月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

54 襲来2

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 飛沫の向こうへと消えた姿と、それきり、どれだけ探索の力を研ぎ澄まそうと一欠片の存在をも辿れなくなってしまっている現状。
 アスが他の魔女の領域である、くだんの庵の存在へと招かれたのだとそう判断するしかなくなったその後、フェイはそれでもしばらくの間、凪いだ水面とその上を漂う霧を眺め見ていた。

「招かれたことはありませんし、訪れたことのない場所では存在を感知することも難しいのですが、私は在ると知っていて、知っているならば手の打ちようもあるんですよ?」

 おもむろに、フェイはそう口を開いた。

「少し、時間がかかるかもしれませんが、あの方自身が招かれる事を許容したのなら、貴方は傍観を選ぶ」
「時間ですか、藍晶らんしょうの魔女が抱えるの為に?」

 挑み、受けて立つ。そんな形を取ったやり取りはじゃれあいのようで、結局のところはただの言葉遊びだとフェイは分かっていた。
 何かを探る為ではなく、確認の為でもない。聞いたままに牽制の意味がある訳でも、説明を求めている訳でもない。互いが互いを知っている為に、全てがお互いの想定の範囲でしかないそれだけのやり取り。

 連れ立って歩いて来たフェイが足を止めてしまった状況に付き合い、カイヤもまたこの川縁に留まっていた。

 少し前に、水面を盛り上げる程の巨体を以てアスを襲撃した存在の姿も、今は何事もなかったかの様に凪いだ姿を晒している流れの中で気配を消してしまっている。
 アスの存在と同じく、フェイには見付ける事が出来ず、眺めるままに時間がかかってしまうと言うカイヤの言葉を聞いていたが、それでも何と無く立ち去り難く、フェイはその場に留まり続けていた。

 うっすらと口もとに残した笑みの表情はフェイの“普通”でしかない為に、それなりの付き合いがあるカイヤが今のフェイは無表情と変わらず、そしてその無表情の中で何を思っているのかすらも既に把握されてしまっていると、フェイ自身にも分かっている。

「貴方も察しているとは思いますが、血縁、それも直系ですよ、あの子達は」
「先代の聖女ガウリィルの子・・・達?」

 ちゃんとした確認をした事こそなかったが、フェイにも予想がついていたその事と、けれど同時に齎された想定の外側を行ったその言葉尻。
 どう言う事かと意味を問うのではなく、有り得るのかと可能性への仮定へと意識を向けて行く時、それを明確な問いとして確認を口にする前に事態は動いていた。

 視界を引き裂くかの如き閃光と、音無き衝撃。
 全身へと叩きつけられる風圧は、けれどただの余波でしかなかったのだとフェイが気付いたのは、反射反応に任せて眇めた双眸へと瞬く間に一掃されてしまった霧の光景を見た時だった。

「・・・・・・」
「思考し続ける事は大切ですが、聞ける時にこそ、聞いておくべき事を聞く事もまた必要ですよ」

 助言が忠告か、フェイがカイヤの表情を窺った時には、その意味ではなく結果を察していた。
 
「時間切れ、時期を逸した訳ですか」

 フェイの思考の推移状態が分かっていたかの様にカイヤは笑んでいるた。
 ようするに、聞ける時に聞かなかったのだから、フェイが問おうとした事にカイヤが答えをくれる気がないと言う事だった。

「お客様を優先しなければいけないと、それだけです」
「ここの守りである霧を散らして来たのだから、招かれた相手ではないのでしょう?」
「アポイントメントは受け取っています」

 約束の取り次ぎがあったと事もなく告げるカイヤの歩み出しをフェイは追う。

 立ち込めていた霧が晴れた事で露となった、川の中州の様な地形の土地へと並ぶ木造りの家々。
 その三十にも満たない家々から成る小さな集落に、だが、人どころか人以外の生き物の気配すらない事にフェイは当初から気付いていた。

「貴方と、アズリテとラズリテの二人、それからラジアータの継承者」
「そうですね、今ここにいるのは補佐のあの子等とお目付け役を兼ねている彼女だけです」
「私達が訪れた時には既に今の状態でしたね」

 カエルレウスの集落に着いた、その時からの現状の不自然さ。
 家々があり、確かに此処で暮らす人々がいると言う痕跡が至るところにある。なのに、誰の姿もない。
 余所者の滞在から、それぞれの家に引きこもり、姿を見せないだけと言う訳ではなく、集落自体から離れてしまっているのだとフェイは確認を怠ってもいなかった。

「大切なお客様の予定がありましたので、皆には一時的に青玉サフィールのもとへと行って貰っています」
「・・・来ましたね」

 人のいない集落を悠然と歩み来た四人組の姿をフェイは認める。
 数歩分だけその場から進み出て迎えるのはカエルレウスの長であるカイヤ・ヴィリロスと翠翼すいよくの魔女であるフェイの二人。

「やあ、約束通り来てあげたよ?」

 声変わり前の少年特有の澄んだ声音が弾んで聞こえていた。
 人好きのする笑みを浮かべた秀麗な面持ちは、精悍さよりも、まだまだ可愛さが全面に出ているだろう。
 百五十センチあるかどうかといった身長に、弛く波打つ柔らかそうな金の髪。猫を思わせる愉しげな光を弾ませる瞳は金色を溶かし込んだ赤光色を湛えていた。

「勇者・・・」
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