月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

51 懺悔

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「呼ばれている感覚はあった。“水”の囁くが如き・・・藍晶らんしょうの魔女だろうと予想はついた」
「・・・・・・」

 アスは見詰めるアズリテの瞳へと言葉を向ける。
 引き結ばれた口もとに、アズリテが何かを答える事はなかったが、アスは構う事なく言葉を繋げて行った。

「呼ばれていることに気付いて、私は向かう事を厭わない。なのに、今この時、私達の邂逅は果たされていない」

 会う事を望む者がいて、それを承諾する相手が、互いの直ぐそばにまで来ている。
 なのに、未だ直接顔を合わせてはいない。
 妨害されていると気付いて、けれど、悪意的なものは感じず、ならば、それもまた“誰か”を思った意思の結果なのだろうと、アスは成り行きにまかせていた。

「分からなくて、強引な方法も取れなくはなかったが、成り行きに任せるままの尊重はした。それでもし、会わないままで終わるのなら、今でなくても良いと、そう、思うからな」
「あの子には、もう時間がない!」

 声音程には抑えきれていない、叩き付けるような口調だった。

 アスに分からないのは、それぞれが何を思って行動を起こしているかの事情。
 アスには呼ばれていると思った時に、自分と相手以外の誰の思いも汲まないと言う選択肢、即ち、強行突破でここに来ると言う事が出来なくはなかった。
 なのに、結局のところ、それをする事なく、周りの行動に任せたのは、藍晶らんしょう の魔女の側に在る事を選んだ者達を尊重すると決めた為だった。

「何が尊重なものか!成り行きに任せる?そう貴方が考えることを放棄して、怠惰に構えている間に、あの子の時間は確実に削られて行っていると言うのに」

 感情のまま叩き付けられるかのような言葉は、けれど激昂と言うには酷く静かに周囲の空気を震わせていた。

「・・・ああ、呼んでいて、なのに躊躇っている。それを周りが忖度しただけか」

 荒げる事の出来ない感情を抱え込もうとするアズリテを、表情なくアスはただ見返していた。
 そうして、アズリテの押さえ付け様とするものに合わせるかの様に、平淡な声音でそれだけを呟く。
 どうするかな、とアスは考え、そして、表情には出していなかったが、その内心は酷く憂鬱で、だからこそ面倒だと心の中だけで溜め息を吐いていた。

「・・・私達は、私は貴方を恐れています」

 瞳を揺らし、一度息を呑む。それから吐き出す吐息に交えた密やかな声音で、アズリテが呟いた。

 その告白にアスは目を瞬かせ、それから一拍分程のタイミングを置いて苦笑する。

「お前達に何かをしたつもりも、するつもりもないんだがな」
の方の、あの子の先代様が遺したことばを、私もまた知っています」
「遺した、ことば・・・」

 あの子とは庵の中にいるであろう、藍晶らんしょうの魔女の事であろうと予想がついた。
 ならば先代とは誰の事なのか、二百年余りの間に更なる代替わりをしていないのなら、まあそう言う事なのだろうと、アスは何処か必死な様子を見せ始めたアズリテの様子を見ながらも、思考を巡らせ続けた。

の方は、悔いていました。自分達が大切な仲間の望みを裏切ってしまったのだと・・・」
「・・・・・・」
「自分達の成したことで、貴方が魔女足り得る所以の望みを潰えさせ、その果てに行き違いがあったとは言え、自分達と二度と交わることのない決別の道を進ませてしまった、と」
「・・・・・・」
「世界を救った英雄等と持て囃された自分達は、結局のところ仲間を利用するだけ利用して傷付けて、恨まれて当然の存在で、分かっているのに、なのに、謝ることも出来ない」

 アスは黙して、アズリテが語る、嘗ての旅の仲間の想いと言うものを聞いていた。
 表情には、何とも言い難いが故に、苦笑にも似た笑みが象られたまま、その瞳にアズリテの姿を映しながらも、何も見ていないかの様な望洋とした光を宿して。

「・・・ならば、そんな扱いを受けた貴方が怒っていないなんて有り得ない」
「ん?」

 一呼吸程の沈黙に、アズリテの喉が何かを呑み込む様にして大きく動いた。
 それは、次に告げる言葉への覚悟を決めているかの様な間の取り方だとアスには思えた。
 そうして、そんな風に続いて行った言葉に、けれどアスはその瞬間、思わずと言った様に上げてしまった戸惑いの声へと、ただ目を瞬かせてしまっていた。

 肩で浅く呼吸を繰り返すアズリテの様子をアスは眺め、僅かに小首を傾げて見せる。
 アスはの方の言葉と言うよりも、その想いといったものをアズリテの口から聞いていた筈だった。
 なのに何故か、アスにとっては突然としか言えない脈絡のなさで、その最後に自分の感情についての話しが出て来たが為に、ひたすらに混乱していると言う状態だったのだ。

「怒って、いる?」

 困惑と言った表情と、未だ混乱の中にある意識で、それでもアスはそう呟き、ここまで思い詰めた様子のアズリテが言うのだからと、自身へと問いかけた。

「まあ、悔しくはあったし、悲しくもあったのはそうだな」
「だから、私は、私達は、あの子が惑ったのを良いことに、貴方の動きを阻み続けました」

 成る程と、そこにあった感情を見つけ、ならばと素直に告げてみれば、白状する様にアズリテは語って来る。

「・・・だから」

 アズリテ達の理由と行動。アスは口の中で吟味する様に言わんとする言葉を転がし、その途中で考えきれなかったその断片を呟きにして吐き出していた。

「あの子は貴方と会うことを望んでいます。あの子の意志は貴方を求めて、」
「怒っても、いる」
「!!」

 アズリテの言葉を遮るつもりはなかったが、思考が行き当たるままにアスが何と無く口にしたその言葉。
 聞いて、反射的にかびくりと体を震わせたアズリテは口を噤み、目を見張ってアスを凝視していた。

「腹が立っていると言うべきか、何もかもに堪えられなくなって、逃げ出すぐらいだからな」

 しょうがないだろうと言わんばかりに、アスは向ける凪いだ瞳で、アズリテへと肩を竦めて見せた。
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