月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

55 勇者

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「あれ?前に訪問したときは見なかったと思うけど、違ったかな?」

 きょとんとした様にしばたたかせる双眸で、小さくも確かに声へと出して呟いてしまったフェイへと目を向けて来る少年。
 すかさず、フェイは浮かべた微笑みのまま右手を胸へと添える仕種で一礼を返して見せるが、その所作の後にも口を開く事なく、伏せ目がちにしたのを良い事に目を合わせる事もなかった。

「んん?僕は質問をしたつもりだったんだけど、そうは聞こえなかったのかな?どう思うレーナ?」

 ただ気になっただけなのか、興味を惹いてしまったのか、些細な仕種でも関わり合いになりたくないと匂わせるフェイの思惑とは裏腹に、少年は自身の疑問の解決へと会話の梶を切って行く。

 無邪気な口調で問いかけを口にし、コテンと首を横へと倒す少年の仕種は、その容姿もあいまりとても愛らしく映る。
 だが、その内容は暗に初対面の筈なのだから、そちらから名乗るべきだとフェイは言われている様な気がしていた。

 そして、身長差から上目遣いで見上げられ、名前を呼ばれたのであろう、少年の傍らの女性は、微笑みながらも困った様にその口を開いていった。

「ミーシャは勇者様として各地で活動していますから、彼の方もどこかでお見かけしていたのかもしれませんわね」

 ミーシャと呼んだ少年よりも二、三歳年上だろうか。
 それでもまだ少女と言って差し支えのない年齢だろうが、鮮やかなチェリーピンクの髪を高い位置でのポニーテールにして背中へと流す髪型には爽やかさがあり、淑女然としたたおやかな微笑みを少年へと向けて浮かべて見せる少女の瞳には、妙齢の女性が持つ艶やかさに似たものがあるのをフェイは見て取っていた。

「聖女様、この子はフェイと言い、前回は機会に恵まれず挨拶させて戴けなかったので、今回に伴わせて戴きました」

 柔和な微笑みを浮かべて、笑みのままの穏やかな声音でカイヤは告げ、フェイへと促す様に目を向ける。

「フェイと申します。以前、ファイザバード高原での戦いのおり、勇者様ご一行をお見掛けした為、私が一方的に見知っていました」
「ああ、あの時の、結構大きな戦いになっていたみたいだし、いたんだね貴方もあそこに」

 納得からか嬉しそうに笑う瞳と目が合い、フェイもまたカイヤに倣って笑む。関わり合いになりたくないと言う心の内を綺麗に隠し、知己を得られて嬉しいと言う様に。

「知っているみたいだけど、あらためましてミハエル、今代の勇者だよ。因みにミーシャって呼ぶのはここにいる仲間にしか許してないから、それは覚えておいて?」
「エレーナ・スヴァトラーナです、今代の勇者様に付き従い、聖女の任につかせて戴いておりますわ」

 勇者ミハエルと聖女エレーナがそれぞれ名乗り、背後へと向ける目線に、残りの二人をミハエルがそのまま紹介する。

「こっちのローブがリオで、あっちがカッツェ」

 榛色の目を伏せる様にして、軽く顎を引く仕種で会釈をして来る暗灰色のローブを纏った青髪の青年は二十代前半といったところで、エレーナの後ろに佇む金目でフェイとカイヤを油断なく注視し続けている褐色の肌の肉感的だが小柄な女性と同年代程度に見えた。 
 そう、この四人こそが今代の勇者パーティだった。

「それで?カエルレウスの長、こちらの要請への答えはどうなったの?」
「ええ、その為のこの子なのです」

 挨拶も済んだし、一転してもう良いよねと言う様に本題を切り出して問うミハエルの無邪気な笑顔を、カイヤの一分の隙もない笑みが迎える光景。
 そんな既知であるやり取りをするカイヤとミハエルであり、何も聞いていない、聞かされていないフェイはこの場において完全に場違いの筈だった。その筈で、なのに今、カイヤによって話題の中心として差し出されてしまったフェイは、けれどそこで、カイヤの思惑の大半の部分を察しきっていた。
 笑みを維持する事に慣れた顔には出ない。そしてフェイはまだ口を閉じている事を選んでいた。

「どう言うことかな?」

 フェイが何も言わなかった為にか、傾げる小首にミハエルはカイヤへと向ける眼差しに問う。

「勇者様におかれましては、救世の旅路に魔女と呼ばれる存在の同道を望んで、この地への訪れと致しました」
「そうだよ、先代が咎人たる魔女に旅への随行を許し、その魂へと贖罪の機会を与えたように、僕もその行動へと倣おうと思ったんだ」
「この子も魔女です」
「・・・へぇ?」

 好奇心の金赤。不思議そうな薔薇水晶ローズクォーツ
 無表情を崩さない榛色と、その逆に警戒心を露とさせた冴えた金色。
 異なる四つの視線に晒されたフェイはただ浮かべた笑みを維持して堪える他なかった。
 その内心で、フェイにしては有り得ない程のあらん限りの罵声と怒声を、自分の傍らで笑む存在へと浴びせ続けながらも、その感情の一欠片すらも表に出さないままに。

「ミーシャ、試しますか?」

 ミハエルによりリオと紹介されていた青年が、感情の窺い知れない平淡な声音でミハエルへと不穏な伺いをたてていた。

「試して貰う必要なんてないよ」

 取り繕う事を止めたと言う様に、そう見える様に崩した口調で告げるフェイは飄々と笑って見せる。

「それはどう言う意味かな?」

 上げる眉は意外と言った感情を露に、けれど、ミハエルは何処か楽しそうに笑ってフェイを見ていた。

「役不足なんだよね、はっきり言っちゃうと」

 フェイが口調を崩した瞬間から、張り詰めたその場の空気をフェイはちゃんと感じ取っていた。
 そんな中で、敢えて選んだ言葉遣いだった。

「君にとって、僕が役不足ってコトでいいんだよね?」
「そうだよ?」

 そこだけは和やかに、そこにある空気の変化等気付いてもいないと言わんばかりに交わされている会話だった。

「ああ、勇者様ですから」

 一触即発か、けれどその言葉は張り詰める空気の変化に気付いていないかの様に発せられ、エレーナの声は明るく朗らかに、その場へと響いた。


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