。ヴェルトカッツェ」
ミハエルからカッツェと紹介を受けたが、ヴェルトカッツェが本来なのだろう。促されて、ようやくと言う様な自己紹介をしてきながらの興味の薄そうな、それでいて、見定める様な鋭い視線がアスを見ていた。
「褐色の肌と金眼。リンクスの民か?」
アスが思った事をそのまま告げると、驚いた様に見開かれる冴えた金色の双眸に、カッツェはまるで、初めてアス自身を見るかの様に、まじまじとその視線の様子を変えて来る。
「“猫”ではなくて、“山猫”なのだろう?」
何を驚くのかとアスは首を傾げるばかりだったのだが、どうやらそれはアスだけの反応らしい。
「あ、うん」
「カッツェ良かったですね?リンクスの民を知る人はまだちゃんといるのですよ」
「はい」
喜ばしいと、少しだけはしゃいで声のトーンを上げたエレーナと、呆然としていながらも、その言葉に頷いて答えたカッツェ。
どう言う事なのかと、アスが思った心を察していたかの様に、フェイがその理由を教えてくれた。
「アス、リンクスの民は三十年程前の災禍で故郷の地を追われ、僅かな生き残りの者達もまた、それぞれに散り散りとなってしまったそうです」
大陸北東の山間部に住まう少数民族。褐色の肌と、足場の悪い岩場や斜面すらも軽やかに駆けるしなやかな体躯に、高速で動く獲物を見定め、捕捉する、鋭い光を湛えた金眼。
名前のままに、まさしく山猫
と言った在り方であり、それがアスの知るリンクスの民のだった。
「訳ありなんだよ。だから聞かないであげてね」
ミハエルからそう素直に言われたが、アスには最初から追及する気等なかった為に、ただ頷いて見せるに止めた。
ただそれだけの反応に、何故か、ミハエルが嬉しそうに笑っているのをアスは不思議そうに見返し、その応酬をフェイとエレーナが複雑そうに見ていると言う状況が出来上がっていた。
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