月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

57 青の意思

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 “クラウ・ソラス”と、フェイはそう自身の耳へと届いた響きに、直ぐ様、自分に出来る限りの手段へと動いていた。

 ミハエルが掲げた両の手を起点として、そこに小さな太陽でも生まれ出でたかの如き、鮮烈な光が迸る。
 瞬く事すらも許さないと、フェイの目を突き刺すのは、清廉さを突き詰め、一片の穢れの存在すらも許されぬ清浄なる光の鋭さ。
 それは、真冬の凍てついた空気に満たされた屋外に、その身一つで放り出されたかの様に自身を切り裂かんとする、そんな空気に晒される様に酷似していた。

 酷く寒くて、そこには痛みしかなくて、なのに今のフェイにはその理由が分からない。
 思う心は擦り潰され、何かを考え様とする端から思考は引き裂かれ、砕かれ、散り散りと・・・

ーフェイ、必要なら喚べー

 耳で捉えた声ではなく、けれどその“聲”は確かな響きとなってフェイの意識を絡め取る。

(導きの光、願いのしるべ・・・貴方がと呼ぶ声がに届いたのなら・・・)

 閃きよりも更に根源的で、それは本能にも等しい何か。ずっとそこにあったものに、今、ようやく気付いたかの様な心の在り方に、フェイはただ口ずさんでいた。

銀礫ぎんれきの瞬きより嘯く者 呼び声に 風鳴りの如く疾くここへ」

 銀礫ぎんれきの魔女を名乗りながら、その在り方からに外れているであろう彼女の存在を揶揄してフェイは告げる。

 行き止まりへと吹き込み、行き場を失った風が割れて空気の渦を作り出す。生じ消え行く風の廻りが産声と喘声を奏でるままに、・・・結局のところ、とにかく早く来て下さいと、疾くここへとの締めに、フェイは全てを込めていた。

ー導きの風 飛び立つ翼・・・ー

 受け取る“聲”に、繋がったと思った瞬間、フェイが自分に出来る限りの事をと、自身へと張り巡らせていた渦巻く風の楯が、弾け飛び、翡翠色の粒子とともに霧散した。

 反射的な回避動作からの急制動。
 その場から飛び退く様に、左足を軸にしてフェイが振り返れば、大きくはためく小袖のグラデーションがフェイの視界で涼やかに翻り、それだけでフェイは自身を苛んでいた光の鋭さが和らぐのを感じていた。

 硬質的な光を弾く青銀の髪が激しくも優美に跳ね乱れ、その奥で繊細な飛沫を弾く長い睫毛に縁取られた双眸が、青灰色の光を受ける紫水晶への移り変わりを揺蕩う、そんな神秘的な夕暮れ時の色合いを湛えてフェイをその瞳に映している様子。
 認識され、捕らわれると、そう目を見張った時には、フェイの散り散りとなっていた五感に周囲のあらゆるものが戻って来ていた。

「フェイ、大丈夫じゃなさそうだぞ?」
「なんですか、大丈夫じゃなそうとは。確かに、全然、全く、大丈夫ではありません。疲れましたけど?物凄く」

 思いの外、すんなりと返す言葉が出て来た事にフェイは安堵する。
 切迫しながらも軽口の様相を失わず、けれど、やはり早口気味になってしまった口調が自身の余裕のなさを露としていて、なのにそれでも、そう言う状態なのだと、自分を判断出来ている事が重要なのだと、フェイは伏せ目がちにする双眸にも常からの笑みをその口もとに佩いていた。

 何よりも、自分自身を取り繕う為に、フェイは自分の乱れた髪の筋道と、纏った外套ローブの上にまで振り積る砂埃の層を、殊更丁寧で、慎重ですらある仕種で払い整えて行く。

「ふはっ」
「なんですか?」

 見ていたアスの、堪えきれないと言う様に溢された笑いの断片に、フェイの眼差しがじっとりと剣を含んだ様相を示し、見返す相手を眇めた双眸で見遣る。

「いや、余程だった?のだなと思っただけだ」

 揶う口調だったが、そのアスの声にはフェイの無事を確認し様とする響きがあった。

 身長差から、近くに来られると、自ずと見上げて来る体勢となる姿勢から向けられる紫の瞳が、フェイを下から覗き込んで来ている。
 真っ正面からではないだけに、その眼差への心理的な居心地の悪さと言ったものはなく、けれど、物理的な位置取りから、どれだけその瞳から逃れ様と思ったとしても、フェイには自らの視線を逃がす先が限られてしまっている事に気付いていた。

 誤魔化しと時間稼ぎで彷徨わせた視線の先、思い出した様に視界へと入れたカイヤの様子に、カイヤはフェイが最後に認識していた場所から、少しばかり距離を取った位置取りで、けれど何事もなかったかの様に変わる事なく佇んでいる。

「驚きましたね」

 フェイがカイヤを見たから、と言う訳でもない様だったが、瞬かせる双眸を見張らせ、瞠目しているカイヤは、フェイとそこにいるアスの存在を見遣り、言葉通り本当に驚いているかの様な響きでそんな事を告げた。

「カイヤ・・・」

 アスが呼ぶ声に、フェイから外してカイヤへと向けられる視線。
 その声音と眼差しに、フェイと話していた時との然したる変化はなかった。その筈なのに、フェイはアスがカイヤと呼んだその瞬間、確かに悪寒にも似た身体の内側から来る寒気の様なものを感じていた。

「はい」

 呼ばれ、答える声。
 応じられ、そのとする意思を認めて、アスが続けて口を開くのをフェイは見ていた。

藍玉ヴィリロスカエルレウス、“次”は許さない」
「それは、」
「自らに名を戴くのなら、叛くな」
「・・・・・・」

 許さないと告げる声音は坦々としていて、そして、カイヤが何かを言いかけるのを敢えて遮る形でアスはただ言うべきを告げると言う様に述べる。

 その結果には、困った様な表情となったカイヤの沈黙だけが残されていた。
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